第六話 土地
村へ到着したのは、昼過ぎだった。
馬車が村の入口へ入った瞬間、畑仕事をしていた男たちが手を止める。
井戸端で話していた女たちもこちらを見て、子どもたちは珍しそうに馬車の後ろを追いかけてきた。
こんな辺境の村に馬車なんて滅多に来ないのだろう。
気づけば、あっという間に人だかりができていた。
俺が先に降り、そのあとにシアが馬車から姿を見せる。
すると、あちこちから声が上がった。
――あれが王女さま?
――すごい綺麗だな。
――でも、なんか暗そうな人だな。
……色々と言ってくれる。まだ俺も実感がないとはいえ、婚約者だぞ。
「はいはい、みんな注目〜!」
するとエルバスが、やたら楽しそうに前へ出た。
「本日は王女さま自ら、皆さんに大事なお話がありまーす!」
その瞬間、村人たちの視線が一斉にシアへ集まる。
――余計なことを。
ただでさえ緊張してるってのに。
だが、驚いたことにそんな空気でも、シアは逃げなかった。
一歩前へ出ると、村人たちをまっすぐ見渡した彼女は、小さく頭を下げた。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
少し声は硬い。
だが、顔はもう緊張してない。
シアは俺たちで事前に整理していた内容を、流暢に話し始めた。
魔王が倒されたことで、魔物たちの縄張りが変わり始めていること。
これまで安全だった場所にも魔物が流れてきていること。
そして、この辺境は村同士の距離が遠く、もし襲撃があれば助けが間に合わないこと。
だからこそ、人を都市テグニアへ集め、防衛を固めたい。
説明は分かりやすかったし、これなら、と思ったが、話を聞き終えた村人たちの表情はいまいちパッとしない。
「悪いが、わたしゃ反対だね」
前へ出てきたのは、杖をついた老婆だった。
村長らしい。
「王女さまの言いたいことは分かる。
でもね、この村はそんな簡単に捨てられる場所じゃないんだよ」
村長は後ろの畑を振り返る。
「この土地は、わたしたちの親も、そのまた親も守ってきた土地だ。
私たちはこの村を守る義務がある」
周囲の村人たちも、自ずと頷く。
「だから危ないから出ていけと言われても、はいそうですかとはならないのさ。
諦めな、王女さんよ」
そう言って、村長は話を終わらせるように背を向け、同時に馬車を囲んでいた村人たちも散り始めた。
――まずいな。こりゃあ俺の出番か。
そう思った、その時だった。
「でしたら!」
シアの声が、村に響いた。
村長が足を止める。
シアはまっすぐ前を向いたまま、言葉を続けた。
「皆様は、何のためにこの土地を守ってこられたのですか?」
「……何だい、急に」
「畑のためですか?
家のためですか?
それとも、先祖代々守られてきただからですか?」
シアはそこで、小さく首を振った。
「違うと思います」
村人たちが静かになる。
「皆様は、"ここで暮らす大切な人たち"のために、この村を守ってこられたのではありませんか?」
「……」
「畑も、家も、この村も。
皆様が生きているからこそ、大切なものです」
シアは、村人たちを見渡す。
「もし皆様に何かあったら。
この土地を守ってきた人がいなくなってしまったら」
一度だけ息を吸う。
「その時、この村は本当に守られたと言えるのでしょうか」
村長はもう何も言わなかった。
「私は、この土地を捨ててほしいわけではありません。
皆様が、これからもこの土地を大切に思えるように。
まず、みなさまに生きていてほしいのです」
シアは、さっきまで緊張していたとは思えないくらい、真っ直ぐな声で言った。
――確かにそうだな。
――まずは生きるところからか。
――私たちが生きなくて、誰がこの土地を守れるの!
またシアの周りを囲むように村人が近づき、村人たちは顔を見合わせた。
そして、しばらく黙っていた村長が、ふっと息を吐いた。
「……なるほどねぇ」
ゆっくり振り返る。
「そこまで言うなら、考えてやってもいい」
シアの表情が少し明るくなる。
「で、では!」
「――ただし!」
村長が指を突きつけた。
「条件がある!」
「条件……ですか?」
「ああ!」
そして、村長はニヤリと笑う。
「王女さまも、一緒に引っ越しを手伝いな!」
その瞬間、村人たちがどっと笑い出した。
シアだけが、ぽかんと固まっていた。
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