ユリウスとギル
本編15話終了直後あたり。ネタバレ注意。
ユリウスは黒く変色した物体をぐしゃり、と踵で踏みつけた。
「あァ、これは死んでんなァ」
ユリウスの靴の下にあったのは、ほんの一時間前には部下だったものだ。
「骨と皮と腐った肉だけ。なんだァ? 『時間』使い、か?」
腐った肉と乾いた皮とスカスカになった骨は、命を失って何百年経ったと言われてもおかしくない状態だった。
【アンチ・マジック】を行使できていればあるいは、とも思うが、圧倒的な能力差では命が尽きる結果には変わらなかっただろう。一瞬で死ぬか、数秒の苦しみを得るかの違いだ。
「ち、あのガキ、エロいニオイさせやがってなァ? クソが、完璧蹂躙されてンぜェ」
『狩り』で蹂躙する側は自分たちのほうだったはずだ。だが、実際に起きたのは、まったく真逆の出来事。魔道国の人間が蹂躙『される』側になったことなど、ユリウスの生きてきた中ではない。
あの少年の身体から発せられたのは、格が違うとはいえ、ユリウスと同じ<イノセンス>のギルが正気を無くすほどの、強い力のニオイだった。<ウィザード>の能力しか持たない一般兵が動けなくなるのは当然だろう。
魔道士は格の違う者にはまともに抵抗できない。無謀にも負ける相手に戦いを挑み数を減らすことがないように、より強い支配者に従順であるように本能で決定づけられている。
問題なのは、あの十人の魔道士たちもただの数合わせではないということだ。魔道国の将来を決める大事な『狩り』のメンバーだ。魔道国には、もっと能力の低い兵士がごろごろいる。
魔道国にとっては、あの能力は脅威だろう。あの少年――チアキ一人の能力だけで、国を落とせるレベルだ。
ユリウスでさえも、チアキのニオイをまともに嗅いでいたらどうなったか分からない。これは、国家の存亡が掛かった危機だった。
「ひゃはははは、面白くなってきたじゃねェか」
だが。ユリウスは笑いが止まらない。純粋に、楽しくて仕方がないのだ。それもそのはずだ。ユリウスは戦うのが好きだった。全力で戦っても壊れなさそうな強い者がいて、嬉しくないはずがない。
ムラムラしてきて、今にでも飛び出して行きたいくらいだ。
「血が騒ぐぜェェェ! チカラさえ残ってりゃァなァ! クハッ、ハハ、ひゃーっはっはっはっはァ!」
「うううぅ、うわああーん!」
興奮がおさまらないユリウスは、昂る感情を迸らせて気持ちよく笑った――のだが、そこにしめっぽい泣き声が混じった。
「あん?」
水をさされた形になって、ユリウスは背後を振り返った。
「ボクのミレイユちゃんがいなくなっちゃったよおお!!」
ギルだった。
不快極まりない、高音かつ爆音の喚き声をあげて、顔を真っ赤にさせて涙を流している。大きなメガネを取ろうともせず、隙間から手を差し入れてごしごしと擦っているあたり、さすが、お花畑な頭の持ち主といったところだ。
ユリウスは面倒くさそうに目を細め、舌うちした。
「っせーぞォ。お前のドラゴンは逆の現象が起こってたからなァ。イジられたのは、『時間』だろ、生まれる前に戻ったんじゃねえのォ? よかったじゃねェの。死んだらそれきりだが、生まれんなら、また会えんぜ」
「そんなあ。死んだら、アンデッドにして、また使役する約束だったんですぅ。生まれてなかったら、約束守れないですぅぅ。ふええぇーん」
「って、そっちかよ!」
死んでもう会えないということを泣いていたわけじゃなかったらしい。ユリウスは呆れて肩をすくめた。
ギルは八つ当たりするように、元部下だったものをげしげしと蹴っていた。原形をとどめない、ぐちゃぐちゃの塊になってしまってからも、足を止めようとしない。
ユリウスはしかし、ギルを制止しることはしなかった。それで気が済むならとことんやればいい。<テイマー>の魔物使いの思い入れが、<イノセンス>特有の感情の昂りで高まっているだけだ。気が済めば終わることだ。どうせ出先で死んだ人間をそのまま持ちかえる無謀な行為はしない。
ギルはユリウスと同じように好戦的だし、嗜虐趣味があるし、凶暴だ。それは<イノセンス>だという証拠でもある。
もしも、ギルがユリウスと同じだけ力を持っていたら、ユリウスは戦う相手を他に探さなくても済んだだろう。だが、ギルは<イノセンス>の能力を持っていても、ユリウスよりも弱い。
資質の数が違うのだから、仕方がないだろう。
ユリウスが本気を出せる魔道士など、そうそういない。
だからこそ、今回の出会いは異常だったといえる。
「二百年生きていたイレブン様に、時間使いの――<クロノス>、ってかァ?」
二百年生きていた理由は、符合する。『時間』を止めてもらえばいいのだ。
ユリウスに使えない種類の魔道だから、想像でしかなかったが、事実、イレブンは生きていた。そうとしか考えられない。
「くは! 今日はどうなってやがんだよ。おもしろいもんが二つ、同時に見つかるなんてよォ」
あの二人は時を超えている。
ユリウスにも勝てないと諦めているものがあった。死だ。死を乗り越えることは何人たりとも出来ない、はずだった。
「欲しい。欲しいなァ、アイツら……。クソ、一度はオレ様のモンだったのによォ。イレブンのニオイがクサすぎだぜェ。絶対ェ手に入れる。ふは、抵抗されんだろうなァ、本気で戦えるんだろうなァ……」
考えれば考えるほどゾクゾクする。心の底から悦びが湧きあがってくる。
「あァ……、楽しくなりそうだぜェェ! 次にあのエロガキに会ったら、【アンチマジック】の猿轡をまず嵌めてやんぜェ。倉庫にあったっけなァ? あァ、オレ様が作ったほうが強度で心配することねーかァ。オレ様色に染めてやんよ! ひゃははははははァ、楽しいぜ!!!!」
魔道国の主都オルランドの塔内にある倉庫の中身を思い出しながらニヤついたユリウスの袖が、ぐいぐいと引っ張られた。「あァ?」と目をやると、ぶぅ、と頬を膨らませたギルがユリウスの袖を掴んでいる。
「ボクは全然楽しくないですぅ」
「あン? 何がだよ。言ってみろ」
二百年間生きてきた実験台と、二百年生きられる能力とが揃っていて、何が面白くないというのか。
「ユリ……陛下あ、だって、<ウィザード>もミレイユも無しで、ヘイズワナ小国行けなくなっちゃいましたですよ?」
「まあ、そうだな。土産二つのつもりがァ、補充も出来ねェし、<ヴィザード>十人とドラゴン一匹失くしてなァ? 大損害だなァ?」
「あうあう……。そ、そうですぅ。ミレイユがいなくなったんですぅ……」
わざとではなかったのだが、結果的にギルの心の傷を再度抉ってしまった。ギルが涙を流してぷるぷる震える様子が面白くて、ユリウスはもう一回くらい苛めたくなった。
「それに、塔にも帰れないですよぅ!」
身ぶり手ぶりで必死に訴えるギルに、ユリウスは「何言ってんだ?」と眉を寄せた。
「あ? ミレイユに乗りゃアいいだろ……って、あァ。ドラゴンが使えなくなっちまってたんだっけなァ?」
「……うぇぇえん!」
案の定ギルは大泣きして、ユリウスの腰に張り付いてきた。ひゃははは、と口を開けて笑いながら、ギルの意見はもっともだとユリウスは思った。
「なるほどなァ? オレ様もお前も精神力空か」
「あうあう。はいぃ。このままだと、<水の都>まで歩きになっちゃいますぅぅ」
「はァ? ギル、てめぇ<テイマー>だろ? どっかで魔物釣って来いよ」
「釣って!? む、無理ですよぅぅう」
「じゃア何かァ? オレ様に歩けってのかァ?」
ギルがあまりにも否定ばかりするので腹が立った。
ユリウスは顎を掴んで持ちあげ、そのまま地面にたたきつけ、倒れたギルの身体の上に馬乗りになった。どちらも精神力が底をついているため、優勢なのはもちろんユリウスだ。
腕を片手でまとめて、頭上に固定する。小柄な身体に合っていないぶかぶかのローブをめくって喚く口に突っ込む。ローブの下に着ているのは、薄い肌着の上下だ。細かいボタンを外すのが、面倒になってぶちぶちっと引き裂いた。露わになったのは、無駄な肉どころか必要そうな肉さえついていない、華奢な体躯だった。
日に焼けておらず、真っ白な肌の上に、赤い歯型と青く変色した痣がいくつもある。それはまるで白いキャンバスの上に描く花畑のようだった。ユリウスがつけたものばかりだが、中にはそうでないものもある。
ユリウスはまだ痕のついていない――いや、もしかしたら治っただけなのかもしれない――脇の下を選んで噛みついた。
「ふ、う、ン、ふぐぅ……」
ギルは初めこそばたばたと手足を動かし身をよじらせて抵抗していたくせに、噛みつかれたとたん目を蕩けさせて頬を赤らめると、そのままユリウスを誘い込むように身体を開いた。
ユリウスは舌うちすると、ギルの上から身を起こした。
「つまんねェなア、やめだ、やめ。疲れるだけだァ」
「ふぐ?」
ギルは不満そうな顔をして、自由になった手で身支度を整えた。べちゃあ、と唾液まみれのローブが口から吐き出された。
「あうあう、そんなあ……。なら、もっと早くやめて欲しかったですぅ……。むりやりでごうかんであおかんですぅ」
「それ意味わかって言ってんのかァ? 今のは和姦だ和姦。しかも最後までヤってもねーし」
「じゃあすんどめです。すえぜんです!」
「違ェだろォ。あァ、もういい」
正直に言えば、ギルで遊ぶのも飽きてきた。ユリウスは頭を掻いて、今思いついたかのように「おい」とわざとらしく注意を引く。
「どっかの盗賊団アジト廃墟に移動用魔物あんじゃねェか?」
「はう! 陛下すごいですぅ!! きっとあるですよ!」
「じゃ、探して来い」
「……ぴゃっ!? ぼぼぼ、ボクだけでです!?」
「オレ様、超偉い。お前、オレ様に忠誠誓ってる。何か問題あんのかァ?」
「ご、ごめんなさいです、陛下!」
ギラリと睨んでやると、ギルは涎まみれのローブを引きずって走っていった。
「バカメガネが。あいつ、立場分かってんのかァ?」
立場をわきまえていない人間を傍に置いているのは、他でもない自分なのだが。ユリウスはため息をついて頭を振ると、瀕死に近かったイレブンが身体を起こし、チアキを連れて行った方角へと顔を向けた。
ティザーン王国。
大陸でも三本の指に入る大国だ。魔道国の歴史には敵対国として記されている。もっとも活発だった頃が、イレブンのいた時代だったはずなのだが。どういう心境の変化で、ティザーンへ身を寄せたのだろうか。魔道国の目から逃れ、歴史の表舞台に立たず、事故のように今日唐突に姿を現した英雄。
欲しい。完膚なきまでに叩きのめして、絶望に陥れたい。ユリウスにとっては、イレブンもチアキも同じだけ魅力的だった。どちらか一方とは言わず、どちらも欲しい。
帰る方法など、ユリウスにとってはどうでもいい。彼らを手に入れる方法のほうが、余程考える価値がある。あの二人に勝てるか否か、それはユリウスの生死だけではなく、魔道国の将来を意味していた。
だからこそ、心が昂って仕方ない。
やはり、ギルを苛めて心を落ち着かせたほうがよかったかもしれない。何の魔物を奪ってくるかによるが、できれば座ってヤれる騎乗用のものがいい、とユリウスは思った。




