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第十三話 嫌味

 お披露目会当日。


 朝からバルト領は慌ただしかった。


 屋敷の使用人たちは客室の最終確認に追われ、騎士たちは周辺警備に駆り出されている。

 部屋数だけは無駄に多い屋敷だが、その大半は長年使われていなかった。急遽すべての部屋を整えたものの、最後まで気は抜けない。

 このお披露目会は一日限りの催しだ。ほとんどの客人は日帰りの予定だが、何があるか分からない以上、宿泊の準備も必要だった。


 俺もまた、珍しく、と言うより領主になって初めての正装に身を包み、屋敷の正面玄関で来客を待っていた。


 首元が妙に窮屈で、慣れない服というのは、それだけで疲れる。

 

「緊張されていますか?」

「まあな」

「大丈夫です。二週間頑張りましたから」


 隣に立つシアが優しくそう言うと、少しだけ気が楽になる。


 彼女はいつも通り落ち着いていた。今日ばかりは彼女頼みのところが大きいので、このように落ち着いていてくれるととても心強い。


 そう思った時だった。


 遠くから馬車の音が聞こえた。


 ガラガラと車輪を鳴らしながら、一台の馬車が屋敷前へ到着する。


 扉が開き、中から現れたのは、20代後半の男性だった。


 整えられた金髪。

 知性を感じさせる細い目。

 そして、貴族らしい上質な服装でありながら、胸元にはいくつもの研究者紀章が飾られている。


 トリステン・ハイドールダルフ。


 隣国シゾル内で、知らぬ者はいない魔法研究の世界的権威だ。

 侯爵でありながら研究畑の人間。近年の魔道具技術の発展は、彼なくして語れないとまで言われている。


「これはお初にお目にかかります」


 トリステンは柔らかく微笑みながら頭を下げた。


「トリステン・ハイドールダルフと申します」

「セオドール=ヴァンバスティンです。本日は遠方からありがとうございます」

「こちらこそ。元勇者様の事業と聞いて、ぜひこの目で見てみたくなりまして」


 侯爵、世界的権力者。

 肩書きだけ聞けば、誰でも傲慢さをイメージするが、トリステンはまさにその逆だった。

 話しやすく、礼儀正しく、威圧感もない。

 

 この人なら今日の会も問題なさそうだ。


「あら」


 そう思ったところで、トリステンの視線が俺の横にいたシアに向いた。


 綺麗な淡い水色のドレスを纏ったシアが丁寧に頭を下げる。


「トリステンさま、本日はお越しいただきありがとうございます」


 トリステンの目が少し丸くなる。


「なるほど」

「?」

「噂以上ですな」


 シアが首を傾げる。


 その仕草にトリステンは楽しそうに笑った。


「まさか第三王女がいらっしゃるとは。このバルト領の繁栄も、そう遠くはない話ですね」

「いえ、私は何も……」

「ご謙遜をなさらず」


 そこから二人は自然と会話を始めた。


 王都の教育事情やら、経済の話やら、最近の魔道具技術やら。

 俺には半分くらいしか分からない話だったが、シアはよどみなく応じている。


 さすが王女だ。

 こういう場での会話能力は俺なんかとは比べものにならない。


 トリステンも終始楽しそうで、会話は非常に和やかだった。


 幸先は上々。


 そう思っていると――。


 二台目の豪華な馬車から降りてきた男を見た瞬間、俺は嫌な予感しかしなかった。


 ボンセル・ウェンダリスキー公爵。


 トリステンが人格者なら、ボンセル・ウェンダリスキーは別の意味で有名人だった。


 王都の社交界で彼の名を知らぬ者はいない。


 ウェンダリスキー公爵家は古くから続く名門貴族であり、ボンセル自身も若い頃は優秀な行政官として知られていた。


 実績だけを見れば間違いなく超有能な人物。


 だが、問題はその性格だった。

 

 思ったことを口にし、相手の立場をわきまえないといういかにもな感じ。そのせいで敵も多いらしいが、頷ける結果だ。


 もっとも本人はそんなことをまったく気にしていなかったが。


 馬車から降りてきたボンセルは、俺たちを一瞥すると鼻を鳴らした。


「……ちっ、無能王女までいるのか」


 舌打ち、そしてボンセルはシアを見るなり、そう聞こえるように吐き捨てた。


 それだけで、この男がどれほど扱いづらい人物か伝わってきた。


 ◇


  到着した貴族や記者たちへの挨拶がひと通り終わると、俺は全員へ向けて口を開いた。


「本日は遠方よりお越しいただきありがとうございます。視察の前に、ささやかながら食事会を用意しておりますので、ぜひご参加ください」


 料理人たちも今日のために腕を振るっている。いつもはだらけていた料理人だったが、シアが来てからは料理人もやる気を出し始めていたので、味や質に関してはそこまで心配はしていない。

 むしろ、期待している。


 そう思った矢先だった。


「そんな暇はないな」


 ボンセルの低い声が割り込み@周囲の目線が一斉に向けられる。


「私がここへ来たのは魔物素材を見るためだ。飯などいつでも食える。くだらん宴会に付き合う気はない」


 露骨な嫌味を言ったボンセルにさすがに場の空気が微妙になる。

 だが、誰も何も言えない。


 相手は公爵家当主。


 この場で最も高位の貴族だからだ。


「まあまあ、ボンセル殿」


 穏やかな声を上げたのはトリステンだった。


「せっかくセオドール様が用意してくださったのです。少しくらい――」

「おい、トリステン」


 言葉を遮るようにボンセルが鼻で笑う。


「そんな余裕を見せていていいのか?」


 トリステンは微笑みを崩さない。


「と、申しますと?」

「お前の義妹はどうなった?」


 そう言われたトリステンは、机をバンと叩き、立ち上がった。

 ボンセルはタブーを犯した。


 その話は有名だった。


 トリステンが研究に没頭している理由は複雑な病に倒れた義妹を救うため。魔法が一般化した中、同時に魔力を抑えられない身体というものもあり、その魔力のバーストが引き起こす病にトリステンの義妹はかかっていた。

 魔法と魔道具の研究を続けるトリステンの原動力、原点。


 それを知ったうえでボンセルはわざわざ口にしたのだ。


「ご心配いただき感謝いたします」


 完全な嫌がらせだったが――トリステンは動じなかった。席は立ち上がったが、続けて柔らかく微笑みながら頭を下げる。


「幸い容態は安定しております」


 そう聞いてボンセルが舌打ちするがトリステンは表情を変えない。


「では、セオドールさま。ご案内いただけますでしょうか」

「あ、ああ」


 トリステンがそう促すと俺は頷いた。


 食事会は急遽中止。


 結局、そのまま全員を連れて視察会場へ向かうことになった。



 会場となるのは、バルト領が管理する低階層ダンジョンだ。


 危険度だけを見れば、新人冒険者の訓練場に使われる程度。しかし、魔道具研究者たちにとっては宝の山でもある。


 理由は一つ――良質な魔石が採れるからだ。


 魔石とは、魔物の心臓とも呼ばれる器官であり、魔道具の核となる素材である。

 どれほど優れた術式を組み込もうと、核となる魔石が粗悪ならば魔道具はまともに機能しないのだ。


 そして、魔石の品質は討伐方法で決まる。


 乱暴に倒せば魔力の流れが乱れ、魔石の純度は落ちる。

 逆に急所だけを正確に断ち、余計な衝撃を与えず仕留めれば、高純度の魔石が残る。


 つまり、腕のいい冒険者ほど価値の高い素材を持ち帰れるというわけだ。


 隣国シゾルで流通している一般的な魔道具も、このダンジョンに生息するオーク種から採れる魔石が使われている。

 オーク自体は初心者パーティーでも討伐可能な相手だが、高品質の魔石を得られるかどうかは別問題だった。


 だからこそ、多くの研究者が今日ここへ集まった。


 冒険者ギルドから買い取る魔石は品質にばらつきがある。しかし、魔王を討伐した勇者一行なら違う。

 彼らほどの実力者が狩れば、最高品質の魔石を安定して得られるのではないか――そんな期待があってこその参加なのだろう。


 このダンジョンは危険度が極めて低いことは確かだ。


 しかし、多くは大陸の重鎮。

 貴族、記者、役人。


 その誰か一人でも怪我をさせれば、俺の立場どころかバルト領の信用まで吹き飛ぶ。


 だから護衛は、大げさと言われるほど配置していた。


 騎士団の騎士たち。


 そして――。


「よう、セオ」

「おう、クラウツ。わざわざありがとうな」


 見慣れた顔が近づいてくる。

 俺は軽く拳を合わせた。


 バルト領騎士団長のクラウツ。以前から穀物の稅撤廃の知らせや、商業街テグニアの警備といった俺らのサポートを裏からしてくれているやつだ。

 魔王討伐の際も、クラウツ率いる騎士たちとともに戦い、絶対的信頼を置く男だ。


「この前は助かった」

「気にすんな。馬走らせんのも、警備ももともと騎士団のやることだ。


 そう言って周囲を見渡し、感心したように口を開く。


「しかし、これまたすげえ人数が集まったな」

「ああ。正直、ここまで集まるとは思わなかった」

「お前の手柄だろ?」

「いや、俺は何もしてない。全部シアのおかげだ」

「なんだその言い方」


 そう言った俺は、貴族たちと交流中のシアを見つける。するとクラウツはニヤリと笑い、肘で俺の脇を軽くつついた。


「勇者さま、王女さまに完全溺愛ってか」

「ち、ちげーよ。愛とかそういう感情じゃなくて、本当のことを言っただけだ。シアがいなかったら、俺ら詰んでたからな」

「はいはい」


 俺は弁解するが、クラウツはまったく信じていない顔でそう言った。


「まあ今日は頼んだぞ」

「任せとけ」


 そう言って俺の肩を叩くと、クラウツは自分の持ち場へ向かっていった。


 騎士たちは配置につき、警備網も問題ない。


 これだけ集まったのは、俺たち勇者一行への信頼があったからだ。魔王を倒した人間たちが管理するダンジョンなら安全だろう。


 皆そう考えている。


 だが――。


「もしここで死人でも出れば、明日の新聞は大賑わいだな」

「公爵閣下、そのようなことは――」

「冗談だ」


 わざと記者へ聞こえるような声でボンセルが言うと、記者たちは苦笑いする。


「もっとも、勇者殿の管理能力が本物かどうかは見せてもらうがな」

 

 相変わらずの人を見下すような視線を感じ取った俺はお披露目会が始まる前から、胃が痛くなりそうだった。



読んでいただきありがとうございます。

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