第二十七話「海上都市へ」
第二十七話「海上都市へ」
シャルリーヌは逃げ出したい衝動に駆られた。自身の失敗により、事態は大きく変わってしまう。
なんとかしようと考えて見たものの、打開する案は見つからず、彼女はさらに自身を追い詰めていく。
顔を青ざめさせていくシャルリーヌ。そんな彼女の頭に手が置かれる。シャルリーヌはその先の人物を恐る恐る見た。
「大丈夫です。俺がなんとかします」
「あ……」
シャルリーヌは自責の呪縛から解き放たれる。
「そこ、甘やかさない」
「なんとかしますから」
シャルロットはもうと言うと、それ以上口を挟まなかった。
さてと言ってソラは目の前の亜人を見つめる。
シャルリーヌの失敗こそあれ、彼女たちの無礼な介入がなければ事態はややこしい方向へと転がらなかっただろう。
ソラもそれをわかっているので、事情をまず聞くことにした。なぜこの部屋に来たのかと。
「あの風が気になって」
ソラとシャルロットは互いに顔を見合わせて風とつぶやく。
龍ノ峰島のエルフ族の姫。ナギ=エル・リュウノミネーネは、風に導かれたと言う。そしたらミスリルの反応があり、龍ノ峰島の現状を打開するために求めたと言う。
「そうだ。あんな風浴びたら、知りたくなるじゃん」
ラトゥーラ族のティコもそれに頷く。
「ああ、ソラさんのあれですかね? あのどら、どらどらなんちゃら」
「ドラッヘングリーガーね」
シャルロットは妹の間違えを素早く訂正する。
亜人にとって心地の良い風で、好奇心の赴くままになってしまったという。
ソラはそういえばと思い出す。
「以前そういうことはありました」
その時も大変だったとソラは言う。
「私達に助けを求めておいて、こういう風に返されるとはね」
二人はビクリを肩を跳ね上げる。シャルロットは意味深に窓辺に近寄り、下を眺める。
「私が気の向くままに出来たなら、今頃あそこは血の海よ?」
二人は頭を垂れて謝罪する。
とはいえとシャルロットは自身の妹を見て、ため息をつく。突発的な事態でも冷静に対処できなかった自身の妹が最大の理由である。
「まあ、いいわ。貴方達にはたっぷりと体を使ってでも返してもらうから」
二人は同意する以外に返す言葉をを持ち得なかった。
話が一段落したところでロートヴァッフェの王女が口を開く。
「そろそろ口を挟んでもよろしくて陛下?」
ディートリンデはここまで黙って推移を見守っていた。
もちろんそれだけではなく。この重大な情報を如何に自国に有益に出来るかと、思案もしていた。
シャルロットは肩を竦めて応じる。
「ええ、いいわ」
「単刀直入に言います。ミスリルをください」
魔道具の技術向上にミスリルは必要不可欠だとディートリンデは言う。
しかしソラが手で制止する。
「本当にこれでよろしいのですか?」
「ええ、それでいいわ」
ソラはわざとらしく困ったなとつぶやく。
「これは使い物になりませんよ?」
ディートリンデはどういうことと聞こうとして、遮られた。
「まずはこちらの事情を説明しなければなりません」
ソラは机の真ん中に小樽を置いて、蓋を開けて見せた。
「なにこれ? 本当にミスリル? 液体じゃない」
シャルロットの言葉に反応したのはナギ=エル・リュウノミネーネである。
「液体? では、埋蔵量は?」
ソラは頭をかいて、不明ですと答えた。
「どういうこと?」
「バーナードさんを覚えてらっしゃいますか?」
「地質調査のね」
シャルロットの言葉にソラは首肯する。
バーナードは地質調査でソラが雇った少年だ。
彼が地質調査の結果や地図をまとめたモノ。それらをミスリルと共に送ってきたのだが、その詳細な地図にソラは驚いたのである。
そのバーナードを持ってしても不明と言わしめたのだ。
それを聞いたシャルロットはわかったと頷いた。
「固形化させなければ、現状使えません」
「それが出来る人を探すべきね」
シャルロットは言いながらディートリンデを見やるが、彼女はかぶりを振る。そしてティコ、ナギ=エルも首を振った。
そこで全員が黙る。完全に宝の持ち腐れ状態なのだ。
ミスリルは非常に固く、また魔力を帯びている物質だ。大体は鉱物として出土するのだが、液状で出てくることは稀である。
ナギ=エルが再び言葉を紡ぐ。
「昔聞いたことがあります。特定の条件下でミスリルが液体化すると」
「それの逆をすればいいのね?」
シャルロットの問いにナギ=エルはわからないと答えた。
どういう状況下でなるのか、ナギ=エルも詳細はわかっていないのだ。
「魔族なら出来ます」
そう答えたのはソラだ。
「一度見たことがあります」
「あ! それなら!」
シャルリーヌが大声を上げる。
「ン・ヤルポンガゥにお願いできます」
ソラとディートリンデは首をひねった。
二人にはなぜその国名が出てきたのか、わからなかったのだ。そしてシャルロットはまたも顔を抑える。
今度は別の意味で顔を抑えていたのだ。
「結局あの魔王の思い通りね」
「バハムートが来たのですか?」
シャルロットは頷く。そしてその前にと前振りをする。
「なんでそんな親しい呼び方なの?」
「あ、失礼しました。一年ほど前は向こうで傭兵していまして、その際に友人になったのです」
それで親しく呼ばせて貰っているとソラは説明した。
「ちょっと待ちなさい!」
シャルロットは怒号をソラに浴びせる。ソラは非公式な場でも礼儀をわきまえない呼び方に怒ったのかと思った。しかし――。
「なんで私はロッテって呼んでくれないのよ!」
「そ、そこですか?!」
シャルリーヌはソラの袖を掴んで引っ張った。
「あ、あのッ! わたくしもリーヌでいいですよ」
「え? あ、はい。いえ、いやいやいや」
ソラは頭をかきながら両者を困ったように、見比べた。
「陛下は陛下です。殿下は殿下です」
それよりもとソラは話の軌道を修正する。
「海上都市でも持ちかけてきたのです?」
よくわかったなとシャルロットは関心する。
ソラも同じような事を考えていたのだ。その下準備として楽市と歓楽街を併設した街を計画していた。
今度はディートリンデが立ち上がる。
「海上都市? ブランシュエクレールにですか?」
物流が大きく変わるの話だ。ロートヴァッフェとてただごとではない。
――よしよしかかってくれましたね。
ソラは敢えてこの話を突っ込んだのだ。
――後は如何にミスリルの話をうまく共有出来るかですね……。
もちろんミスリル自体ではなく。ミスリルの情報をである。
「それはまだ――」
「ええ、もう出来たも同然です」
ソラはミスリルを手に取る。
「これを欲しいと言っていましたね」
「しまった……」
目つきの悪い少年は小樽を振り回す。
ディートリンデが欲したのは液体のミスリルである。そして現状それを固形化出来るのは魔族だけだ。
「魔界にもない物質で、非常に魔族の関心を集めるでしょう」
ソラは暗に液体で渡しますけど、その後はなんとかしてくださいと言っているのだ。
「海上都市へはご自力で足を運びくださいませ」
ディートリンデはあがこうと手札をかき集めたが、往生際が悪いだけだとわかり、両手を上げる。
情報を他国に流しても現状信憑性が低い。それをやれば兵糧の出荷の停止になる可能性がある。
液体のミスリルを貰っても海上都市に入れない可能性もある。海をわたってそれを頼むのは非効率的である、また最悪海上都市の物流の流れを操り、ロートヴァッフェを飢えさせることも内紛させることも出来るのだ。
ディートリンデは目眩を覚えた。
「降参ですわ」
シャルロットはほっと胸を撫で下ろす。
彼女はこの情報を他言しないことを約束した。側仕えの男も強く頷く。
「でも陛下。ミスリルはロートヴァッフェに送ってもいいと思います」
ソラはロートヴァッフェに一部を譲り、魔道具の技術向上に使ってもらうのはブランシュエクレールにとっても利があると言う。
「こちらにも一部武器を提供してもらう形になりますが」
「そうなると、海上都市にロートヴァッフェの領地あったほうがいいんじゃないかしら?」
シャルロットの言葉に、ソラはそうですねと頷く。
「どういうことですの?」
ディートリンデの問いにソラが応える。
「殿下の国にまで輸出するのは危険が伴います」
正式にミスリルが安定供給出来るようになるころには、他国にも周知の事実となるであろう。
定期的に輸出していけば、必ず襲われる。またグレートランドとは同盟の破棄も検討しなければならない。
そしてエメリアユニティも敵に回る可能性がある。つまり、ロートヴァッフェの本土に届かない可能性の方があるのだ。
「だから海上に都市に領地をあげるから、技術屋でもなんでも連れてくればいいじゃない」
「ま、待ってください。そうなれば私たちは――」
ディートリンデは正確に理解したのだ。この話に乗れば莫大な利益は飛び込む。
だがそのためには、エメリアユニティかグレートランドの領土を一部制圧する必要が出てくるのだ。
ロートヴァッフェには海に接する土地はない。ソラが先ほど述べたように、どちらかの領土を通してからミスリルを送っては、奪われる可能性がある。
また技術屋だけを海上都市に送っても、いざ自国に送り出そうとしても、同じようなことになる可能性があるのだ。
ディートリンデは頭を抱えて叫ぶ。
「どちくしょおおおおおおお」
この時の彼女の壮大な悩みは、とある事で解消されるのだがそれはまだ先の話である。
結局ディートリンデは要交渉の権利を獲得して、引き下がることにした。
ロートヴァッフェにとっても大きな話である。秘密裏に進める必要があったのである。
一段落したところでシャルロット呼び鈴を鳴らす。しばらくすると扉が叩かれる。シャルロットがどうぞと言うと、マリアンヌが中に入ってきた。
「大変だったみたいね」
「なんとかね」
マリアンヌの言葉にシャルロットは応じながら、部屋にいるソラとシャルリーヌを見やる。
現在彼女らは執務室で一休みしていた。ミスリルの件はすでに高官とガエルに伝えてあった。
ナギ=エルとティコも部屋に連れられて、正座させられている。
「私が交渉に向かうわ」
ン・ヤルポンガゥにシャルロットは行くと言っているのだ。
ことがことだけに、彼女は自分で全てを行おうとした。
「わたくしにやらせてください!」
シャルリーヌが力強く名乗りでる。
これにはシャルロットも、そしてソラも驚きを見せた。
どうしてと問うシャルロットに対して、シャルリーヌは先の失態を挙げる。それを取り返す機会が欲しいと。
シャルロットは迷った。実際シャルリーヌには外を見てきてもらいたいと考えていたのだ。
だが、それはシャルロットと一緒に行動をするというのが大前提であった。
現在のブランシュエクレールの状況を鑑みると、どちらかが残って国の政務を行わなければならないのでもある。
「海上都市はわたくしの案件です。うまくやってみせます」
シャルリーヌはちろりとソラを見やる。
シャルロットはそれを確認して、やれやれとつぶやく。
「ソラ、お願い」
「わかりました。しかし、パッセ領――いえ、ルミエール領にマリアンヌさんを代官として送ってほしいのですが」
ソラはン・ヤルポンガゥに向かうならレーヌとカトリーヌ=ルも連れて行くと言う。
まだ彼女たちはマナ出血毒の治療中である。油断は出来ない。さらにジャクソンを下したばかりなので、監視役がほしいとも説明した。
マリアンヌはいいわよと快諾する。
「私は良くないんだけどね。それよりも、ルミエール領っていうのにしたのね。悪く無いわね」
「いいですか?」
「いいわよ。決定」
シャルロットは自身が王位を退いた後、パッセ領を治めるつもりでいた。そしてそれはすでに貴族の前で布告しているのである。
故に、ミュール伯爵とマリー=アンジュ公爵令嬢は、共同の常設軍を持つ際にパッセ領という名前を変えることを薦めたのだ。
一部の貴族からもパッセ領の名前のままいかがなものかと、問題になったのだ。
シャルロットは領地の名前の改変を代官のソラに任せていたのである。
ナギ=エルとティコも海上都市へ行きたいと願い出るが、即効で却下された。
「貴方達はソラが帰ってくるまで、全員王宮で待機。ソラ、シャルリーヌ。なるべく早く帰って来なさい」
こうしてシャルリーヌはソラを伴って海上都市へと向かう。途中彼らはパッセ領――改めルミエール領に寄り、レーヌとカトリーヌ=ルを引き連れ、ミスリルが詰まった大樽を持って海原に出たのである。
~続く~




