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一日目:気配
朝、いつもより少し早く目が覚めた。
理由は分かっている。
隣の部屋に、気配がある。
この町の朝は、静かだ。
広すぎる敷地と、
古い石造りの建物のせいか、
音がどこかに吸い込まれていく。
それでも今日は、
その静けさの中に、
わずかな違和感があった。
台所に行くと、
春が椅子に座っていた。
何もしていない。
ただ、こちらを見ていた。
危ないものには触るな、と言った。
頷いた。
理解しているのかは、分からない。
とりあえず、パンを焼いた。
一人分のつもりだったが、
もう一枚、追加した。
春は、黙って食べていた。
途中で、少しだけ笑った。
理由は分からない。
講義の準備があった。
本来なら、研究室に行く時間だった。
今日は、行かなかった。
その子を、一人にしておく理由が、見つからなかった。
午後、キャンパスを少し歩いた。
春は、迷わなかった。
石畳の道も、
並木の間の細い通路も、
ためらいなく進んだ。
ここに来るのは、初めてのはずだ。
それでも、そうは見えなかった。
名前を呼んだ。
振り向いた。
それだけで、少し安心した。
夕方、菓子を作った。
いつもの分量で、
いつもの手順で。
春が、横から見ていた。
砂糖に手を伸ばした。
止めなかった。
少し、甘くなった。
悪くなかった。
今日は、それだけだ。
――理




