第二十八話「シャルリーヌ海上都市に立つ」
第二十八話「シャルリーヌ海上都市に立つ」
晴天。見渡す限り白い雲はなく、穏やかな潮風が夏の陽気を感じさせる。
海面は穏やかで帆船はゆったりと海を進み行く。隣をカモメが飛翔する。
「あれが……海上都市ですか……」
シャルリーヌは口元を手で抑えながら言葉を紡ぐ。喋っている途中にも吐きそうになったのか体を強張らせる。背中をさするカトリーヌ=ルにお礼を言い、隣にいるソラの腕を掴んで、吐き気を抑えこむ。
彼女は今は城で身に着けている桃と白のドレスではない。身軽に動ける格好である。麻織りの服に、地味な色のフード付きの外套。ありふれた旅装束だ。
レーヌとカトリーヌ=ル、そしてソラも同様に地味な格好である。ただしソラとレーヌは外套の下に具足を身に着けていた。これはシャルリーヌの護衛のためだ。
「我慢しなくてもよろしいですよ」
シャルリーヌは重い船酔いになっていた。
「シャルロットお姉様ならこれくらい耐えます」
カトリーヌ=ルとレーヌは困惑気味に彼女を伺う。
シャルリーヌは改めて前を向き、船の行く先を見つめた。
石造りの巨大な建築物が彼女の瞳に映る。
海上都市――その名に違わぬ海の上にある巨大な人口建築物。円形の巨大な足場。周囲は外壁で覆い、中は市場の街だ。ここで揃わないモノはないと言われるほどの品揃えだ。外壁の外は港であり円形の足場から不規則に伸びる船着場。
多数の船が発着し、人と物、そして金が激しく行き来する。
ン・ヤルポンガゥの王。バハムート自ら主導して、作った建物だ。
自由市場であり、場所代払えば誰もがここで商いすることが出来る。もちろん定住することも可能だ。
「どうしてこんなに栄えているのですか?」
「ン・ヤルポンガゥにしかないモノがあるからです」
シャルリーヌは先に魔王バハムートと姉、シャルロットがやりとりしているのを側で見ていた。そしてその内容を思い出す。
「確か、魔界につながっていて――そうです。魔界でしか取れないモノがたくさんあるんですよね?」
ソラは頷き、仰るとおりですと言う。
「殿下、世界には冒険者たちを手助けル機構があるんです。冒険者ギルド。彼らはン・ヤルポンガゥと協力して冒険者を呼び込み、魔界でしか取れないモノを回収させているんです」
ソラの説明は続く。
魔界には魔族がいる。彼らは戦うことで種の繁栄と存続を求めるモノが多く存在していた。その相手として人間は最適だ。しかし、彼らは積極的に人間界に降りない。慣れない環境に降りるほど彼らも勇猛ではない。
もちろん例外はある。トゥース領の魔族たちもそうだ。
そこで魔王は、ギルドを通じて冒険者たちを魔界でしか取れないモノで呼び集めたのだ。そして冒険者と魔族を戦わせて、互いの欲するものを提供したのである。
「ダンジョン興業とも言われています」
「なるほど、そこで採れたものを、海上都市で売ったり、物々交換させるのですね」
その通りでございますとソラは応える。シャルリーヌは再び吐き気に襲われていた。
目つきの悪い少年は温かい汁物を差し出す。
「食べたら余計に吐きそうです」
「いえ、食べたほうが船酔いにはいいですよ」
カトリーヌ=ルがソラの言葉に追随する。
「殿下、私もレーヌさんも飲んだら船酔い治りましたよ」
レーヌは照れたように顔をそむけた。
ソラ以外は船酔いに、悩まされていたのだ。
シャルリーヌはソラの差し出す木の器を受け取る。中身は味噌の汁だ。彼らの乗る船の食事であった。
魚介と味噌の汁である。白い湯気を立ち上らせており、シャルリーヌの鼻孔を魚介の香りがくすぐり腹の中の虫を刺激させた。
「毒味をします」
カトリーヌ=ルが手を差し出す。
シャルリーヌはしばらく考え込んだ後に、そのまま汁をすすった。
レーヌとカトリーヌ=ルは驚愕し、二人してシャルリーヌを止めようとして慌てふためく。
「美味しい」
「あのっ! あのですね!」
カトリーヌ=ルは珍しく語気を強めて抗議した。自分たちがいる意味を理解して欲しいと説くが。
「今は旅の者です」
えっへんと胸を張るシャルリーヌ。
彼女たちが乗っている船は商船だ。ブランシュエクレールの船はすでに海上都市に向かったままであった。他にもいくつかあったのだが、呼び寄せている時間がなかったのだ。
今、ソラたちは時を争う戦いをしていた。
敵も見えない戦争である。
ミスリルの湖がパッセ領――改めルミエール領で発見された。埋蔵量は不明。ミスリルは高価で世界で取引されている。これが他国に漏れれば、大事となる。それこそ戦争である。同盟を結んでいる国たちが、明日突然襲ってくるかもしれないのだ。
「しかも、よく今まで見つかりませんでしたね」
「パッセ侯爵は代々、遺跡の調査に積極的ではなかったようです」
パッセ領は古くから遺跡の調査をしない家系だったのか。それらしい書物は、一切出てこなかった。逆にエクレール神話に関して記載されたモノはたくさん見つかった。
「そうか。それで今まで」
レーヌの言葉にソラは首肯する。
「あ、私達の国の船がありましたよー」
カトリーヌ=ルは嬉しそうに指差す。指の先には三隻のブランシュエクレール籍の船。第五騎士団を運んだ船である。
「どうやら合流できそうですね」
ソラが言うと、船頭たちが慌ただしくなる。彼らの乗る船は港に寄港するという段階に入っていた。
マルコは思案顔のまま立ち尽くしていた。ブランシュエクレールの船の付近で今朝からずっとそのままである。
彼は背後に立つものの気配に、意外そうに口を開く。
「お前もこっちに来ていたのか」
「はい。非常事態です」
マルコは無言で先を促す。
「少し厄介なことになりました」
「俺の知恵は必要か?」
彼は気配で背後の人間がかぶりを振ったの感じた。
彼は暗殺者だ。その界隈では凄腕として有名である。雇われたらなんでもするのが信条である。
先の内乱ではパスト公爵に雇われていたのだが、終戦間近でシャルロットに買収されたのである。
「ですが、護衛としての戦力は欲しいです」
「了解だ。殿下をか?」
ソラは再びかぶりを振る。さすがにマルコは背後を振り返る。
最初に飛び込んだのは大樽だ。それをソラ、シャルリーヌ、レーヌ、カトリーヌ=ルが指差す。
マルコはその大樽にただならぬモノを感じた。
「なあ、これすっごいヤバい?」
「やばいです」
「そっかぁ……マジかぁ……」
マルコは山高帽子をかぶり直す。
「盛り上がってきたじゃないかブランシュエクレール」
マルコは口元を釣り上げる。
そうだとマルコはソラと視線を交わす。ソラはマルコに歩み寄る。
「こっちも厄介なことになった。後で詳しい話はするが、色々と面倒になる」
「わかりました」
シャルリーヌが首を傾げる。ソラとマルコはすっと向き直ると言葉を待った。
「マルコさん。大事ないですか?」
「ええ。こちらは順調そのものです」
「この数日どうでしたか?」
「ええ、とても愉快でした」
マルコは山高帽子をかぶり直す。
~続く~




