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夜叉と白夜 〜闇に仕える二人の鬼神〜  作者: ななお


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第四話 闇と白夜

挿絵(By みてみん)


白夜《びゃくや》が宮へ戻ると、闇は傍を離れたがらなかった。


その日も、身を寄せてきた闇を抱き、白夜は口づけを交わしていた。

唇が離れると、闇は白夜の肩へ頬を寄せる。

黒髪を撫でれば、心地よさそうに目を細めた。


闇が求めるのは、そうした触れ合いだった。

抱き上げてほしいと腕を伸ばし、顔を近づけて口づけをねだる。

その先に何があるのかは、知らないように見えた。


白夜は腕の中の顔を見下ろした。


――夜叉は、これ以上のことを教えていないのだろうか。


柱はほとんど宮を出ず、眷属以外の者と関わることも少ない。

自分たちが地上へ降りている間、闇はここで何をしているのだろう。


自らの美しさも、魅了の力も知っている。

その力で地上の者の心を乱し、欲しいものを手元へ引き寄せる。

それなのに、相手の心がどう傷つくのかには、驚くほど疎かった。


寂しがりで、我儘でもある。

注意すれば聞こうとはするのだが、涙を浮かべられると、結局はこちらが折れてしまう。

夜叉も、自分も。


そうして甘えている姿だけを見ていれば、世界の理を預かる柱とは思えなかった。


あれを見るまでは。

先日、地上の空を流星群が渡った時のことだった。

その中に、大きな隕石が交じっていた。

地へ落ちようとするそれを水鏡で見て、闇は掌を口元へ運んだ。


息を吹きかけると、小さな紫色の蛍が一匹、生まれた。


淡く明滅する光が掌を離れ、水鏡の向こうへ飛んでいく。

隕石に触れた途端、巨大な塊が黒い粉へと変わった。

粉は空に広がり、そのまま消えていった。


闇は水鏡から目を戻すと、白夜へ手を伸ばした。

たった今、何を消し去ったのかなど、気に留める様子もなかった。


その手が今は、白夜の衣を掴んでいる。


白夜は黒髪に指を通した。

闇が顔を上げ、紫の瞳でこちらを見る。


眷属となってから、地上にいた頃の欲に身体を急かされることはなくなっていた。

誰かと身体を重ねずとも、日々は過ぎていく。

それでも、腕の中で甘える闇を見ていると、抱き寄せるだけでは足りないと思うことがあった。


自分に触れられる喜びを、もっと知ってほしい。

夜叉と同じように仕えるだけではなく、自分だけが与えられるものを、この方に残したい。


白夜は髪を撫でていた手を止めた。


「闇さま」


「なんだ?」


闇の指が、白夜の襟元へかかった。

顔を近づけようとするその身体を支え、白夜は目を合わせる。


「闇さまは、これ以上のことを望まれてはいないのですか?」


「これ以上とは、なんだ?」


白夜は闇の頬へ触れた。


「この口づけは、どのように覚えられたのですか?」


「水鏡で、人の男と女がしていた」


闇は白夜の指に自分の手を重ねた。


「夜叉としてみたら、心地よかった」


「夜叉とは、それ以上のことはなさっていないのですか?」


闇の眉が寄った。


「だから、それ以上とはなんだ?」


白夜は、重ねられた手を取った。

尋ね返す瞳には、駆け引きも、ためらいもない。

知らないことを知ろうとして、自分を見つめている。


「地上の者が、深く肌を重ねる営みです。そうして子をなしますが、それだけのためではありません」


闇は首を傾けた。


「それは地上では子をなす行為ではないのか。我らには子はできぬぞ。地上での生を終えたお前にも、子をなす力はない」


「ええ。ですが、子をなすためだけの行為ではないのです」


白夜はその手を両手で包んだ。


「慕う方に触れ、触れていただきたいと思う。それを、互いに伝え合うためでもあります」


闇は繋いだ手を見下ろした。

指を動かし、白夜の掌へ自分の指を絡める。


「お前は、私とそうしたいのか?」


「……はい」


白夜は闇の顔を見つめた。


「ですが、闇さまがお望みにならないことを、するつもりはありません」


闇は白夜の胸へ身を寄せた。

その肩へ腕を回し、顔を上げる。


「ならば、教えよ」


白夜は抱く腕に力を込めた。

黒髪が二人の間を滑り、月明かりを受けて艶めく。

近づいてくる白夜の頬へ、闇の掌が触れた。


唇が重なる。

闇の口づけは、唇を合わせるだけのものだった。

白夜はその唇を食み、合わせ目から舌を差し入れた。

闇の肩が跳ね、黒い耳が後ろへ倒れる。

それでも身を引こうとはせず、白夜の舌が触れるたび、ぎこちなく応えようとした。


唇を離すと、闇は息を乱していた。

紫の瞳が潤み、白い頬に赤みが差している。

長い時を宮で過ごしてきた柱の顔に、白夜の知らない表情が浮かんでいた。

白夜は息を詰めた。


――このような顔を、なさるのか。


白夜は衣の上から、闇の背へ掌を這わせた。

肩から腰へ下りる手に合わせて、闇の尾が寝台の上でうねる。


「闇さま、お嫌ではございませんか」


闇は白夜の胸元を掴んだまま、目を伏せた。


「……嫌ではない」


白夜は帯へ指をかけ、紫の瞳を覗き込んだ。


「脱がせても、よろしいでしょうか」


闇は小さく頷いた。


「ああ」


帯を解き、衣を肩から滑らせる。

黒い布が寝台へ落ち、月光が闇の肌を照らした。

長い黒髪が胸元へ流れ、白い肌をいっそう際立たせている。

白夜は息をのみ、その姿を見つめた。


闇が腕で胸元を覆った。


「……見すぎじゃ」


「お美しいので」


白夜は覆った腕を取り、その手首に口づけた。

それから首筋へ、鎖骨へと、唇を下ろしていく。

触れるたびに闇の息が詰まり、尾の先が白夜の腿を打った。

胸元に口づけると、闇の背が浅くのけぞった。


「白夜……これは、なんじゃ」


白夜は答える代わりに、闇の手を取って指を絡めた。

脇腹へ、腰へと口づけを重ねる。

闇の爪が白夜の手の甲に食い込み、黒い耳が震えた。

落ち着きなく揺れていた尾が、やがて白夜の腕へ巻きつき、離れなくなった。


そうして、闇は初めこそ戸惑っていたが、やがて白夜を何度も求め、白夜も何度となくそれに応えた。


闇と白夜は何も身につけず、寝台へ横たわっていた。

闇は白夜の胸の上にうつぶせになり、長い尾を左右に動かしている。

気分がいい時の動きだった。

その尾を撫でると、黒い耳が下がった。


闇は白夜の胸に顎を乗せ、顔を上げた。


「白夜、こんなことを私にしてきたのはお前が初めてだ」


白夜は尾から手を離し、紫の瞳を見返した。


「いけなかったですか」


「いや、いい」


闇は目を細め、再び白夜の胸へ頬を寄せた。

白夜は黒髪を撫でながら、宮の奥へ目を向けた。


「夜叉は、これほど長く、どこへ行っているのですか?」


「鬼神族の将になっている」


白夜の手が、黒髪の上で止まった。


「なぜ、そのようなところに?」


「竜族が黒竜の封印を解いて、今、鬼神族を襲っているのだと」


竜族のもとで刀を学んだのは、つい先日のことだった。

白夜は身を起こしかけた。

その腕へ、闇の尾が巻きつく。


「それは、任務とは関係ないのでは?」


「ああ、夜叉の望みだ」


白夜は闇の肩へ手を置いた。


「私も夜叉を手伝いに行ってもいいですか?」


闇の尾の動きが止まった。


「お前は私の相手が、今は役目だ」


闇は白夜の腕を取り、指を絡める。


闇は、また白夜を求めてきた。

白夜はその身体を抱き寄せた。


――教えてはいけなかったのかもしれない。


そう思った時には、もう遅かった。


宮で目を覚ますと、地上では、すでに数か月が流れていた。


闇は寝台の傍らに水鏡を開いていた。

映っているのは、黒い鱗に覆われた巨大な竜と、それを囲む鬼神族の軍勢だった。

その先頭に、永劫《えいごう》を構えた夜叉の姿がある。


水鏡を見つめたまま、闇が口を開いた。


「白夜、夜叉を手伝いに行ってこい」


白夜は身を起こした。


「急に、ですか?」


「苦戦しているようだ。なにせ黒竜だ」


闇は、鏡面に映る黒竜を指先でなぞった。


「私が行けば一瞬で終わるが、それはできないからな」


闇は水鏡から目を上げ、白夜の胸へ指を這わせた。


「早く終わらせて、夜叉を連れて帰ってこい。夜叉にも、これを教えてやらねばな」


闇の髪を撫でかけた白夜の手が、止まった。


――夜叉にも。


白夜は黒髪から手を離し、寝台を下りた。

神衣《カムイ》をまとい、刹那《せつな》を腰に差す。


「行ってまいります」


闇は水鏡を見つめたまま、手を振った。

鏡面の向こうで、黒竜が翼を広げ、鬼神族の陣を見下ろしていた。


挿絵(By みてみん)

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