第二十三話「神霊が見ている」
第二十三話「神霊が見ている」
戦いが終わると、ソラはオスヴァルトとエヴラール、そしてカエデの報告を受け取る。
怪我人は出たものの、被害は少なかったという。
だがオスヴァルトは危なかったと言った。最後の最後で大きな潰走が始まった時に、押し切られそうになったのだという。ヴェルトゥブリエもグリーンハイランドもそれで、死傷者を増やしたという。
ではそれをどうやって押さえ込んだのか。
オスヴァルトは当時を思い出しながら、報告した。
カエデが主だった兵士を射抜く。アランとアオイが人の頭を足場に切り崩しを図り、シルヴェストルの槍術で強引に人垣を押し飛ばしたのだ。
「そこに出来た間にエヴラールが突撃。後は機兵兵団の出番ですよ」
機兵兵団は基本なんでも武器を扱える。しかし、エヴラールだけは金砕棒を専用としていた。彼の膂力に耐えうる武器がないのだ。
遠目からには四角い鉄塊。しかし一辺には申し訳程度の刃。後は棘付きの鈍器だ。
オスヴァルトは肩をすくめて言う。あれは凄かったと。エヴラールは照れて頭をかく。
「うちのフルヘルムの威圧感もあって、敵さんは腰を抜かしちまってな」
骸骨を模したフルヘルム。魔力を持つ者が装着すると、目の部分が赤く光る。
「後はバーナードの魔法もなかなか凄かった」
エヴラールは他の面々を名指しで褒めていく。
「ということで、まあ上手く連動して相互に連携出来たという感じです」
オスヴァルトは最後にまだ訓練は必要だと付け加える。
カエデは驚いた。彼の目には完璧な連動、連携であったからだ。だがエヴラールもオスヴァルトの言葉を首肯する。
「今回は士気が完全に折れていた。それに加えてカエデ殿、シルヴェストル殿、ジン殿、アラン殿の助けがあったからこそだ」
「ジンさんはただ叫んでいただけではないですか」
カエデはジンの功績を理解できていなかった。
「あれが効果あったんだよ」
オスヴァルトの言葉をエヴラールは頷く。
ジンは基本的に後ろで機兵兵団以外の面々の面倒を見ていた。途中彼は何度もドラゴンを倒したブランシュエクレールの戦士とは俺達の事だ。と誇示していたのである。
オスヴァルトは冷静に分析して言う。
「ドラゴンを倒したという話と、エヴラールの活躍が相まって敵の気持ちが折れてくれたんだよ。それに甘んじるのは、機兵兵団としてはまだまだということだ」
「そうだな。機兵兵団のエヴラールだ。とか、機兵兵団のノブナガだ。とか、言われたいものだ」
「おいおい俺達も入れてくれよ」
エヴラールとオスヴァルトは笑い合う。
ソラはわかりましたと言うと、帰国の準備を進めてほしいと告げる。
「いいんですかい?」
「あまり長居しても兵糧を無駄に使うだけです」
ソラの言葉に頷いたオスヴァルトはそうだなと応じた。
「こっちの娼館で一夜過ごしたかったぜ」
やれやれと肩をすくめるオスヴァルトは軽い調子だ。冗談のつもりらしい。
「まあまあ、歓楽街に戻れば」
エヴラールは真に受けて、帰れば娼館などいくらでもあると言う。
「お前はモテモテだからいいけどな」
「話術はオスヴァルトさんの方が上だ」
「わかっているじゃあないか」
オスヴァルトは高笑いをし、エヴラールは困ったように笑う。
カエデは横目でそんな二人を見て、何かを考えこむ。ソラに視線を向けて問う。
「俺達は?」
「ちょっとだけ復興のお手伝いです。学んでおいて損はないですよ」
そこへ書簡を持ったバーナードがやってくる。
「イクサベ代官、書簡です」
蝋封された手紙はブランシュエクレールの印。シャルロットが差し出したものだ。
ソラはそれを開封し、中身を読み上げる。
「こちらから手紙を出す前に?」
バーナードはなんと書いているのかと聞く。
「オスヴァルトさん国境付近まで殿下のお迎えを出してください」
それだけでバーナードは察する。ああと、顎に手をやる。オスヴァルトは驚いたがすぐに応対する。
「了解。ウェルダーとアーノルド」
「俺とノブも向かう」
「頼りになるぜ」
カエデはどういうことだと、視線を向けた。
「陛下が戦争の終了を見越して、和睦の調停として殿下を送り出すそうです」
終わってなかったらどうするつもりだったのだろうかと、カエデはそこに目が向いた。もちろん心配する事柄なのだが、ソラはそれよりも、書いていない事を気にかけた。
「バーナードさんはどう思います?」
「マゴヤが動いたのでしょう」
ソラは満足そうに頷く。
マゴヤの動きに変化が見られたのかもしれない。それに急いで対応したいのだろう。
全面戦争が早まるか、遅れるか。どちらにせよ、ヴェルトゥブリエだけでも動けるようになってもらわないと困るのである。
それを見越してソラも南の兵力を極力、損害を出さないように攻めこまない策を弄していたのだ。
ソラは予測を口にした。
「たぶん陛下は、マゴヤの出鼻をくじいて、収穫期を迎えたいと考えているでしょう」
「となると、遅かれ早かれ誘い出すでしょうな。どうします?」
攻め込める状況ではない。ならば、国内に誘い出すしかブランシュエクレールの取れる道はない。そうバーナードは分析する。
ソラはかぶりを振った。
「戻って来いと言っているわけではないです」
カエデは戻りたいと進言するが、それを却下する。
「国を守りたいのはみんな一緒です。ですが、今はこちらです。ここの対応を疎かにすれば、後に痛い目を見ます」
ソラは言う。戦争終わったので帰ります。では、無責任にも程がある。ある程度約束事を取り付け、貸しを作っておかねばならない。
カエデはわかったと頷く。
ソラたち一行はヴェルトゥブリエの王宮に招かれていた。
王宮の広場ではささやかな宴が催される。そこにはグリーンハイランドのアーマンとブランドンの姿もあった。
皆武具は置いて、盃を手に持って笑い合う。今は敵も味方もない状況である。
アーマンはこれ幸いと、フェリシーを口説こうとしたが、王弟の正拳で再起不能になる。
フェリシーはジャンヌの手を取って、あちこちに挨拶を行っていた。ジャンヌは罪悪感から抵抗したものの、根負けして今はフェリシーにされるがままである。
「でかいな」
「ああ、でかい」
オスヴァルトの言葉にバーナードは頷く。
「アオイよりでかいな」
「だが、アオイの幼い顔立ちから来る処女性と母性を併せ持つ魅力はない」
バーナードは早口で分析していく。
「相反する魅力だが、それが両立している。それが我らのアオイだ」
「ちょっとそこ変なこと言わないでください」
アオイはこれ幸いとソラに擦り寄ってあれこれ、自分の魅力を武器に誘惑する。
「「羨ましい」」
オスヴァルトとバーナードは声を揃えて言う。エヴラールたちはすでに出立しているので、姿はない。
ソラは甘えてくるアオイを相手にしながら、違和感を覚えた。
――誰かに見られている?
敵意はない視線。それは蒼穹の姫も感じていた。神木だろうかと考えたが、神木は戦争が終わると、完全に沈黙してしまっている。
程なく宴が終わると、ソラたちは湯浴みを薦められた。
ソラ以外は貴族が使う湯船に、ソラは王族が使う湯船に通される。
籠に脱いだ衣服を入れて、大浴場に入った。熱い湯船に浸かる。
目付きの悪い少年は、そこでも視線を感じた。ヴェルトゥブリエ、グリーンハイランドの間者とも考えたが、利点がない。彼ひとりである。うっかり情報を喋るなんてことは極めて低い。暗殺とも考えたが殺気がない。
蒼穹の姫が現れる。いつもの蒼い着物はない。全裸である。水飛沫をあげながら湯船に飛び込むと、そのままソラに擦り寄る。
「勝手に出ない」
「たまにはいいじゃない」
「なんだと思う?」
蒼穹の姫はわからないと、ソラの背中に抱きつく。
「ああ、久々だわ」
ブランシュエクレールの内乱に関わってから、ここまでろくに休めていない。やることが多すぎて、息つく間もなかったのである。
「秋に持ち込めれば、少しはゆっくり出来ると思う」
「本当にね。でもこういうのも悪く無いわ」
そんな二人の会話を覗く三つの視線。
王族の湯船が男性用と女性用がある。高い石造りの壁がそれを隔てているものの、壁に登れば隣を覗けるのだ。
除いていたのである。フェリシーとジャンヌ、そしてカノン。この三名はソラの肢体を眺めて顔を紅潮させていた。
「おっき」
「カノン」
カノンの言葉は遮られる。不浄なと言いながらうつむき加減に見ているのだ。ジャンヌはちらちらと眺めては俯いて顔を真赤に染めた。フェリシーは嬉しそうに眺めている。
常のソラならば、気づけたのだが、別の視線に気を取られていた。
ちなみにフェリシーと蒼穹の姫は目が合っている。が、特になんの対応する素振りを見せない蒼い神霊は、ゆったりとした時間を楽しんでいた。
ソラは蒼穹の姫の体を背に感じ、前屈みになっていく。
「まだまだ修行が足りないわね」
「精進します」
「そこが可愛いんだけどね」
ソラと蒼穹の姫は突然立ち上がる。その様相に、フェリシーたちは気づかれたのかと、身構えたもののどうにも様子がおかしい。
ソラは頭を抑えるような素振りとなった。
フェリシーは二人に視線を向けて、壁から降りると湯冷めしないように湯を浴びてから、浴場から飛び出す。
ちょうど着替えたソラとかち合う。
「どうなさいました?」
「声が」
三人は驚いて耳をすますが、声はしない。
「声がするんです。たぶんこれは……」
蒼穹の姫は面倒臭いと、顔をしかめる。
「神霊ね」
~続く~




