第9話 王家の掟 その2
雨は本降りになり始め、馬車に当たる雨の音が車内にもよく聞こえるようになってきた。
その音に負けない程度の声を張って、次の発言を待つ二人に私はこう言った。
「もうさ、掟削除しよ? それしかないじゃん」
これ。
これが言いたかったんだ。
まったくもって単純明快な答えだ。これで全てが解決する。
『王女は自分より強きものを夫に迎えるべし。これに従わぬ事決して許さず』
こんな掟なんかがあるからいけないんだよ。だから、私は結婚できない。
しかーし! この掟が消えればあら不思議! 今まで悩んでたのが嘘のよう!
綺麗さっぱり解決です!
やれやれ。
こんな簡単な答え誰も言い出さないんだからなー。
しょうがないから私が言ってやろうじゃないか。
「大体さ、こんな掟に縛られる必要なんかないんだって。どうでもいいじゃない。ササもそう思うだろ?」
私は同意を求めるようにササレクタへ顔を向ける。
しかし、彼女は難しそうな顔をして私を見ていた。
あれ?
「うーん。そうですわねえ……。でもそれはちょっと」
「何でだよ?」
「うーん……」
ササレクタが唸りながら首を捻る。
煮え切らない態度だな。そこまで悩む事もなかろうに。
「今さらあの掟を削除しようとも、問題は解決しないでしょうな」
爺からは否定的な意見が出た。
「え? いや、解決するだろ?」
「姫様が武闘大祭で優勝したという事実が、もうどうしようもないのです」
「だから掟を削除しようって話じゃないか」
諸悪の根源たるこの掟を削除すれば、爺の言った事なんて関係なくなる。
まず、国民への懸念が払拭できるでしょ。
王家の掟に引っ掛かるって知っているのがいけなんだからね。
削除できれば、引っ掛かりようもない。単純な話じゃん。
それから、武闘大祭で優勝した私より強い者を夫に、という最大の難点であった制限が無くなるよね。
これで私は結婚したも同然。すぐにでも婚姻が成立するだろう。
これで残るのは掟とは関係ない家格だけど……。これは問題にもならないよ。
王家に見合う家格はいくつもあるし、無ければそれなりの理由をつけて家格を上げさせればいいだけだもん。
ほらね、これで全て片がつくじゃない。
私の答えに顎髭を撫でていた爺が、少し間をおいて口を開いた。
「これは儂の曾孫が言っておったのですがな」
曾孫?
「何でいきなりお前の曾孫の話が出てくるんだよ?」
何の脈絡もない爺の言葉に、私は胡乱げに尋ねる。
そういえば、この前爺の孫娘が私に、爺が甘やかしすぎて困るって愚痴ってたな。
私や自分の身内には厳しい爺ではあるが、この曾孫にだけは非常に甘い。
以前は孫娘に甘かったが、その孫娘が結婚して曾孫が生まれてからはそっちに鞍替えした。
そんな曾孫がどうしたというのか。
「ほっほっほ。まあ聞いて下され」
ええー……。
できれば聞きたくないんだけど……。
曾孫の話になるとこれまた長いし、大抵ただの自慢だ。
そして、その自慢話を聞いた後に抱く感想は「だから?」になる。
うーん。でもまあ掟に関係あるっぽいから聞いておくか。
「手短にな」
一応、話が長くならないよう釘を刺した。
「武闘大祭の時の話ですじゃ。姫様の戦う姿を見た曾孫が呟いたのです。『真に強き者に真の魂が宿りし者……。その者は己が覇道を往く、天下無双の姫君。其は我らが畏怖、我らが誇りなり』と」
「……お前の曾孫っていくつ?」
「今年で七つですな」
怖いよ。
子供の考えることじゃない。
大丈夫なのか、この曾孫は……? 将来が心配になって来たぞ。
ていうか私を何だと思ってるんだよ……。
「そろそろ誕生日でしてな。今年は曾孫に内緒で――」
「それで? それが掟の話にどう関係してんだ?」
ここで止めなければ、爺の曾孫自慢が始まると察した私は、すかさず言葉をかぶせて妨害した。
爺は今からが話したい所なのにと言わんばかりに溜息をつくと、しぶしぶといった様子で話を戻す。
早くしろ。
「姫様、これがこの国を表しておるのです。幼い子供でさえこの様な考えをもっている」
「いや、お前の曾孫が特殊なだけだって」
国中の子供たちが皆、お前の曾孫みたいな言い方するの止めてくんない?
「つまり掟云々ではなく――」
おい、無視かよ。ま、いいけど。
「姫様と同等以上の強さを持つ者を結婚相手に選ばなければ――」
うん、なければ?
「国中で暴動が起きます」
「起きねーよっ!」
話が飛躍しすぎだろ!?
どこをどう解釈したら、そんなとんでもない事態に発展するんだよ!
爺はどうやら耄碌したらしい。
こんな突拍子もない事言う奴じゃなかったのに。
歳だな。
「あら? 起きますわよ?」
「ええ!?」
爺に続いてササレクタもおかしなことを言いだした。
「姫ちゃんのこの国での人気は凄いんですのよ? 中でも武についてのそれは最高ですわね。武闘大祭で圧勝するんですもの」
「お、おう?」
いや、人気があるってのは冗談で言ってるだけで……。
いきなりそう改まって言われると照れるというか、その……。
「それなのにもし、へなちょこを婿に迎えたら、どうなるかなんて明白ですわ。その事がこの国への不信不満となって一気に爆発、国民は暴徒と化しますわよ?」
「なるわけねーよっ!」
うちの国民はどこぞの狂信者集団かよ!
ていうか何なのその顔は!? やれやれ何にも分かってないって顔しやがって!
私が間違ってるわけ? そんなわけあるか! お前らが何にも分かってないわ!
「いやいやいや! おかしいよ。国民だって私が結婚しなければ、どうなるか分かってるだろうが!」
国が無くなるかもしれれないのに、暴動を起すとか有り得ないんだよ!
「それでも武を示さなければ、国民は納得しませんわよ?」
「はあ!?」
何だよその言い草は!?
国民に納得してもらう事が大前提になってるんですけど!?
違うわ!
「私の結婚の方が重要だろ!? 国家存亡の危機だよ!」
論点がズレてきている。
国民が納得するかは別問題!
父様が再婚しそうにないんだし、私が結婚しなければ最悪トゥアール王国は無くなってしまうの!
そっちの方が問題なの!
掟を削除してでも私が結婚を決めることが最優先なんだよ!
「だから、姫ちゃん並みに強い者でないと国民も黙ってはいないですわよって。それこそ国家存亡の危機に――、はあ……。姫ちゃんはうちの国民舐めてますわね」
「舐めるとか舐めてないとか、そういう事じゃないわ!」
私の結婚ぐらいで、うちの国民がそんな事するわけないだろうが!
話にならない。
こんな被害妄想めいた空理空論なぞ聞いても何の得にもならんわ。
「暴動の事はもういい! それよりもだ!」
随分と話がそれてしまったが、そもそも私が掟を削除しようと言い出した狙いは、こいつ等にも動いてもらいたかったからだ。
掟を削除しようとするならば、まず父様に話をつけなければいけない。
あの父様を説得するには私では難しいだろう。
だが、爺やササレクタが言う事ともなれば、父様も無碍にはしない。
必ず問題にできるし、掟を削除できる公算も大きくなる。
と、いうわけでこいつらの協力を取り付けておきたい。
「――お前らだって分かっているだろう? 私が結婚する事の重要性は」
「無論、姫様には結婚してもらわねばなりませんな」
「それは分かってますわ」
爺とササレクタを交互に見ながら問いかけると、二人は頷いて私の言葉を肯定した。
よし、事の重さを再認識してもらったところで、説得をば。
「だろ? ならば協力してくれ。この掟さえ無くなれば私も結婚が――」
「しかし姫様より弱い婿など要りませぬ。こちらから願い下げですな」
「――は?」
「私も突き殺しますわよ?」
「突き殺、え? お前ら何言ってんの?」
私は耳を疑った。
今許さないって言った? 突き殺すってどうこと?
私の理解が覚束ないまま、爺が説明を始める。
「姫様が優勝してしまった以上、どうしようもありませぬ。姫様と同等以上の強さを持つ者。これは絶対に外せぬのです。国民が暴れて国が滅びてしまいますのじゃ。後、儂も弱い婿など嫌ですじゃ」
「私が結婚するの! お前がするんじゃないんだよ!?」
まず国の事を最優先に考えろよ! 宰相だよね、お前!
「馬鹿はいりませんけど。ま、そうなりますわね。国が滅びますもの。後、私も弱い婿だったら至極天の力を解放しますわよ?」
「お前は怖すぎるわ!!」
この国最強の武力を使おうとすんなよ!
突き殺すよりさらにたちの悪いことを、こいつはぁ……!
――何てことだ。
知らなかった……。
こいつらこんな風に考えていたのか……。
結婚に関しては爺に一任してたから、私はこいつらがどう考えてるかなんて気にもしなかったんだよ。
言われた相手とお見合いしてただけだ。
ていうか、もしかしてうちの連中こんなんばっかなのか!?
だから、あの掟を削除しようなんて意見が出なかったの!?
やばい! やばすぎるぞ、これ!
「何を考えているんだ!? お前らまで強者に拘ってどうするんだよ! もっと大切なことあるだろ!?」
「それが一番重要ですぞ?」
「ですわよ?」
「アホか!!」
駄目だ、頭が痛くなってきた。こいつらの思考どうなってんの!?
こいつらの言い分は、国家の中枢を担う者達の言葉とは到底思えない。
国民だけでなく自分たちも、強い婿でなければ結婚を許さないと言っている。
私が結婚しなければ、この国が無くなるかもしれない、この状況下でだ!
二人とも解決策が目の前にぶら下がってんるの分かってるのに、敢えて見向きもしない。
ササレクタは解決策を地面に叩き落とし、足で磨り潰さんが如しだ。
無茶苦茶だろ!?
爺なんてさっきまで私にくどくどと結婚について説教をしてたのに何で――!?
まるで別人の様だぞ!?
「爺! さっきまでの説教は何だったんだよ!? 外国での婿探しが大変だとか言ってたじゃないか! 掟を削除すれば全て片付くんだぞ!?」
「関係ありませぬな。弱い婿など論外ですじゃ」
「えええええええ!?」
今までの説教は何だったんだよ!?
――あ!?
もしかしてこいつ、私の婿が強者だってことを前提で説教してたのか!?
何という……。
「ぶっちゃけ掟どうこうの話ではないんですのよ? 武闘大祭で結果を出せないような輩では無理ですわ。 ま、優勝ぐらいポーンってしてもらいませんとね」
「ポーンって……」
軽いな。流石はササレクタだよ。
お前の中での武闘大祭がどんな扱いになってるかよく分かるわ。
「優勝さえしなければ、大祭上位者でもまあ及第点で……。それでも良かったんじゃがのう」
「他を圧倒して優勝しましたものねえ……。観客も姫ちゃんの強さ見ちゃいましたし。仕方がありませんわよ」
「そうじゃのう」
何この会話……。
何でごく自然に掟に従ってんの?
私は思考が掟に支配されているとでもいうような二人を見て、畏れに似た感情を覚えた。
いや、ここで心を折っちゃいけない!
今、及第点という言葉が聞こえてきた。これを――!
「ねえねえ。別にいいじゃない上位者でもさ。掟無くして、そいつらから選んで、そうすれば何ら問題ないよ?」
私は言い方を変えて、優しく諭すように微笑みかける。
掟を削除してもそれなりに強い奴らから選べるんだよ? 気付けたかな、お二人さん?
「ほっほっほ……」
「う・ふ・ふ……」
何故笑う……。しかも何気に剣呑な雰囲気になってないか?
「今さら、そんな弱っちい奴らに姫様はやれませんな」
「縊り殺してやりますわ」
「お前ら私を結婚させる気あんの!?」
もういやだあああ! 話が全然通じないよおお! 誰か助けてー! シビアナあああー!
「まあ、頭の痛い話ではありますな。何でこんなに強いのかのう……」
お前がそれを言うか!
「頭が痛いのは私の方だ! ていうか強い分は別にいいだろうが! 強くて何が悪いんだよ!」
「結婚が出来ないでしょ?」
「ああっ! そうだった!」
あーもう! 頭がこんがらがって来たわ!
こいつらが意味不明なこと言い続けるから――!
私は頭を掻きむしりたくなる衝動を何とか抑えて話を続けた。
「いやだから掟を削除すれば話は済むだろうが! それで大丈夫だって! 何とかしろ内政の総責任者!」
「不可能ですな。そもそもあの掟だけは絶対に無くしてはならぬのです。これは初代女王からきつく伝えらておるものですからな」
時代錯誤な事を――!
「そんなのどうでもいいだろ!? 私に合わせろよ! ああ、そんなに大切なら私の後にでも、また戻せばいい!」
「無理ですな。その様にころころ変えられぬから掟なのです」
取りつく島もない。爺はきっぱりと拒否した。
「ぐぬぬぬ……」
「結局のところ次の武闘大祭まで待つしかありませぬよ。今やっておる婿探しも、運が良ければもしかしておるかもと思ってやっとるだけじゃし」
「え?」
こいつ、今なんて言った!?
「婿探しは表向きですものね。何もしていないじゃあ決まりが悪いってだけですもの」
「嘘でしょ!? 」
「あら、知らなかったんですの?」
「初耳なんですけど! 私とどっちが強いか分からないからじゃないの!?」
「違いますわよ?」
「違うのかよっ!!」
何かどんどん私とこいつ等の認識が違っているのが分かって来たんだが……。
私が思ってたのと全然違うぞ。
「ほっほっほ。とはいえ相手を選ぶことに手を抜いているわけではありませぬ。強者の査定などはきちんとやっておりますでな。
しかしもし万が一姫様に見合う者が現れたとしても、武闘大祭に出場し結果を出さなくてはなりませぬから、同じことですな」
外国から探してきても、武闘大祭に出場させる気だったのかよ……。
「唯一の例外は至極天を使えることですわねえ」
「ふー……。そちらの方も可能性低いのう」
「ですわねえ……」
何でそこまで絶望視してんのさ。
希望はすぐ目の前にあるんだよ?
気付けよ!
「だから、掟を――」
「意味がありませぬよ」
「いや、国民は――」
「国が滅びますわよ?」
「もういい。疲れた……」
駄目だこれ。思いもよらぬ展開だわ。
私が結婚するのにどんだけ強さが求められてんだよ。
しかも宰相と将軍という国家の重責を担う連中がこれでは話にならない。
この国は……もう終わりかもしれないな。ははっ。
滑りたい。テレルと一緒に滑り板を滑りたい。どこまで滑り降りたい……。
ああ、至極天で思い出したわ。
「爺、私の結婚の話はもういい。それよりもイージャンに至極天の仮使用許可を出してくれ。黒い刀のやつ。えーと……。名前なんだっけ?」
「『黒相 紙裂き砕破』ですな。ふむ。イージャンにですかな?」
「ああ。あいつはいけると思う」
はあ。
忘れないうちにイージャンの許可でもをとっておこうかね。
今回はこいつらの考えが分かっただけで良しとするさ。
説得はもう少し要素を集めて練り直そう。
私が病気したらどうするのか、とかそこら辺を詳しく詰めておきたいな。
シビアナにも要相談だ。




