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第十一話 招待状

 勇者ブランドの魔物素材は間違いなく、多くの人々に刺さることだろう。


 元勇者が討伐した魔物。

 元勇者が品質を保証した素材。


 その響きだけで興味を持つ人間は多いだろう。


 だが、興味と信頼は別物だ。


 どれだけ立派な看板を掲げようと、「本当に勇者が関わっているのか?」と疑われれば終わりである。

 信頼というのは、一朝一夕で手に入るものじゃない。特に商売においてはなおさらだ。


 そして信頼を得る上で最も重要なのは、最初の一歩。つまり、スタートラインである。


 最近では偽造防止の証明書や特殊な刻印を使う商人もいるらしい。だが、そんな仕組みを作る技術も金も、今の俺たちにはない。


 ならばどうするか。


 紙の上で信じてもらえないなら、実際に見てもらえばいい。


 討伐した魔物を。

 解体された素材を。

 保管施設を。

 そして、それらを管理する勇者一行を。


 だから俺たちは、取引先候補へ商品を売り込む手紙を書かなかった。


 代わりに送ったのは――バルト領への招待状だった。


 宛先は隣国シゾルの貴族たち、研究者たち、役人たち、そして世論を動かす有名記者たち。

 

 信頼を売るのなら、まずは己の目で見てもらおうと。

 

 どれだけ巧妙で上手い売り込みの手紙よりも、彼らをここに招待し、いかにして魔物素材を取り扱っているのかを見せる方が信頼を得るにおいては手っ取り早い。


 そう考えた俺たちは、すぐさま招待状を送った。


 ◇


 招待状を送ってから一週間後の朝だった。


 まだ寝ぼけ眼のまま布団にくるまっていた俺は、突然廊下から聞こえてきた足音に眉をひそめた。


 慌ただしく、誰かが走っている。この屋敷で廊下を走るような人間はほとんどいない。


 ましてや朝一番だ。


 何事かと思った次の瞬間。


「セオドールさま!! 大変です!」


 バンッ!


 勢いよく扉が開くと、飛び込んできたのはシアだった。

肩で息をしていて、いつもは寸分の乱れもない銀髪も、今日はわずかに跳ねていた。


 その姿を見た瞬間、俺は思わず身を起こす。


「ど、どうした!?」


 敵襲か。魔物の大発生か。

あるいは王都から何か悪い知らせでも届いたのか。


 だがシアは答える代わりに、一抱えもありそうな紙束を机の上へと置いた。


 ドサッ。


 鈍い音が部屋に響く。


「これを見てください!」


「……手紙?」


 近づいてみると、それは封筒の山だった。ざっと見ただけでも数十通はある。


 俺は一枚を手に取った。


 差出人はシゾルの伯爵家。


 もう一枚。


 今度は王立研究院の研究者。


 さらに次。


 商務官僚。新聞記者。


 めくるたびに肩書きが変わっていく。


「これって……」

「はい!」


 シアは珍しく声を弾ませた。普段の落ち着いた口調とはまるで違う。


「招待状のお返事です!」

「全部?」

「全部です!」


 彼女は嬉しそうに何度も頷く。氷の第三王女がここまで感情を表に出すのはかなり珍しい。

 

 まあ、それだけ予想外だったのだろう。


「こんなにも返事が来るなんて思っていませんでした……!」


 シアは手紙の山へ視線を落とし、一枚一枚の封を切っていく。


 送った招待状の数は決して少なくない。むしろ想定よりも多すぎるくらいだった。


 元勇者の新事業に興味を持つ人間は大勢いると大方予想はついていた。しかし、興味を持つのと実際に地方領地まで足を運んでくれる者は全くの別物。

 そう多くないと考えるのが現実的だ。


 そう結論づけた俺たちは、参加者数の予想をかなり低めに見積もっていた。だから招待状も、必要人数の倍近く送ったのである。


 ――それなのに。


 返ってきた返事の大半が参加希望だった。

断りの手紙はほんのわずかで、およそ九割が快諾。


 もはや予想を通り越して異常な数字だった。


「すごいです……」


 ぽつりとシアが呟き、その視線をゆっくりとこちらへ向けた。

 

「さすがです、セオドールさま」

「いやいやいや」


 俺は即座に首を振った。


「俺、何もしてないからな?」


 招待状を書いたのはシア。

 送付先を選んだのもシア。

 日程調整も準備計画も全部シア。


 俺がやったことといえば勇者という肩書きを貸したくらいだ。

 むしろ一番頑張ったのは目の前の彼女だろう。


 だがシアは頑なに首を横に振る。


「違います」


 その声は必要以上に真剣だった。


「皆さまが来てくださるのは、セオドールさまがいるからです」

「そういうもんか?」

「そういうものです」


 シアに断言されたが、本人としてはまるで自覚はない。

 貴族さまさまの人が、現領主とはいえ元平民の俺にそれほどまでに信頼を置くものだろうか。


 だが、魔王を倒した勇者という肩書は、俺が思っている以上に重いらしい。

 少なくとも貴族や研究者たちが、わざわざ国境を越えて見に来る程度には。


 シアは一度深呼吸すると、すっと表情を引き締めた。


 さっきまでの興奮は消えている。


 いつものお仕事モードだ。


「セオドールさま」

「ああ」


 俺も頷く。


 返事が来たということは、準備期間が始まったということだ。


 お披露目会まで残り二週間。


 会場の設営。

 宿泊施設の確保。

 街の整備。


 やることはいくらでもある。


 だが――。


「まずは礼儀作法ですね」

「……だよな」


 シアの一言で、現実に戻される。俺は思わず額を押さえる。


 相手は貴族、研究者、官僚、記者。


 全員が社会的な大物だ。


 対応を一つ間違えれば、それだけで信頼を失い、事業失敗、もしくはシゾル国からの永久追放などにもなりかねない。


 ――何より。


 俺たち勇者一行は礼儀作法が大の苦手だ。


 魔王と戦う方が百倍気楽なくらいには。


  こうして俺とエルバス、そしてピピは魔王討伐後、最大の試練へ挑むことになった。


 ――シア姫による貴族相手の礼儀作法講習会である。


読んでいただきありがとうございます。

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