第十五話 指輪
「あれ、ない! どこに行ったのかしら?」
と何かを探し回る令嬢がいる。
「何かお探しですか?」
「え、ええ。私の指輪がないのです。たしかに、ここにきた時にはあったのですが……」
令嬢の女。
リベルド伯爵家のティナ・ウィーンリナルドの指輪がなくなってしまったのだという。
「ウィリアムさまにいただいた婚約指輪なのに困りましたわね……」
そう言って困ったそぶりを見せたティナにシアは大丈夫ですと声をかけた。
「私が探しに行ってきます」
「お一人で? それは危ないのでは、王女さま?」
「い、いえ。心配ご無用でございます」
そう言ってシアは軽く頭を下げると、そのままダンジョンの通路へと駆けていった。
最近のシアは、勇者一行の活躍を目にするたび考えていた。
――セオドールさまは、いつも誰かのために動いている。
――私にも、私にしかできないことがあるはず。
セオドールは客人への対応で忙しく、エルバスも同じだ。
ならば、このくらいは自分がやろう。
そんな思いだけで、彼女は一人、暗い通路へ向かった。
◇
薄暗いダンジョンの通路――
シアは地面を松明で照らしながら、ゆっくりときた道を歩いていた。
たしか、ティナはこの辺りを歩いていたはず。
そう思いながら、廊下の左隅をくまなく見ていると、少しキラリと松明の光に反射した小さなものを見つける。
「あった!」
とかなり早めに見つけたことに対して喜び、すぐさま指輪に駆け寄る。
指輪を手に取ろうと屈むと、頭が何か柔らかいものに当たる感覚があり、上をゆっくりと松明で照らしてみると――。
いたのは、自分の身長を三倍は超えるほどのオークがニヤリとした表情でこちらを見下ろしていた。
「きゃっ!!!」
そう叫び、すぐさま逃げようとするが、腰が重く、恐怖で思い通りに足が動かない。
シアは振られた棍棒を見た末に目を閉じた。
――と思えば、大きな音がなった末に何かが倒れたかのように地面が大きく揺れたのだ。
目を開けてみるとオークは立っておらず、一撃の斬撃が入っていた。
座ったまま、松明で周囲を見渡すと、一人の女戦士が剣を収めて歩き去ろうとしていた。
「あ、あの!」
女戦士が足を止める。
「あなたが……助けてくださったのですか?」
ビクッとした女戦士は、こちらを振り返り、コクリと頭を下げただけだった。
女戦士は仮面を被ったあの勇者御一行の戦士だった。とても強く、とてもたくましい。
シアはかっこいいと思っていた。
「お願いがあります」
シアは恥ずかしそうに俯く。
「皆さまのところまで、一緒に連れて行っていただけませんか……」
足はまだ震えていて、立とうとしても力が入らなかった。
世界を救った戦士にこのような願いを頼み込むのは侮辱だと思いながらも、戦士は快く頭を強く縦に振った。
「……ありがとうございます」
近寄ってきた戦士に抱えられると、シアはお姫様抱っこをされた。
少し恥ずかしさも残ってはいるが、好意を持ってしてくれたことに対してお姫様抱っこ以外の方法はないのか、と聞くこともできないので何も言わずにそのまま抱えられた。
しばらく歩いていると、シアはふと首をかしげた。
「……ピピ?」
女戦士の肩がびくりと揺れ、少し慌てた様子で首を横に振った。
「す、すみません、セオドールさまの屋敷に仕えるメイドの方に少し似ていたもので……ってそんな話をしても戦士さまには関係のない話ですよね」
というのも、その背丈と体つき、金色の綺麗な髪、そしてピピ特有の金木犀のいい匂いが、この戦士からはしたのだ。
すると今まで声を出さなかった女戦士が突然、口を開いた。
「ピ、ピピさんは……どういう方なんですか?」
「え?」
ピピよりは少し声が低かった。
「ピピは、少し不器用なところがあります。
仕事も決して得意ではなく、要領よく立ち回れる人でもありません」
ピピの評価を正当に評価するシアは寛容にそう言った。
女騎士はなるほど、と頷くとシアはもっと何か言いたげだった。
――ですが。
「裏表がなくて、とてもまっすぐな子です」
それを聞いた女戦士の肩が少し震えていて、顔こそ仮面で隠れていて見えはしないが、心なしか泣いているようにも見えた。
「だ、大丈夫ですか?」
「いえ、少し寒くて」
そう答えた女騎士にシアは納得した。女騎士の格好は、かなり大胆で露出多めだったのと、ダンジョン内が地下にあって涼しいこと。そう考えれば、震えるのも寒いのもわかることだ。
だが小さく、「ごめんなさい、ごめんなさい」と誰かに謝っているのがシアは少し気になった。
そのまま少し会話を続けていると、通路の途中でセオドールがこちらに向かって走ってきていた。
「シア!」
「セオドールさま!」
セオドールの様子だと、きっと途中でシアがその場にいないことに気づいて、客人対応をほったらかしに、あるいはエルバスにすべてを任せてシアを探しにきていたようだった。
「大丈夫か??」
「大丈夫です。ご心配かけてすみませんでした。戦士さまが助けに来てくれたので」
そういったシアに対してセオドールは、胸をほっと撫で下ろした。
「ダンジョンは危険が多い。ここを出るまで、俺の元を離れないでくれ」
「……はい」
みんながいる空間へと歩きながら、セオドールはそう言うとシアは素直に頷いた。
その後、婚約指輪は無事ティナのもとへ戻り、彼女は何度も礼を述べた。
女戦士はというと、"裏表がない"と褒められたことに対する自分の行いへの罪悪感を味わうばかりであった。
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