第16話 師弟対決
「赤色の髪……!」
その通り。
私は怒っているんだよ。感情で髪の色が変わるぐらいにはね……!
ていうか驚いて隙を作ってる場合じゃないだろ。
「はあっ!」
私はハゲの右腕を両手で素早く掴み、体を捻りながらそのまま露台に向かって投げつけた。
取り敢えずここじゃ戦えないからな。
ローリエもいるし、怪我でもされたら大変だ。
という訳で、さっさと中庭に落ちてもらおうか。
ただし――。
「ぐぬっ」
ハゲは体を回転させて露台の手摺の上に着地しようとしたが、そんな事をするのは分かり切っていた。
私は間髪入れずに露台に向かって跳躍し、体を1回転させた。
ハゲが手摺の上に着地した瞬間に狙いを定める。
――一発。
「せやあっ!」
――叩き込んでからな!
胴体の正面めがけて横薙ぎするように右足の回し蹴りを思いっきり蹴りつけた。
腕と脚が激しくぶつかり合い、鈍い衝撃音がする。
咄嗟に反応して両腕で防御したか。
しかしそんなの私には関係ない。
「ぐぬっ!?」
そんな所だと碌に踏ん張れないよな。
それじゃあ、まあ……。
飛んでけ。
私が右脚をそのまま振り抜くと、巨体が中庭の真ん中あたりに向かって一直線にぶっ飛んで行った。
地面にぶつかると、大きな重い音が中庭に響き渡る。
同時にその衝撃で周りに土煙が広がった。
すぐに露台から中庭に飛び降り、土煙が舞っている方へ目をやる。
蹲る黒い人影がうっすらと見えた。
徐々に土煙が晴れてきた。
眼前の地面が少し抉れているのが分かる。
その奥で、大きな体がゆっくりと無言で立ち上がった。
はっ流石に丈夫だな。
立ち上がり方で分かった。無傷だ。
上手いこと衝撃を受け流してるのか。
まあ、元々強靭な肉体なのは知っている。
そうそう怪我なんてしていないよな。
私はスタスタ歩きながらハゲに近づき距離を狭める。
話が出来る程度近づいてピタッと足を止めると、背筋を伸ばして胸を張り、腰に手を当て少し足を広げた。
そして、熊の様に大きな体から容赦なく放たれている鋭い眼光を、ゆっくりと見上げながら睨み返した。
さて……やるか。
「全く……。人の話を聞かん奴だ」
「聞く必要がない」
そう言うと私は腰に当てていた手を前に出して構える。
向こうも同じ様に構えた。
気配が変わる。
更に威圧を感じるようにになった。
「良いだろう……。はあ、そのような性格だから結婚できんのだ」
その言葉が戦いを始める合図になった。
「結婚は関係ないわあああ!」
「大いにあるわっ!」
お互いの拳と拳が激しくぶつかる。
衝撃音が周囲に伝播して、空気を震わせた。
ちっ相殺か……!
力が拮抗したらしく、ハゲの体はさっきの様に吹っ飛ばない。
ぐぬぬぬ……。このハゲェ……自分が結婚するからと言って上からものを言いやがってえぇ……!
無性に腹立たしいわ。
勝者の余裕でもを見せつけたつもりか?
だがな、そんなのはすぐに自分の妄想だったと気づくだろうさ。
「おらあ!」
「ぬん!」
そのまま立て続けに左右の拳で連撃を加える。
私の方が動きが俊敏で自然と手数が多くなる。
さらに右へ左へと体を移動させて、速さを生かした攻撃を繰り返した。
だが、ハゲは私の動きに振り回さることなく、淡々と攻撃を捌いていく。
身長の差を利用して死角に入ろうとしても、すぐに反応してきた。
攻撃は殆ど当たっているが損傷は軽微だろうな。
私の攻撃が軽いという訳ではない。
この連撃も普通当たれば岩が粉砕する。
むかつくが上手いこと体をずらして、衝撃を受け流しているんだ。
手ごたえがぬるりと抜けていくのがその証拠。
加えて攻撃の一番破壊力がある距離を見切って、腕が伸びるのを体全体を使って抑えてくる。
これじゃあ本来の力が出し切れない。
攻撃の方も手数こそ私に比べ遥かに少ないが、一撃一撃が非常に強烈だ。
何度か喰らったことがあるからな。
まともに当たったら間違いなく吹っ飛ぶ。
「ふんっ!」
溜めの入った一撃を入れようとすると、それを見計らっていたかのように先に強打を放ってきた。
私はこれを当たる寸前で、体を少し捻って躱す。
私が連撃を入れたらハゲが体で防御。ハゲが攻撃したら私は躱す。
この繰り返しだ。
しばらく応酬が続いたが、両者互いに有効打が当たらない。
「くっ……!」
私は一旦距離を取るため、後ろに大きく跳んだ。
追撃は来ない。
ちっ……余裕綽々かよ。まあいい。
「すー……はあー……」
呼吸を整える為深呼吸をする。
分かってはいたが、長引きそうだな。
下手すると一日中続くぞ、これ。
「すー……はあー……」
もう一度深呼吸をする。
そして自分の思いを再確認する。
駄目だ弱気になるな。ここで私が諦めたらどうなるか。
よく考えるんだ。
一人の女性が間違いなく不幸になる。
それを決して許してはいけない。
何としてでも助けて見せる!
私は諦めない。決して諦めないぞ!!
「はああああ……!」
「リリシーナ!? お前!」
赤く輝いていた髪の光が私の全身を覆う。
体の奥底から力が溢れてきた。
トゥアール王家、血統の力。
私の赤髪は怒りの顕示。身体強化の赤。
これで終わらせてやる!
「ハゲ親父の魔の手から、ローリエの未来を守る為! ここで再起不能になってもらう!」
「貴様……。ハゲハゲと何度も言いよってからに……。それにこんなことで血統の力を使うなど……!」
「問答無用!」
私はハゲに向かって走り出した。
私の脚力に耐え切れず地面が割れる。
その速度は先程とは全くの別物になっていた。
最早常人では目で追えない。
稲妻が走るように何度も軌道を変えながら距離詰める。
軌道を変えるたびに地面が割れた。
「くっ!」
明らかな焦りを見てとれた。
今度は体を盾にしようとせずに、躱そうとしている。
何故ならこの攻撃はいくら達人の先生でも完全にはいなしきれないからだ。
防御しても有効打になる可能性が極めて高い。
徐々に間合いを詰め隙を窺う。
この変則的な動きに対処できなくたった時が勝負だ。
地面が割れる音が何度も起こっていた。
初見ならこの音だけでも恐ろしいだろう。
――ここだ!
初めは私の動きについてきていたが、遂に私の動きに体が反応できなくなった。
一瞬の隙。
ここを狙う!
「喰らえ!」
私の拳が明らかに今までとは違う、まるで骨が軋む様な衝突音を起こす。
手ごたえありだ。
ハゲは何とか両腕で防御したが、今度は今までと同じようにはいかない。
ハゲの巨体が足元の地面を削りながら後ろへ下がっていた。
腕の隙間から見える表情も若干歪んでいる。
いけるな。さっさと終わらしてやる。
「何を考えておるのだ! その力そう易々と使っていいものではないぞ!」
「うるさい! ていうか私より先に結婚とか!! 許すわけないだろが!!」
あっしまった……。
「矢張りそれが本音かリリシーナ!!」
そうだよ。
「ちっ」
ばれてしまった。
そう、私は先生の結婚を自分の為に阻止しようとしていたのだ。
先生は私の知る数少ない独身者だ。
この事実を使って、私は結婚できない焦る気持ちを、何とか逸らせようと人知れず頑張っていた。
私のほかにも結婚していない者はいる。ほら、先生とかさ。
などと思うことで気持ちを落ち着かせていた。
まだまだ大丈夫、とね。
それなのに、ここにきていきなりの婚約発表。
今まで一切女っ気がなかった先生までもが結婚する。
その事実が、私を絶望の淵へと追い込んだ。
崖っぷちに追い詰められていた私。
足元の地面がいきなりガラガラと音を立てて崩れ去る。
そして、私はそのまま奈落の底まで落ちていく……。
そんな気分だったよ。
ううっ。
思い出したら胸がまた……締め付けられる……!
――まだだ。まだ結婚をしてもらっては困るんだよ!
元々数の少ない独身者をこれ以上減らすわけにはいかないんだ!
我が安寧を守る為、何としてでも……!
「ばれてしまったのなら仕方がない……」
そう言いながら私は構えなおす。
「おらあああ!! 1年くらい結婚延ばしてやるわ!!」
私はハゲに襲い掛かった。
延期された間に私が先に結婚を決める!
敗者はお前の方だ、ハゲェェ!
「ぬうう! 何という器の小ささだ! お前はそれでも王女か!」
「はっはあ!」
そういうのは関係ないんじゃないかな?
人は時として目的のために、どこまでも冷酷になれる生き物なのだよ……。
くっくっく……。
それにそもそも理由が違えどやることは変わらない。
安心して逝くがいい。
――よし、横腹ががら空きだ。
もらった!
私はハゲのどてっ腹に拳を叩き込んだ。
「はっはっは!! このまま男女の仲になる前に逝けぇ! ハゲ!」
ちゅーもせずになあ!
私もした事ないけどね!
「!!……」
突然、ハゲの動きが私の言葉に反応したかのようにピタッと止まる。
「はあ!?」
違和感を感じた私は自分の拳を寸でで止めてしまった。
ちっしまった。絶好の機会を……!
あれ?
攻撃が来ない。
「おい……何だよ?」
「…………」
急に黙った。動きもない。
何だ?
気配も闘っていた時のものとはまるで違っていた。
「殿下ー!!」
突然イージャンの声が聞こえた。
私は声がした方に顔を向ける。
イージャンが私に手を振っていた。
その隣ではシビアナがローリエに何か話しかけているようだ。
何を話しているのかは、ここからじゃあよく聞こえない。
ただ、ローリエが顔が赤くして俯いているのは分かった。
ん?
ローリエがキャって両手を頬に当てて、くねくねし始めた。可愛いね。
シビアナはそれを見て頷く。
そしてこちらを向くと、彼女は右手の親指を立ててこちらに見せた。
何それ? どういう意味?
さらにシビアナが満面の笑顔で頷いた。
…………。
――え?嘘。 いやだって……そういうのは結婚してからでしょ?
ぎぎぎと音を立てて首を元に戻す。
「ハゲ……。お前まさか」
私の問いに目をそらすハゲ。そして、
「………………ぽっ」
頬を赤らめる中年のおっさん。
はっはっはっ。いいね。
私に死刑執行を決断させる実に良い表情だよ。
はっはっはっ……。
私は踵を上げた。
「……死ねぇええ!!」
そして思いっ切り振り落した。




