第十四話 拍手喝采
俺は勇者服へと着替えていた。
旅の間、ずっと身につけていた少し色褪せた服だ。久しぶりに袖を通したが、やはりしっくりくる。
腰には、聖剣エクスカリバー。
この程度のダンジョンなら抜く必要すらないし、きっと素手でも十分に魔物を倒せるはずだ。
だが、勇者と聞いて人々が思い浮かべるのは、聖剣を携えた俺の姿だ。今日ここに集まった貴族や研究者たちは、勇者本人だけでなく"勇者ブランド"を見に来ている。
その期待には応えなければならない。
エルバスも治癒魔法師としての正装に身を包んでいた。
白を基調とした僧服に杖。普段のひょうひょうとした雰囲気とは違い、神殿の高位司祭のような威厳すら感じる。
だが、待てよ。
「おい、エルバス」
「はい?」
「なんだその服。お前、そんな格好したことあったか?」
冒険者時代のエルバスは、聖職者らしからぬゆるいジャージ姿が定番だった。
本人曰く、「戦闘では動きやすさが正義」らしく、見た目などは二の次だという。
そんなやつが急に綺麗めな僧服とは、どう考えても怪しい。
「いやぁ、あそこ見てくださいよ」
エルバスが指差した先には、貴族たちに付き添ってきた綺麗な令嬢たちがいた。
俺はすべてを察した。
「……お前」
「カッコつけるタイミングなんて今しかないんすよ!」
両拳を握り締める。
「セオドール様にはシア王女がいるじゃないですか! でも俺にはいないんすよ!」
なんともよこしまな理由だった。
だが、少しだけ同情もする。
勇者時代は魔王討伐で各地を飛び回り、恋愛どころではなかったし、バルト領へ来てからも屋敷と仕事の往復だ。
女性との縁など皆無と言っていい。
「……まあ、存分に頑張れ」
「へへっ、感謝いたしますぜ、旦那」
とエルバスは謎にイケボを出して、あろうことかウィンクまでかましてきやがった。女を狩る気満々だな。
まあ、ジャージ姿で来られるよりは勇者一行らしい。
今回は見逃してやろう。
一方、ピピはいつものメイド服ではない。
軽装の鎧に大剣を背負った、本来の戦士の姿だった。
……ただし、顔には仮面をつけている。
「なんだ、その仮面」
「シア様に、私が勇者一行の戦士だとバレたくないんです」
真面目な顔で言うピピに俺は「なに言ってんだ」というように眉をしかめた。
「私はこれから、メイドとして生きていくんです!」
「……」
「この前なんて、転んだふりをしたら、シア様の胸に突っ込んでしまいまして」
「何やってんだ、お前」
「そしたらシア様、『大丈夫ですよ。不器用同士、お互い苦労しますね』って慰めてくださったんです!」
なぜそれで「不器用同士」という結論になるのか分からない。
だが、シアは完全に、ピピを少しドジなメイドだと思い込んでいるらしい。
婚約者としてシアを意識しているわけではないが、そんな話をされるとなんというか……複雑な気分になる。
「そんな幸せな時間を奪われないためにも!」
ピピは声を上げて、拳を握る。
「私は全力で変装します!」
「……お前、シアを騙してることに罪悪感とかないのか?」
「罪悪感って何ですか?」
首をこてんと傾げる。
「私、ドジなので分かりません」
「……そうか」
もう何を言っても無駄だ。
俺は諦めた。
◇
全員がダンジョン内部に集まったところで、俺は一連の流れ説明し始めた。
「これから皆様には、私たちがどのように魔物を討伐し、素材を回収し、それが魔道具として皆様の手元へ届くまでの流れをご覧いただきます」
説明が終わるのを待っていたかのように、通路の奥からオークが姿を現した。
「まずは実演です」
俺が言い終わる前に、ピピが飛び出す。
一撃。
体勢を崩したオークへ、俺が聖剣を振るうように見せかけて、手刀で斬撃を送る。
斬撃は急所だけを正確に断ち、オークは音もなく崩れ落ちた。
そこへエルバスが手際よく治癒魔法を流し、素材を傷つけないよう処置を施す。
俺は短剣を取り出し、滑らせるように解体し、心臓部から魔石を取り出した。
「これが魔石です」
透き通るような輝きがダンジョンに微かに入ってきていた陽光を反射する。
淡い光を放つそれに、研究者たちが息を呑んだ。
「なんという純度だ……」
「これほどまでのは教本でしか見たことがないぞ」
牙、皮、魔石を用途ごとに分別し、専用容器へ収めていく。
「この状態で各地へ運ばれ、加工され、魔道具の素材となります」
説明が終わると、大きな拍手が響いた。
「素晴らしい!」
「これほど美しい解体は初めて見た!」
記者たちは必死に筆を走らせている。
ふとシアの方を見れば、彼女は俺のことを見ていた。にっこりと微笑み頷いてくれた。
つまり……
お披露目会、成功――!!!
と思ったところ、一人だけ鼻で笑う男がいた。
「ふん」
ボンセルだ。
「オーク程度だからできる芸当だ。こんなもの、うちの家畜でも相手になる」
その傲慢な態度に周囲が静まり返る。
「いや、わしでも倒せるかもしれんな」
そう言って笑いながら、一人でダンジョン奥へ歩き出すとクラウツが声を上げる。
「公爵閣下、お待ちください!」
「護衛など不要だ」
だが、手を振って追い払う。
「こんな弱小魔物が倒されるのを見て信用するとは、お前たちも愚かよ」
その瞬間だった。
ズシン――。
地面が揺れる。
通路の奥から、通常のオークとは比べものにならない巨体が姿を現した。
このダンジョンの主。
――オークロードだった。
間近でその姿を見たボンセルの顔からは笑みが消え、青ざめていた。
「お、お前ら! こっちへ助けにこんか!!!」
さっきまでの威勢はどこへやら、情けない声を出しこちらへ向かって走ってくるボンセルの背中には、巨大な棍棒が振り上げられる。
間に合わない。
誰もがそう思った瞬間、
「公爵閣下。あまり勝手に歩き回らないでください」
静かなイケボが響いた。
何を隠そうエルバスだった。
杖を片手に前へ出ると、魔法陣が展開され、眩い光がオークロードを弾き飛ばす。
そのまま流れるような動きで急所へ一撃。
巨体はフラフラした末に地面へ崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な……」
「彼は治癒魔法師ではなかったのか……?」
研究者も貴族も、ただ呆然とエルバスを見つめていた。
そして次の瞬間、会場は今日一番の拍手に包まれた。
……ただし。
騎士団の判断で、肝心の令嬢たちは先に避難していたため、誰一人としてエルバスの勇姿を見ていなかった。
「うっそーーん!!」
エルバスの悲痛な叫びだけが、ダンジョン中に響き渡った。
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