第11話 準備
私たちを乗せた馬車が、王宮の正門を抜け正面玄関に到着する。
私は先生の婚約について話を終えることが出来ていた。
ササレクタは私を抱きかかえて馬車から降りると、雨に濡れないようにすぐに玄関先まで移動する。
クロウガルも馬車から降りて玄関先まで来ると、
「姫様、シドーの件は儂の方から陛下にお伝えしましょう」
そう私に言ってきた。
「ん? ああ、頼めるならそうしてくれ」
まあ父様に話を通すのは爺の方が良いだろう。
二人とも私より先生との付き合いが長いし、色々と相談しなくてはならない事もあるだろうからな。
「よって、説教はまた今度に致します」
「え!? いいの!?」
「ふう……。こちらの方が重要ですわい」
おお!? やった! 無くなったぞ!
「ただし! これからはもっと注意するようにして下されよ」
「分かっているって! はっはっはっは!」
わーい! 何と運が良い事だ!
先生の婚約話がまさかこのような形で私を助けることになるとは!
「説教がないのなら、ここまでですわね」
ササレクタが私を地面に降ろして、腕の拘束を解いた。
やれやれ、やっと自由になったわ。
「うーん! 疲れたー!」
私は両手を上げたり腕を回して体をほぐす。
「では、姫様。儂はここで失礼しますぞ」
「おう! じゃあ先生のことは頼んだ。ああそれから、ローリエの事――気に掛けてやってくれ」
先生のことは爺に丸投げにするとしても、ローリエに護衛がつくよう私からも言っておかないとね。
シカルアヒダの者達が今夜から泊まる訳だし。
「無論です」
私の言葉にゆっくりと頷いて返した爺は、私たちの馬車を護衛していた近衛騎士たちと共に王宮の中に消えていった。
残されたのは私とササレクタだけだ。
「姫ちゃん、後で姫ちゃんの自室へ行ってもいいかしら?」
私が首をぐるぐる回しているとササレクタが話しかけてきた。
「ん? いいけど……。いつ来る?」
「夕食後、くらいかしらね」
「ああ、構わんよ」
「じゃあ、後で行きますわね」
「ああ」
ササレクタもそう言って手を振ると、王宮の中に入っていった。
二人と別れた私はこのまま執務室に戻ることにして、とことこと王宮の廊下を歩いていた。
自室に戻って服を着替えてもいいんだが、ちょっとこの西黄服で行ってみたいと思ったのだ。
執務室に戻れば、侍従官達がいるはず。
あいつらは今の私を見てどう反応するだろうか。
私はこの変装が通用するか試してみたかった。
でもどうかなあ。簡単にバレるかなあ。
すぐに気付くとしても、初めのちょっとくらいは驚いてほしいなあ……。
ササレクタに容易く看破されているこの変装技術に自信を無くしていた私は、あまり期待を持たないようにしながら執務室へ向かって行った。
執務室の前まで戻ると、私はその扉を叩いた。
――あれ?
反応がない。
扉を開けて、侍従官の控え室も兼ねる広い前室を覗いてみると、誰もいなかった。
しかし、その奥にある私の執務室に人の気配を感じることができた。喋り声が微かに聞こえてきている。
何だよ、いるじゃん。
掃除でもしてんのかね?
扉を叩く音が小さかったのか、侍従官の喋る声にかき消されていたようだ。
うーん、どうしよう。いきなり躓いてしまったな。
ここで侍従官に扉を開けてもらって、どう反応するか見たかったんだけどなあ。
入り直すか……。
でも、もう一度外に出て扉を叩いて、また反応が無かったら寂しいよね……。
だったら何食わぬ顔して入ってみるかな。
一瞬だけでも、「誰だこいつ?」みたいな顔でも見れるかもしれない。
そう思った私はそのまま執務室に続く扉を開けることにした。
執務室に入るとすぐに二人の侍従官がいるのが目に入る。
シトエスカとゼニシエンタだ。
両方とも目鼻が整った美少女の類で、私より年下。そして未婚の女の子達である。
シトエスカは、亜麻色の髪を耳の辺りから三つ編みにして、うなじ辺りでくるくると丸めており、その丸めた髪が薔薇の花の様に見える中々凝った髪型をした侍従官だ。
この髪の色が赤や黄色だったら、完璧に薔薇の花なんだけどね。
おっぱいは私よりも少し、ほんの少し大きい様に見えるな。
この子は、以前私の筆頭侍従官であった、お婆――ミストランテの孫娘でもある。
もう一人のゼニシエンタは、左右と頭の後ろの髪を三つ編みにして、その三本の三つ編みをさらに三つ編みにしながら腰のあたりまで垂らしている侍従官だ。髪の色は茶色。
おっぱいは私よりも若干大きい風に見えるな。
侍従官の服の下に重ね着をしているのが、そう見せるのであろう。
ゼニシエンタは商家の娘で、王都よりも気候が寒い北都の出身だ。
侍従官になってまだ日が浅いから、こちらの気候に慣れていない。
だから厚着してるんだよね。
この子は以前私たちが北都のさらに北にある、『冒険都市・奈落』という場所に行ったときに、シビアナが引っ張ってきた。
北都に立ち寄った時に世話になったんだ。
それが縁となり、シビアナが気に入って侍従官にするよう私に進言してきたってわけ。
二人とも有能で、私は助かっている。
ただ、最近ちょっとシビアナの影響が出てきているというか、何というか……。
こいつらの後ろにあいつの影がちらつくことがあるんだよね。
そんな将来有望?な二人なんだが――、
「――お前ら何してんの?」
会談等に使う横長の卓子の上に、色々なお菓子やらなんやらを皿に乗せて、二人仲良くパクついていた。
ここは侍従官がお茶会なんかする場所じゃないのは、二人とも分かっている筈なんだが……。
「お帰りなさいませ、殿下」
私が疑問に思っていると、卓子用の長椅子に座っていたシトエスカが立ち上がり、侍従官の見本のようなお辞儀をする。
この子はこんな感じで礼儀正しく淑やかな子だ。
それに侍従官の仕事をよく分かっている。ここらへんは、お婆に仕込まれたのだろう。
「え? ああ。た、ただいま……」
普通だな……。別に悪い事をしていたって感じでもないし。
何か理由でもあるのか? うーん……。
ていうか、私だってすぐにバレてしまったな。
まあ、私が先に声をかけたのがいけなかったんだが……。
でも、こんな状況なんだもの。声を掛けずにはいられなかった。
「姫様、お茶を淹れて参りますねー」
ゼニシエンタも立ち上がり、軽快な足取りで前室に向かって行った。
この子は陽気で、人懐っこい性格をしているかな。
「あ、うん、お願い――じゃなくて! 何してんのかって聞いてんの!」
あまりにも普段と変わらない態度なので、ついつい私もつられてしまった。
私の問いかけにゼニシエンタが足を止め、シトエスカと互いにきょとんとした顔を見合わせる。
それから、シトエスカが私に顔を向きなおして、
「毒見です」
と、答えた。
「毒見?」
意外な答えだったので、私は眉を顰め思わず聞き返した。
「はい。先程イージャン様がいらっしゃいまして、あちらの荷物を殿下にお渡しするようにと――」
シトエスカが執務室の奥に手を向ける。
そこには見覚えのある大きな袋と籠があった。
「あああっ!? 私のおつまみ!!」
先生から貰ったお酒もあるのか!?
私は急いで袋が置いてある場所へ走って行った。
「はい。イージャン様が仰るには、シビアナ様が毒見をしておくようにと言われていたと」
私はシトエスカの説明を聞き流しながら、袋や籠の中身をがさごそと確認する。
ある。あるぞ!
毒見の為か、少しずつ量が減ってはいるが、私が西黄館で買ったおつまみが確かにある!
そして――!
「イカちゅわーん!!」
イカちゃん発見!
おお! 我が愛しいおつまみの王よ!
艱難辛苦を乗り越え、我が元へたどり着いたのか――! うんうん、さぞかし辛い旅であったろうよ!
「姫様、これ美味しいですね。西黄館に行かれたのです?」
私にお茶を淹れてくれたゼニシエンタが、ぽりぽりとおつまみを食べていた。
卓子の上をよく見れば、私が買ったおつまみやローリエから貰ったお菓子であることに気付く。
「そそ。っておい! あんまり食べんなよ!?」
「えー」
「えーじゃないわ。……まあ、皿に乗っている分は食べてもいっか」
「やたー!」
そう言って両手を胸の前で合わせて喜ぶゼニシエンタ。
食いしん坊だよな、ゼニシエンタって。
会った時からなんだけど、この子は人の倍はご飯を食べる。
でも体型変わらんよな、こいつ。
しかし、シビアナの奴、憎い演出をするじゃないか。
まさかあいつがここまで動いているとは思わなかった。
イージャンが持って来たっていう事は、恐らくあの後王宮まで走って私達の馬車を追い抜いたんだろう。
あいつなら、簡単に追い越せたはずだ。
途中出会わなかったのは、別の経路を使ったからか。王宮の手前までは結構道があるからな。
「今晩の夜勤組はお前達か?」
「はい」
「そーです」
私の侍従官は昼勤と夜勤とで別れている。
とはいえ夜勤は普段することはない。何かあった時のために詰めているだけだ。
シビアナが筆頭侍従官になる前は、昼勤と夜勤という様に明確には別れていなかったんだけどね。
一日中働いている状態があったりして、シビアナが筆頭侍従官になった時に問題にした。
そしてあいつが色々と考え、きっちり別けて今の状態になっている。
これは侍従官達にも好評だった。長時間の労働は堪えていたみたい。
私もこの声を聞いて、気付けなかった自分を反省したんだよねえ。
さらにシビアナの凄い所は、侍従官達にも定期的に休日を作ったということだ。
私も最初シビアナがこの休日を作ると言った時は、懐疑的だったんだが……。
昼勤と夜勤に分けた功績もあったし、実験的にやってもらったんだ。
すると、これが効果覿面だった。
働く日が減っているのに、休日が無かった頃よりも明らかに仕事の掃け具合が良くなったんだよ。
しかも仕事にメリハリがついたんだよね。
「効率良く仕事をこなすには、休日を作ることが大切なのです。それに休むこともまた仕事の内ですよ」ってシビアナが言ってたけどその通りだったみたいだ。
「そっか。じゃあよろしく頼む。あ、夕食後自室にササレクタが来るからな」
「! ……左様でございますか」
シトエスカが少し嬉しそうに答えた。
まあササレクタも有名人だ。人気もある。特に女性に、なんだけどね。
「私は会ったことないんですよねえ……」
ゼニシエンタは不安そうに呟く。
「なに、面白い奴さ。普段通りで大丈夫だよ。さあて。おつまみとお酒も手に入ったことだし――。ぐふふふ。今夜は宴会だな」
私がそう言うと、二人がピクッと反応した。
「殿下」
私に向かってシトエスカが一歩前に出る。
「何だ?」
「そちらのお酒は、毒見がまだ済んでおりません」
「大丈夫だよ。これは先生のお土産だし」
「そうは参りません。私たちが御傍にいながらもし万が一があれば、それは私たちの責任にございます」
くくくっ。
つまり、自分たちにもお酒を寄越せってか。
「全く。シビアナに似てきたな、お前ら」
「お褒めにあずかり光栄にございます」
褒めてないわい。
――ま、いいさ。
「それじゃあ、四人で飲むか!」
今夜は、一人で飲むのは止めてパーッと皆で飲み明かしますかねー。
「いえ。私たちはあくまで毒見でございます」
「はいはい」
よく言うよ、まったく。
でも、この量だと足りないよなあ。
ササレクタも来るし、もう少しお酒やらおつまみが欲しいところだ。
――よし。
夕食が済んだら、厨房から焜炉用の火種と一緒に何かくすねてくるとしよう。
「お前たち。私はおつまみとお酒を部屋に持っていくから、このお酒を冷やす桶でも持って来てくれ」
『はい』
それでは、宴会の用意を始めますか!




