第三十話「裏切りの兆候」
第三十話「裏切りの兆候」
人混みが激しい道。大きな通りなのだが、人が通るほどの余裕は亡くなっていた。出店が道端に展開され、武具や食事、鉱石、奴隷。多種多様な商品が所狭しと並ぶ。人々は屋台から掘り出し物を探そうと、ひっきりなしに行き交う。
海上都市を警備する兵士たちは、時折人混みを整理するがそのほとんどは店と客に任せている。彼らが守るのは海上都市で、そこにいる人々は基本的に放任しているのだ。
「どけぇ!」
しかし、怒号が響く。店主も客も兵士ですら、何事かと声のする方へと見やる。
人の流れが早くなりぶつかり合うようになった。
ン・ヤルポンガゥの兵士は何事かと様子を伺う。
「何事だ?」
聞かれた兵士は高い場所へと移動するが、肩をすくめる。そこへひとりの男性が転がり込んでくる。
兵士は男を介抱した。
「大丈夫か? どうした?」
「ロン商会の私兵が騒いでいるんだよ。道を開けろって」
兵士はなるほどとつぶやく。
「ロン商会なら仕方がないな――おい」
兵士が部下に指示を飛ばす。付近にいる人も捕まえて手伝わせる。
「どかせろったって、こちとら今店を出したばかりで」
「いいから道からどきなさいよ!」
「撤去! 退避ですよ!」
「わかってるわよ」
ロン商会の私兵とン・ヤルポンガゥの兵士の怒号が飛び交う。店員も客もしたがって道を開けていく。何も知らないモノが店を開こうとして、怒鳴られ追い払われる。
ン・ヤルポンガゥの兵士がロン商会の私兵に声をかけた。
「なんの騒ぎですか?」
「文句があるのか? こっちはロン商会だぞ」
兵士はいえとかぶりを振る。
「確認ですよ。確認」
ロン商会の私兵は顔をしかめるが、すぐに深呼吸して表情を整えた。
咳払いしてから口を開く。
「前回のドラゴンショックを覚えているか?」
兵士は頷く。
「あいつが今度は地竜とワイバーンを持ってくるんだよ」
「なんてこった。そういうのは早く報せてくれよ」
会話が終わる頃、通りの向こうから騒ぎが起こる。歓声にも似たソレに彼らは全てを察する。
兵士と私兵は頷き合う。そして最後の仕事とばかりに、大声で周囲の人々をどかしていく。
大きな荷車が現れた瞬間、多くの人間が息を呑んだ。凍りづけにされた龍の死骸を荷車が運んでいるのだ。
その先頭を行くのは褐色の青年と山高帽子の男だ。褐色の青年は、緋色の頭髪をリーゼントに固めている。山高帽子の男は気怠そうに歩いていた。
荷車の両端には軽装ながらブランシュエクレールの第五騎士団の面々。
そして人々は騒ぎ持って迎える。
「まったくあいつはとんだ商人だな」
「こっちとしては、あれを倒した存在が気になりますよ」
両者はお互いに肩をすくめた。
褐色の商人――フェルナンドの隣を行く男。マルコが口を開く。
「しかしソラは凄い奴と知り合いだな」
「俺も最初連れて来られた時は、驚いたぜ」
「ロン商会だよな?」
「ああ、海上都市の三大商人のひとりだ」
そしてフェルナンドは胸の裏にある便箋を確認する。
ソラ・イクサベ。彼の知り合いに、パイラン・ロンという商人がいる。ロン商会。海上都市にいる者でこの名前を知らない者は潜りである。それほどまでにこの海上都市に強い影響力を持っていた。もちろんロン商会の話は海を越えて遠くの国にまで知れ渡っている。
ソラはそれ以外にも海上都市に顔見知りがいるという。
そのどれもがフェルナンドは聞いたことのある名前だった。
「しかもあいつ、三大商人と交流があるらしい」
マルコは関心するように声を漏らす。
「そいつは凄いな」
彼らの行く手にロン商会の私兵とン・ヤルポンガゥの兵士が立ち塞がるように、待ち構えていた。
「ったく、お前は変なもんを持ち込むな」
「俺じゃねえよ。ロンさんにお目通りは叶うか?」
フェルナンドは胸元からソラの便箋を取り出して、振って見せた。
「待ちわびている。急げ」
フェルナンドはあいよと答えて、歩を進める。
次にン・ヤルポンガゥの兵士が口を開く。
「どうやって倒したのですか?」
「ん? ああ、それはソラに聞いてくれ」
その名前を聞いた兵士の顔色が豹変する。
「ソラ? 今、ソラと言ったか?」
「ん? ああ、言ったぞ。ソラ・イクサベだ」
兵士はなるほどと頷くと、畏敬の念を込めて凍りづけにされた死骸を眺めた。
「僭越ながら、護衛に加わらせていただきます」
フェルナンドは少しの間は訝しんだものの快諾した。
マルコは護衛に加わったン・ヤルポンガゥの兵士と、二、三やりとりする。
一行は程なくして大きな建物の前に到着した。マルコは周囲を見回す。
「ここだけ縦長じゃないんだな」
「他にもこういう屋敷みたいなところはあるぞ」
マルコの言葉に答えたのは、ロン商会の私兵だ。
彼らが通ってきた道は、縦長の建物が所狭しと軒を連ねていた。しかし、彼らのいる場所だけは開けていた。そして横にデカイ建物がその中央に鎮座しているのだ。
荷車が屋敷の門をくぐったところで、ブランシュエクレールの騎士団とン・ヤルポンガゥの兵士は解散となった。
彼らは思い思いの場所へと向かう。
フェルナンド、マルコ、ジョセフ、ゲルマンは屋敷の中へと通される。屋敷に入るとカウンターが待ち受けていた。彼らは手持ちの武器を提出を求められる。
全員が武器を出し、そして軽く体の方も触って確認されていく。ジョセフだけ筋骨隆々の男に確認されており、他の面々を恨めしそうに眺める。他の三人は女性が応対していたのだ。
「なんかずるいぞ!」
「なんかすまんな」
ゲルマンは軽く受け流す。
その後は屋敷の中を案内され、とある部屋の前まで案内される。扉は両開きであり、金の装飾を施されていた。取っては獅子をモチーフにしたモノだ。
その前でマルコ以外は緊張の面持ちで待ち構えていた。
程なくして扉が開かれる。女性が二人、中から開けたのだ。測ったように同時に開かれる。
扉の奥では大きな机にかぶりついていた男がいた。
「少し待て」
男はスーツを身につけていた。文明が崩壊する前に、仕事をする人が身につけていたモノだ。
背広、ワイシャツ、ネクタイ、革靴。そして縁の細い眼鏡が彼の鋭い目つきを際立たせる。
彼は何かを書き込んで印を押す。そうして息を吐くと、座椅子に深く座り込んで、再び大きく生きを吐いた。
眼鏡の位置を正し、黒い頭髪をかきあげる。一本でも毛が前にあると、櫛で丁寧に後ろに撫で付けていく。
櫛を容器に立てかけると、口を開く。
「失礼しました。お待ちしていましたよ」
マルコ以外が口をあんぐりと開ける。
「前回と応対が違うぞ」
「当たり前だ。あの時はお得意様ではなかったからな」
フェルナンドの文句にパイランは何を当たり前のことをと、鼻で笑うように息を吐く。そしてすぐに取り成す。
「失礼。とはいえお待たせしました。席に座ってください」
彼らは手招きされたソファーに座り込む。
パイランは二人の女性に目配せすると、女性らは白磁のカップを取り出す。
カップからはすでに白い湯気が立ち上っている。しかし中身はない。先に湯を入れてカップを温めておいたのだ。
そこに紅茶を注ぎ、音もなく彼らの前に並べる。
「良い品が入ったのだ。良かったら味わってくれ」
「ありがたく」
フェルナンド以外は音もなくカップに口をつけて含んだ。驚くことに所作は一番綺麗だったのはジョセフである。
パイランはうんうんと頷くと、書類を取り出す。
「うちに売ってくれるのでいいんだな?」
パイランは単刀直入に言う。もちろんドラゴンたちの亡骸をだ。
「ああ、いいぜ。値はそっちに任せるってのが陛下からのお言葉だ」
「信用しているのか、馬鹿正直なのか」
もちろん普通ならば馬鹿と見なされる。商人はその隙を漬け込んで値を吊り上げ、安く買い叩く。
パイランとフェルナンドは見合った。
「最近色々と売れるんだろう? 九魔月だもんな」
フェルナンドは意地悪く笑う。
パイランはため息をつくように鼻で息を吐く。
「そのとおりだ。前回の火炎飛龍が九魔月前であったことが幸いだったほどにな」
「おかげでいい利率だったんだろう? 今回は高く買えよ」
「奴隷を受け取れ。それで安くしろ」
フェルナンドは便箋を覗かせる。一瞬だったそれでパイランは鋭い目が少しだけ、見開かれた。
ほんの僅かであったがフェルナンドは見逃さない。
「今ならワイバーンの翼膜ですら、喉から手が出るほどの需要だろ?」
フェルナンドはただ荷車を運ぶだけをしなかった。通りにあったであろう商品を観察していたのだ。そしてマルコと合流した時に、とある話を聞いていた。
「女性の奴隷も駄々余りで大変なんじゃないか?」
「さあな。娼婦はどこでも需要はあるからな。それよりマゴヤとの戦争は勝てそうか?」
「そういえばマゴヤに武器を出荷したとも聞いているぜ? 新しい魔導具を作りたいよな?」
「兵士となる人手は必要ではないか?」
「ドラゴンの素材は高値で売れるんじゃないか?」
フェルナンドとて互いに平行線。
褐色の商人は頭を回す。かき集めた情報を吟味して、どうにか奴隷を引き取らない形で買わせようと、思案した。
奴隷を引き取らせようとしている。それはつまり、ドラゴンの素材が今は高値で流通しているのだ。それでロン商会は自分の懐から出る金を抑えようとしていた。
そこでフェルナンドは視点を変える。
「そういや、内乱で色々と入用になってくるはずなんだよ」
パイランは表情を変えない。
「ロン商会で優先的に購入を約束するってのはどうだ?」
「ダメだな。国の重役がいない」
「あ、じゃあなんか俺いいよ」
会話に割って入ったのはジョセフだ。
「俺、なんか今度領地を賜るだよ。で、なんか色々と必要になるし。パイランさんなんかいい人そうだし、俺がなんか約束しちゃうよ」
パイランは不意打ちに目を見開く。
「だから、その約束取り付ける代わりにドラゴン買ってよ」
パイランはしばし考え込んだ後に、口を開く。
「だが一介の騎士だろう?」
彼は先程の紅茶を呑む所作を思い出す。
「へっへーん。俺の前の名前をなんか聞いて驚け」
ジョセフは立ち上がり、胸を張って大口を開ける。
「彼はかつてパッセと名乗っていました」
隣に座っていたゲルマンが咳払いひとつして先んじた。パイランは合点がいったのか、頷く。
「なるほど」
立ち上がって大口を開けたままフェルナンドはしばし固まってしまう。
慌ててゲルマンの肩に両手を置いて揺さぶる。ゲルマンは成すがままになりつつも紅茶を綺麗に飲んでいた。
「え? ちょっとなんか違う。俺の想像した展開となんか違うよ。華麗に紅茶を飲んでいる場合じゃあないんじゃあないのかい? なんか」
「なんか口が滑ってしまいました」
ゲルマンはジョセフが勿体振るのを理解していた。故に彼は、話を進めるために割り込んだのだ。
「いいだろう。ドラゴンは買おう。その代わり公文書として、約束を取り付けさせてもらうぞ」
「おうおう。なんかいいぞ。こっちとしても海上都市の三大商人と、なんか商いが出来るなんて、なんか凄いからいいぞ」
隣で聞いていたゲルマンはため息をつく。
彼はジョセフが爵位を受け取った後も従うことが決まっている。故にこの気楽で気ままな未来の主に気持が重くなるのだ。
ゲルマンはここで、商売の上での交渉術を学ぼうと、密かに決意する。
そうこうしている間に庭先に多くの大樽が用意されていく。中身は全て金貨だ。
「おい、なんか多くないか?」
指摘したのはマルコだ。
「聞いていなかったのか?」
パイランはネクタイを締め直す。彼は言う。下級のカラミティモンスターの素材でも高騰していることを。
「あれじゃあ多すぎる」
マルコはワイバーン一体分で一年間、シャルロットに仕えるという契約をしている。フェルナンドは面倒臭そうに貰っておけと言う。
しかし、マルコは頷かなかった。
「何が気に喰わないんだよ」
「俺は自分自身がよく自分の値を知っている。それ以上でもそれ以下でも納得がいかないんだ」
傍で聞いていたパイランは笑い出す。
「なら、多すぎる分はソラに渡せよ。あいつが倒したんだし」
「そうするかあ」
パイランは面白くなさそうに奴隷を薦めてくるがマルコは首を振った。
「邪魔なだけだ」
「君ならそう言うな。失礼した」
パイランはマルコの存在を正確に把握している。その筋ではこの辺一体で凄腕と有名なのだ。
パイランは思い出したかのように手を打つ。
「シャルロット陛下から離れた後は?」
「未定だ」
「君の能力を買いたい」
「仕事の内容を要検討だな」
屋敷の前で一行は解散する。といってもジョセフだけが、歓楽街の方面に消えていっただけである。他の面々はなんとなしにあちこちを見て回る。
ゲルマンは事あるごとに、フェルナンドを呼び止めて色々と質問をしていた。
早速彼は色々と学ぼうとしているのである。交渉術や、店頭の品揃えで何を見極めるのかを聞いているのだ。
二人が話し込んでいる間は、マルコは手持ち無沙汰になる。彼は山高帽子をかぶり直しながら、視線を彷徨わせる。
マルコはわずかに目を細めた。彼は話し込んでいる二人をつつく。口に人差し指をあてて、手招きする。一瞬だけ表情を険しくした。
フェルナンドとゲルマンはそれだけで只事ではないと察する。
マルコは目だけで通りの向こうを、見るように促す。
「あれは、アポー伯爵ではないですか?」
ゲルマンは小声で確認する。マルコはやはりかとつぶやく。
視線の先には中年の男性が居た。旅装束を纏っているうえ、貴族としての威厳がこれっぽちもない振る舞い。何かに怯えるように視線を彷徨わせていた。
それらが当人をアポー伯爵かどうかわかりづらくさせていたのである。
フェルナンドはどうして隠れるんだと、小さく問う。
「護衛が居ない。それに挙動不審すぎる」
ゲルマンも同意する。
フェルナンドは頭を抱えた。面倒事に巻き込まれたと察したのだ。
「こんなところにひとりで――ねぇ」
しばらくするとアポー伯爵は裏通りに消えた。追いかけようとした二人を、フェルナンドが掴まえて止める。
「こっちから回り込める」
そう言ってフェルナンドは二人を連れて、とある建物に入る。カウンターに銀貨を数枚置いて上の階へと登っていく。
カウンターの男は銀貨をすぐに懐にしまうと、素知らぬ顔をする。
「こっちでいいのか?」
「あっちのルートでこそこそするなら、こっちから回ったほうが早い」
ゲルマンの問いに、フェルナンドは雑に応えた。急いでいるために、少しぶっきらぼうになっている。
屋根の上に出ると、フェルナンドは屋根伝いに道を行く。途中でマルコが道順を把握したのか、音もなく跳躍してフェルナンドを追い越していく。
ゲルマンとフェルナンドは、唖然として一瞬足を止めてしまう。
「さすがだな」
「我ながら思う。よくあの人と戦って生き残れたものだ」
マルコは先に屋根の上に到着。日差しの向きを確認してから、眼下を覗く。下にはアポー伯爵。彼はフードを取って、その場を行ったり来たりしていた。
少し遅れて二人が追いつく。
「そういえば、ここは人がたまに来るのか?」
「わかっている奴しか来ないはずだ」
マルコは屋根の上に人が来ないか懸念していたのであるが、杞憂に終わる。アポー伯爵の待つ人物が屋根の上からではなく、裏通りに現れたのだ。
マルコは念を押して口元に人差し指を添わせる。二人も小さく頷く。
「話を聞きに来てやったぞ」
アポー伯爵は慣れていないのか、大声で切り出す。相手は手で声の音量を落とすように促すが、アポー伯爵は鈍く。それに気付かなかった。
「本当に私の地位は保障してくれるのだろうな?」
アポー伯爵は額に汗を浮かべる。
「ええ、約束通り動いてくれれば。それで貴方の望むものは手に入ります」
「何をすればいい? 我軍をブランシュエクレール内に引き入れてくれるだけでいいのです。手段は問いません。それだけで結構です。後は、我々が上手くやります」
「ならばやってみせるさ。マゴヤを引き入れてみせるさ」
マゴヤの使者は、両手で声を潜ませるように促す。が、やはりアポー伯爵は気づかない。
「後、できれば伯爵からも、何人か我軍に降るように薦めてください」
アポー伯爵はそうだなと何度も言いながら頷く。
~続く~




