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第二十九話「なぜなにブランシュエクレールとマナの濃度と魔法の関連性」

第二十九話「なぜなにブランシュエクレールとマナの濃度と魔法の関連性」






 マルコは船が海上都市についた日を思い出しながら、シャルリーヌに話した。




 晴天。周囲に多少の白い雲が途中日差しを遮る。海面は多少波打ち、船は左右に少し揺れていた。

 帆船三隻は少しだけ船体を揺らしながら進み行く。

「おっげぇええええええええええええええッ!」

 ジョセフは船の縁に前のめり気味に乗り出して、嘔吐を続けていた。

 その背中をゲルマンが優しく撫で続けている。

「大丈夫ですか」

「このジョセフ! 無敵の回復力を持つが……うぇっぷ。ぅおおおおげぇええええええ!」

 ジョセフは再び海面と見つめ合う。そんな彼にはいはいとゲルマンは背中を撫でた。

 元パッセ侯爵の息子は、重度の船酔いになってしまう。そしてアランはその光景を見て、もらい船酔いになりかけていた。

 アランは特徴的なフルヘルムではなくなっている。彼は鋼のアイマスクをつけていた。これでも彼の対人恐怖症は和らげられている。

「うちの団長殿は頼りになるな」

 ジンが頭をかいた。シルヴェストルは笑って応じる。

 そんな彼らから少し距離を置いてカエデが座っていた。彼は弓の手入れをしている。弦の調子を確認して、布で弓を拭う。

 それを遠目で確認していたマルコは山高帽子をかぶり直す。

「よし。お前ら試験だ」

 マルコがそういうと、ジョセフ、ゲルマン、カエデ、シルヴェストル、アラン、ジン、そしてゲルマンたちの部下が集まった。

 彼らはブランシュエクレールの内乱で、シャルロットを助けた褒美として特例的に騎士の称号を得たのである。

 ブランシュエクレールの騎士になるには試験を受けなくてはならない。勉学と素養、そして文字の読み書きが出来、かつ武力に秀でた者を自薦で募り試験を執り行うのである。

 だが彼らはそれらを受けずに、騎士となった。

 ジョセフとゲルマンはその点に関しては及第点を出せるのだが、他の面々は勉学が壊滅的だった。無理もない。ついこの間まで農民だったり傭兵だったのだ。

 武力こそ、ドラゴン討伐の折に、高濃度のマナに中てられ彼らの魔力は格段に上昇した。その後付け焼刃的にでっち上げた技術は、騎士になるに足りえていた。だが読み書きは出来ないのだ。

 特例的にシャルロットが認めたとはいえ、文句がなかったわけではない。特に格式に拘るガエル・ブークリエは反対した。

 もちろん認めたものもいる。ロラン・アソー子爵とユーグ・ミュール伯爵だ。

 アソー子爵が認めたのは、もちろん忠誠心や内乱を収めたことに尽力した功績を見てである。対してミュール伯爵は彼らの魔力を評価してだ。

 シャルロットも文字の読み書きは後から出来るだろうと、楽観したのである。

 とはいえ、それを急いで身につけなくてはならない。そしてその指南役にマルコが任ぜられたのだ。

 当初、マルコはこれに難色を示したものの、今は楽しんでいる風である。

 彼らを並べたマルコは、未だに顔を青くしているジョセフを指し示す。

「ジョセフ。大気マナが増大すると何が問題だ? 言ってみろ」

 ジョセフは顔を青くしたまま、そんなことは常識だと手を振った。

「いいから模範通りに答えてみろ」

「えー。マナの濃度があがると、色々と面倒になる――うぇっぷ」

 ジョセフは口を手で覆い、船の縁へと走りだした。

「具体的にゲルマン」

「戦うという視点では、魔法の威力が上がり修練が足りないと自爆する可能性があります」

 ゲルマンはジョセフの背中を指さして追いかけていいかと素振りで問う。マルコはため息混じりに頷いた。

「農業という面ではどうだ? シルヴェストル」

「農業という面では――マナ害。そうマナ害が出ます」

 マルコは具体的にどうなるのかと問う。

「えーっと、マナの結晶化現象。及び食物の肥大化です。これによる問題は、土地が痩せこけ、大地の荒廃。肥大化した食物は毒素を含んだり、味が悪くなります」

 ジンが足りない部分を補足する。

「それだけじゃなく、放置するとマナを発生させて大気のマナの濃度が上がってしまう。そしてカラミティモンスターの発生にも一役買うって寸法さ」

 マルコは頷いてから、カエデを指さす。

「今の濃度は?」

 カエデは懐から円柱のマナ計測器を取り出す。目盛を見て口を開く。

「四割です」

「そのとおりだ。戦場や農場、普段の生活でマナ計測器は必需品だ。合間合間に確認するようにしておけ」

 ジョセフとゲルマンが戻ってくる。

「よしジョセフ。ブランシュエクレールの農法を言ってみろ」

「それも常識――うぇっぷ。古式の農法です。魔法を使わないすべて手で行――うぇっぷ」

 マルコは山高帽子をかぶり直し、首肯する。

「そうだ。その農法は他国も推奨している。しかしお前たちの国ほど徹底されていない」

 これはひとえに女神エクレールも存在が大きい。ブランシュエクレールにも宗教がある。しかし、ある大昔に宗教を大事にすぎるあまりに、民から反感を買い。排除されたことがあった。

 それ以降にエクレールが現れ、独自のエクレール教という宗教のようなモノが出来上がったのである。

 女神エクレールが古式農法を推奨し、今日の徹底したマナを使わない農耕が行われているのであった。

 何をするにも、魔法を使うほうが楽なのである。それでもそれを行わなずいたから、今のブランシュエクレールがるのだ。

「そんなことどうして?」

 シルヴェストルは疑問に思った。住んでいる民なら、誰でも知っていることである。

「その意味を考えるんだな」

 マルコは山高帽子を深くかぶりこんだ。

 帽子のつば裏にシャルロットを幻視する。

 マルコが彼女に指示されたことは、彼らを強くすること、そして領主足りえる存在にしろということであった。そのために基礎的な知識を再確認する必要がある。いずれ領主に鳴った場合、奴隷を買い農耕させる時に、自分で説明できなくては意味が無い。

 ブランシュエクレールは、先の内乱で領主がいない領地が出てきていたのだ。

 実際、第五騎士団もこの任務を終えたら、領地の運営を任されている。

 ――あの王女だ。こいつらを武家相当にさせるのだろう。

 マルコはため息をつくと、口を開いた。

「シルヴェストル、ブランシュエクレールにとっての武家とはどういう位置づけだ?」

 しばらく質問がなかったため、シルヴェストルは面食らう。

「あっとえーっと。子爵相当の地位を持ち、王から賜った領地、または貴族から領地の一部を賜り運営したりする? です」

「サナダはどっちだ?」

 マルコさらに問う。

 シルヴェストルは考える素振りとなった後に、顔を明るくさせる。

「後者です。ブークリエ伯爵の領地の一部を頂いたと言っていました」

「その領地をブークリエ伯爵が返還を求めた場合は?」

 シルヴェストルは考えこんだが、両手をあげた。わからないという意味だ。

 横で聞いていたカエデがため息を吐いた。

「拒否することが出来る。が、正解だ」

「そのとおりだ」

 カエデは補足する。

 貴族が領地を切り分ける時点で、王の介入が入るのだ。つまり公文書が発行され、切り分けた領地は正式に受け取ったものとなる。

 つまりブークリエ領内にあるサナダ領は、すでに王がサナダのモノであると認めたこととなるのだ。

 それを貴族の一存で覆すことは不可能である。ただし――。

「ただし、武家の一存で返還するこが可能だ。つまり、返せと言って来た場合。武家からは突っぱねることはできるが、返すと言ってしまえば貴族のモノになってしまう」

 マルコはカエデの模範的な回答に何度も頷く。

 彼らがこの後直面する問題に、返還要請が来る場合も考えられた。それを突っぱねることを覚えておく必要があったのだ。

 ――まあ、ジョセフには関係がないか。

 ジョセフはいずれ侯爵位を授かる立場にある。パッセ侯爵の名を引き継がないが、侯爵位がいないのは、大きな問題である。

 実際問題。現在のブランシュエクレールには伯爵位以上の貴族が居ないのだ。

 トゥース領の公爵令嬢は世継ぎ問題が起きており、また侯爵位も先の内乱で処刑されている。

 ブランシュエクレールの貴族間の均衡が崩れる可能性があるのだ。




 そうこうしていると、彼らは海上都市についた。凍結されたワイバーンと地竜はフェルナンドが商人に売りに動く。その警護をジョセフとゲルマン。そして第五騎士団の半分が担う。

 もう半分とカエデ、シルヴェストル、アラン、ジンは早々に開放される。

 多くはすぐに海上都市へと消えていった。

「しっかり海上都市内を見てこい」

 マルコはそう言うと手を振って行けと手振りで伝える。

「娼館あるらしいぜ行ってみようぜ」

「お、俺はそういうのは……」

「さては、マイさんだな」

「ちがっ――いや、そうだ」

 ジンのからかいに、シルヴェストルは生真面目に答えた。しかし、ジンはシルヴェストルの肩を抱えて一緒に連れて行こうとする。

 シルヴェストルは口では否定しつつも、足は娼館へと向かっていた。そこでジンが振り返る。

「アランはどうする?」

「俺は、別行動」

 ジンはカエデには聞かなかった。付き合いの長い彼は、カエデの心中を推し量れていた。

 カエデを除いて三人は海上都市へと繰り出す。カエデは潮風が撫でる黒髪をおさえて、一歩進み出た。

「俺に修練を頼む」

「そう焦るな。焦ったところでソラに追いつけるわけはないぞ」

 マルコは的確にカエデの心中を言い当てた。

「あいつは霊力。お前は魔力。そしてドラッヘングリーガーだ。全然違う。追いつこうとしたって無理だ」

 それでもとカエデは言い募る。

「陛下に文句があるわけではない。しかし、ここにどうして俺達を向かわせたのかがわからないんだ。俺はこんなとこにいるよりも、本を読み修練に励みたいのだ」

「なら、なおのことお前はソラに追いつけない」

 カエデはなぜと問う。マルコは船上で言ったことを、もう一度言った。

「その意味を、考えるんだな」

 マルコは言い終えると、縮地でその場から立ち去る。




「さてどうしたもんかな?」

 山高帽の男の手には金貨百枚。マルコ以外は金貨十枚渡されている。

 今回は先の内乱の慰安旅行でもあった。もちろん外を見て色々と学んでほしいというシャルロットの願いもある。

 マルコは自身に入る金貨の量――ワイバーンの亡骸がどれだけの値になるのか、気になった。

 ――フェルナンドはどこに向かうって言ってたかな?

 遠くで褐色の商人の笑い声が聞こえてきた。

 マルコは探す手間が省けたと思いながら、声のする方へと足を向ける。道中、女の奴隷を薦めてくる商人が複数現れた。が、マルコはそれを無視する。






~続く~


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