第二十二話「動き出す前兆」
第二十二話「動き出す前兆」
夏の青空に入道雲が迫っている。地平線のほうから影が迫ってきていた。
ヴェルトゥブリエとグリーンハイランドの戦争は、マゴヤも感知している。
獅子を思わせる頭髪と髭。焦茶色の髪をかきながらヨリチカは唸る。
城はほぼ完成し、軍議を行う部屋でヨリチカと側近の男と二人で地図を睨む。
「ブランシュエクレールが動いたとはいえ、時期が微妙だな」
マゴヤは九魔月でありながら、秋には豊作になるとの報せが前線に飛び込む。それが悩みの種なのだ。
夏を終えれば収穫の時期に入る。当然従軍させている農民、そして兵士たちも収穫の手伝いのために、後方に戻らねばならない。
となると軍を動かす時期が少しばかり遠のくのである。
当初、ヨリチカの想定では夏には動くはずだったのだ。しかし、後方が上手く連動できなかったのである。
マゴヤは雨季に記録的な豪雨に見舞われたのだ。それに対処した事もあり、秋の実りは豊作となった。おかげで、兵士を前線に送り出すのが遅れているのである。
ここに来て攻撃の機会が巡ってきているのだが、ブランシュエクレールの兵力を押し図りきれていない事。ドラゴンを討伐した戦士の存在。さらに歓楽街とン・ヤルポンガゥが軍を動かしたという情報。それらが複雑に絡んで、それらがヨリチカを悩ませたのである。
「動いたのは、少数と聞いております」
ヨリチカはふむと頷く。誤情報かもしれない。おまけにその出処はグレートランドである。誘き出すための罠かもしれない。
側近はそれでも攻撃を具申した。
「その情報は確かだ」
二人は声のする方へと顔を向ける。見計らったようにふすまが開かれると、二人の男女が並び立っていた。彼らの側近が加わり四人となる。
男はヨリチカと同じくくらい背が高い。しかし、ヨリチカほど屈強な印象はない。ほっそりとした体躯がそう感じさせていた。甲冑を身にまとっているのは、到着したばかりを告げている。
女は若く。まだ二十になったばかりだ。暗い赤紫の長髪と瞳。整った目鼻立ち。男とは対照的に甲冑の類は身につけていない。おまけに体に密着する衣服を身にまとっているため、女性らしい体つきがくっきりと出ていた。
艶かしい格好にも見えるそれに、ヨリチカの側近は視線を逸らす。
「おお、アケチにサナダ――は、サナダでいいのだな?」
女性は顔を赤くして大口を開ける。
「そうよ! またサナダよ! そうだヨリチカ、あんたまだ嫁いないんでしょ?」
「断る」
「最後まで聞きなさいよ!」
ヨリチカは唇を尖らせると、かぶりを振る。
「我は銀の姫将軍ただひとりを娶ると決めているのだ。ついでに行っておく。我が側近にも手を出すなよ」
女は顔をしかめて、ぐぬぬぬと漏らす。
「また離縁だそうだ。これで七度目だぞ」
男は笑って言う。女は激昂した。
「愛妾でもいいから! 二人の子どもなら喜んで産むわよ」
二人はバカ言えと拒絶した。側近の三人も頷く。
「お前なんぞを愛妾に迎えたら、殿に怒られてしまうわ」
「側室、正室じゃないとサナダの名に傷がつく」
ヨリチカは話をあからさまに変える。
「それで、ミツヒデ。先の話は本当か?」
ミツヒデは頷く。
「確かな情報です。アポー伯爵からね」
二人の背後で女は自分の話を聞けと、喚くが二人は無視して地図を見下ろす。
「彼は後二人ほど寝返らせることが出来るといいました」
「信じ過ぎるなよ」
ヨリチカは釘を刺す。
「わかっていますとも」
「それよりなぜ魔王軍が、ブランシュエクレールに入ったのか、その情報はないのか?」
ミツヒデは首を振った。
ちなみに女は二人の袖口を掴んで、色々と口説いているが、右から左に聞き流している。
「やはり海上都市関係でしょう」
「聞くところによると、何かを優先的に交渉させるとか?」
ヨリチカの問いにミツヒデは答えられない。
彼の部下もソラたちの競りを行っていた場にいたのだ。だが、中身はまったく見せなかったのである。
それでも魔王はその中身を見ずに、無料で造ると交渉権を獲得したのだ。
自作自演ならぬ、他国を牽制させるための共謀。というのが、大方の他国の見立てである。
「殿は?」
「それで納得しませんでした。色々と策を弄して、調べています。それも熱心に」
ヨリチカは考えこむ。
自分が突っ込んで、その真偽を確かめてもいいのではと考えた。
「単騎突撃は駄目ですよ?」
「わかっている。スミレもわかっておるな?」
スミレはやる気のない返事で応じる。
二人はため息を吐く。そこでヨリチカは思いついたことを口にする。
「ブランシュエクレールかグレートランドで手練を捕虜にすれば良いではないか」
「それがどうしたのよ?」
「夫として迎えるのだ」
「採用」
途端にスミレの顔つきが獰猛な獣のようになった。口元を大きく歪ませて、奇っ怪な声で笑う。
「旦那様を手に入れる!」
二人は顔をそむけてヒソヒソと言葉を交わす。これは本当に良かったのだろうかと。
「ま、まあ、サナダの分家の末裔もおるし」
「そ、そうだな」
二人は咳払いして、顔を地図に戻した。
「それで、お前たちだけではないのだろう?」
ミツヒデはああと応じると、援軍で来た主だった面々を報告する。ヨリチカは思案顔となった。
援軍が来たとはいえ、攻めるには心許ない戦力なのだ。
何より銀の姫将軍の存在が、厄介にさせていた。
ブランシュエクレールを攻撃に動けば、後背を突かれる形となる。また銀の姫将軍を攻め倒そうとすれば、ブランシュエクレールは側面を突いてくるかもしれなかった。
「皇国の思惑は透け見えている」
グレートランドはブランシュエクレールを疲弊、もしくは壊滅的打撃を被ってから助けに動こうと考えている。
あの国土を手に入れるために。九魔月となった以上、ますますあの国の土地の価値は上がったと言える。遠い国も欲して動いている情報もあるほどだ。
だからこそブランシュエクレールを簡単に助けたくないのが、グレートランド皇国の考えだろう。
だが、銀の姫将軍だけは皇国の中にあって、皇国の思惑とは別で動いていた。
「せめて、銀の姫将軍がこちらに攻め込んで来てくれれば、いいのだがな」
マゴヤの前線の城塞に、援軍が到着。その報せはブランシュエクレールにも届いていた。
その話を受け取ったシャルロットは、窓から空を覗く。
紅玉の瞳には、恵みの雨が映り込んでいた。
ブランシュエクレールは東を除いて、海に囲まれている。それらがこの季節、雲を生み出しブランシュエクレールに雨を降らしているのだ。
「なんとか出鼻を挫けないかしら」
後ろで話しを聞いていたシャルリーヌは、自分に聞かれているのだろうかと、あれこれと案を出していく。
それを聞いたシャルロットは笑っていいわと言うと、話を変えた。
「和睦の調停、お願いできる?」
シャルリーヌは元来、体が強くなかった。それは強すぎる魔力を持て余していたことからである。
内乱の際にシャルロットと戦った時に、大量の魔力を放出したことや、霊力に触れたことで安定の傾向にあった。しかし、それでもシャルロットは心配なのである。
霊力を持つ侍女シラヌイ。彼女が居てもやはり気になる。
彼女はその手の治療にも長けており、ソラが長く経過観察していたレーヌやカトリーヌ=ルの具合も見てくれていた。
それだけではない。
「マゴヤの事もあるから、あまり護衛もつけられないわ」
シャルリーヌはその心配を心地よく受け取る。瞑目してから笑う。
「はい。やらせてください」
その背後でシラヌイ、レーヌ、カトリーヌ=ルらも頷く。
「サスケも連れて行きなさい」
えと驚くシャルリーヌ。それ駄目ですと言い募る。
「いや、腕は確かだけど貴方達女性だけで送り出すのは心許ないの」
「陛下」
シャルロットはレーヌの言葉を手で制する。
「サスケでも足りないくらいよ」
ちょうど扉が叩かれる。シャルロットが促すと、赤髪を全て後ろに流した巨躯な男が立っていた。アソー子爵である。
シャルロットは黙って言葉を促す。
「サナダ殿をお連れしました」
一瞬だけ腰を浮かせる。すぐに腰を落として、王を演じる。
「通しなさい」
「危うかったの」
白髪の老人が右足を引きずりながら、部屋に入る。ヤリノスケ・サナダ。シャルロットの養父だ。年老いてから足を悪くしたため、右足を引きずるようにしか歩けない。
素っ気なく応じるシャルロットは言葉を待つ。
「調べていた件でな」
シャルロットは目だけでアソー子爵に扉を閉めろという。彼は急ぎ対応し、外を警護する兵士に誰も近づけるなと厳命。内側から閉じた。
ヤリノスケは数えて十、間を開ける。
「やはりアポー伯爵は寝返るつもりらしい」
シャルロットは素面に応じた。マルコからの報告を受けてから、領地が近いヤリノスケに調査を依頼したのだ。いずれこうなるだろうと覚悟していたこともあった。
また裏切られるのは初めてではない。その上今度は完全に把握をしている。今はシャルロットがどうとでも出来る状況だ。
紅玉の瞳が輝く。
シャルロットが口を開けるよりも先にヤリノスケが喋りだす。
「陛下は、出鼻を挫きたいとお考えでしょう」
シャルロットは首肯する。それを見たヤリノスケが口元を歪めた。
「我に策あり」
その内容に聞いていた全員が納得する。
「後は、ガエルを戻してから色々と調整ね」
シャルロットは思い出したように、シャルリーヌに向き直る。
「明日にはレーヌ、カトリーヌ=ル、シラヌイ、サスケを連れて、ヴェルトゥブリエに向かいなさい」
アソー子爵が一歩前に出る。
「何かしら?」
「ランスをお供に加えさせていただきたい」
シャルロットがいいのかと問うと、アソー子爵は問題ないと答えた。
「それに先ほどの策。見事ハマればランスは必要がないでしょう。それよりは常設軍や、歓楽街に彼女らの練度を上げる絶好の機会かと」
彼がそう断言したのは、ブークリエ宰相を信頼しているからである。
ヤリノスケの策と、ブークリエの防御の構え。これがあれば勝てるとアソー子爵は革新していた。
「いいわ。貴方のランス。借りるわね?」
アソー子爵は恭しく頭を垂れる。改めてシャルロットはシャルリーヌと視線を交わす。
「お任せくださいシャルロット陛下。わたくしたちが務めを全うして見せます」
その言葉にシャルロットは柔らかく微笑んだ。そして一瞬だけ顔を曇らせる。
それに気づいたのは、レーヌとヤリノスケだけだ。
~続く~




