第二十六話「大失態」
第二十六話「大失態」
ブランシュエクレールの王都は壁で囲われている。普段は検問を通って中に入るのだが、ソラはそれを無視して、黄から緑の龍の超戦士へと変わる。風に乗って飛翔。
壁を飛び越えてまた黄の龍の超戦士になり、雷鳴を轟かせながら王宮を目指す。
王宮にも守る城壁があり、それも緑の風になって超える。
城の中広場に着地。あまりの人の多さにソラは驚き、しばし考え込んだ。
周囲はどよめきが起こり、突然の事態にどうしたものかと様子を伺っている。
「ソラ! こっちから入りなさい!」
緑の外殻を纏う龍の超戦士は声のする方へと見上げた。窓から前のめり気味にシャルロットが手を振っている。つられてその場にいる人々もシャルロットを見つけた。
ひとりの騎士が目の前の異形の戦士を指さす。
「え? こいつがソラっていう……あの?」
緑の風が巻き起こりソラは飛翔した。シャルロットが開けている窓から室内へと入る。
すぐに元の姿へとなった。
彼は部屋の中を見回す。シャルロットとシャルリーヌとガエル。そして見慣れぬ女性と護衛がひとり。
赤味が強い紫の髪は毛先にいくほど波打っている。身につけているのは紫と白を重ねたドレス。スカートの裾には白いフリル。白い手袋は上腕を覆っている。
「こちらはロートヴァッフェの第一王女、ディートリンデ・ミツルギ・フォン・ロートヴァッフェ――今こちらに現れたのは、私の腹心。ソラ・イクサベです」
「無礼な参上。失礼しました」
ディートリンデは驚きはしたものの、すぐに居住まいを正す。
「いえ。多少驚きましたが、陛下が自ら招いた方。それ相応のモノを見せてくださると見ていいですわね?」
「はい」
ソラはそう応じるしかなかった。
無礼を許してやる代わりに、才を示せと彼女が言ったからだ。それを断ることは彼には出来ない。断ればシャルロットにも泥をかけることになるのだ。
ソラはそっと小樽を背中に回す。
「単刀直入に言うわ」
シャルロットはロートヴァッフェに兵糧を送ることを決めた。しかし、グレートランドかエメリアユニティを通らなくてはならない。しかも両軍は現在南西の国境線で睨み合っている。
グレートランドを通る場合、パスト公爵の領地を横断しなくてはならない。その場合無理難題な通行料を要求されることが考えられた。
「何より奴隷商売で失敗しているわ」
「どういうことです?」
ソラが尋ねると、シャルロットは話が少し飛ぶわと、前置きを置く。そしてガエルに目配せする。
「パスト公爵の領土から出た奴隷商船の船が、北西の海岸に乗り上げてしまっての」
答えたのはガエル・ブークリエ元伯爵だ。彼はソラの耳元で説明した。
船頭は何者かの手によって殺されていたと、伝えるとソラは顔色を変える。
「どうした?」
ソラはかぶりを振って、失礼と言うとシャルロットに向き直り先を黙って促す。
「エメリアユニティを通った場合、何らかの便宜を図る必要が出てくるかもしれない」
現在カンウルスと戦争中のロートヴァッフェからすれば、先の事を考えている余裕はない。
「エメリアユニティは何度か我々に、グレートランドの同盟から離反させようとしています」
初めて聞いたのかシャルロットは目を白黒させる。
「もちろん我々もそれは考えました。しかし、敵が変わるだけで我が国の現状が変わるわけではありません」
ディートリンデは言う。
エメリアユニティはロートヴァッフェの持つ、魔道具の技術を吸い出したら捨て駒にするだろうと。
ロートヴァッフェをグレートランドにぶつけた後に、エメリアユニティが再制圧する。
それが彼らの書いている筋書きだろうと。
「それは考え過ぎです。それが出来るのは大分先でしょう」
ソラは的確に分析する。
現在のエメリアユニティは東の港街を損失していた。そちらの復興と安定を急務としている。
「ですからグレートランドとも戦争をしたくないはずです」
ソラはそう前振ると、周辺国が記載されている地図を求めた。
高官たちが広げ、ディートリンデと護衛の男を交える。
「地図に間違いはありませんか?」
ディートリンデの側仕えの男が口を開いて問題ないと告げる。
「安全にロートヴァッフェに持っていくのはひとつだけです。国境線です」
シャルリーヌとディートリンデを除き、全員ははそうかと唸った。
「どういうことですか?」
シャルリーヌの問にシャルロットは考えなさいと突き放す。ディートリンデはそれを見て側仕えが口を開こうとしたのを制する。
二人は地図を食い入るように眺めた。
「国境線と言われましても」
「国境線の何が?」
ディートリンデとシャルリーヌはお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
「ソラ、手短に」
ソラははいと応じて、シャルリーヌに向き直る。
「現在、南西の国境線で両軍は睨み合っています。これは戦争をするためではなく、戦争させないための軍です」
「戦争をしない軍?」
先の戦闘はお互いの牽制が激しくなり、引くに引けなくなった結果、激突したのだ。
互いに戦争している余裕はなく、また両国とも大国であるが故に、戦争となれば両国は共に多大な傷を負うこととなるのである。
とはいえ、一度ぶつかってしまったからには形だけでも軍を動かしておく必要があった。
「ですから、戦争を絶対にさせない牽制の軍です」
「それがなんの関係があるのですか?」
ディートリンデはわかったと手を叩いた。
「軍を動かしておきながら戦争をさせないとなる場合、指揮官には優秀で人望のある方ではないとダメです。両国とも、相当優秀な指揮官を前線に送っています」
互いの国の、政治的背景を理解している者ではないと、勤まらないと言ってもいい。
「結論から言いましょう。絶対に動かない軍の間を通るのです」
「攻撃されないのですか?」
「されません。そしてパスト公爵も下手に介入が出来ないでしょう」
とはいえ、とソラは言葉を切る。
部屋にいる全てを見回す。
「保険をかけておく必要はあります。ロートヴァッフェの代わりにエメリアユニティに対して貸しを作っておけば良いかと」
「案は?」
シャルロットは間髪入れずに聞いた。
「武器の購入でどうでしょう? エメリアユニティのクロスボウはちょうど欲しいと思っていました」
「いいわ。その案でいきましょう」
「よろしいのですか?」
ディートリンデは驚く。自分たちの代わりに便宜を図る形になるのだ。ブランシュエクレールの立場を悪くさせる可能性が強かった。
「ついでよついで」
「物は言いようですな。あまりおすすめはしません」
ガエルは言いながらも、修正案を提示する。
「護衛に第一騎士団をつけましょう。さらなる保険にもなります」
絶対に大丈夫とは言い切れない。無茶をするし、双方に喧嘩を売ることにもなりかねないのだ。
それを危惧しての提案。もちろんシャルロットは即決で受け入れる。
その後細かい修正をしていき、話し合いは終了となりかけた。
「ところでソラさん。それは?」
シャルリーヌはソラが背中に回している小樽を指さす。彼はしまったという顔になると、シャルロットに向き直る。
「陛下、急ぎご報告したいことが」
「ここでいいわよ」
ソラは小さくかぶりを振った。その様子にシャルロットはただならぬ気配を感じる。
「わかったわ。それではディートリンデ殿下。申し訳ないですが――」
その時扉の外が騒がしくなった。なんだろうと全員が訝しんでいると、扉が強く開かれた。ソラとディートリンデの側仕えの男は咄嗟に前に飛び出る。
そこに二人の少女が立っていた。
「ラトゥーラ族に――エルフ?」
人間の耳の位置に獣のような耳。ネコ科のような耳に長い尻尾。そして手足が獣のそれから、人へと戻る。
もうひとりは耳が尖っており、森緑の長い頭髪をした少女だ。
ソラは構えを解き、シャルロットを見やる。
「無礼よ!」
シャルロットは二人を怒鳴りつけた。
「部屋で待機してなさいと――」
「ミスリルがここにあるはずです!」
エルフの少女は叫ぶ。その言葉に部屋が静まり返った。
シャルロットはわずかに黙りこんでから、口を開く。
「ミスリル? ――そんなのないわよ」
ディートリンデは首を傾げる。彼女の側仕えもそんなものはないという素振りを見せた。ガエルは咄嗟に前に出る。
「あ」
その声はシャルリーヌからだ。
彼女の視線の先にはソラが手に持つ小樽。それは全てを物語ってしまう。
「どういうことですのシャルロット陛下?」
ディートリンデが食いつく。シャルロットは顔を抑えてから、ガエルに部屋の外で誰も来ないようにと指示を出す。
「それと」
「わかっております。事態がまだ把握できておりませぬ」
部屋の扉が閉まると同時に、シャルロットはエルフとラトゥーラの少女たちを殴りつけた。
「ま、魔力障壁をぶち破った?!」
応じず、次にシャルリーヌに向き直る。
「わかるわね? あなたがした失態」
「あ、あの……その……」
底冷えするような睨みに、彼女は足を震わせた。
「貴方はこれから先、こんな特大級の失敗を許されないのよ?」
「ご、ごめんなさい……」
自分のしでかした事の大きさに、シャルリーヌは顔を俯かせる。
これが他国の使者の前ならば、ただごとではないのだ。
「大丈夫ですか?」
ソラは二人に言う。
「大丈夫じゃないわよ! どういうことよ?」
ソラは頭をかいてから、ため息を吐いた。
「なんとかしてみせます」
~続く~




