第10話 条件
「ふむ……」
爺は顎髭を撫でながら少しこちらを見ていたが、
「姫様がそういうのであれば出しましょう」
「ああ、頼む」
そう言ってすぐに快諾の意を示し、私は頷いた。
「では王宮に帰り次第手続きをしておきましょうかの」
「すまんが、よろしくな」
「はい。すぐにでも使用できるようにしておきましょう」
慣例的に至極天の仮使用許可は、王族である私か父様の推薦や了承がある上で、宰相であるクロウガルが許可を出すことになっている。
よって仮使用については、これだけで問題ない。
後は近衛騎士隊の隊長であるゴトキールを通して許可が下り、イージャンは申請さえすれば、いつでも至極天を持ち出し可能だ。
が、本使用の許可となると、こうはいかなくなる。
儀式や書類審査といった諸々の手続きが、かなり手間がかかって面倒くさい。
そしてなにより、この審査を行う前に達成しなければいけない条件が二つある。
一つ目は、既に至極天を使える者からのお墨付き。
使っても問題ないと判断されれば良い。
判断する方法は実際に戦ってみるのが一番手っ取り早いかな。
事実ササレクタは実戦形式で、お墨付きを頂戴している。
相手はシドー先生だ。当然、先生は至極天を扱える。
あの戦いは見応えがあったんだ。
ササレクタが戦闘中に焦っている姿を見たのなんて、あの時ぐらいだったし。
流石のあいつも、先生の前ではどうしようもなかったんだよね。
でも、今やりあったら――、どうかな?
ササレクタが至極天を扱いだして随分と経つ。
あれからササレクタも強くなっているし、それ相応の経験も積んでるから、いい勝負になるんじゃないかな。
ふふっ。だとしたら、それはそれで見てみたい気もするね。
二つ目は、至極天を扱うために必要となる力。
馬鹿力は勿論必要なわけだが、至極天を本当の意味で使いこなすには、ある力を一つどうしても体得してもらう必要がある。
この力は常人と達人を分ける目安、というか壁にもなっているね。
イージャンはその壁の前へ到達はしているんだよ、到達はね。
でもあいつは、随分と長いことそこで膠着状態に陥っていた。
体得方法は、人に言われて分かるようなものじゃないってのがねえ……。
こればっかりは自分の感覚で掴まないと、どうにもならない。
この壁を前にしてあいつがどうするのか。立ち竦むのか。登るのか。あるいは――。
その答えが、体得するための鍵になるんだよね。
ある者は立ち竦むことで、その壁の大きさを知り、じっくりと時間をかけて本質を見極める。
ある者は登り続け、その壁を乗り越えて、その力を体得した。
答えは人によって違う。千差万別さ。
イージャンにはイージャンの答えがあるって事だ。
とはいえ、このまま手をこまねいて、その才能を腐らせてしまうのは勿体ない。
何か打破するきっかけがあればとは思っていたんだよね。
頃合いを見計らっていてはいたんだ。
そこで、私の気晴らしから思いつたことではあるけど、今回ササレクタが帰って来たことだし、じゃあいっちょやってもらおうかって思ったわけ。
「やはり、あやつには素質がありましたか」
「まあな。武闘大祭でその片鱗は既に見せてはいたしな」
「でしたな」
覆面が取れた原因だったんだよ。
私に放った最後の一撃が、無意識だろうけどその力を孕んでいたみたい。
避けたと思ってたのに覆面にかすっていた。
これを意識的に操れるようにできれば、絶対条件を一つ達成ということになるし、至極天を本格的に扱うための第一歩にもなるんだけどね。
さてさて、爺の許可は取ったことだし、後は――。
「ササ、お前時間作ってイージャンの相手してやってくれないか?」
私はササレクタに協力を要請した。
こいつにも手伝ってもらわんとな。
「私がですの?」
ササレクタは額にしわを寄せて、露骨に嫌そうな顔になった。
「……別に私じゃなくても、シドー様に言えばいいんじゃないんですの?」
「うーん。それだとなあ……」
ササレクタの言う様に、先生にお願いしても別にいいんだけど、そこはほら私の気晴らしが大いに関係しているわけだ。
イージャンと先生がやるのではなく、ササレクタがやることに意味があるのさ。
先生が出張ってくると、活殺自在だから授業の様になっちゃうんだもん。
そうなると武闘大祭のようなお祭り気分で見物できなくなってしまう。
私の憂さ晴らしにならないのだよ。
それに、ササレクタに訓練を何度か付き合ってもらえば、いけるとは思ってるんだ。
私の見立てでは、恐らくイージャンの性格からして――生命の危機を感じれば、吹っ切れる。
だから、ササレクタはこれ以上ないくらいの適任者なんだよ。
戦いでのこいつは一切の容赦がないからね。
「先生は、ほらミーレちゃんの相手とかあるだろうし。なあ、頼むよササ」
私がもう一度頼んでもササレクタはむすっとした顔をしていたが、
「…………まあ、いいですわ」
そう言って渋々了承してくれた。
全く。一途というか何というか……。
こいつが嫌そうにしているのは、イージャンが昔惚れていた相手だからだろう。
一体いつの話になるんだか。
テレルが六歳で、えーと――、シビアナとイージャンが結婚して七年ぐらいになるから、それよりもっと前の事だろうに。
「お前、まだ未練でもあるのか?」
あっ。いっけね。
ついつい口に出してしまった。
「はあ!? 別に! ありませんけど!?」
ササレクタは目ん玉をくわっとひん剥いて、すぐに反論してきた。
「お、おう。す、すまん」
これ以上はいけない。
イージャンもまたこいつの怒りに火をつける油であった。
私は身の危険を感じると即座に謝る。
「――しかし、イージャンが至極天に到達するほどの者になるとはのう」
私たちのやり取りを見ていた爺が、感慨深そうに言いながら髭を撫でる。
「元々、剣の腕は凄かったんだろ?」
近衛騎士隊に配属になった理由がこれだ。入隊した時点でかなり強かったはず。
「そうなのですがな。儂はシドーの凄さを間近で見ておりますのでなあ」
懐かしいですわいと、爺が窓の外に顔を向けながら、遠い目をしだした。
おいおい、誰と比べてんだよ。
「先生と比べられちゃあ、イージャンも可哀そうだって」
私が笑うと、爺はこちらに顔を向け直して溜息をついた。
「イージャンが至極天を扱える程の男と、もう少し早く分かっておれば、このじゃじゃ馬は片が付いたのに……。完っ璧に見誤ったわい。今からでもなんとかならんかのう」
誰がじゃじゃ馬だ! この腐れ爺!
い、いやそんな事よりも。
「お、おい馬鹿、滅多な事考えるなよ? イージャンはシビアナの夫だぞ?」
爺が妙な事を考えて、あの夫婦にちょっかいを出したら、私にまで累が及ぶことは必至だ。
たまったもんじゃない。
あいつはやるぞ。間違いなくな。
シビアナの恐ろしさは、武力ではない。
策略だ。
この事でさえ奴の耳に入れば、二度とそんな事を考えさせないような、えげつない事を平気で実行しそうだよ。
「ほっほっほ、そうでしたな」
爺は私の反応を見て楽しそうに笑った。
「お前な……」
こいつ、わざとかよ……。
でもそういうのはさ、嘘でも言わんといて。
「ふむ――。しかしシビアナが独り身だったとしても問題がありましたな」
「そうだよ……。あいつが結婚しててホンット良かったわ」
「ほっほっほ」
魔性の女だからな、あいつ。
傾国の美姫なんだよ。
だからそんな事は冗談でも言うもんじゃないの。
ホント、イージャンがシビアナと結婚してくれて良かったよ。
この国はイージャンが人柱になってくれたお蔭で存亡の危機を免れたんじゃないかと、私は割と本気で思っている。
そういえば、あの二人が結婚する時も一悶着あったなあ。
あの時も色々酷かったんだよねえ……。
私も色々根回しやら調査やらをする羽目になったし。
なのに事態の中心にいるはずのシビアナは、イージャンとべったりしてるだけでさあ。
なーんかずるいよね。いっつも、割を食うのは私だけなんだもん。
今回の買い物だってそうだよ。自分たちだけちゃっかり助かりやがってさ。
どうなの、それは?
おかしいんじゃなくて?
――あっそうだよ、思い出した。
「ていうかシビアナは何で御咎めなしなんだよ? あいつだって私と一緒に西黄館で買い物してたじゃん!」
ごたごたしていて忘れていた。あいつだって説教を受ける立場だ。
私と一緒に正座させろよ! ぶーぶー!
「ふむ。姫様が早く帰るよう命令を出されたのではないですかな?」
「いや、出したけどもさ」
「なら、問題は無いですな」
「いいのかよ!」
「ほっほっほ」
あっさりしすぎだろ?
お前はどうしてシビアナにはいつもそんなに優しい態度なの?
逆に私や自分の娘夫婦とか孫夫婦にはきついよね?
私なんかは初めっから疑ってかかり、容赦なくガンガン追求してくるよね?
何なのこの差は……。
ほんっと、異議ありだわ。
お前はシビアナに弱みでも握られてんのかよ。
「――ちっ。あんの泥棒猫があ……」
私が爺の理不尽に腹を立てていると、ササレクタが悪態をつき始めた。
どす黒い感情が露わになっている。
「お前、シビアナ嫌いなんだな」
「と・う・ぜ・ん・ですわ!」
だよね。
ササレクタの顔を見なくても、声だけでシビアナとの確執がある事がよく分かる。
ま、どうせシビアナから男を取られたと思ってるぽいのが原因だろうし。
ああいうのを三角関係って言うんだっけか?
きっと愛憎入り混じった壮絶な戦いが、あの三人の間で繰り広げられたのであろう。
いやはや恋愛って行き過ぎると怖いんだねえ……。
私は恋愛なんてしたことないから、よく分からないけどさ。
それにまあ、シビアナって私たちとは対極にある奴でもあるからな。
いい男を捕まえて結婚済み。しかも年齢はササレクタより下。そして、あの大きなおっぱい――と。
これだけあれば、三角関係云々がなかったとしても、十分妬み嫉みの対象になる。
ははっ。
しかしこうしてみるとシビアナって、さっき私が絶対思わないでおこうとした全ての言葉に該当してるよね。
…………。
………………。
――いや、やばいよ、これ!
そう思った瞬間、ギュウっと私を包む圧力が強くなった。
私は様子を窺おうと恐る恐るゆっくりと後ろに顔を向けると、ササレクタは額に青筋をおっ立てて空を睨んでいた。
ひいいい!?
やっちまった! シビアナは最悪の危険物だったわ!
「サ、ササ? ねえササ、レクタ?」
「…………」
話しかけてもこっち見ないんですけど!?
どうしよう! 私の声なんか届いてないわ!
ていうかどこ見てんの、お前!?
ササレクタが見つめる先を目で追うと、そこは馬車の天井だった。
ああ、そこにシビアナの顔でも見えるんだろうな、うんそれは分かったわ!
勝ち誇ったあの笑顔が私にも見えてきそうだよ!
でも、私を巻き込まんといてええ!
「ちょ、ちょっと、えっと……あのササ、レクタさん?」
「あの女あああ……! 私とイージャンの間にいきなり横から入ってきてぇ……!」
「ぎゃあああ!? 痛い痛い! 馬鹿! 力込めんな!」
案の定である。
ササレクタの怨嗟の声と共に、ギリギリと私の体が軋み始めた。
「姫ちゃんも分かっているでしょう? あの無駄にでかいだけの胸を使って誘惑したに違いありませんわ!」
「わ、分かったから! な? 冷静になれって。大丈夫、お前は大丈夫だ。だから――」
「きぃいいいいー!」
「うごおう!? 馬鹿! 緩めろ! ああん! 緩めて下さいっ!」
先程とは比べようがない力で私の体が圧迫され始めた。
私は足をバタつかせ体を左右に揺らして何とか抜け出そうともがいたが、がっちり抱きかかえられていてビクともしない。しかも――。
胸が凹む! 私のおっぱいがあああ!
胸の前で交差されたササレクタの両手が、めり込むように私のおっぱいを押さえつけていた。
「あのおっぱいがいけないんですわ! あれさえなければイージャンだってぇえ!」
「話聞けよ! おい! う゛!? これ出るから! 中身出ちゃうから!」
さらに下から押し上げるように、鳩尾あたりを両腕で圧迫されることによって、二日酔いの時みたいに吐き気がこみ上げてくるのが分かった。
このままでは、馬車の中が名状し難いお菓子のようなものによって、溢れかえることになる。
「あんなに頑張ってゆ・う・わ・く・したのにぃぃい!!」
「で、出る! ローリエのお菓子があああ! お、おええ……」
こ、これもう限界だわ!
この歳になってイージャンと同じことを素面で――!
「――ローリエ?」
ササレクタがそう呟くと、すぅっと私の体を抑える力が抜け、吐き気もゆっくりと収まっていく。
「はあ、はあ……。あ、危なかったわ……。おい! ササ!! うぷっ」
私はササレクタに文句を言いたがったが、未だ生じる嘔吐感を抑えることに集中した。
ほんとにもう!
こんなことになるんなら、さっさと血統の力を使っとけばよかったわ!
「ローリエって誰ですの?」
正気に戻ったササレクタが何事もなかったかのように尋ねてきた。
こ、こいつはあああ……!
情緒不安定になるのは一人の時にしろ!
――まあいい。
私はこのくらいの事で怒り出すような、浅はかな人間ではないのだ。
それよりも、こいつは西都にずっといたからローリエの事を知らない。
という事はだ。ローリエと先生の関係も知らないと言う事だ。
今年一番のビックリ仰天大事件をな。
「ふむ。シドーに保護された子じゃよ。今は奴の所で助手みたいなことをさせておるな」
「そうなんですのね」
ほほう。この様子だと爺も知らないようだな。
どうやら、私の破壊工作は知っていても婚約の報告は受けてないみたいだ。
であれば、爺も知らない極秘情報を私が握っているという訳だな。
ていうか爺、お前平然としすぎだろ? 私を助けようとか思わなかったの?
一言くらいあってもいいんじゃないのかね。
「――姫ちゃん、もしかしてまだ何かあるんですの?」
勘のいいササレクタが、私がまだ何かを知っていると気づいた。
「ふふふ……。なんだ知らないのか、ササ?」
「今知った者の事なのですから存じ上げませんわよ……。何ですの、その顔?」
ふふん。何とでも言うがいい。
折角だ。
ちょっと焦らしながら、優越感にでも浸ろうじゃないか。くひひひ。
「これ聞いたらビックリするぞ、お前ら」
「あら」
「ほうう……」
ほっほっほ。
中々の食いつきっぷりですな。二人とも私の意味ありげな言葉に、興味津々のご様子。
爺なんて、今までとは打って変わって真剣な眼差しで私の事を見ている。
ふふふ。だがその程度では、まだまだ教えてやれんなあ。
もっと焦らしちゃおう。けけけのけー。
「でもなあ、どうしよっかなあ? タダで教えてやるのはなあ?」
「そういうのはいりませんから、早くお言いなさいな」
ササレクタが私の脇腹をくすぐりだした。
「あひゃひゃひゃ!? ササ、お前! あははっ! お、王女だぞ私は! うひゃひゃひゃ!」
「知ってますわよ」
そうじゃない! そうじゃないだろ!?
「分かったから! あははははは! 言う! 言うから止めろおおおお! ひーはははっ!」
「初めからそうしなさいな」
「あひゃん!?」
止めと言わんばかりに脇腹へ両手が突き刺さり、くすぐりの刑は終了した。
「ぜぇー……、ぜぇー……」
笑い過ぎて疲れた。首が前に倒れたまま動かない。
脇腹をくすぐられるなんて……、い、いつ以来ぶりだったか。
「ほら、さっさと言っちゃいなさいな」
サーサーレークータアアアア!!
「さっきからそうだけどさ! もっと私に優しくしろよ、お前は!」
「はいはい」
こ、このおお!
私の言葉を簡単に受け流しやがってこいつはああ!
「それで? 結局、何なのですかな姫様?」
私の怒りが収まらぬままに爺も催促してきた。
このせっかちさん達めが!
――ったく。もうちょっと焦らしたかったが仕方がない。
それじゃあ、今度はお前たちの驚く様を、思う存分笑ってくれるわ。
「こほん。いいかローリエはな……」
ここで言いさして、私は二人の注意を引きつける。
ふふふ。見てる見てる。
こういう発表はちょっと溜めて一気に言ってやるのが効果的さ。
よし、では――。
私はそう少し間をおいて、
「――先生の婚約者だ」
と、言い放ってやった。
するとササレクタとクロウガルの動きがピタリと止まる。
二人とも今の言葉を理解するのには、時間を要するようだ。
くっくっく。まあ、そうなるよね。
そして、止まった時が動き出した。
「……え? ええええー!?」
「なんと……!」
「わーっはっは! なー? ビックリしただろ?」
いやーいい顔してんな! え? 何その顔? ぷーくっくっく。
「あ、有り得ませんわ! そんな事!!」
残念。有り得るんだな、これが。
「姫様、今のは本当に――」
「事実だよ。私も驚いたがな。先生本人から聞いたことだし、ああそれに婚約指輪をしっかりと填めてたわ」
「ふうむ……」
流石の爺も信じれない様子だな。半信半疑といったところか。
「しょうがないなー。それじゃあ私が、く・わ・し・く・説明をしてやろうじゃないか」
「何か腹が立ちますわね、その言い方」
「はっはっはっは」
二人の驚き具合に満足した私は、先生の研究所で起きた出来事を話し始めた。




