第十四話「昔々のお話」
第十四話「昔々のお話」
湿った空気がシャルロットの頬を撫でつける。その風は若干冷たく、彼女は本能的に雨が降るとわかった。
「廃嫡したのは、霊力を持っていたからじゃないの?」
「それも一因よ。けれどアレが決定的」
アレとはソラの変身能力である。
蒼穹の姫は少し懐かしんだ。
自分と契約した間際の事を思い出す。
「彼は生まれた時から、異常なまでの霊力を有していたわ」
ソラの父親は、霊将のラガンと友人であり運良く彼が立ち寄ったこともあって、ソラの事を話したのだ。
魔力をしか持ち得ない家系のため、ソラの父親は霊力を扱える基礎を学ばせておくべきだと考えたのだ。これをラガンは快諾。
「ソラが物心つくころには、ラガンに預けられて各地を旅するようになったの」
「その時はまだ?」
シャルロットの疑問に、蒼穹の姫は頷きを持って応じる。
程なくして彼は蒼穹の姫と契約を結んだ。
そこで蒼穹の姫は自慢が入る。
「一桁の歳で神霊と契約って異常よ。しかもこの私と」
わからないシャルロットは半目した。ソラが凄いことには内心喜んでものの、蒼穹の姫の凄さについてはよくわかっていない。
それを理解できているのは、隣にいる森緑の姫だけである。
「そういえば、霊将ってなんなの?」
これにいち早く答えたのは森緑の姫だった。
「奴らは敵じゃ」
どうしてと聞くシャルロットに、森緑の姫は激怒しながら説明した。
「かつてあいつらは、エクレールを攻撃してきたんじゃ! 神霊を持ちすぎているだの、世界の均衡を崩しているだの言ってのぅ!」
その言葉が意外だったのか、シャルロットは驚愕して黙りこむ。
ソラが霊将であるらしいと思い、衝撃を受けているのだ。
「安心なさい。ソラは霊将だけど霊将じゃないから」
「なにそれ?」
霊将たちは世界の均衡を守ることを是としており、霊将と呼ばれる者たちは、すべからく組織に所属しなくてはならない。という決まりがある。
しかし、ソラはその外にいた。よって霊将であって霊将ではない。
「ラガンは機関のやり方に疑問を持っていてね」
マナを祓い、世界の平和に貢献。志は納得していた。
「でもやり方が凝り固まっているって、彼なりにあれこれあがいたの。結果ソラという弟子を迎え入れることが出来た」
当時のアズマは強大な国であり、その国の武家のご子息を手を出すというのは、多大な損害を被ることが考えられた。ラガンはそれを利用して、機関の外における弟子を手に入れたのだ。
蒼穹の姫はそこで一呼吸入れる。
足音が二つ近づく。レーヌとカトリーヌ=ルだ。
「お探ししましたよ」
「何か?」
レーヌは護衛ですと言うと、その場で周囲の警戒をしようとした。しかし、シャルロットに椅子を差し出される。
「二人共座りなさい」
座るように促される。カトリーヌ=ルはすぐに腰を落とすと、神霊を見渡す。
「話を戻すわよ。ソラは機関に属するつもりはないでしょうね」
「だから霊将であって霊将でないと」
シャルロットの答えに、満足そうに頷く蒼穹の姫。
機関に属していないという点で、ソラは霊将並みの霊力を扱える戦士でしかない。
そこで蒼穹の姫は霊将になれるのは、二十代になってからだと補足する。
「年齢制限?」
でもソラは自分と同い年のはずだと、シャルロットは首を捻った。
「神霊と契約出来るようになるのが、大体それくらいなのよ」
ソラは神霊と契約を果たしてしまったのだ。
「普通は修行してから契約なんだけど、順序が逆になったのよ」
「なんで?」
「霊力が高かった。私が気に入った」
実際は修行を積んで、神霊との契約の儀式を行うのだと言う。ソラは、本来ならば修行で学ぶ神霊との同調を、学ぶこと無く出来たのである。
そこまで黙っていた森緑の姫が口を挟む。
「ソラの霊力はずば抜けているじゃ。たぶんエクレールを超えていただろう」
シャルロットはふと疑問に思った。目の前の緑の神霊が、エクレールは神霊九人と契約していたと言っていたのだ。自分もそのひとりだと、誇らしげに先ほど言ったばかりだ。
「九人と契約していたんだったら」
「そこにいる女は神霊の中でもかなり霊力を食うんじゃ」
蒼穹の姫はてへと舌を覗かせる。
「自慢じゃないけど大食らいなのよ」
「並の霊将なら、こやつと契約しただけで死ぬ」
そもそも神霊ってなんだと問うシャルロットに、蒼穹の姫は天を指差す。
「蒼穹の化身と契約しているって言えば、わかる?」
「わしは森の化身みたいなもんじゃ。つまり、自然界のありとあらゆるモノに宿っている幽霊みたいなもんじゃ」
シャルロットはなるほどと頷く。
「んで、ひと通り旅を終えて、祭りの時期にアズマに戻ったのよ。その時にね」
「まだ廃嫡されてなかったのか?」
「それどころか帝の末娘と許嫁だったわよ。あれ? 今もだっけ?」
蒼穹の姫は考える素振りとなる。大仰に唸って見せるが思い出せないようだ。
そんな彼女が眼中になくなるほど、シャルロットは血相を変える。
「帝の末娘と?」
「廃嫡して有耶無耶になった後に、リヒトヒンメルとの戦争の時に守りぬいたから、その時にそんな話を帝がしていたような」
とにかくと蒼穹の姫は言うと、話をあからさまに戻した。
アズマの帝のご息女と許嫁であったソラは、顔見せを行いに戻ったのである。その時事件は起こった。
「アズマには龍の石、ドラッヘシュタインという秘宝があったの」
アズマの秘宝、ドラッヘシュタインが突如光りだし、帝のご息女に向かって飛び出したのだ。
「その時咄嗟に守ったのがソラ。そして石はソラの中に消えたわ。直後に現れたのがアレ。龍の超戦士」
祭りの時期ということもあり、多くの人の目に留まった。
それ故にソラの父親は泣く泣く廃嫡せざる得なくなったのだ。
「そうなんだ。ところでどうして口調が変わるのよ?」
ああと蒼穹の姫姫は口を開くと、数えて三つ。間を開けた。
シャルロットの問いかけの真意を、蒼き神霊は理解したのだ。
「あの喋り方は師父ラガンの影響」
「じゃあ元々はそうだったの? じゃあなんで」
「待ちなさい」
蒼穹の姫は手で制する。
「まだ話は終わってない」
蒼穹の姫はふと青空を仰ぐ。
「今の普段の口調は、彼の実父の口調よ。元々は師父の口調だったんだけど――」
蒼穹の姫は悩んだ。
本人が居ないところでこれ以上話すのは気が引けたのである。何より敵に塩を送るような真似に抵抗を覚えたのだ。
――嫉妬か。私もまだまだ女ね。
大きく息を吐いて、じっくり十を数えるほど考え込んだ。
「まあ、父親が暗殺されてから変わったのよ」
その意味をシャルロットは噛み締めて、それでも感情が拒んだ。
「それでも私は」
「そこまでにしておくんじゃな。エクレールの生まれ変わりよ。おんしも理解しておるであろう?」
森緑の姫が嗜めた。
ソラはまだブランシュエクレールでは余所者である。どれだけ大きな功績をあげても余所者なのだ。
そんな彼が一国の王と馴れ馴れしく会話をすることは、周囲の反感を買う。
シャルロットは唇を噛み締める。
「それでもなの」
その時だけは駄々をこね、年頃の娘のような口振りとなった。
その頃のソラは社の建設の手続きを終えて、ン・ヤルポンガゥの海上都市の三大商人の商館へと足を運んだ。
現在はこの歓楽街でも、三大商人を誇っている。
彼は程なくして四大商人になるんだろうと夢想した。
現在、コウノスケ、エルフリーデ、パイランは海上都市にいるため、別の者が応対する。悪魔族の女性だ。
肌の色は悪魔族でありながら色白であり、この街。国に配慮した人選だろうと、ソラは適当に予想する。
「ようこそソラ様。何用でございましょうか?」
「奴隷の件で」
「それぞれから千人ずつという話になっているのですが、よろしいでしょうか?」
ソラは笑顔で首を振った。
悪魔族の女性は、数を下方修正させるための交渉に来たと身構える。
「千五百ずつで」
「え?」
「ですから、各会社から千五百人ずつの奴隷と。それと歓楽街の拡張をお願いします。あ、後、城塞都市を計画しておりまして、その話も投げておきたく」
悪魔族の女性は、目を白黒させて頭を抱えた。
「ま、待ってください。後日、代表をお呼びしますので。この話は待ってください」
「早めでお願いします」
ソラはわざとらしく大声を出す。
「明後日には王都に発つので、一週間後きっかりに合わせてください。来なかった場合は、申し訳ないのですが八百人に下方させていただきます」
「はわわ。わかりました! すぐに!」
その後悪魔族の女性は馬で走って三日かかる道のりを飛行し、わずか一日で港に着くと、書簡を飛脚に渡して、港街で倒れこんだという。
~続く~




