第14話 お風呂 その2
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。
ぷにぷにぷにのぐーるぷにっと――。
私は自分のおっぱいを揉んでいる。
別に変な趣味があるというわけでない。私はいたって健全な女の子さ。
これはおっぱいが大きくなるための古くからあるお呪い。
我ら小さき者にとっての希望。
ぷにぷにぷに。
昔々あるところに、自分のおっぱいを揉むことによって、そのおっぱいを大きくしたという伝説の村娘がいたらしくてね。
これは、その猛者――村娘が伝えたという由緒正しい所作なのだよ。
それがお呪いとして、途切れることなく後世にまで伝わっているのだ。
私と同じ悲しい境遇だったその美しい村娘。
美少女だったのに、おっぱいが小さいというだけで、結婚が出来なかった。
その当時その村では、おっぱいが小さい女の子を『貧乳』と呼び蔑んでいた。
この言葉は、今でもおっぱいが小さい者に対して使う言葉ではある。
だが、その村では貧乳は貧乏や病を呼ぶ災いの象徴だとされる迷信があった。
そのため、おっぱいの小さいその村娘は、村の厄介者だったのだ。
馬っ鹿じゃないの?
今もその村とその村人が存在するならば、私は躊躇いなく抹殺に走る。
確実にぶっ殺してやるわ。
だけど、その村娘は私とは違い、村人からの非難を耐え続ける。
そして挫けなかった。諦めなかった。
何とかおっぱいを大きくしようと頑張ったんだ。
すると、その頑張りを見ていたのだろうね。
ある夜、その村娘が「今日もおっぱいは大きくならなかった」と、いつもの様に悲しみに暮れながら眠っていると、夢の中に神様が現れる。
そして、その神様はおっぱいを大きくする知恵を授けるのだ。
「お前のおっぱいは必ず大きくなる。そして幸せを手に入れるだろう」という言葉と共に。
知恵と勇気を貰った村娘は涙する。「諦めないで良かった」と。
そして、神様に教えてもらったその教えを元に、さらにその技の昇華に挑んだのだ。
それから試行錯誤の苦労の末、このおっぱい揉み揉みに辿り着いたという。
それが、このお呪いというわけ。
伝説では、この技を極めた村娘の小さいおっぱいは、見る見るうちに大きくなったという。
そして、その村娘が住んでいる村にその国の王太子が偶然訪れる。
村娘は、その王太子を大きくなったそのおっぱいで誑し込み、見事結婚まで漕ぎ着けたらしいのだ。
うーむ。
正に美談。
実に素晴らしい話じゃないか。伝説に残るのも頷ける。
その村と村人がどうなったかは知らんけどね。
まあ苛めてた村娘が、自分たちの国の王妃になっちゃったんだから、こき使われたんじゃない?
ざまあみさらせ。
話が逸れたが、私はその伝説のお呪いを実践しているという訳だ。
ああそうそう、このお呪いは湯浴みの時にするのが一番効果的なんだって。
だから今やってるんだ。
まず、下からおっぱいを集めながら上に持ち上げ、そのまま円を描きながらゆっくりと右回り、それから左回り。
そしておっぱいの大きさを意識しながら、ぷにぷに。これを数回繰り返すんだ。
こうする事で、二つのおっぱいは気付く。
「あ、今これ……。お呪いの時間だわ」、と。
この覚醒を待って次の段階へ。まあ次は最終段階なんだけどね。
このお呪いは、こんな感じで覚えることが少ないから、広まったって言うのあるかもしれないな。
だから最終段階といってもやることは簡単さ。
大きくなーれ。大きくなーれ。
こう念じながら揉む。これだけ。簡単でしょ?
語りかけるようにするのが良いのだと言う。だから私もそうしている。
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。大きくなーれ。
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。大きくなーれ。
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。大きくなーれ。
――え?
どのくらいからやってるかって?
ぷにぷにぷに。
そうだな――。
かれこれ十年は経つな。ははっ。
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。大きくなーれ。
ぐーるぐーる。ぷにぷにぷに。大きく……。
ぐーる……。ぷに……。ぷに……。…………。
…………。
何かを察して、私のおっぱいを揉む手は止まった。
「ふっ……。ふふっ……」
ああ分かっているさ。伝説は所詮、伝説であることくらいは……。
十年間全く変化を起さない私のおっぱいがその証拠。
だけれども!
だけれども、やらずにはいられない!
私の習慣なの! 湯浴みをする時には必ずやるの!
だって! だってさあ!
もしかしたら――! もしかしたらって、そう自分の中の何かが囁いているんだよ!
それに私だけじゃない! ササレクタもやっているんだ!
あいつだって信じているんだ。
奇跡は起こると。いや自分で起こせるものだって!
自分のおっぱいを、自分で揉むことによって!
「おっぱあああああい!!」
私は叫んだ。
浴場の中心でおっぱいと叫んだ。
すっごく悲しくなってきた。本当にすっごく悲しくなってきた。
私何考えてんだろ。
自分のおっぱいを自分で揉む?
それを十年もの間、休まずやる? 全っ然大きくならないのに?
馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないのっ!!?
「ていうか、何でこんなに頑張っているのに、私の所には神様来んのじゃあああ!
来いよ!
さっさと夢に出て来いよ!
暇なんだろ!?
暇だから神の悪戯とか言って、あんなおっぱいを爆発させる薬作っちゃったんだろ!?
分かってんだぞ!
おらあ! 出てこいやああ!」
私は狂乱のおもむくまま両腕でお湯を叩いた。
「ひ、姫様!? どうしました!?」
ゼニシエンタの動揺した声が聞こえてきた。
おっと。驚かせてしまったようだ。
いかんいかん。
「姫様! 大丈夫ですか!?」
「てへぺろこっつんこー」
「て、てへ……? そ、それは一体!?」
ミーレちゃんの真似さ。
使い方は多分あってるだろ。ははは……。
はあ……。
「すまん。独り言だ。忘れてくれ」
感極まってしまったのだよ。
驚かせてすまない。
「は、はい? わ、分かりました……」
ゼニシエンタがそう言うと、再び浴場には静寂が訪れた。
まあいいじゃない。お湯の中で筋肉を解すのと大差ないよ。
あれも体にいいって言うし、このお呪いもその内に入るだろう。
私の他にこの浴場を使う者はいないし、私がこんな事やっているなんて誰も気にしないさ。
ですので、今後とも続けていきたいと思います。
落ち着きを取り戻した私は、そう自分の中で勝手に判断するとお湯の中に肩まで体を沈めた。
いや、この浴場が私専用で良かったねえ……。ホント……。ぷにぷに。
この私専用ってのは、言い方を変えれば女性の王族専用の浴場となる。
女性の王族は私しかいないからね。
よって、私が独占して使えていると言う訳だ。
昔は母様と一緒にこの浴場を使ってたようだ。
私はその当時の記憶が朧気だから、よく覚えていないんだけど。
浴場を走り回ってつるっと足を滑らせてこけたり、浴槽に頭からどぼんと突っ込んでたらしい。
突っ込む度に、母様が目を吊り上げて私を叱っていたと、ミストランテのお婆に聞いたことがある。
ただまあ……。
そんな事言われても、私は覚えてない訳で。
お婆が懐かしそうに目を細めながら話してくれたけど、私としては居心地が悪いだけだったな。
自分の覚えていない幼少の頃にやらかした失敗を言われてもねえ……。
でも私ならやりそうな事だ。
浴場で母様に叱られた事は覚えていないが、飛び込むのは今でも偶にやるからなあ……。
然もありなん。
足を滑らせるってのは、もう随分と前に無くなったけどね。
この浴場の床に使われている石は、撥水が良い。
それに、表面がそれなりにつるつると磨かれているからか、水に濡れると滑りやすいのだ。
でも気を付ければ、別にどうと言う事はない。
「ん……?」
肩までお湯に浸かっていると、体がぽかぽか温かくなってきたみたい。
でも少し熱く感じるようになった。
「ゼニシエンター!」
「はーい!」
「少し熱くなってきたー! 仕切ってー!」
「はーい! 分かりましたー!」
湯焚きは専用の釜戸を使っている。
こちらの浴槽と釜戸は、上下に二つある水路でつながっており、お湯が循環するようになっているんだ。
循環するのはお湯は熱い方が上、温い方が下になるって事を利用している。
温くなったお湯は浴槽の下に行くから、このお湯が下についている水路を通り釜戸で熱せられる。
すると熱くなったお湯が、今度は上についた水路をとおって浴槽に戻っていくんだ。
これは実際にこの釜戸で、先生と一緒に実験したから良く覚えている。
昔から知られているのだそう。この釜戸と浴槽は先人の知恵ってやつだね。
お蔭で私はいつも湯浴みを楽しめます。
ふふふ。
でも不思議だよねえ。何でこんなことになるんだろ?
理屈は知っていても突き詰めて考えてみると、よく分からない事はままある。
それから水路には浴槽のお湯が熱くなったら、お湯が通らない様に仕切りができるようにもなっている。
これでお湯の熱さを調整しているんだよ。
今私がゼニシエンタに頼んだのはその事だ。
「姫様ー! 仕切りましたー!」
「おー! ありがとー!」
「はーい! また温くなったら、教えてくださあい!」
「はいはーい!」
はふ~。
ゼニシエンタに水路を仕切ってもらったし、もうちょっとだけいようかね。
このままお湯が温くなったら、そのまま出よう。
私はそう決めた。
しとしと降っていた雨は小降りになったようだ。
雨の音が聞こえなくなった。
明日は晴れるかな?
今夜はもう雲が晴れる事はないとは思うけどね。
となると月が見れないのは、残念だったなー。
運が良ければ、面白い月が見れる事もあるんだ。
――あれ?
何ていうだっけ……。何か名前があったんだけど……。
うーん、思い出せないな。
私は、ど忘れしてしまった。
私が忘れたのは現象の名だ。例えば二日酔いとかさ、あるじゃん。ああいうの。
なんかね、白く光るお月様にキラキラ青く光る米粒みたいな光が横切るんだよ。
あれ何て言ったかなあ……。
ちなにみ、現象名ではなく何でそんな事が起こるのかって先生に聞いたら、よく分からんって言ってた。
「ふむ……。そういうもの、としか知らんなあ」だってさ。
こういうのはあまり詳しくないんだよね、先生。
逆に月の事は、シカルアヒダ王国の学者が詳しいらしい。
今度行くことがあったら聞いてみようって言ってた。
私が疑問に思ったことが、先生も気になりだしたらしいんだよね。
まあ分かったら私にも教えてね? せ・ん・せ・い。
「うーん……」
でも、こういうの気持ち悪いよね。こう喉まで出かかっているっていうかさ。
もどかしい。
「むむむ……。はあ……」
あーん。駄目だ。思い出せん。後で皆に聞いてみよう。
シトエスカなら分かるかもしれないな。あの子は博識だからね。
ゼニシエンタはねえ……。あの子は食材には滅茶苦茶詳しいんだけどなあ。
こういうのは興味がないみたいだから、多分……分からんだろうな。
止め止め。後で聞こう。
「すいー……っとな」
思い出すのを断念した私は、その代わりとばかりに浴槽を泳ぎ始めた。
しかし、大きな浴槽とはいえ、泳ぐとなると狭い。すぐに反対側の床に手がついてしまった。
こんなことするのは、私ぐらいだったのかなあ。
いやいや。そんな事はないはず。
私以外にもこういう事した者はいただろう。
王家の血を引く私。そして王妃であった母様。
このさらに昔を言えば、今は亡き父様の姉上――私の伯母上であるリリファルナ様をはじめ、他にも数人がこの浴場を一緒に使っていたんだけどね。
でも、もういない。
私は会った事すらない。
皆死んでしまったからね。そりゃあ会えない。
「すいー……」
私は元いた場所まで、泳いで戻るとそのままゆっくりと浴槽に座った。
――静かだ。
聞こえる音は、天井に付いた水滴が偶にお湯に落ちる時ぐらい。
雨音もしなくなった。
「…………はあ」
これは、私が生まれる前の話。
トゥアール王国で大きな戦争があったんだ。
この戦争によって、前線に出ていた殆どの王族やその傍流が戦死してしまった。
だから、トゥアール王家の血を引く王族は私と父様だけ、という極端な事になってしまっているんだ。
トゥアール王国最強戦力である至極天使いはその当時、十二人。
『覇凰十二至極天』
十二枚の虹色に光る翼を持ち、その翼を広げれば世界を覆い尽くしたという鳥の王に肖りそう呼ばれ、トゥアール王国史上最強と謳われた者達だったそうだ。
十二。
そう、トゥアール王国建国時に十二体あった至極天は、この戦争時に二体紛失して十体になってしまった。
そして、この十二人はトゥアール王国にある全ての至極天に、その所持者がいたという事でもある。
その内八人が王族だった。
我が王家の人間は、大抵身体能力が高い。
それが上手い事噛みあったんだろうね。
お蔭で八人もの至極天使いが誕生していたんだ。
トゥアール王家はいざ戦となれば、自分の死を顧みず先頭に立って国民を守るため戦ってきた。
これは国民を纏めて王国なんてものを維持できている理由でもあるだろう。
「我が戦うは民の為。故に我は皆を率い、戦う王と成ろう」
これは、初代女王の言葉とされている。
そして、我がトゥアール王家の信念だ。この信念を元にトゥアール王国は発展してきた。
ただ、そのせいで王族が私と父様の二人しかいないなんて、今の様な不味い状況を作り出してもいるけどね。
至極天を扱えたってのもあるが、それでもトゥアール王家のこの武門気質が大きかった。
至極天使いだった王族は御祖父様を含め、皆前線に出て戦い、国を守り死んでいったんだ。
至極天を持たない王族や傍流の者達も同じように。多くの兵士も共に。
その上、王族の関係者が集中的に狙われたらしい。
暗殺さ。
そのせいで王族の血が入っている家の断絶がいくつも起きている。
本当に酷い戦争だったそうだ。
「ふう……」
精強な軍隊を以ってしても、恐ろしいほどの脅威になり得る至極天使いが十二人もいた。
しかし、至極天使いの十二人の内、王族が八人戦死。
残りの四人の内、三人が戦死。
後継者は何人かいたんだけどね。
当時の所持者が戦死したら、すぐに受け継いでいる。
でもこの戦争は、『覇凰十二至極天』が一人しか残らない程、熾烈を極めることになったは事実だ。
――うん。
生き残ったのは、シドー先生唯一人だったんだ。
そして、その戦争を終わらせたのも先生だった。
「酷いもんさ……」
私は独りごちる。
凄惨な戦争。
多くの命が奪われ、その奪われた者の家族は、二度と会う事もできない。
国民の数だけの悲しみ、国民の数だけの不幸が生まれ、トゥアール王国は復興に多くの時間が要した。
国も人も疲れ果ててしまったんだ。
けれど、それでも。
このような結果になろうとも。
トゥアール王国は、国の全総力――いや死力を尽くして決死の覚悟で、対抗しなければならなかった。
そうまでして戦わなければならなかった相手。
それは一つの大きな狂った国だった。
その国の名は――。
その国の……。
そ……。
…………。
私はおもむろに浴槽から立ち上がった。
「おい! ゼニシエンタ! お前何か食ってるだろ!?」
浴場に甘い香りが漂っていた。
「ふあい!? なふのことふぇふかあー?(何の事ですかー?)」
あっ!? すっとぼけやがったな!
ゼニシエンタの声は、明らかに口の中に何かを入れている、もごもごとした声だった。
なめんな。見えなくても丸わかりだよ。
「こっちにまで甘い香りが来てんだよ!」
私の小腹を刺激してんの!
くんかくんか。
私はゼニシエンタが何を食べていたかを確認するため、周りに漂っている匂いを嗅いでみた。
この正油と砂糖が焦げたような香ばしい匂いは――。
はっ!
これ――私の好物の正油焼き団子だ!
どうやら、彼女は湯焚き釜戸の火を使ってお団子を炙っている様だった。
正油焼き団子は炙ると風味が増すのだ。
恐らく今夜の宴会の為に頼んだおつまみを、つまみ食いしているのだろう。
しかし流石はゼニシエンタである。
手間のかかる正油焼き団子を、料理長に作ってもらったようだ。
ていうか、お前さっき夕食を食べたばっかじゃん!
別腹なのかよ!
「ええー……! ごっくん。気のせいですよお!」
さらにすっとぼける食いしん坊のゼニシエンタちゃん。
ごっくんって聞こえてるんだけど!?
「なわけあるか! おい……。私の分もあるんだろうな!?」
西黄のおつまみがあろうとも、それはそれ。
私も正油焼き団子が大好きなんだよ!
私も食べたいの!
「料理長からばっちり頂いてまーす!」
よし!
若干支離滅裂な事を言っているが、まあいい。
「でかした! じゃあ私出るから釜戸の火を落としといてくれー!」
私はそう言うと、そのまま足早に浴場の出入り口に向かって行った。
正油焼き団子も食べれるなんて、最っ高じゃあないかあ!
こっちの方が大事じゃーい!
「ふぁーい!」
ゼニシエンタは、再びその口の中にお団子を入れたのか、もごもごした声がまた聞こえてきた。
くっくっく。
本当に良く食べる子だよ。
まあ、いいけども。
半ば呆れつつ、私は浴場を後にした。
――その国の名は、神聖アラクリスト教帝国。
教帝という支配者が君臨する最悪の宗教至上国家だ。




