第13話 青天の霹靂
シビアナが話を〆てしまった。
急に終わったように感じたから何だか気分が宙ぶらりんだよ。
私のおっぱいについて皆誤解があるみたいだから、話を続けたかったんだがっ。
――シビアナ、お前いつか見てろよ。ぎゃふんと言わしてやるわ。
はあ。
まあ話の方は知りたいことを聞き終わったから良しとするか。
しっかし本当にこの薬のせいで今日は散々だった。私が軽率にこの薬を飲んでしまったのが元凶とはいえ、昼からシビアナ地獄だったし。
寸劇は見られるわー、取り調べは受けるわー。ついでに美味しいお菓子は全部平らげられるわ―……。
辛酸を舐めつくしたわ。
それで結局、私のおっぱいは大きくなることもないしな。ちっ。
可能性を信じてここまで来たが、予想は大きく外れてしまった。
豊胸の薬が貧乳の薬って何なの?
悪戯なんてもんじゃないよ絶対。
憧れのぽよんぽよん。
おっぱい大きくなったら、男どもの私の見る目も変わるだろうし。そうしたら結婚だってし易くなるかもしれないのに。
今までの劣等感が無くなって、もう最高だったのに。
私は自分の結婚が遠のいたような気がした。
――やっぱり、おっぱい大きくするなんて無理なんかなあ。
本当に淡く儚い夢であった。
ん?
あれ……。何か忘れているような……。
何だっけ?
全部聞き終わったよな?
んー?
「さて、話も終わったことだしお前たちはもう帰るか?」
「そう……ですね。先生、ありがとうございました」
「うむ、そうか……」
私たちは席を立った。
ま、いっか。思い出すようなことがあったら聞きに来よう。手紙でもいいし。
手紙と言えば、この程度の話なら別に先生が手紙に書いて送ってくれるだけで良かったのにね。
まあ、神の悪戯関連だったから直接会う事にしたんだろうけどさ。
私は元々会いに来ようとしていたし、お礼も言えた。言い方が悪いけど二度手間にならなかったから、私の方からすれば良かったんだけど。
王宮に帰ったらどうするかな。
今日はもう執務をする気もないし、ゆっくりしたいね。精神的に疲れたわ。
今日のことはさっさと忘れて、のんびりお風呂に入ったらお酒飲んでぐっすりと寝よう。
あ、先生私にもお酒くれないかな?
異国のお酒とかだったら飲んでみたいな。
「先生、イージャン達に渡すお酒って異国のお酒でしょうか?」
「――ん? ああそうだ。なんだリリシーナも欲しいのか?」
「はい。頂けるのであれば是非!」
「わははは! うむ、分かった。イージャン達に渡そうと思っていた酒は人気のあるものでな。わしも気にっておる。お前とわしは好みが似ておるから、まあ飲めんことは無いだろう」
「わ! ありがとうございます。えへへへ」
やったー! 言ってみるもんだね。これで楽しみができた。
それじゃあ、お酒に合いそうなもんでも帰りに買って帰るか。
王宮で作ってもらうのも良いんだが……視察を兼ねて寄るとしよう。そうしよう。
どこ寄って帰ろうかなあ。帰り道で寄れればいいんだけど。そうすると、えーと……。
うん。道すがら気になった所を寄り道していけばいっかな。
ふふふ。楽しくなってきたな。
よーし、今日は何だかんだで頑張った私を労うぞー。
シビアナは今日家に帰るからいないしな。少々羽目を外しても問題ないさ。
ああ、イージャンはこれから帰って頑張らないとな。
夫は大変だ。
私はさっきの中庭でのやり取りを思い出し、イージャンに対して慈愛の籠った眼差しを向けた。
それから視線をずらし、横に立っているシビアナにも目を向けた。
――そう言えば。
シビアナの手にあった薬の瓶を見て、あれが滋養強壮の薬でもあったことを思い出した。
「イージャン、その薬いるか?」
はっきり言ってあの薬にはもう用がない。というか葬り去りたい。
とはいえ有効利用できるのであればそうしたい。あいつ欲しそうにしていたし丁度いい。
使うがいいよ。頑張りたまえ。
男のお前が使うなら何ら問題はない。
先生が確認してるし、別の瓶だが私もきちんと毒見をしてやってるしな。
「はい、ありがとうございます」
シビアナが答えるんかい。
イージャンが何か言う間なんてなかった。
その代り、ごほんと咳払いを一つ。
眉間にしわを寄せ渋い顔だったが、照れているのか若干顔が赤かった。
「ふふふっ」
そんな夫を見つつ妻はニコニコしていた。
そして、つつつとイージャンに近づき自分の腕を絡ませてくっつきだした。
イージャンはそんなシビアナに対して、まんざらでもない顔をしていた。
ねえ、そういうの家でしてくんない? イラッとするんだけど。
シビアナのあの笑顔は――今夜は寝かせませんよ、みたいな感じなのかね。でもそういうのって男が言うもんじゃね?
まあ知らんけどもさ。
職務を忘れ再び自分たちの世界を作り始めたアホ夫婦。また脳天に鉄拳制裁を食らわしてやろうか。
はあ。
まあいい。今日は私のせいでシビアナにも迷惑かけたし、もう好きにさせるか。
ただまあ……。こいつは私が怒らない事を計算しつつ動いている気がしてならない。
あれ?
先生の方を見ると、難しそうな顔をしていた。
どうしたんだろ。
「先生?」
「――ん?ああ、何だ?」
「ああ、いえ。難しそうなお顔をしておられたので、どうしたのかと」
「う、うむ。ちょっとな」
「そうですか」
落ち着かない様子でそわそわし出した。
んん?
「おお、そうだ! ローリエに土産を持ってきてもらおうか、しばし待て」
そう言うと先生は、そそくさと部屋を出て行った。
――怪しいな。何だよあれ。まだ何かあったのか?
ああ私が思い出せなかったことかな。
「シビアナどう思う?」
いちゃこらしているシビアナに仕事を与えてやった。あんな感じでも話は聞いている奴だ。
案の定、すぐに答えが返ってきた。
「薬のことではないですね。問題もないでしょう」
「えらくあっさりと判断したな。どうしてそう思うんだ?」
「ふふふ。シドー様が戻られればすぐに分かりますよ」
「へ、何で?」
「ふふふふ」
シビアナは笑って答えてくれない。
「イージャンは分かっているのか?」
「い、いえ」
イージャンは分かってないみたいだ。
何だ?
まあシビアナが問題ないと判断しているし待つとしようか。
それから、そんなに時間をかけずに先生がローリエを連れて戻ってきた。
二人の手にはそれぞれお土産が入っているであろう大きな籠があった。
ローリエ一人じゃ運びきれないから、先生も一緒に持ってきてくれたみたいだ。
「すまんな。待たせた」
「いえ、お気になさらず。お土産を頂くわけですし」
「うむ。ああ、ローリエが持ってるのがシビアナ達の分で、こっちがお前の分だ」
先生はローリエが持っていた籠をひょいっと取り上げ、それをイージャンに渡しながら自分が持っていた籠も渡してくれた。
私が籠の中身を遠目から確認すると、幾つか陶器製の酒瓶が見えた。
わあ結構あるっぽいな。ふふふ、楽しみにしておこう。
「先生、ありがとうございます」
「うむ」
「ローリエもありがとう」
「は、はい!」
私たちは先生とローリエに礼をした。
「それで先生、何かあるのですか? 先ほどからご様子がおかしい様に見受けられるのですが」
「う、うむ。それなのだがな……」
先生は随分と説明するのを躊躇っているように見えた。
こういう先生を見るのは珍しいな。
言いにくいことなのか?
隣にいるローリエを見るとこっちも何かおかしい。
顔を赤くして俯いているのだが、時折先生をちらちら見ている。
何だろうこの態度……。
その時、私は自分の胸がざわついているのに気付いた。
何だこの感覚は。焦燥感に近い感覚だ。
これは……以前どこかで感じたことがあるぞ。どこだったか……。
「実はな……」
そんなことを感じていた私をよそに、先生は左手で頭を掻きながら、私たちに話し始めた。
私は先生の顔を見た。
ん?
私の視界で何かがきらりと光った。
先生の左手の方をよく見ると、小指に赤い指輪が填まっていた。婚約指輪だ。
……。
…………。
婚約指輪ああ!?
「ローリエと結婚することにしたのだ」
先生は照れ臭そうにそう言った。




