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第十六話「両軍動き出す」

第十六話「両軍動き出す」






 夏の日差しが照りつけ、日陰のない平原を焦がす。

 連日の快晴で雨らしい雨がなく、草原の草も萎れてきていた。それでも北寄りは、力強い。神木を燃やされた周囲の草原は、瞬く間に枯れていったのである。

 それは誰の目にもわかるほど、神木によって草原は生かされていたと物語っていた。

 それに怒りを露わにしたのはゴドウィンだ。彼は神木の効力を天罰だと叫び、これは浄化されたのだと、声高に言い続けた。しかし、当人が一番それを理解していたのである。

 故に彼はその神と言っても差し支えない存在に、恐怖した。

 それは強い敵愾心を煽り、異教徒への怒りと合わさり激しい破壊衝動を滾らせる。

 幕舎の中にいてもわかるほど、大司祭ゴドウィンの顔は赤い。

「あの悪魔の木を焼くべきだ!」

「それは失敗したと言っているだろう!」

 地下水路は現在も攻略中だが、木の根はいぜん健在である。

「神木を残してくれと言っているような輩だ。言っていることなどあてにならない」

「兵士が付き添ったと言っているだろうが!」

 ゴドウィンとブランドンは言い合う。両者を落ち着かせるのはアーマンの、役目だ。だが、彼は落ち着かせてゴドウィンの肩を持つ。

「燃やした後に木を植えればなんとかなるだろう」

「燃やすのですか?」

 ブランドンは不満を露わにする。アーマンは彼の肩に手を置き口を開く。

「燃やしたほうがいいだろう。人の手に余る存在だ」

 一理はあるとブランドンも考える。

「だからこそ触らぬ神に祟りなしと言うではないですか!」

「もう遅いわ! 陛下、兵士をお借りします。異教徒共を根絶やしにしてきます」

 ゴドウィンは禿頭に兜を被ると、足を外へと向けた。

「戦勝奴隷は残しておいてくれよ。それとフェリシーも、ね?」

「抵抗すればお約束しかねます」

 ゴドウィンは幕舎を出ると、自身の配下を率いてヴェルトゥブリエの王都へ向かう。神木を焼き払うために。

「困ったものだ」

 アーマンは頭かいて、軽い調子で言う。

「陛下!」

「フェリシーなら後方だろうさ」

 ブランドンは力強く首を振った。大口を開けて抗議する。

「そうではありません。ゴドウィンをお戻しください」

「木を燃やしたくないのか?」

「それもあるのですが――いえ、撤退をいつでも出来るようにしておいてください」

 アーマンはかぶりを振る。

「ここを落とさなくては、海まで遠のく」

「そうですが、これ以上は厳しいです。補給部隊がことごとくやられております。前線の兵糧も厳しいです。加えて後方の敵が増えています」

「馬を殺せば血肉となり、乾きと飢えを凌げるだろう? 数が増えたとはいえ、こちらを攻めてこないではないか? あと少しなのに下がれというのか? ボインボインだけではなく、王都は海を手に入れる足がかりとするべきなのだ」

「だからこそ、一度立て直すべきです」

 否、ブランドンは完全にこの先を予見していた。すでに戦闘限界を突破しているのである。

 王弟は後方の部隊の存在意義を、完璧把握していた。攻撃してこないのも理解している。だからこそ、一度撤退をして立て直す必要が出ているのである。

 後方に現れた敵兵は、いわゆる重圧をかけるだけの存在、囮だ。本命は補給部隊を襲う機動部隊である。

 囮である後方の敵兵に、対応するため、兵力を割かねばならなくなっているのだ。これにより後方に配置されたグリーンハイランドの兵士たちは緊張と、暑さに消耗していた。

 そして補給物資が滞っている。補給部隊を襲うだけで、彼らはグリーンハイランド軍をいたぶることができていた。

 動かないとわかっていても、前線に兵力を送り込めば、その隙を狙ってくる。また前線から兵を戻しすぎると、王都の軍勢に押し返されてしまう。

 大きく動けないのだ。

 本陣ごと王都に飛び込んだとしても、彼らが包囲し、フェリシーの魔導具で中の兵士たちと完全な連携を持って、彼らを殲滅することが出来るのだ。

 これに対応するには、全戦力を持って後方に退くしかないのである。

 それもなるべく早く。

「敵の斥候。もうすでに潜り込んで内情を知られているかもしれませんですぞ」

「だが、しかし」

 痺れを切らしたブランドンは、幕舎の外に飛び出す。

 彼はとある種族を探す。そこには人の上半身と、うまの動体を持つ女性たちがいた。ケンタウロス族である。

 そして人の耳の部分が白く長い耳を持つバニーハイランダー。

「お前たちは後方に戻るんだ」

 バニーハイランダーたちは、疲労の濃い顔で頷く。彼女たち二つの種族は疲労の色が濃い。兵士として戦闘に参加してものの、そのほとんどが兵士たちの慰めであった。

 日中、太陽にさらされ、夜は情欲のはけ口として彼女たちの体は見た目以上にボロボロなのだ。

 彼女たちを先に撤退させるには二つの理由がある。

 ブランドンはそれを説明した。

 ひとつは士気の低下を促すこと。ひとつは敵に奪われないようにするためだ。

「そんな!」

 ケンタウロス族のひとりが反論をする。

「まだやれます」

「しかし……」

「一度だけ! 一度だけ後方の部隊に攻撃をさせてください」

 ブランドンはすぐにそれが意味のないことだと断じた。しかし、そうだとわかっていても彼女たちの尊厳のことを考えた彼は唸る。

 戦いに出て愚痴と慰めだけで帰るのは、納得がいかないのだろう。声高に戦わせてくれと言う。ケンタウロス族は、少女の言葉に呼応するかのように、瞳に戦意を宿した。

 ブランドンは考える。

 敵に捕らわれる可能性。そして失う可能性。攻撃したことによるその後の影響。

「弓による一撃離脱。それ以上は認めん。作戦は明日だ」

「ありがとうございますブランドン殿下」

 喜びに抱きつくが、ブランドンからすればのしかかられているような状況だ。照れ臭さから彼はすぐにその抱擁から逃れる。対するケンタウロスの少女は頬をふくらませた。

「よい。無事に帰って来い。そしたら撤退だ。またお前の背に乗って、森を散策したいのだ」

「はい」

 ケンタウロスの少女は満面の笑みを作った。






 二人の甲冑を纏った人物が王都を目指す。顔もフルヘルムで覆われているため、顔も性別もわからない。

 猛暑と言ってもおかしくない。それでも音を上げない。周囲はそんな彼らに驚きはしたものの、反応する気力もないのか、日陰からただ眺めるだけだ。

 彼らは王都を守る壁に近寄ると、見上げた。

 壁には無数の傷がある。魔法や攻城兵器で攻撃した後だ。だが、そのどれもが効果を発揮していない。

 壁も門も壊れていないのである。

 さらに二人は中に入っていく。

 日が暮れる頃には二人は王都を後にし、グリーンハイランドの本陣に戻ると、甲冑を脱いで草をかきわける。否、草を着こむ。

 地面に伏して、五キール(約五キロ)先にあるヴェルトゥブリエの陣に向かった。

 陣に辿り着くと、堀の深い顔立ちの男が二人を出迎える。

「どうだったアオイちゃん?」

 オスヴァルトは笑みを作ってアオイとアランを労う。

「大体わかりました。続きは幕舎で」

 アオイは短く言うとアランと頷きあって先を行く。オスヴァルトは頭をかいてから、九魔月の夜に浮かぶ神木を見上げた。

 幕舎ではヴェルトゥブリエの貴族、フェリシー、そしてソラ一行が彼女らを迎える。

「ご苦労様でした」

 フェリシーは真っ先に二人を労った。遅れてオスヴァルトとエヴラール、ウェルダーともうひとり線の細い美人の男性が入ってくる。

 ソラは全員を見渡してから、頷いた。それを受けてアオイが口を開く。

「どっちの軍も限界を迎えています」

 フェリシーは毅然とした態度を崩さない。

「襲撃の方はどうですか?」

 ソラの問いにオスヴァルトが頷いて、白い歯を見せる。そしてシモンも首肯した。

「両方共ばっちりですぜ」

 ひとつは補給部隊を撃退するという意味でだ。

 もうひとつは、経験をさせるという意味である。

 サチュルヌデューアルブルから出した書簡。それには兵糧を持ってくる部隊として、骸骨機兵兵団の要請を出したのである。

 後日骸骨機兵兵団五百人と、危険手当を目当てに三百人。計八百人がやってきたのである。

 彼らはこの戦争に付き合わなくていい。それを見越してソラは、戦争を安全なところから経験させることを思いついたのだ。

 もちろん絶対的な安全はない。それでも彼らはいつでも逃げ帰れる。その安心感を担保に色々と、学ばせているのだ。

 もちろんこれはヴェルトゥブリエ側も理解している。

 兵糧を持ってきただけでもありがたいと思っていたのだが、前線に出ないとはいえ、八百の兵力は彼らの支えとなっている。

 補給部隊の襲撃の兵力に八百を加えて行っていた。

 もちろん大半の戦闘はヴェルトゥブリエが行っている。彼らの武功を奪うような真似はしていない。

 ただ戦場の空気を吸わせ、色々と考えさせているのだ。

「ではそろそろ布石を打ってもいいころですね」

 ソラは戦争を終わらせる切り札を持っていた。それはドラッヘングリーガーのことではない。

 ひとつの書簡だ。

「まさかここまで兵力の損失を出さずに、敵を苦しめられるとはのぅ」

 老貴族が嬉しそうに言う。それに同調して他の貴族たちも頷いた。

「突撃していたらと思うと」

 全員が笑う。余裕の笑みだ。

「皆さん。まだ油断してはいけません」

 フェリシーの言葉に全員の顔が引き締まる。まだ気を緩めるには早い。まだ勝ってはいないのだ。

「あ、そうでした」

 アオイが手を挙げる。

「ジャンヌっていう人が凄いらしいです」

 その言葉に幕舎は静まり返った。その空気にアオイもアランも、狼狽えた。ソラは大丈夫だと手を出して、視線をフェリシーに向ける。

「ここに? ジャンヌが?」

 フェリシーの問いにアランが頷く。

「ええ、そういう話がたくさんありました」

 あまり良い雰囲気ではなかったと、アオイとアランは言う。

「どういうことだいアオイちゃん?」

「恐れている口振りでしたね。ジルドっていう人がどうとかも」

 ソラは礼を言う。

 魔王の言葉を思い出す。そして丸薬の入った袋を取り出した。丸薬は灯りに光沢を放つ。






~続く~


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