第十話 魔物素材
ここ数百年もの間、魔物による各地への被害は増加し続ける一方で、魔法は人々の生活へと急速に浸透していった。
そして、およそ四ヶ月前。勇者一行による魔王討伐が成し遂げられる。
それ以来、この世界は新たな時代へと突入した。
――ポスト魔王時代。
魔王という共通の敵を失ったことで、各国の方向性は大きく分かれ始めていた。
魔王討伐以後、魔物の停滞による戦闘に使用される魔法は必要のないものとする国。
その一方で、魔法を日常生活へ積極的に取り入れ、新たな産業へ転換しようとする国。
ここ四ヶ月、その価値観の違いが火種となり、戦争へと発展しかねない緊張状態にあった。
世界情勢など全く興味のなかった俺たちにシアは一生懸命にそう説明してくれた。
そんな世界情勢に興味のなかった俺たちに、シアは懸命に説明を続ける。
「隣国シゾルです」
彼女が示した名は、魔王討伐後に急速に勢力を拡大した知識国家だった。
魔物研究を国策として推し進め、その素材を用いた新たな産業を生み出そうとしている最中だという。
長く続いた魔王との戦争が終わった今。
世界は“次の時代”を誰が形作るのかという競争へと移行していた。
「それに対して、我が国は真逆の方針を取っています」
シアはわずかに呆れを含んだ息を吐き、続けた。
「現国王は、『魔王が倒された以上、魔法への依存は減らすべきだ』と考えています。そのため魔法研究よりも、既存の農業や工業といった分野への投資を優先しているのです」
「……それが、気に入らないのか?」
俺の問いに、シアは一拍置いてから答えた。
「大反対です」
珍しく強い語気だった。かわいい顔の眉間にははっきりとシワができていた。
「魔物も魔法も、これからの時代ではさらに重要になります。それを切り捨てようとするのは、あまりにも短絡的です。もしシゾルが魔物研究で成果を上げ続ければ、我が国は確実に後れを取るでしょう」
第三王女という立場を考えれば、その発言はあまりにも悲観的で、同時に現実的でもあった。
だからこそ俺は、思わず母国を擁護するように問いかける。
「でも、シゾルにそんなに上手くいくもんなのか?」
するとシアは、即座に頷いた。
「すでに成果は出ています」
「成果?」
「魔道具です」
俺とエルバスは同時に首をかしげるのを見て、シアは淡々と、しかしわかりやすいように説明を続ける。
「魔物素材や魔石を利用した、新しい道具の総称です。火を起こすもの、冷却するもの、そして最近では照明用の試作品まで確認されています」
「……そんなことができるのか?」
「可能です。まだ実験段階で不完全ではありますが……それでも」
シアは一度言葉を切り、俺たちを見据えた。
――これからの常識を変えます。
シアは俺たちをじっくりと見てからそう断言した。
実際、噂程度には聞いたことがある。
夜でも火を使わず明かりを得る技術が隣国にある、と。
根も葉もない話だと思っていたが、シアの口から語られる以上、それはすでに現実なのだろう。
「だからこそシゾルは、今、大量の魔物素材を求めているんです」
だが、なるほど。要点はバカなりにわかった。
つまり今は、魔物素材を売るには絶好の機会というわけだ。
「なら、大量に魔物討伐して、売っぱらうか」
「……ですが問題もあります」
魔物素材事業の話がまとまりかけたところで、シアはそういった。
「現在、魔物素材の流通はほぼ冒険者ギルドが独占していることです」
「あー……まあ、そうなるか」
普通、魔物を狩るのはギルドに所属する冒険者の仕事だ。だから、狩られた素材は、冒険者ギルドへと流れ込むことになる。そして、ギルドはそれを加工業者や商人へ流し、利益を得ている。
その上、国家が、魔物を狩る冒険者は冒険者ギルドに所属するべし、という決まりがある。つまり、違法で魔物の狩をしたりする山賊や盗賊を除けば、ギルドの魔物素材独占権はほぼ100%になりうる。
「そん中に介入するとなるとなかなかに難しいな」
「はい、かなり。
ですが近年、その状況に変化が起きていることもたしかです」
シアは積まれた資料の間から一枚を抜き出して机に置いた。
「現在、ギルドの魔物素材にはいくつかの問題点が確認できます」
指を折りながら説明する。
「冒険者報告で、どこで狩られた素材なのかの信憑性が低い。
解体処理が雑で品質にばらつきがある。
偽物や偽造品の危険性。
等級査定も曖昧」
「あー、たしかにそうっすね」
エルバスが納得した顔をする。
「ギルドの素材って当たり外れ激しいっすもんね」
「はい。ですが――」
シアは、横に並んだ俺とエルバスを見る。
「私たちは違います」
「……というと?」
「まず、セオドールさま率いる勇者御一行がいます。
それこそが最高級品の魔物素材という証明となります」
いや確かに。元勇者が狩った素材と言われれば、怪しむやつはそういないはず。
「さらに言えば、私たちは討伐から解体、保管、輸送までを一貫して管理できるほどの戦力をお持ちです。
「ですので、魔物素材産業に介入する余地は十分にあるはずです」
「いや、話はわかるが、それをどうやって広めるんだ? 手紙か? だが、そんなんで信頼なんか得られるわけがないんじゃないか?」
俺は思わず口を挟んだ。
いくら理屈が通っていても、手紙一枚で、人の信用が動くとは思えない。特に、利権が絡む話ならなおさらだ。
俺の疑念を含んだ反論に対して、シアはすぐには否定も肯定もしなかった。ただ一度、小さく頷くだけで、まるで最初からその反応を想定していたかのようだった。
「ええ、ごもっともです」
落ち着いた声だった。シアには焦りも、反論の熱もないように見えた。
「ですので、そもそも手紙の目的は"取引の打診"ではありません」
そう言って、シアは机の上の資料から指を離し、ゆっくりとこちらへ視線を戻す。
わずかに口角が上がる。
まるで最初から、その結論にしか辿り着かないことを知っていたかのように。
「――このバルト領へ、直接お越しいただくための招待状です」
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