第十三話「蒼穹の姫は語りだす」
第十三話「蒼穹の姫は語りだす」
「そうだソラ。貴方、結婚する気はないの?」
「はい?」
ソラは言葉の真意を読み取ろうと黙考する。しかし相手は待ってくれない。
「結婚したいのしたくないの。どっち?」
ソラは自身の未来予想図を広げてみるが、その隣に伴侶となる女性の姿が思い浮かばない。両親に跡取りは残すように言われていたのは、廃嫡される前のお話だ。
ソラが黙っていると、シャルロットは聞き方を変える。
「女の子に興味はある? ない?」
黙って見守っていたシャルリーヌが堪らず口を挟んだ。
「どういうことなのですかお姉様」
タカアキは面白いモノでも見るように、微笑みながらその光景を眺める。対してジョナサンはやっぱり歓楽街を作る人物は女性と縁があるのかと納得していた。
「銀の姫将軍救出? その見返りを銀の姫将軍との婚姻で着地さようかななんて」
シャルロットの口振りは徐々に歯切れの悪いモノへとなっていく。
彼女自身も自信がないのだ。
「その、実はここに来る前に銀の姫将軍の補佐が来たのよ」
アソー子爵を通じて、落ち延びたマルヴィナが直接救援を乞いに来たのだ。無下にするわけにもいかず、とはいえ見返りを要求しなくてはならない。
「本来ならば領土を貰いたいところだけど」
ヴェルトゥブリエまでの領地を貰い受けた場合、ノワールフォレと隣接してしまう。シャルロット自身はそんなことは気にしない。しかし、長い対立の歴史がそうはさせない。
ブランシュエクレールの国民は潜在的にノワールフォレを嫌っている。
前回金の姫将軍が冗談交じりに提案した案。それを採用すれば、間接的に支配することが出来る。さらにグレートランドという干渉地を得たことで、ノワールフォレとマゴヤからも従来通りに距離をおいて付き合えるのだ。
だが、問題は相手がいないということだ。
「打診したミュール伯爵はまた蹴ったわ」
エルフの姫同様、身に余りすぎるとミュール伯爵はこの話を謝辞した。アソー子爵もまた身分にありあまると、彼と周囲の高官たちから否定的な言葉が出た。
「俺は客将です」
「冒険者という身分のままでいいのかしら?」
ソラは言葉に詰まった。
亡き師父の背中と、亡き父親の笑顔が脳裏を過った。程なくして魔王の問いかけを思い出す。
歯切れの悪いソラにシャルロットは、苛立ちに似た焦燥感を抱く。
「どうした? 常の貴方ならもう少し要領よく答えるだろう」
「すいません。わからないんです」
ソラは自身の胸を掴んで、その中にあるモノを感じ取る。
「コレの正体も知りたいです。旅もしたいです。でも、領地を統治することにも興味があります」
「なら、簡単ですねお姉様」
シャルリーヌは笑顔で手を合わせる。張り詰めた室内で場違いなほど満面の笑みだ。
これにはシャルロットも度肝を抜かれて、頭が真っ白になった。
「え、ああ。そうね」
何度も頷くシャルロットは口を開く。
「全部やり遂げればいいじゃない」
ソラはしばらく立ち尽くす。
「いや、さすがに」
将でありながら流浪するというのは、なんとも信頼感の弱い存在。ソラはどうなんだと考えこんだ。
だがシャルロットは言って合点がいったのかうんうんと頷く。
「そんな将がいてもいいじゃない」
「ソラさんなら出来ます」
シャルリーヌは歩み寄って自然に手を取って覗き込む。
「そう……ですね。やってみましょう」
「出来ますよ」
輝かんばかりの笑みを浮かべるシャルリーヌ。シャルロットは面白くなさそうに顔を背けると、ため息をひとつ。
「つまり銀の姫将軍を救出した後、結婚させるけどいいわね?」
「いえ、それはちょっと」
シャルロットは苛立ちを顔に表し、そのままソラに掴みかかった。
「無償で助けるっていうの?」
「陛下、銀の姫将軍をきっかけにエルフの姫も押し付けるでしょう?」
「押し付けるなんてとんでもない。美人を斡旋してあげるのよ! 大体それだけの才、残さないなんていいの?」
二人の口論を見ていたグラディスが笑い出す。
「なによ?」
「いえいえぇ。銀の姫将軍は受けた恩を忘れない方ですわぁ。今すぐ決めなくてもいいと思いますわぁ」
グラディスは「それに今決められると困る」とつぶやいたが、それを聞き取れたのは彼女の隣にいたジョナサンだけだ。
部屋に唯一ある窓から光が差し込む。
「それにぃ。陛下もご自身の気持ちを見つめなおす時間がぁ、必要ですわぁ」
シャルロットは耳まで顔を真赤に染め上げる。
火が着いたように大声を出してから、肩で息をして手で顔を覆う。
「銀の姫将軍との結婚はひとつの手段でしょうねぇ。でも、私ぃ。ちょっと前言撤回するようだけどぉ。結婚には反対ぃ」
「なんて勝手な!」
グラディスはブランシュエクレールまでの最短距離で繋がることは、考えていなかった。彼女にとってもストロベリーの方向転換は、ありがたいものだった。
そしてそれを自分にとって最大限有効活用したいのだ。
「そのためにぃ、銀の姫将軍にくれてやるのはちょっと問題なわけぇ。室に迎えるのはいいと思うわぁ」
自身の存在が何やら大きなうねりを生み出しているのではと、ソラは実感し始める。
「貴方、ソラを使って何をしようとしているの?」
「鏡を差し上げましょうかぁ?」
挑発するような眼差しに、シャルロットは冷淡に対応する。
「そっくりそのまま返すわ。いや、曇らない姿見鏡を送ってあげるわ」
グラディスは小さく息を吐いて、笑う。
「とにかく、今は状況が変わったわぁ」
「そうね。銀の姫将軍の協力を得なくとも、グレートランドの第二皇子の協力は得られるでしょうし」
シャルロットは頷く。
シャルリーヌは首を傾げ、ソラの服を摘んで引っ張った。
目付きの悪い少年は彼女に、懇切丁寧に説明する。
「銀の姫将軍を使って、グレートランドの協力を取り付けようと考えていたのです。その手段のひとつが結婚です。しかし、ストロベリー皇子の申し出があるので、銀の姫将軍の戦略的価値がなくなったと言ってもいいです」
「助けないのですか?」
シャルリーヌはフィオナを見捨てるのでは、という不安を抱いた。
「助けなくても良くなっただけで、助けない手はないです。むしろ助けるべきでしょう」
シャルロットとグラディスは頷く。
「マゴヤの出鼻を挫く事できますね」
タカアキが補足する。
「それだけではないわ。敵の目が二つに別れるわ」
シラヌイは口元を釣り上げて言う。
つまり彼女は戦力を分散させることが出来ると考えたのだ。
「じゃあ、恩を押し売りしに行きますか」
具体的な日程と人員を決め、使者を飛ばす。
話し合いを終えると、タカアキは娼婦へ。アオイは宿に一足先に向かう。金の姫将軍ことグラディスは、第二皇子ストロベリーの元へジョナサンと共に向かう準備に取り掛かる。
シャルリーヌは疲労から先に役所の寝室で休んでいた。到着から今まで休みらしい休みを挟んでいなかったのである。
シャルロットはソラと神霊二人を伴い。歓楽街で一番標高が高いところへと向かう。当初予定していた歓楽街の中心点だ。
歓楽街は丘に避難用の地下水路と、下水道を掘り。その上に街を造ったのである。だが、予想以上に大きな規模になっていき、東側へと拡大していった。
ちなみに丘の上にある区画は、娼婦などの店が並んでいる。その区域は石造りの壁で囲われており一部が城塞化していた。
「どうして心変わりを?」
森緑の姫に賑やかなところがいい。と、言われてソラは真っ先にこの歓楽街を薦めた。しかし、森緑の姫はそれを拒絶。
「名前じゃ。ちゃんとした街の名前を決めて欲しい。それが条件だ」
歓楽街という名前に忌避感を抱いたのである。自身がいるに相応しい名前を要求。
「こいつ本当に神霊なのかしら?」
シャルロットは森緑の姫を指さす。
「失敬な。わしはエクレールと契約した九人の神霊のうちのひとりじゃ」
シャルロットは証拠がないと斬り捨てる。
「確かにな。だが、いいことを教えてやろうエクレールの生まれ変わりよ」
「シャルロットよ!」
鼻を鳴らすと森緑の姫はそっぽを向く。
彼女は先のヴェルトゥブリエとの戦いで、ソラが見つけ出した神霊である。森緑の姫とソラは仮契約を行い、帰郷の希望を叶えたのだ。
「まだエクレールの残した霊具はあるぞ」
「場所は?」
「さあな? わしは最初に別れた神霊じゃからな」
シャルロットはやっぱり嘘だと決めつける。
「馬だ。白馬の馬となる霊具だ」
言いながら森緑の姫は、シャルロットの霊剣を見据える。次いでソラを眺めて、息を吐いた。
「おんしの霊力も食っておる故、おんしもこの霊剣を使えるぞ」
「そうなんですか?」
「振ってみるがいい」
シャルロットは鞘ごとソラに押し付ける。ソラは早速と言って引き抜くと、白い霊剣は黒虹の霊剣へと変色した。
ソラと蒼穹の姫は驚愕して、その刀身を眺める。
「綺麗なマジョーラね」
シャルロットの言葉に、ソラは心ここにあらずといった様子で返事をした。
蒼穹の姫は親指の爪を噛んだ。
「ソラの霊力も食っていたからね」
「かもしれないのう」
森緑の姫は浮遊しながら寝転がる。
「社を建てます」
「うむ。よろしく頼むぞ」
ソラは霊剣を鞘に収めると、そのままシャルロットに渡した。程なくして役所に向かう。
社や奴隷の手続きをしなくてはならないのだ。
その間、暇になった三人は近くの軽食屋と足を運ぶ。店主と店員はソラたちが迎え入れた奴隷である。
「そういや蒼穹の姫」
「何かしら?」
二人の微妙な距離感を森緑の姫は感じ取り、口元を少しだけ歪めた。
シャルロットも蒼穹の姫もまともな会話をしたのは、これが初めてである。
「あの力ってなんなの?」
「あれがソラを廃嫡させる原因になったモノよ」
~続く~




