第十五話「風向きは変わる」
第十五話「風向きは変わる」
グリーンハイランドの軍で捕虜となった兵士の数は千五百。第二の街を放棄した時に、開放しようとしたのだが、千人がそれを拒んだ。後は無意識の同調で、全員が残ってしまう。
理由は日陰である。
とはいえ、捕虜にくれてやる食料や水は最低限であった。それでも彼らは極楽だと言う。
おまけに隔離する場所もないため野ざらし、兵士が周囲を警備している状態だ。千五百人が一気に蜂起すれば、中は大変なことになる。はずだが、動かない。
「いや~。マジで太陽に殺されるかと思ったぜ」
「東の連中は結構倒れたって聞いてたもんな」
「あそこの将軍は奴隷を酷使しすぎなんだよ」
そんな会話を気怠そうに聞きながらカノンはやれやれと肩をすくめる。
今の彼女は武器の銀の布を羽織っていた。
彼女の布はミスリルで出来た武器である。ミスリルを繊維にして織ったもの、と言われている。ヴェルトゥブリエと同じく一級品の魔導具。
ただし他国のように目立った効能がない。魔力を流して相手を拘束する力を強める程度だ。
ひとりがその集団から抜けた。警備している兵士は注意するが、お辞儀して男はカノンに近寄る。
彼女も身構えたものの男は構わず、頭をかきながら口を開く。
「腹減っちまってよ」
「貴方達に恵む分はありません」
「改宗するから、くれよ」
カノンは口を開けて、絶句する。
「何を言っているの?」
「いや、なんだったらグリーンハイランドと戦う戦う。ご飯くれたら戦うからよ。頼むよ」
腹が減った日陰バンザイと、神木様と叫び。仲間に入れてくれと男は言う。カノンの足に飛びつき、ついでに頬ずりをしたところで、銀の布に縛り上げられた。
「本当にごめんちゃい。マジ、腹減って、役に立つはずだから」
カノンはため息をつくと、そのまま男を引きずって行く。
程なくしてノエルとディオンのいる部屋。執務室に辿り着く。部屋の主がいる時よりも雑然としていた。
「どうしたカノン――その男は?」
「暑さで頭がおかしくなったみたい」
ノエルの問いにカノンも困ったような顔となる。眉の間の皺を人差し指で揉みほぐす。
「神官さんひどいよ!」
「うっさい」
カノンは男の尻を蹴っ飛ばした。
「カノン、拘束を解いてくれ」
「本気?」
「本気だ」
ディオンもそれには反対なのか、待てと口を挟んだ。
「暑さでおかしくなったのか?」
「俺の脳内は常に陛下への愛で爆熱だ!」
「落ち着け。敵兵だった男だぞ。頑なに残ったのも、中から陽動をかけるためではないか?」
ノエルはかぶりを振った。
「ジャンヌがいる以上。そこまで考えていない。第一、こいつらが戻りたがらないのは日陰だけではない」
ノエルの策にまんまとハマり、欲に目が眩んで飛び込んだ兵士たちだ。重罰は免れない。薄い色素の金髪の軍師はそう断じる。
男も反論しない。
「そうそう。俺達実際詰んでるの。だから、なんとか逆転狙うしかもう道ないじゃん」
「逆転する方向が逆だろう国に忠義はないのか?」
「そんなこと言われても、徴兵されたから出てきただけだし。忠義で腹は膨れないしな」
男は思い出したかのように言う。下級の兵士でもご飯が美味そうだったと。
ノエルたちは呆れてしまう。
「だが、そうなのかもしれんな」
「何がだ?」
「お前も今では貴族で、近衛大将だが忠義で腹は膨れなかっただろう?」
ディオンは首肯する。
「俺たちが義を重んじるように、彼らは欲を重んじる」
「待て。お前は欲に忠実だろう」
ディオンの鋭い指摘にノエルは言葉を詰まらせる。
「欲ではない。愛だ」
「それで綺麗に取り繕ったつもりかしら?」
カノンの追い打ちにノエルは苦しくなった。
「とにかくだ。能力を示せ」
あからさまに話題をかえる。
「えーっと名前は?」
「ジャンだ」
彼らは中庭に移動するとジャンに木製の武器を渡す。これにはタカアキも参加し、いつでも撃ち殺せるようにしていた。
「では俺が相手だ」
近衛大将のディオン自ら試合をすると言う。何人かが止めたが、ノエルは許可する。
程なくして打ち合いは終わりジャンは晴れて、奴隷兵扱いとして認められた。
後に仲間の証言で、兵士を取りまとめているひとりだったと知り、ノエルはタカアキにつけた。
裏切った場合、いつでも背後から撃てる措置である。
「しかし、敵の動きが鈍いな」
連日の攻撃の苛烈さが鳴りを潜めていた。
ジャンヌ投入後の士気はガタガタであったのだが、今日に限って動きが鈍い。
兵士が報告に来た。
ノエルは兵士にゆっくり休むように指示を出すと、自ら壁の上へと登る。そこには一足先にディオンが来ていた。
「これは全員裏切り者か」
「好都合だな」
ノエルはああと応じて、かつて味方だった軍旗を眺める。
グリーンハイランドの後方に軍が現れたのは昨夜の事。そこから程なくして補給部隊が襲われたと報告が入る。
ブランドンはしてやられたと、額に汗を滲ませた。
わずかに八千の集団が後背を突く形でいるのだ。おまけにデューアルブルにいつでも逃げ込める位置にあり、また距離もあることから容易に手が出せない。むしろ後ろを潰しに動こうとすれば王都が手薄になる。
更に補給部隊を奇襲した部隊。これが報告では二千と聞いていた。
「約一万……」
グリーンハイランドの軍はいつでも引き戻せる位置に配置したが、せっかく手に入れた日陰を放棄している。
「補給路にも兵を置けば良いのではないか?」
「陣が広がり過ぎます」
「ならば今から王都を攻略に動けば」
全戦力で押し寄せるのだとアーマンは言う。ブランドンもそれはいいのかもしれないと、考えた。
「いや駄目です。補給路を断たれます」
水分が問題である。
「地下水路があるではないか」
「使っていると報告したでしょうが!」
「ま、まて拳は抑えろ」
だがブランドンは振りぬく。
「それでも足りてないだよ」
兵糧が徐々に心もとなくなってきていた。戦線が伸びきっており、おまけに日陰のない夏の平原で戦っている。水は加速度的に減っていたのだ。
「我が国の水は?」
「補給部隊が襲われているのだと、言っているでしょう」
その水を奪われていた。
グリーンハイランドには水源の森をいくつか保持している。その水を持ってこいとアーマンは言う。ブランドンはすでに手を打っていた。それでも足りないと王弟は言う。
一度に補給できる量は限られており、またデューアルブルからの水源も期待していたが、神木を燃やした途端に枯れてしまったのだ。
「補給部隊とて、水を必要とする」
「我慢させろ」
「出来るかァ!」
ブランドンは王を殴り飛ばす。逞しい体を持つ巨躯が宙を舞う。
「後背に現れた敵とて、強奪に動いているのだから、兵糧に心もとないのでは?」
ブランドンは思い出す。
ヴェルトゥブリエは、王都とプリュトンデューアルブル以外は蓄えがないことを。ここで大規模に兵を動かせば、向こうとて苦しくなるはずだ。
こうして攻撃に踏み込まないのは、兵糧に余裕がないから動けないのではないかと断じる。
そして彼はそこで、思考停止してしまう。
元来の彼ならばもっと深く考えたはずである。しかし、暑さと度重なる心労により、彼の思考は徐々に鈍っていた。
そしてそれが五日続く。
八千の兵力が、一万五千にまで膨れ上がった。それどころか斥候曰く、食料と水は潤沢だという。
遠目から見ても豪華な食事をしていたと、証言する。
ここで初めて、ブランドンは自分の思慮が浅かったことを思い知らされた。
彼は急ぎ退路の確保を優先させるべく、信頼できる兵士たちに指示を出していく。
「陛下にはなんと?」
「事後承諾だ。責任は俺が持つ」
ブランドンは蒼穹の空を恨めしく仰ぐ。
~続く~




