第二十四話「見えない戦争」
第二十四話「見えない戦争」
ソラとマリー=アンジュは草原で対面する。周囲には少し離れたところで両者の従者たちが円を描くように外を見張っていた。
二人は今密談をしている。
ミュール伯爵はその光景を屋敷から投げた。両肩を竦めて椅子に座る。
話は遡ること数刻前。
歓楽街と楽市の話が大詰めとなったときに、マリー=アンジュが突然話題を変えたのだ。
「そういえば常設軍」
ソラははいと応じた。
「あれってなんとか私のところでも使えないかしら?」
ソラは理解したものの、首を傾げる。マリー=アンジュもまだ言葉がまとまっていないようであった。
十を数えるほど彼女は口を開く。
「えっと。わたくしの領地からも人を出します。ので、あなたのところの常設軍をわたくしのところでも使えないかしら?」
「つまりトゥース領とパッセ領で使える常設軍にしたいと?」
マリー=アンジュが首肯する。
「それだと指揮系統が分かれて、いざ戦場で戦うとなると混乱を招きかねませんよ」
オスヴァルトが会話に割り込んだ。彼は無礼を申し訳ないと謝罪し、さらに言い募る。
「それに常設軍はまだ旗揚げしたばかりですよ」
「だからこそです。まだ出来上がっていないのなら、なおさらですわ。そんなこともお分かりにならないのですか? それに指揮系統はソラに任せれば良いですわ。うん。そうしましょう」
常設軍に人が増えることにソラは否定的ではない。しかし、それが他の領地からというのが話を厄介にさせていた。
「今、決めましたね……」
マリー=アンジュはふんぞり返って、扇子を広げる。甲高く笑う。
「それが何かしら?」
目つきの悪い少年は頭をかいた。人員が補充できるのはありがたい。その上マリー=アンジュの言葉も一理ある。今のうちに凝り固まるよりかはいいのかもしれない。
しかし、オスヴァルトの言う指揮系統が分裂するというのも事実であった。それらを考えてソラは思慮する。
そこにユーグ・ミュールが口を開く。
「私もその話に噛ませてもらおうか」
伯爵は言う。ここまで来たのだから自分も仲間に入れて欲しいと。ソラは側にいるオスヴァルトを見やる。露骨に顔をしかめて、頭を勢い良くかきまわす。
「もしかしてお断りするなんてことはないでしょうね? わたくしたちは協力関係なのですから」
ソラは内心してやられたと、苦虫を噛み潰した。
マリー=アンジュの狙いは反目している領民を黙らせることだ。どんな形であれ、強力な軍団が背後にあるというのは、十分な威圧感となる。それで領民を威圧しようとしていた。
威嚇して歓楽街と楽市の話を持っていく。飴と鞭で領民を手懐けようとしているのだ。
ミュール伯爵も同じような理由だろうと、ソラは予想する。
「若大将に従いますよ」
「そうですか。やりましょう」
それ以外に答えがなかった。
人員は増えたが行動範囲が広くなり、兵力が分散しやすくなる。指揮系統はソラに任すとは言っているモノの、幾分かの乱れは出るだろう。
オスヴァルトとエヴラールだけではなく、それぞれの領地からも頼りになる人間を見出し、まとめさせなければならない。
「ただし、お二人にお願いしたい。千人以上の志願は募ってください」
ミュール伯爵は頷き、マリー=アンジュは口を開いて言葉を紡ぐ。
「そうなると、いよいよパッセ領という名前も変えなくてはな」
ミュール伯爵もトゥース公爵令嬢も、次に統治する人物を知っている。ソラも頷き思案を巡らせる。
シャルロットが王座から去るまでに、ソラは新しい名前を考えなくてはならないのだ。そう仰せつかっている。
「指揮系統とか詰めていきましょう」
「わかりましたわ――そうだソラ。魔族の人種は兵員として加えても問題なくて?」
「はい?」
ソラはオスヴァルトを見やる。彼は苦悶に満ちた顔で小さく頷いた。
なんとかやってみるという意味だ。それを理解したソラは改めてマリー=アンジュに向き直る。
「やってみます」
「よろしいですわ」
「ただ――」
「ただ?」
マリー=アンジュはオウム返しをした。
「――魔族ですよね?」
「ええ、魔族です。隠し集落にいるんですが――」
魔族を農奴として領内で住ませたはいいが、思った以上に早く領地に帰属意識を持ったのだ。それならばと、農奴から農民にしたのである。
つまり財産を持っていい権利を与え、ある程度の自由意志を与えたのだが、そこで問題が起きたという。
「魔族種の方々は闘争による種の昇華、繁栄を望んでおります」
「存じております」
魔族は闘争により残った個や、強い個を存続させる傾向にある。つまり、戦いこそが彼らにとっての繁栄であった。
「わたくしの騎士になりたいだの、戦闘で役に立ちたいと申しましてね。先の内乱の時とか抑えるのが大変でしたわ」
「こちらとしては抑えてくれてありがたい限りです」
その事実にソラは一瞬だけ腹の底が冷える。確実に負けていただろうと彼は内心ため息をつく。
「べ、別にあなたや陛下のためではありませんわ。た、たまたまです。たまたま――そう。未来のない方に肩を貸すつもりがなかっただけですわ。そうです。そうなのですわ」
「わ、わかりました」
ソラは恥ずかしそうに言う彼女に、ようやく心を預けてくれるようになったと、安堵する。
マリー=アンジュは毛先をいじりながらソラを睨む。
「それで、なんですの?」
「ああ! そうです! 魔族種の生活習慣や、領地であったトラブルとか知りたいです是非!」
「個人的にお話しましょうか?」
「ええ、是非」
ミュール伯爵が咳払いする。
「それより常設軍だ」
という経緯で常設軍の話を終えた彼らは、ミュール伯爵の屋敷にある庭の草原で、会話をしていたのだ。
そよ風がそっと彼らを撫で付ける。マリー=アンジュは気持ちよさそうに顔を緩ませて、揺れ動く髪を押さえつけた。
彼女は自身の魔法で氷の椅子を創りだす。ソラはそっと外套を差し出す。
「あら、ありがとうございますわ。ですが、ちゃんと毛皮がありますし」
マリー=アンジュが指を鳴らすとひとりの従者が毛皮を取り出し、氷の椅子に敷いた。
「汚れたら洗えばいいだけですわ」
「では正座で失礼します」
ソラは魔族種を受け入れた時に出てきた問題を聞く。マリー=アンジュはすぐに思いついたこと、大きな問題を口にした。
「マナの濃度が薄いこの国によく住み着きましたね。何かしたのですか?」
「どうも思い込みのようでした。もちろん最初こそは彼らも少し不安そうにしておりました」
マナの薄いところには人間以外は寄り付かない。それは両者の思い込みで、住んでしまえばなんとかなるということ。
それがここ数年、魔族種を管理してきたマリー=アンジュの言葉だ。
なるほどとソラは頷く。
実際マリー=アンジュの言葉を鵜呑みにするのであれば、バニーハイランダーがこの国に住んでいた記録があるのだ。
――そうおかしいことではないのかもしれない。だとすると、歓楽街にもこちらが思った以上に住み慣れてくれるかもしれない。
ソラはそう結論づける。
風が吹き青臭い臭いと、家畜の出す糞尿の臭いが仄かに香る。マリー=アンジュは平然とした顔のまま思い出したことを言う。
「魔族種の方々の糞尿は、人間のそれよりも肥料としての効能が高いですね」
「明確にですか?」
マリー=アンジュはええと頷く。
「手元に資料がないので、確かな数字は出せませんが、前年比より三分の一増加しましたわね。後日そちらに資料をお送りいたします」
ソラはお礼を言う。見返りに何を提示したものかと思案する。
「それで、どのような種族が?」
「種族はワーウルフ、リザードマン、ハーピー、ラミア、アラクネですわね」
後半三つの名前を聞いてソラは顔を青ざめさせた。
後ろ三つの種族は女系の種族だ。戦闘系種族で、戦場で認めた他種族のオスを夫として迎える性質である。それがソラを青ざめさせたのだ。
声が聞こえていたオスヴァルトも渋面を作っていた。
「リザードマンとラミアは冬だけ役に立ちませんが」
「いえ、そうじゃなく」
ソラは後ろ三つの種族に関して聞かねばならないことがあった。
「ラミア、ハーピー、アラクネの三種族はできれば常設軍に迎えたくないです」
「あら? 種族差別ですか?」
ソラはかぶりを振る。
彼女らの種族を考慮すれば、常設軍は格好のパートナー探しに向いていると言える。それは彼女たちの種族を考慮すれば、正しいのかもしれない。
しかし常設軍としてはどうか。風紀は乱れ、最悪崩壊しかねない。
「ラミア、ハーピー、アラクネは常設軍を崩壊させかねませんから」
「あら、そうですか」
マリー=アンジュはその特性を理解していなかった。それを知ると唸り始める。
しかしソラは同時に別の方策を思いついていた。
「ですが、陛下や殿下の近衛兵団としては役立つかもしれません」
彼女らの種族を思えば前線に出してやることが好ましいだろう。しかし、戦闘中に本能に従ってしまうことはままある。そうとソラは知っていた。
彼らは強い男性を性の対象としてしか見ない。上司という目では見ないのだ。そのため強い女性を置く必要がある。
「レーヌさんならばあるいは」
言いながらソラは心中否定した。
レーヌよりもシャルロットが適任である。だが、彼女は王だ。そして内乱の後始末などに忙しくしている。
「そうですか。それは知りませんでしたわ」
「一番は陛下なのですが」
マリー=アンジュはそうですねと首肯する。そこではっとなって我に返った。
「そうですわ。ひとりだけなのですが、います」
マリー=アンジュは適任者がいると手を打つ。
「わたくしの屋敷に務めさせている者で竜人族がいます」
ソラは耳を疑った。
マリー=アンジュは誇らしげに胸を張る。
「わたくしの自慢の片腕です」
竜人族とは青肌で角を持ち亜人族だ。
ドラゴニュートほどの頑強さは無いものの、亜人種では屈指の力強さを持ち、また強い戦士が出やすいことで有名だ。
ただしその数は少なく、大体の国は集落を見つけた場合、囲って秘匿するほどだ。
「腕は?」
「強い……はずです」
歯切れの悪さにソラは首を傾げる。マリー=アンジュはとりあえず強さを見て欲しいと後日の約束を取り付けた。
「それにしても、なかなかの種族を集めましたね。トゥースさんは凄いですね」
「ほ、褒めても何も出ませんわ。それと、アンジュとお呼びください」
ソラは頷き「では、アンジュさん」と呼ぶ。
「本当に内乱の時に出されていれば、勝ち目はありませんでしたよ」
「お褒めいただいて光栄ですが、おかげで婚約は破棄されてしまいましたし」
アンジュは初めて顔を暗くさせる。ソラは慎重に言葉を選ぶ。
「お好きだったのですか?」
「ええ、わたくしにしては珍しく。彼には心の底からご好意を抱き、尊敬しておりました」
自嘲して後悔を滲ませるアンジュは、顔を一度俯かせた後、強い眼差しの覗かせる。
「ですが、もう過去です。わたくしは負けませんわ。いつか、わたくしを振った事を後悔させてやります」
握り拳を作って力強く宣言する。
「応援しております」
「ええ、ですからまずは領内の地盤を固めたいのですが」
ソラは今までの案を推し進めていくことを薦めた。さらにいくつかの案を提示する。
マリー=アンジュはそのどれにも関心を示し頷いた。
「もう少し聖人君子なのかと思っていましたわ」
ソラは頭をかいて誤魔化すように笑う。
ソラたちは話し合いを終え、急いでパッセ領に戻っている。馬の足は行きよりも、早かった。
思った以上に長居してしまったことに、ソラは少し焦燥感を覚えていたからである。
彼も屋敷でやらねばならないことが山積みなのだ。
戻ると同時に、屋敷に人集りができていたことに首を傾げる。
若いものたちが先に行き人集りに道を作り、オスヴァルトとエヴラールがそこを通ることで道を押し広げた。ソラと年長の兵士が続く。
「はいはいどいたどいた」
「通るぞ。通るぞ」
オスヴァルトとエヴラールは民を下がらせる。彼らも抵抗せずに指示に従い道を作った。そうして道の先を行く彼らに、屋敷の入り口で縄にかけられたジャクソンたちが飛び込む。
一様に彼らは顔を俯かせて青い表情をしている。
ソラの後ろを守る年長者が口を開く。
「なんでしょうかね?」
ソラは思い当たるフシがあった。故に頭をかきながらやれやれとこぼす。それだけで年長者は察する。
「代官の差金――ではないのはわかるが……」
「もう少し上手くやると思ったのですが。何をしてこうなったのかはさっぱりです」
ジャクソンが妨害工作をし、何かしていたのは知っていた。しかし、尻尾を見せるような人間ではないと思っていたのだ。
年長者はふむとソラの後に続く。
ソラたちはジャクソンの前まで行くと、レーヌとカトリーヌ、そしてアーノルドと見知らぬ男がひとり。
ソラとオスヴァルトはアーノルドを発見して、手で制する。待てと素振りで伝える。しかしアーノルドは首を振った。
ソラは目でオスヴァルトに対応を求める。オスヴァルトはアーノルドを手招きして屋敷の中に入った。それを確認してからソラは口を開く。
「さて、どういう事態でしょうか?」
レーヌが口を開いた。
「結論から言います。新種のカラミティモンスターが現れました」
レーヌは説明する。
全長約三十ミール(約三十メートル)のカラミティモンスターが現れ、村を襲っていたという。その村が問題であった。
「この男たちが隠していた集落でして」
ソラたちに見知らぬ男が説明する。彼は元パッセ領の兵士だった。
彼らはジャクソンたちに雇われて、百人ほどでカラミティモンスター討伐に出たらしい。鎧熊を倒したところで、前述の約三十ミールの新種のカラミティモンスターに遭遇。為す術もなく全滅したという。
唯一の生き残りである男は力強く説く。
「あんなのをのさばらせたら、この国はおしまいだ」
ソラは頷き、ジャクソンたちに向き直る。
「処刑にするならさっさと処刑しろ」
ジャクソンは自棄をおこしていた。
「話は中で聞きます」
ソラが中に入ろうとすると、オスヴァルトが顔を青くして飛び出す。そしてソラを見つけると手招きした。
ただならぬ気配をソラとエヴラールは察する。
ソラはオスヴァルトが顔を青くするなどという事態を想定していなかった。また付き合いは短くともそういう人間だとわかる人物であると、彼は認識している。
ソラは付き従った面々に休憩を取るように指示を出す。
「エヴラールさんは屋敷の入口を。皆さんはお家に帰ってください。ジャクソンさんの処遇は追って皆さんにお伝えします」
民が家路に着いたのを確認してソラは屋敷に入り、ジャクソンたちを別の兵士に引き渡す。
レーヌ、カトリーヌをつれて、オスヴァルトの後を追う。
「わしも入れてほしいんじゃが」
年長者たちが後から追いかけてくる。一緒にミュール領に向かった若者たちも、目を輝かせる。
「俺達もまだいけますよ」
ソラは肩を竦める。
「他言無用ですよ」
全員が頷き、オスヴァルト案内の元、とある部屋に入る。
そこにはアーノルドが休んでおり、ソラたちが入ってくると、姿勢よく立ち上がる。
「代官殿……その急ぎ見てほしいものが」
アーノルドは背後の面々に視線を向けた。その様子にソラは口を開く。
「まずは私が見ます。その上で判断します」
アーノルド頷き、手の平に収まる小さな樽を差し出す。ソラはソレを手にとって、目を瞠る。
「……どこにありましたか? 量は?」
ソラは中身を見ずに、何が入っているのか正確に理解していた。そして彼は内心狼狽える。辛うじて平静を装えたのは奇跡だ。
「ここより近いです。量は不明です。バーナードがマナを流し込んだところ、意識を持って行かれそうになったようでした」
アーノルドは最新の地図を広げて指差す。目つきの悪い少年は場所を確認して、屋敷からその方角に視線を向けた。
ソラは振り返る。
「内容はまだ話せません」
全員が息を呑んだ。彼は知らず戦いの時の気迫を纏っていたのだ。
「ですが戦争です。一刻を争う戦争になります」
彼は一度瞑目した。
これから成さねばならないことを組み立てていく。
「オスヴァルトさん。エヴラールさんを呼び出し、事態の説明。その後、機兵兵団全員で出立。現場に着いたら大樽に詰めてください。それをこちらの屋敷に。アーノルドさんは休みがなく申し訳ないですが、皆さんを案内をお願いします」
オスヴァルトはよっしゃと言うと、アーノルドを伴って部屋を飛び出る。
「レーヌさん。カトリーヌさん。ジャクソンを一時釈放。彼と協力して政務を進めておいてください」
レーヌは戸惑った。ジャクソンを一時的にでも釈放するということに、疑問を抱いたのだ。
「貴方がすれば良いのでは?」
「俺は王都に向かいます」
「今からですか?」
ソラは黙って頷いた。
「ジャクソンさんは優秀です。この期に及んで変なことはしないと思います」
それにとソラは地図を広げる。そこには隠し集落が記載された地図だ。
「これを見せれば、彼も従うしかないでしょう」
改めて見たソラは感嘆とした声を漏らす。裏帳簿に記載されてない集落と遺跡がかなりの数あったからだ。
「中身は?」
「戦争の火種――ですかね」
それだけ聞いてレーヌは黙った。そうとわかれば彼女はシャルロットのために全身全霊をかけるだけなのだ。
続いてソラは年長者に視線を向ける。
「オリヴィエさん。オスヴァルトさんとエヴラールさんがいない間、貴方が軍団長ですいいですね? ジャンさん、ギーさん、アベルさんはオリヴィエさんの補佐」
全員戸惑ったモノの、すぐに頷く。
「いいんですかい?」
「頼みましたよ」
「微才をもって、全力であたらせていただきます」
ソラたちは部屋を飛び出し、屋敷の庭に飛び出ると、機兵兵団だけではなく、常設軍がほぼ出揃っていた。
彼らは自らの領地を、国を守るために志願した兵士だ。カラミティモンスターの話はソラたちよりも早く耳に入れている。
皆、いつでも出れるといった様子である。オスヴァルトとエヴラールが彼らも招集したのだ。
「まだ内容は説明しておりません」
エヴラールの言葉にソラは頷き、全員を前に大声で叫ぶ。
「我が領内にカラミティモンスターが現れました」
ミスリルのことは説明してもややこしくなる。だから彼は手短に言う。
「さらに戦争が始まりました。まだ皆さんには見えないでしょうが、戦争です。いずれ形となります。ですから、我が領地を、戦えぬ人々を――守れ」
全員が鬨の声を上げて応じる。
「オスヴァルトさんとエヴラールさんが不在の間はオリヴィエさんが軍団長を務めてもらいます」
ソラはオリヴィエを手招きする。老翁の兵士に一様の納得の様子が伺えた。
「順次皆さんにも、出てもらいます。最後に一言だけ」
ソラはさらに大きな声で叫ぶ。
「皆さんはまだ軍として成り立ったばかりです。死ぬことは許しません。生き残ること、これが最大の武功です。皆が生き残ればひとり銀貨十枚の報奨です」
訓練もままならぬ状態。それでも軍として成り立ったからには、非常事態には出陣しなくてはならない。そのことに不安を覚えているモノもいるだろう。
それらに簡単で難しい、報奨を提示する。
今度は大きな歓声が沸き上がった。
「屋敷の前に馬と替え馬を用意させます」
ソラはいえと首を振り、稲妻を発生させる。全員の視線が釘付けになった。
「一足先に向かいます。その後はそのまま王都に向かいます」
オスヴァルトは疑問を口にしようとするが制される。
「後はお願いしますオスヴァルトさん、エヴラールさん、オリヴィエさん」
次の瞬間。龍の超戦士がそこに現れた。黒い体躯に黄の外殻。忍びのような出で立ちにも見えるソレは、跳躍の素振りを見せず雷鳴を轟かせながら上空に舞い上がり、そのまま稲妻を描きながら、バーナードたちの元へと向かった。
それを見送った一同は唖然となる。
「ありゃあ、ドラゴン倒せるな」
「俺達はとんでもない人に仕えたようだ」
オスヴァルトの言葉にエヴラールが首肯した。
「ああ、とんでもなく面白い人にな」
オスヴァルトは咳払いすると、機兵兵団に向き直る。
「負けられないぞ行くぞ!」
すでに戦争は始まっていた。彼らの行動がひとつでも遅れればそれは命取りとなる戦争が。
バーナードたちは巨大なカラミティモンスターに為す術がなかったと言えるだろう。アオイの穿孔撃もあまりの巨大さに魔力障壁を穿つことが敵わなかったのである。
クチバシのようなものがアオイを捉えようと迫る。アオイを捕食しようとしたその動き。先ほどのカラミティモンスターのようにつまみ上げられ、口中に放り込まれる姿を、その場にいる誰もが想像して動けなくなる。
否、止まった。
約三十ミールのカラミティモンスターはその動きを止めたのだ。
制止した時の中で、その場にいる者たちの耳に轟く音が耳朶を打つ。
聞こえていなかったのか、あるいは聞こえるようになったのか定かではない。だが、雷鳴が彼女たちの耳に届いていた。
それは誰もが驚く速度で近づいてくる。アオイの視界に青空がそっと視界に入る。
彼女は当然のように疑問に思った。青空が広がっているのに雷が轟くはずがないと。
目の前のカラミティモンスターは鳴いた。迫る何かに威嚇するように――否。
「お、怯えている?」
アオイは目の前にいるから怪物が怯えていることを敏感に感じ取っていた。
雷鳴はついに常緑樹の空の隙間から稲光を見せる。轟音はまっすぐに青空の下を駆け抜け、そのままカラミティモンスターに直撃した。
「―――――――――――――――――――――ッ!」
カラミティモンスターは鳴く。必死に鳴いて、雷を追い払おうと暴れる。先ほどまであった魔力障壁は嘘のように消えていた。そのため周囲の木々に動きが遮られ、カラミティモンスターは森の中を溺れていたのである。
稲妻がアオイの前に落着し、人の形を象った。
否、化け物――龍の化身がそこに降り立ったのだ。
「お待たせしました皆さん」
まるで散歩にでも来たような気楽さで、龍の化身は言う。
「後は任せろ」
「ソラ……さん?」
~続く~




