第十五話「お忍びで」
第十五話「お忍びで」
ソラたちは王都に到着するとすぐに、今後の方針を話し合う。
銀の姫将軍の救出の有無の最終確認。海上都市が完成されるまでに、ブランシュエクレールでやれることなど。今年の収穫期に対する対策。そして最後にストロベリー第二皇子に対応だ。
とある一室に円卓。それを十数人が囲んでいる。シャルロット、シャルリーヌ、レーヌ、アソー子爵に高官が数名。そしてソラとアオイ、タカアキだ。
カトリーヌ=ルはお茶汲み。シラヌイとサスケ、ランスは護衛だ。
ヤリノスケ・サナダとガエル・ブークリエは、砦の建築にかかりきりでこの場にはいない。
「銀の姫将軍の救出に異論はないかしら?」
高官たちは一様に頷いた。シャルロットの言葉にシャルリーヌはほっと胸を撫で下ろす。
「捻出できる戦力は少ないけど」
シャルロットは視線を周囲に向ける。ソラと目が合う。
「なんとかやってみます」
救出に向かうのはソラを含めて数名だ。
「船は出すがそこまで援護は出来ないだろう」
「いいえ。むしろ少数の方が機動力に優れます」
アソー子爵の言葉にソラは、手を振って応じる。
彼の言っていることは事実だ。目標は銀の姫将軍とアイヴィーという少女だけである。その二人を救出に向かうのに、大軍で向かうのは非効率的なのだ。
そこでソラ、タカアキ、アオイ、サスケ、ランス。遅れてシラヌイとレーヌが反応する。
「マルコね?」
「わかりましたか」
山高帽の男が部屋に侵入していた。高官たちは扉が閉まっているのを確認する。
マルコ――春先の内乱でシャルロットたちの前に立ちふさがった男だ。パスト公爵に雇われていたアサシンを生業とする。
戦いの終結の間際、シャルロットの機転により雇うことに成功したのだ。
「で、どうだった?」
シャルロットの問いにマルコはいけそうだという意味で、小さく頷く。
シルバーライン陥落の報せを聞いたシャルロットは、マルコに単身でシルバーラインからヴェルトゥブリエまでの調査を命じていたのだ。
当然その間に決まった銀の姫将軍の救出については、今の会話で知ったところである。それでも彼はそれを見越した調査を行っていたようだ。
懐から羊皮紙を取り出す。そこにはシルバーライン城の地図と兵士の配置が記されていた。
「よく城に侵入したわね」
「ヨリチカが動いてくれたんでな。その隙に一度だけ中に入った」
つまりヨリチカが居座っていれば、マルコですら城に侵入は叶わなかったということである。
その意味をわかった者たちだけが、顔色を変えた。
目付きの悪い少年はなるほどと口を開く。
「マルコさんでも難しかったですか」
「ヨリチカなら、まず間違いなく悟られるな」
ランスの言葉にソラは無意識に頷いた。
少数で動いて城に侵入なんて、目的が限られてしまう。救出できても包囲されてしまうかもしれない。
シャルロットは思いつきを言葉にする。
「ドラッヘングリーガーで突破するのは?」
「ヨリチカ殿の強さが本当ならば、ドラッヘングリーガーでもたかが知れているでしょう。むしろ足を止められてしまいます」
その間に包囲殲滅。悪ければ捕虜になり戦力の低下だ。
アオイは少し考えて自分の末路が想像できたのか、両肩を抱いた。
「ブランシュエクレールの軍を動かして、注意を向けるのはどうだ?」
「それだけでは足りないでしょう」
アソー子爵の提案をすぐにレーヌは否定した。
ノワールフォレの軍勢もいるのだ。ブランシュエクレールの兵力を動かしただけでは、相手の注意を引くことは難しい。
「となると、ストロベリー第二皇子の打診を飲めば、グレートランドからも動かせるかもしれないわね」
複数の高官がそれは危険だと否定する。
「陛下もご存知のはず。グレートランドが権力闘争の様相を見せているのですよ」
かつてグラディスはソラと接触してきた時に、グレートランドの内情を暴露。実際に調べさせたところ、その兆候が見て取れた。それよりも悪いものがちらつき始めている。
この状況でストロベリー第二皇子と手を組めば、いらぬ争いに巻き込まれるのは必至だ。高官たちはそれを危惧していた。
「ですが、銀の姫将軍を助ければヴェルトゥブリエからの道は出来ます」
シャルリーヌは声を大にして主張。
銀の姫将軍の救出をしておかねば利権が得られなくなってしまう。何よりシャルリーヌは彼女の人柄を好いており、純粋に救いたいと考えていた。
シャルロットは各々の思惑を秤にかける。
「ソラはどう思う?」
「陛下また」
高官のひとりが異を唱えた。
「外の目が必要な局面なのだから。こういう時こそ外の人間の目を借りないと見失うわ。それとも客観的に両国を見れるとでも言うの?」
意見した高官は黙り込んだ。
シャルロットの真意を理解し、これ以上は口出ししないと決めたのだ。
「まず使者のジョナサンの言葉は嘘ではありません」
ソラはジャクソンの報告や商人たちの情報を思い出しながら、口にする。
「貧富の差を埋めるだっけ?」
「そうです。もっと言えば食料ですね」
ランスは後頭部に手を回しながら感想を述べた。
「どこも食べ物は必要だ」
何人かが頷く。
「九魔月になったことで、市場から食料と武器が優先的に消えているわね」
シラヌイの言葉にソラは頷く。
シャルロットは黙って続きを促す。
「実際、とある流通で食料を売り渡しました。とあるお偉い方という話でしたが、ストロベリー第二皇子です」
ジャクソンを降した後、ソラはマリアンヌに、ジャクソンの貯めた食料を彼の裁量で外の人間に売るように命じていた。
その相手がストロベリーの配下であったのだ。
ジャクソンからの情報と商人の情報から導き出されたものである。
「これは金の姫将軍の情報を聞く前後です」
シャルロットはなるほどと言う。
「対してブランシュエクレールは豊作です。正直に申しましょう。この食料を市場に流通させるだけで、戦争を操作することが出来ます」
九魔月の影響で不作が多い中。ブランシュエクレールは普段通りの豊作。
現在は奴隷を売り、食料と武器の買い占めが市場での強い傾向であった。これが変わるのには時間をかなり要する。
海上都市の三大商人も、なんとかして奴隷をさばこうとしているところから、奴隷市場は飽和していた。
「実は陛下にご報告していないことがいくつかありまして」
「ちょっと何?」
この状況をソラは大いに利用しようと考えていた。
「商人との信頼関係構築のため、陛下が許可したより多く奴隷を買い取ります」
そうかとつぶやいたのは高官のひとりである。
「ストロベリー第二皇子に巻き込まれるのではなく」
「はい。こちらから介入するのです」
自分たちに都合のいい形にするため。
そのためには銀の姫将軍の救出も必要不可欠であり、またロートヴァッフェに恩を押し売ら無くてはならないとソラは断言する。
彼は商人との信頼関係を厚くし、食料を蓄えそれを使って、戦争を裏で操るというのだ。
「どれだけ買おうとしているの?」
「全部で四千五百」
「それがギリギリ?」
「六千にするべきだ」
アソー子爵が会話に割り込み提案すると、高官の何人かが同意した。
「しかし、ことはそう上手く行くか?」
「目下問題なのはマゴヤです。彼の国も豊作と伺っています」
ソラは頭をかく。
「あの国にも楽市や商館などがあります」
「港がありましたね」
レーヌが思い出したように言う。タカアキが会話に入った。
「確か最近、北の大商人がマゴヤに商館を開いたはずです」
話が進んでいくのに、必死でついていくシャルリーヌは首を捻る。
「あの、ソラさんどういうことですか?」
「マゴヤも食料を使って戦争を操れる位置にいるということです」
「だから、我が国が邪魔なのだな」
九魔月は結果的なことに過ぎないが、マゴヤが真にブランシュエクレールを求めたのは、その肥沃な大地である。
大量に手に入る食料を使って裏で戦争をけしかけようとしていたのだ。そしてグレートランドと周辺国の同盟を揺るがすつもりでいるのである。
ソラは話を戻し、ブランシュエクレールとグレートランド、そして周囲の状況からストロベリー第二皇子との協力関係を作っておくべきだと提案した。
「そこまで考えてらしたんですね。凄いですソラさん」
シャルリーヌは満面の笑みをソラに向ける。
「恐れいります」
程なくして話し合いは終わった。
「よろしいのですか?」
「いいの。貴方も共犯よ」
ソラは頭をかいた後、シャルロットを抱え上げて城壁を飛び越えていく。
これからの方針と細かい修正を高官に投げたシャルロットは、執務室に入るとすぐに出かける支度をした。
お忍びで城下に出るためである。
「街の様子を知るのも、大事な執務よ」
「それはレーヌさんに言ってください」
「それにシャルリーヌにも、色々と執務を経験させる必要があって」
「それもレーヌさんに言ってください」
二人は麻織りの服で王都の商店街へと繰り出す。
内乱の傷跡は小さくなっていた。えぐれた地面。倒壊したり破壊された建物などが、少し残っていたのである。
だが人々はそれを忘れるように、忙しなく行き交う。いや、背負って今日も生きている。
二人は手始めに、手近な出店で野菜の汁を購入。歩きながら食べ、木の器を返却した。シャルロットは主に食べ歩き。ソラは市場の流れを見ていた。
見慣れない商人も増えてきている。
歓楽街から流れるようになってきていたのだ。
トゥース領のマリー=アンジュ公爵令嬢は、先んじて道を均してくれていたおかげである。
シャルロットはふと立ち止まると、ソラに向き直った。
「ここまで元に戻ったわ。改めてありがとうソラ。私に力を貸してくれて」
「いえ、もったいないお言葉です」
シャルロットは少しだけ面白くないと、顔をしかめる。
ソラもそれを見逃さなかったが、言葉を探しあぐねた。情報が少なく、ましてや自分の話口調に不満を抱いているなど、露ほども頭の中になかったのだ。
「ロッテ」
その言葉でソラはああと手を叩く。
「シャルロットさん」
「なんでよ!」
「恐れ多いです」
頬を思いっきりふくらませたシャルロットは、もういいと歩き出す。数歩進んだ先で飛び跳ねて、悲鳴を上げながらソラに飛びつく。
周囲の視線が二人に集まった。
男女が強く抱擁しているように見えたのか、周囲の人々は温かい眼差しを二人に向ける。
「ど、どうしたのですか?」
豊かな双丘を押し当てられたソラの身体は反応する。
「ム、ムカデ!」
彼女の指し示す先には、大きなムカデが地を這っていた。
「虫が嫌いなんですか?」
身体の反応を誤魔化すために、ソラは早口で聞く。
「ムカデが嫌いなの!」
シャルロットは昔噛まれて酷い目にあったと、涙目になりながら説明した。
ソラは素早く足を数度振り下ろしてムカデ駆除する。
「も、もう大丈夫ですよ」
言葉をかけてもシャルロットは離れない。しばらく黙り込んだままソラから離れようとしないのである。
さすがにソラは気まずくなって、シャルロットに手をかける。
「陛下」
「ロッテ」
ソラは渋い顔となる。大きく息を吐くと、意を決して口を開く。
「ロッテ。離れてくれ」
「うん」
シャルロットは手を差し出し、ソラに言う。
「もう少しエスコートして」
目付きの悪い少年は、その手をとって商店街を進み行く。
~続く~




