第五話 過小評価
数日後のこと、
騎士団手配の馬車に俺とシアは乗り、この辺境地の中でもっとも魔王城に近い村に向かうことにした。
もちろん金の都合で、運転手なんて雇えないので、エルバスに運転を頼むことにした。
「めんどくさいですけど、シア姫のためなら仕方ないっすね」
馬の手綱を握りながら、エルバスがあからさまに嫌そうな顔をする。
「おう、悪いな」
「セオドールさまのためじゃないっすよ??」
と真顔で煽るようにいってきた。
だが、その直後だった。
「エルバスさま、本日はよろしくお願いいたします」
屋敷の玄関からシアが現れた瞬間、エルバスの態度が百八十度変わった。
「いえいえ〜!! 全然いいんですよ!!
むしろ最近は書類仕事ばっかで大変だったんで、ちょうど気分転換したかったところです!!
さぁさぁ! お二人とも乗って乗って!」
満面の笑みで馬車の扉を開けるエルバスに背中を押され、俺とシアは中へ乗り込んだ。
そこで、ふと思う。
――こいつ、書類仕事なんもしてなくないか?
事務作業の大半は俺とシアで処理しているし、昨日だってエルバスは昼まで寝ていた。
今朝も起こしたら、「あと五分だけぇ……ママぁ……」とか寝ぼけていたくらいだ。
どう考えても、大変な要素がないだろう。
と言いたくはなったが、まあいい。
馬車を動かしてくれるなら、いまの考えは心にしまっておこう。
◇◇◇
奥地の村へ向かう馬車の中。
シアは出発してから、ほとんど口を開いていなかった。
膝の上に置いた手を、ぎゅっと握り締めている。
窓の外を見ているようで、たぶん景色なんて頭に入っていない。
緊張しているのが、見ていて分かる。
「――怖いのか?」
「だ、大丈夫です」
シアの返事は早かったが、声がとても硬い。
「村人に嫌われるのが怖いのか?」
あえて踏み込んで聞くと、シアは答えなかった。代わりに、握っていた手にさらに力が入る。
やはり図星か。
それからしばらくしいぇ、シアは俯いたまま、小さく息を吐いた。
「王都では、ずっと"無能王女"と呼ばれていましたから。
正直……私の言葉を聞いてくださる人なんて、いる気がしなくて」
だから、ここまで緊張しているのか。
まあ無能と言われれば、自信をなくすのはそりゃあ当たり前だ。
本来なら、村人の説得なんて俺がやったほうが早い。
勇者として顔も知られているし、魔物の危険性について話す説得力もある。
実際、最初はそのつもりだった。
だがシアは、自分でやりたいと言った。
人前で、自分の考えを伝えられるようになりたい、と。
自信を取り戻したい、という努力のつもりなんだろうが――。
「なら、やっぱり俺が話すか?」
やはり心配なので、念を入れてもう一度だけ確認する。
しかしシアは、今度ははっきりと首を横に振った。
「いえ。私がやると言ったことですから」
そう言ってから、小さく息を吸う。
「逃げたくありません」
その言葉は弱々しいのに、本気だとわかる言い草だった。
だから俺も、それ以上は止めなかった。
シアは自分のことを過小評価する癖がある。
王都で無能とばかり言われたせいだろうが、本人は自分には能力がないと内面化しているんだろう。
だが本当に何もできない人間なら、こんな辺境まで一人で来ることも、初対面の俺たちと暮らしながら意見を口にすることもできないはずだ。
不安を抱えながらも、それでも前に進もうとしている。
ここ数日、俺はそんな彼女を見てきた。
だから――。
「――まあ、なんとかなるだろ」
そう言うと、シアは一瞬だけ目を丸くして――
「……はい」
小さくそう言った。
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