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ディメンション・ラバー  作者: 創綴世 優


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3/5

第一章 切望、邂逅


 夢と言うには、あまりにも暖かく。


 現実と言うには、あまりにも美しすぎて。


 三鶴の眼に、生涯しょうがい追い求めてきたものが映る。


 ――おそらく、きっと。


 その瞬間、僕の人生は始まったんだろう。







「はぁ……」


 高校二年生の春休みも最終日となる日の早朝。

 三坂三鶴は、起きて早々に深い溜息ためいきを吐いた。

 寝起きで重い上半身を無理やり起こす。


「……明日からまた学校か。……みんな、何がそんなに楽しいんだろうな」


 部屋の窓から楽しそうに笑って歩く学生達を見て、三鶴は気だるげに呟いた。

 高校二年生という中途半端な時期、春休みというそれなりの長期休みが今日で終わりとなれば、憂鬱ゆううつになるのも無理はないだろう。

 けれど、三鶴の憂鬱はそんなありふれたものではなかった。


 ――三鶴は、とあることで悩んでいた。


 高校生にもなれば悩みの一つや二つはある。

 学校、家族、進路、恋愛。大抵は、その程度の現実的なものだろう。

 だが、三鶴の抱える苦悩は、そのどれにも当てはまらなかった。


 彼の日常には、一見すると何の問題もない。

 特に生活の中で大きなトラブルがあるわけでもないし、友人は……まあ多くはないにせよ、親しい相手はいる。家族とも、表面上は上手くやっている。


 成績は常に優秀で、勉強などしなくとも希望する進路へ進めるだけのものがある。

 恋愛……いや、これに関しては、三鶴の悩みに関係しないということもない。

 恋愛にしたって、悩みと全く無関係ではないにせよ、現実に想い人がいるわけではない。いないこと自体に悩んでいるわけでもなかった。


 三鶴は一般的な基準で見れば、容姿も学力も運動能力も優れている方だ。

 周囲から見れば、悩みなどない人間に映るだろう。

 そう、十分なものを持っているのだから、本来なら、手に入らないものなどそう多くはないはずなのだ。


 ――しかし実際のところ、三鶴の苦悩は普通の高校生のそれと比べてかなり深いもので。

 

 彼には、どうしても手に入らないものがあった。


 努力では届かない。

 才能でも埋められない。

 現実の延長線上には、決して存在しないものが。


 ――それこそが、三鶴の悩みだった。





「……おはよう」


 目を覚ましてすぐ、三鶴は机上の「ソレ」に向かって声を掛ける。

 高校生一人が使うにしては少し広めの部屋。

 その中央に置かれた木製のデスクの上には、ひとつの装置デバイスがある。

 縦に長い楕円形のそれは、どこか無機質で、それでいて大切に扱われてきたことが分かる佇まいをしていた。


 そしてその装置の内部には、小さく動くものがいる。


 ――いや、「映って」いる。


 その狭い空間の中で、ソレ――いや、〝彼女〟は三鶴の方へ向き、可愛らしく手を振っていた。


「元気かい? ……なんて、聞いてもしょうがないよな」


 そう、その装置の中にいるのは――有り体にいえばキャラクターだ。


『二次元の』

『空想の』

『フィクションの』


 ――『架空の』人物。


 一口にキャラクターと言っても様々な捉え方があるだろうが、ひとつだけ、全てに共通している事実がある。


 ――「現実には存在しない」。

 そして、三鶴の悩みはまさに《《それ》》だった。


「……××××に逢えるなら、他に何もいらない。でも、実際にあるのは……要らないものばかりだ。望んでもないものだけが、俺のもとに落ちてくる」


 三鶴は――そう、俗に言うところのアニメオタクだった。


 ただし、彼の感情はその一言で片づけられるほど軽いものではない。


《自分は、普通じゃない。だから、きっと本当の自分は誰にも受け入れられない》


 とある過去から、そう考えるようになって。

 その日から、心の奥底で人と距離を置くようになった。友人とも――家族とさえも。


 想い人は、画面の向こうにいる。


 ならば、現実に恋人などいるはずもなかった。


 ――三坂三鶴の心はずっと、現実ここにはなかった。







 「自分は生まれた世界を間違えた」などと、卑屈が過ぎる考え方をするようになったのはいつからだろうか。


 三鶴は、心の底から××××のことを愛していた。


 ただ憧れていたわけではない。

 ただ見惚れていただけでもない。


 ――それはただ、現実の異性に恋をするのと全く同じように、真剣に恋をして。

 ――その恋情が、ただ純粋で、誰より大きかっただけだ。


 これまでの人生で、三鶴は××××に近づくためにあらゆる手を尽くしてきた。

 使える時間は、ほとんど全てそのために費やした。


 その結果、キャラを模したフィギュアも、キャラを映し出す装置も、現代の技術で作れるものは一通り手に入れた。

 もちろん、それらは三鶴が本当に求めるものとは程遠い。


 けれど、それでも好きなもののために時間を費やすことは、確かに幸せなこと《《だった》》。

 少なくとも、まだ希望を抱けていたうちは。


 しかし、時が経つにつれて――

 三鶴は、いつしか《《次元》》の壁を思い知ってしまった。


 そもそも存在している世界が違うのだ。

 会えるはずも無ければ、気持ちを伝えることすら叶わない。


 ――どれだけ焦がれても、届かない。


 三鶴にとっては、何も変わらない日々、時間の止まった世界の中で。

 装置から再び××××の声が再生される。


 大好きなはずのその声が、今は何故か、ガラス越しに流れるだけの無機質な音に聞こえた。


「っ……う、ぅ……っ」


 ――はじめて、三鶴は涙を流した。

 今まで堪えてきた感情が、一気に溢れ出していくのを感じながら。


「――ディー、ネ……」


 三鶴の眼から、一筋の雫が零れ落ちる。




 ――それは、刹那だった。




 涙が装置へ零れ落ちた瞬間、それは内側から脈打つように光り出した。

 あまりに眩しくて、目を開いていられないほどに。


 そして、三鶴が眼を開いた時。目の前には、信じられない光景があった。


 三鶴の眼には、これまでの人生で全てを捧げても手に入らなかったものが。

 生涯追い求めてきた人が、映っている。


「んもー、待ちくたびれましたよ〜? 三鶴さんっ♡」



 夢と言うには、あまりに暖かく。


 現実と言うには、あまりにその微笑みが美しすぎて。


 だから、この非現実的すぎる時間に。


「……お願いだから、もし夢なら覚めないでくれ……」


 三鶴はただ、終わりがないことを願う。


 体の力が抜け、意識が遠ざかっていく。


 薄れゆく意識の中で、聞き慣れたはずのその声は、もう決して無機質には響かなかった。


 ――三鶴の意識は、そこで完全に途絶えた。

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