第14話 水面下
「結婚!!? はぁああ!?」
私は驚いて大きな声を上げてしまった。
どういう事だ? 何が、一体何が起こっているだよ!!
結婚? 私が結婚じゃなくて? 誰が? 先生が?
い、意味が分からない!
意味が!
い……! み……!
「が!?」
「あがあががが……!」
どうやら驚きすぎたようだ。
顎が外れた。
◆シビアナ視点
「結婚!!? はぁああ!?」
良い声ですね、殿下。
それにそのあほっ面。面白いです。
シドー様の突然の結婚宣言に、本日最高のお顔を頂きました。
このお顔を頂戴するため、少々気合を入れた自分を褒めてあげたい気分でございます。
中途半端にばれるとつまらないですからね。
グッジョブ私。
尤も、シドー様は薬のお話が終わってからと考えておられたようでしたし、私のしたことなんて指輪が殿下の視界に入らないようにしたぐらいなんですが。
私はシドー様の意向に沿うよう動いただけなのです。
元々、シドー様の研究所にローリエちゃんがいることについては仔細知っておりましたが、正門で私たちを出迎えて頂いたときに完全に分かってしまいました。
私は疑問に思っていたのです。
薬の件の詳細は爆発のことも含めて陛下に聞いており、急ぐこともないのにも関わらず、いきなり急いで来いという手紙が来るのは一体どういう事か。
一か月近く音沙汰がなかったのに、です。
王家の血統について何か分かったのかと思っていたのですが、どうにも腑に落ちませんでした。
殿下が血統の力を使おうとすればいつでも使えます。
その力に関連する何かに問題があれば、いつでも使える状態であることを考慮してシドー様はすぐにでも王宮に来るでしょう。
ですがローリエちゃんの左手の指輪を見て私の疑問は解決いたしました。
薬のことはついで。
本当の目的は婚約発表であると。
こちらの方が余程得心がいきます。
それにローリエちゃん、恋する乙女の雰囲気とでもいえばいいのでしょうか、そのような空気がほんわかと彼女の周りに漂っていたのです。
いいものですね。
ローリエちゃんだからというのもあるのですが、見ているこちらも幸せな気持ちになります。
さて、この国での歳の差婚はそれなりにあるのですが、シドー様は女性が苦手なお方というのは身近な方々にはよく知られていることです。
付き合いが長くシドー様の教え子でもある殿下は、そんな方が結婚だなんて微塵も考えなかったでしょう。
グッドシチュエーション。
これは面白いことになると私は直感いたしました。
ということでミッションスタート。
シドー様が指輪を填められたのは、着替えをされてからです。
私は殿下の死角を作りやすい、つまり殿下とシドー様両方の行動を監視し易い席に着席いたしました。
そして、コップやお皿をシドー様の右手側に置くようローリエちゃんを誘導しつつ、そこから夫を使って殿下の気を逸らし、婚約話にならないようシドー様のお話を注意深く聞いておりました。
シドー様の癖は殆ど右手を使われますので、後は左手が動かされそうになった時にそれを妨害すれば良かったのです。
左手を常に殿下の死角になるように心がけました。
今回は違う話を振るだけで問題ございませんでしたね。
これで結構左手の動きを制限できました。
それに加えて初めから左手は常に机の下。シドー様の膝の上でした。
イージーモードです。
結果を見れば本当に簡単なお仕事でした。
ミッションコンプリート。
おかげ様で、殿下の面白い驚く様を見ることが出来ました。ありがとうございます。
ただ私といたしましては、いま一つ何か足りない気がいたします。もう一声欲しいところです。
「が!」
おや?
「あがあががが……!」
素晴らしいです。顎が外れましたね。
文句なしでございます。……ぷふ。
しかしこれは殿下の成長記録にどういう風に書くか迷いますね。
この状況を面白くかつ正確に記録したいのですが。
デジカメがあればこの面白画像を簡単に保存できるのですけど。ないものはどうしようもありません。
私に文才が無いのが悔やまれてなりませんね。
――仕方がありません。少し盛りますか。
「リリシーナ……。いや、そのな……」
殿下のひどい驚き様に、シドー様がたじろいておいでです。
顎を外せばこうなりますよね。
「あわわわわ……」
あらら、ローリエちゃんは慌てていますね。可愛らしいことです。
もしかしたら、ローリエちゃんは人が驚きのあまり顎を外すところを見るのは初めてかもしれませんね。
ローリエちゃん、安心してください。私も初めてです。
夫は目を見開いて固まっています。あの人は普段あまり感情を表に出さないようにしていますから、こういう反応が見れるというのはラッキーでした。
殿下、これも全て殿下のお蔭です。ありがとうございます。
色々と捗りました。
ではそのお返しと言ってはなんですが、ここは殿下が落ち着くまで私が時間を作りましょう。
ああ殿下、顎はもう少しそのままでお願いいたします。
「シドー様、ローリエ様、ご婚約おめでとうございます」
まずは祝福の言葉を。
「あ、ああ……。いやシビアナ。その……リリシーナの顎が……」
流石に気になりますよね。
ならばここは少々強引にいきましょう。
「大丈夫です。すぐに戻りますよ」
多分。
「う、うむ? そ、そうなのか……」
信じて頂けたようです。これも日頃の努力の賜物ですね。
話を続けましょう。
「シドー様、今後のご予定はどのようにお考えなのでしょうか? 差支えなければお答えいただきたいのですが。陛下には謁見なさいますのでしょう?」
陛下もさぞ驚かれるでしょうね。これはこれで面白い反応が期待できます。
ただ私としましては殿下をおちょくるのが好きなので、陛下には大変申し訳ないのですがあまり興味がありません。
「うむ、まあ報告はするつもりではいるが……」
「分かりました。陛下には黙っておいた方がよろしいですか?」
サプライズ。
良いと思います。
「ああ、いや。リリシーナのこの反応で十分だ。伝えておいてくれ」
「はい、承りました」
私は殿下が本命なので問題ありません。
――殿下は復活しませんね。どうやらそのまま放心状態になってしまってますね。
まだ駄目でしょう。
では話を続けます。
「結婚式はいつぐらいをご予定でしょうか?」
「うむ。具体的にはまだだが……早いうちにとは思っておる」
「シドー様はこの国の英雄ですので、多くの招待客をお呼びしなければなりませんね。国を挙げての結婚式になりますでしょうし、規模もそれ相応に大きくなります」
「う、うむ。ローリエは別にしなくても良いというのだがな……。だがやはり一生に一度のことだ。ローリエの思い出に残るものを一つでも多く残しておきたいのだ」
「だ、旦那様……ううっ」
なるほど。ローリエちゃんはシドー様のことを旦那様と呼んでいると。
私も機会があったらイージャンを旦那様と呼んでみましょうか。面白そうです。
考えてみるとローリエちゃんはある意味シンデレラガールですね。玉の輿とも言いますが。
神の悪戯による迫害を逃れてこちらに来ていると報告がありましたし、つらい思いをされてきたのでしょうね。
ですが彼女はここで幸せを勝ち取ることできました。
これからは二人仲良く末永くお幸せに。
神の悪戯。これは私の記憶によれば、魔法といったものに酷似しているものが多いですね。
流石におっぱいが爆発するというのは知りませんでしたが。
火の玉や水の玉はファンタジーでよく見られました。
いきなり気絶する者も恐らく体内の魔力が枯渇しているのではと考えてしまいますね。
ただし、それは皆、空想上のお話の中での事です。
現実に魔法を使うということはできませんでした。あったのは手品の類でしたね。
何故ファンタジーに出てくる魔法に似た力があるのかは分かりません。
ただ推測ですが、この時代は魔法技術の黎明期なのではないでしょうか。
これからシドー様が魔法体系の基礎を作られれば、私も魔法使いになれるかもしれません。
ファイヤーボール! とかサンダーブリッツ! とか言いつつカッコいい魔法使ってみたいですね。
とはいえ電気の歴史を例にして思い起こしてみると、発見から技術の確立及び一般家庭への普及まで2千年以上もかかっています。
この事例をそのまま使うのは些か強引ではありますが、時間が多くかかるのは間違いないでしょう。
とはいえ……どこまで技術を確立できるかは、やはりシドー様次第ですね。
もしかしたら本当に使えるようになるかもしれません。
どのような方法でどんな魔法が使えるようになるのか。
楽しみに待つことにいたしましょう。
「お、おい。シビアナ……!」
「はい?」
ああ、夫が先に復活したみたいですね。
「ど、どうするんだ?」
「あなた。あなたも祝辞の言葉をお願いします」
復活したのですから、近衛騎士隊らしくきちんとお願いしますね。
「え、そっち!? ああいや、それもそうだな。……シドー様、ローリエ殿、御婚約おめでとうございます」
「う、うむ。すまんな。まさかこんな事になるとはな……」
「あ、ありがとうございます!」
「い、いえ。あの……差し出がましいようですが、もし私でお役に立てるようなことがあれば何なりとお申し付けください。私はいつもシドー様にお世話になっておりますのでご恩をお返しできればと」
「うむ。その時は頼む」
「よ、よろしくお願いします!」
三人が話し始めました。これで少しは時間が稼げますね。
この間に私は今夜のプランでも練りましょうか。
シドー様にご協力いただいて妻をないがしろにした夫に制裁も済みましたし。
そうですね、今夜はうんと精の付く料理を用意しましょう。
下着はどの色で攻めましょうか。初心に帰って白。セクシー系の買ったばかりの黒。ピンクも捨てがたいですね。赤……。うーん。どうしましょうか。
「シ、シビアナ…」
夫に声を掛けられました。
――なるほど。
どうやら私が物思いに耽っている間にどうやら三人の話が終わっていたようです。
三人の視線がこちらに向いています。
皆様この後どうすれば良いのか当惑しているみたいですね。
――殿下は……。駄目ですか。
飽きてきました。
殿下には強制的に復活して頂きましょう。
私は殿下に近づき、お顔を触りながら両耳の前辺りに両手を当てます。
そして出っ張っている外れた顎関節の上側に指を囲むように当て、顔の皮膚ごとその出っ張りをやや後下方向にぐっと押し下げました。
やりました。
ガリっという音とともに殿下の顎は見事元通りにすることができましたね。
「殿下? 帰りますよ」
やれやれです。体を揺さぶってみますか。




