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夜叉と白夜 〜闇に仕える二人の鬼神〜  作者: ななお


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第六話 英雄

白夜《びゃくや》は男の頭を支えていた手を、そのまま見下ろしていた。

指を曲げると、先ほどまで重みを受け止めていた掌に、爪の先が触れる。


「なんだ、黒竜は竜族だったのか? あれほどの力を持つ者がいるのか?」


夜叉は永劫《えいごう》を手に、黒竜が倒れていた跡へ目を向けた。

砕けた石の間には、焼け溶けた岩が赤く残っている。


「今のは、堕ちた眷属だ。あの男の姿を見るまで気づかなかった」


白夜が夜叉を見上げた。

握りかけていた手が止まる。


「堕ちた眷属? 元は我らと同じだったということか?」


夜叉は白夜へ顔を戻し、頷いた。


「ああ」


白夜は地面に手をつき、立ち上がった。

膝についた砂を払いながらも、目は夜叉へ向けたままだった。


「堕ちるとは?」


夜叉は永劫を身体の脇へ寄せ、白夜と向き合う。


「負の感情に囚われ、理から外れて悪神となることだ」


白夜は唇を引き結んだ。

あれほどの炎を吐き、二人の刃を弾いていた黒竜。

その姿に、最後に見上げてきた男の黒い瞳が重なる。


男が横たわっていた場所へ目を移した。


「五柱さまのうち、どなたの眷属だったのだ?」


夜叉は首を横に振った。


「我らには分からない」


白夜は男を支えていた掌を見下ろした。

そこに残った砂を、もう片方の手で払い落とした。


黒竜を倒したという喜びは、夜叉と白夜の胸から消えていた。


谷を出ると、鬼神族の国の軍勢が待っていた。

二人はここまで軍とともに来たが、黒竜との戦いでは兵が足手まといになると、谷への同行を断っていた。

討伐の結果は、いち早く戻った斥候から、すでに隊長へ伝わっている。


二人の姿を見つけた兵が、腕を上げた。

それを合図に、待ち構えていた軍勢から歓声が湧き上がる。

兵たちは互いの肩を叩き、戻ってきた二人へ声を張り上げた。


隊長が歩み寄ってきた。

夜叉と白夜を見比べ、顔いっぱいに笑みを浮かべる。


「黒竜を倒したと聞いた! これから陛下にも報告する」


傍らの兵が拳を掲げた。


「めでたい!」


周囲からも声が重なった。

夜叉は隊長へ頷き、永劫を持ち直す。

白夜は歓声を上げる兵たちへ目を向けた。

すぐ近くで笑い合う顔を見ているのに、耳には、あの男のかすれた声が残っていた。


軍勢とともに街へ戻る頃には、黒竜討伐の噂は広く知れ渡っていた。


通りには大勢の鬼が集まり、夜叉と白夜を待ち受けている。

二人が現れると、家の中からも次々と鬼が出てきた。

名を呼ぶ声に、戸口や窓辺からの歓声が重なる。


夜叉と白夜は、黒竜を討った英雄として迎えられた。


街は祭りのような騒ぎになっていた。

杯を掲げる者がいれば、二人のそばへ駆け寄り、何度も頭を下げる者もいる。

あちこちから呼び止められ、数歩進むだけでも、群がる者たちの間で足を止めなければならなかった。


白夜は夜叉と顔を見合わせた。

押し寄せる者たちへ向き直り、片手を上げる。


「いや、私たちは……」


出迎えた者の一人が、笑みを深めて白夜の腕へ手を添えた。


「さあさあ、今日の主役が何を言います」


夜叉の前にも鬼たちが集まり、二人を囲んだまま通りを進んでいく。

祝いの声に包まれ、夜叉と白夜は街でも指折りの酒屋へ案内された。


扉が大きく開かれると、中にいた者たちが一斉に顔を上げた。

卓を囲んでいた客たちが立ち上がり、二人を迎える場所を空けていく。


夜叉が身を傾け、永劫を戸口に当てぬよう中へ入った。

白夜もその後に続き、賑わう酒屋の敷居をまたいだ。


夜叉も白夜も、次々と注がれる酒を飲みに飲んだ。

杯が空くたびに新たな酒が満たされ、卓には料理が運ばれてくる。

二人を囲む祝いの声は、いつまでも途切れなかった。


目が覚めた時、夜叉は卓に突っ伏していた。

顔を上げ、頬に貼りついた黒髪を払う。

向かいでは白夜も身を起こし、目元へ垂れた白髪をかき上げていた。


二人は互いの顔を見た。

髪は乱れ、神衣《カムイ》の襟元も崩れている。

近くで息を吐くたびに酒の匂いが漂い、どちらも眉を寄せた。


その時、酒屋の扉が開いた。


王からの使いが中へ入り、店内を見渡す。


「夜叉さまと白夜さまはいらっしゃいますか」


店の女が、卓を挟んで座る二人を指した。


「ここにいますよ」


使いは二人の前で足を止めた。

乱れた黒髪と白髪を見比べ、目を瞬かせる。

やがて姿勢を正し、二人へ向き直った。


「黒竜討伐の件で、陛下がお二人をお召しです」


夜叉は背を伸ばし、乱れた襟元へ手をやった。

白夜も肩へ流れた髪を手で整えたが、もつれた毛先に指が引っかかった。


使いは二人の身なりへ目をやった。


「まず、そのお姿を何とかしませんと」


白夜は髪から指を抜き、夜叉とともに自分の身なりを見下ろした。

神衣の襟元は乱れ、身頃にも皺が寄っている。


夜叉は襟元を合わせ直し、使いへ顔を上げた。


「あ、ああ。ただ、陛下のお召しはお断りしたいのですが」


使いは目を見開いた。

夜叉から白夜へ視線を移し、眉を寄せる。


「陛下の面目に関わります。お断りいただくわけにはまいりません」


夜叉と白夜は顔を見合わせた。

どちらからともなく肩が落ち、二人揃って深いため息をついた。


酒屋の店主に宿を紹介してもらい、夜叉と白夜は湯浴みをしていた。

湯殿には白い湯気が立ち込め、二人が身じろぐたびに、湯船の縁から湯があふれる。


夜叉は濡れた黒髪をかき上げ、長く息を吐いた。


「なあ、面倒なことになったな」


白夜も湯船の縁へ背を預けた。

湯の中で、掌を開く。

あの男の頭の重みは、もうどこにも残っていなかった。


「ああ」


夜叉は片腕を縁へ乗せ、首を後ろへ傾ける。


「何か貰ったところで、いらないしな」


白夜は夜叉へ顔を向けた。

湯に浮いていた白髪が、肩の動きに沿って流れる。


「早く闇さまのもとへ報告に帰らないと、後が怖い」


夜叉は眉を寄せ、預けていた腕を縁から下ろした。


「そうだな」


湯浴みを終えて部屋へ戻ると、入口には王からの使いが立っていた。

二人を見つけると一礼したが、その視線は、部屋へ入るまでついてくる。

廊下に立ち、二人が出てくるのを待つつもりらしい。


夜叉は白夜に続いて部屋へ入り、扉を閉めた。

戸口へ目を残したまま、声を落とす。


「このまま消えたら、あいつが罰を食らうのだろうな」


白夜は髪を拭く手を止めた。

扉の前に立つ夜叉を見て、口元を緩める。


「相変わらず夜叉は、お人好しだな」


夜叉は肩をすくめ、神衣の袖口を整えた。


夜叉と白夜は、それぞれの神衣に手を当てた。

衣が形を変え、謁見にふさわしい装いへと整っていく。


長い黒髪と白髪も結い上げられ、端正な顔立ちがあらわになった。

目元には、瞳と同じ赤が細く引かれる。

その鮮やかな縁取りが二人の眼差しを際立たせ、美しい顔に艶を添えていた。

挿絵(By みてみん)

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