第十七話「急変する戦場」
第十七話「急変する戦場」
薄明の平原。徐々に日が昇り始めているのか地平線から明るくなってきている。だが、まだ太陽は顔を覗かせない。
そんな中を集団が移動する。彼らは周囲を警戒しながら、荷物を運ぶ。
荷車を牛が引いて、それを歩兵と騎兵が警護する。
しかし、兵士たちの士気は低い。それどころから見えない何かに怯えるように、周囲を忙しなく確認していた。
「今回は魔導師がいるのである。だから負けるはずもない」
その集団を指揮する者が、声高に叫ぶ。
しかし、それに付き従う者たちは、そんな言葉を微塵も信じていなかった。
ここ連日補給部隊は潰走し続けている。
急いでいないにもかかわらず、彼らは息を乱す。まだ気温も上がり始めていないのに、額からは玉のような汗が浮かび上がって、頬を伝う。
静かな平原に風が吹き抜けていく。草原が波打ち、草の音を静かに奏でる。
だが、馬蹄がそれを遮った。
一斉に兵士たちは、荷車の周囲を固める。
「届けなくちゃ、今度こそ届けなくちゃいけないんだ!」
彼らの視線は馬蹄が轟く先。丘だ。
そして土煙と共に騎兵が押し寄せてくる。数は三千。対する補給部隊の護衛は千だ。勝ち目などなかった。
「カエデさん!」
「わかっている」
ソラの指示にカエデは弓を取り出す。
弓を構えた騎兵が集団から躍り出ると、矢の雨を降らせる。数人が倒れても、なお槍を構えて騎兵を迎撃しようとした。
カエデは馬を駆り、無言で弓を引く。放った矢は指揮する者たちの頭部を射抜いていく。
ソラも矢を放っていく。次第に補給部隊は烏合の衆と化していった。弓騎兵が騎兵の集団の中に消える頃には、前列の歩兵たちは槍を捨てて潰走しはじめる。
迫る恐怖に耐えかねて我先にと飛び出していく。もちろん最後まで構えていた者もいたが、騎兵の濁流に呑まれて躯を晒した。
こうしてヴェルトゥブリエとブランシュエクレールの混成部隊は、敵の補給物資を奪うことに成功する。
鬨の声が平原をこだまする。
ブランドンは襲撃部隊が帰る前にケンタウロスを突っ込ませようと考えていた。ケンタウロス族の被害を出させないため、また敵に少しでも損害を出せないかと考えた結果だ。
しかし、ゴドウィンによってそれが妨げられる。
朝方飛び込んで抗議してきたのだ。
「どういうことだブランドン!」
「なんの話だ? 要件を言え」
「兵糧が足りないぞ」
禿頭の男に至近距離で睨まれて、不快感を示すブランドン。仮にも王弟なのでこのような態度は、罰せられて然るべきなのだがアーマンはそれをしない。
「補給部隊がこちらに届きませんからな」
他人事のように言うブランドンに、ゴドウィンは犬歯を剥く。
日陰がないのは前線だけではない。後方もである。
後方は前線よりも士気が下がっていた。連日の襲撃。そしてこの暑さ。脱走する者や、暑さに倒れるものなどが出始めているのだ。
「誰かが神木を燃やさなければ、こうはならなかったでしょう」
「神のご意思に逆らうというのか?」
「神のご意思とやらは、悪戯に兵を疲弊させることを言うのか?」
「大体物資がここに届かないのも、貴様が無能だからだろう!」
ブランドンは眉をわずかばかり動かした後、ゆっくりと瞑目する。
「いいでしょう。本陣にある兵糧を持って行きなさい」
アーマンが待てと会話に割り込む。血相を変えて首を横に振る。
「それではこちらが保たないぞ」
大司祭は言質をとったと幕舎から飛び出た。
「おわかりになられていませんね。我々は負けたのです」
負けてしまったのだ。逃げ出す準備をしなければならないとブランドンは言う。
「まだ敗走していない!」
アーマンは現実を直視できていなかった。それも無理からぬ話で、王都を包囲し今にも突破できるように見えるからだ。
あと少し攻めれば勝てる。そんな思いが敗北を認めなかった。
だが実際は兵糧が足りなくなっており、行動限界をすでに超えていたのだ。
「それも直に来るでしょう」
ブランドンの淡々とした物言いにアーマンは目を点にした。
「このままでは臣下――いえ、民にも見限られますぞ?」
ゴドウィンを切り捨て、自分たちだけでも逃げるとブランドンは言う。事実、昨日は日が傾き始めた頃にバニーハイランダーたちを後方にさげさせたのだ。
あわよくば敵が動いてくれればと思ったが、欲に釣られることはなかった。
今日の夕方にケンタウロスたちを後退させ、明日には自分たちが下がる。それがブランドンの計画だ。
アーマンは納得しなかったが、ブランドンはため息をつくと順を追って説明した。
王都攻略が上手く行っておらず、またフェリシーも捕まえられていない。悪戯に物資と兵を失うだけの後方。
それでも固執することを見越したブランドンは、ゴドウィンを利用して物資を奪わせ、何が何でも撤退しなければならない状況に追い込んだのだ。
「侍女たちに口内炎が多数出来ております。これ以上は無理です」
アーマンやその王弟を世話する侍女たちも、疲労と栄養失調から口内炎が複数でき始めていた。
最早一刻の猶予もないのである。
「包囲しているのは我々なんだぞ」
「いいえ、包囲されているのです」
正面と後方。そして太陽と季節に。
「急ぎ和睦を持ちかけるべきです」
しかしアーマンは首を縦に振らなかった。
いよいよブランドンは死を覚悟する。王を置いて逃げるなど、彼には出来ないのだ。
ジンは捕らえたバニーハイランダーのひとりを自分の幕舎に連れ込んでいた。カエデは軽蔑したが、我関せずとジンは欲望の赴くままにした。もちろん同意の上でだ。
撤退したバニーハイランダーたちは、道中補給部隊と遭遇。無理矢理行軍に参加させられたのである。
これは連日の敗退を恐れた補給部隊の独断だ。
そして先の戦闘であえなく敗退。そも、彼女たちには戦う気力も体力もなかったのである。
半数が囮になって、半数を逃すという手段に打って出たのだ。
もちろんバニーハイランダーを見つけた男たちの目の色は変わったが、今回指揮していたのはソラである。
今回の襲撃部隊はブランシュエクレールの部隊が前線を担っていた。故にバニーハイランダーに対しての希少性を、彼らは見出さなかったのだ。
自国に帰れば、好きなだけかまってもらえるのである。そんな彼らを見て、ヴェルトゥブリエの兵士たちも乱暴なことをしなかったのである。
彼らは彼女らを自分たちの陣に連行。食事と水を与えた。その中で尋問などを行い。暇の出来たバニーハイランダーたちが、男を誘惑したのである。
それに勝てなかったのがジンだ。
カエデは鉄壁の構え。シルヴェストルは揺らいだが、アランは臆病風に吹かれて、逃げ出したのである。
そんな光景を傍目に、二人が会話していた。
「やはり亜人にモテますな」
「そうですね」
オスヴァルトの言葉にソラは相槌を打つ。視線の先にはバニーハイランダーに囲まれた大男。
骸骨機兵兵団のもうひとりの隊長、エヴラール。彼は約二ミール(二メートル)の身長を持つ巨躯な男だ。体格も一瞬オークと見紛うほどガッチリとしている上、単純な力比べならオスヴァルトやソラにも負けないほどの怪力の持ち主である。
類稀な肉体を持っているため単純な戦闘力は、骸骨機兵兵団で最強だ。
ただ難点をあげるならば、顔が男らしすぎるという点である。歳も一回り大きく見られことも多々あった。
「そういえばどうでした?」
「実にいいですね。ノブナガ・スドウも合わせて即戦力ですね」
ノブナガ・スドウは領地を持たない貴族だ。彼は絶世の美人と言っていい男だ。中性的な顔立ちは女性に人気があり、にこりと微笑むだけで女性はころりと落ちてしまうらしい。
だが、今バニーハイランダーに囲まれているのはエヴラールだ。そんな彼をノブナガは助けていた。
彼とエヴラールは幼馴染である。エヴラールが志願した時に、彼も一緒に志願し、同じく才能ありと見なされ骸骨機兵兵団に加えられていた。
今回の遠征は色々な見極めも兼ねている。危険手当を出す事で募った三百人。その人物たちと、骸骨機兵兵団に加えた二百人の実力を、オスヴァルトに測ってもらっていたのだ。
訓練してすぐに戦場で使えるわけではない。それでもブランシュエクレールには時間がないのである。
このような手段で、色々な能力を確認していく必要があったのだ。
「カエデさんたちは?」
「問題無いです。マルコの肝いりのアランも、即戦力ですね。馬の扱いはまだまだですが」
「俺はどうでした?」
シルヴェストルが会話に加わる。
「お前さんは、いい線いっているね。四人の中じゃ一番いいぜ。さすがサナダ槍術だ。ただ、まだまだ磨き上げる必要があるな。後は、もっと部下のことを見れるようになるといいぞ」
「カエデよりもいいのか?」
シルヴェストルは顔を明るくさせた。彼はカエデよりも強くないと思っていたのである。
「単純な強さ比べはわからんが、戦場で戦う分には誰よりも安定している」
「後は領地関係を覚えて、手柄を立てれば晴れてサナダ家当主になれますよ」
シルヴェストルは目を白黒させる。どもりながらちょっと待ってくれと、手を突き出す。
「それってどういう?」
ソラとオスヴァルトは顔を見合わせると、ああと頷く。
「まだ陛下がお伝えしていないのですね」
「え? 俺? そんなことになっているんですか?」
オスヴァルトが意地悪そうに笑ってそうだという。
「お、俺、領主らしいことなんて……え? いや、マイさんと結婚?」
「したくないですか?」
シルヴェストルは耳まで顔を真赤にさせながら首を全力で振った。
「いえいえ、是非ともお願いしたいくらいです。ああ、いや、マイさんが良ければ」
「落ち着け少年。話を急ぎすぎているぞ」
からかうような物言いに、シルヴェストルはそうだったと大きく息を吐いた。
ソラはヤリノスケやシャルロットの話を、かいつまんで話す。
結論から言えば、内乱の報奨である。だが、実力と人柄が伴っていなければ、実現できなかった話である。
シルヴェストルは突然怖くなったのか、顔を青くさせた。
「し、しかし領主らしいことなどは、なにひとつ……」
「したじゃないですか」
ソラはブリス・ヴェルトゥ・サチュルヌとの交渉を指摘する。それが第一歩。ちゃんと出来ていたと言う。
シルヴェストルは恥ずかしそうに笑った。
「そ、そっか」
「後は、戦場での手柄だ。これさえあれば、誰も文句を言えないからな。それで晴れて結婚出来るって話だ」
シルヴェストルは実感が湧いたのか、身震いする。
「責任重大ですね」
この時彼は海上都市の件も、そのための布石だったのだと理解した。それと同時にもっと学ばなければと、気持ちを引き締める。
「敵襲! ケンタウロスだ!」
叫び声が飛び込む。ソラは急いで武器を集めて飛び出す。
視線の先にケンタウロス族の群れ。手には弓矢が握られていた。
「カエデさん出来ますか?」
背後に来ていたカエデに問う。
「女性を射殺すのは……」
ソラはそうですかと言う。
「甘いか?」
「甘いですが、それでもいいと思います」
ソラはケンタウロスの馬の胴体を狙うのだと提案。
「肋骨のあたりを射抜けば動けなくなります」
ケンタウロスの大事な臓器は人の方にあるのだ。毒矢でもない限り、下半身の馬の胴体を射抜いても死ぬことはない。
カエデは頷くと、弓を構えた。ソラも構えるが、距離では彼に遠く及ばない。
徐々にヴェルトゥブリエ軍も迎撃の態勢に入る。
弦が引き絞られる音。鏃が標的に狙いをつけた。
矢を放つと、正確にケンタウロスの肋骨を射抜く。そしてその場でうずくまって動けなくなったのだ。次を狙おうとして、矢を番える。しかし、カエデの動きが止まった。否、戦場の動きが止まってしまう。
ひとりを射抜いた瞬間。ケンタウロス族の動きが止まってしまったのだ。射抜かれたひとりに集まって、様子を伺っている。守るようにしているが、カエデの弓でなければ届かない距離だ。
ヴェルトゥブリエの軍もどうしたもんかと、動けないでいる。騒然となる現場は、はるか遠くに見えるグリーンハイランドでも同じような光景となっていた。
ブランドンが激しく暴れて、混乱しているようである。振るわれる拳の先はアーマン。
ヴェルトゥブリエのシモンとソラは同時に攻撃するなと指示を出す。
「エヴラールさん!」
ソラはエヴラールを指名し、数人を引き連れてケンタウロスの集団に駆け寄る。最初は敵意を向けられるが、しばらく話し込んでその敵意が収まっていく。
エヴラールたちはひとりのケンタウロスを抱え上げると、自陣に招き入れる。
「手当を!」
ソラが言うと、魔導師が急いで治癒魔法を唱えた。
カエデはソラに駆け寄る。
「どういうことだ?」
「族長の娘さんだそうです。ここで討ち取ると問題になってしまうので、手当をしたら丁重にお帰りいただきます」
カエデは首を傾げる。このまま倒してしまっても問題ないのではと思ったのだ。もちろん相手が女性であるから、カエデもそれに越したことはないと、口を挟まなかった。
だがソラはこの事態を利用しようと考える。
~続く~




