第39話 札を外す日
救護院の古い木札を外す朝は、よく晴れていた。
王家公認の学舎兼住居として再出発するその日、建て直された講堂には新しい机と長椅子が並び、窓辺には子どもたちが世話をしている鉢植えが置かれている。まだ木の匂いが残る床へ、陽がまっすぐ差し込んでいた。
以前は入口の壁に、入所順の木札が掛かっていた。
番号で呼ぶための板だ。拾われた日、運ばれた日、都合のいい順番だけが刻まれていた。
今日は、その札を外す日だった。
子どもたちは朝から落ち着かない。
ミナはそわそわ歩き回り、レオはなぜか胸を張り、ユナは新しい髪紐を見せびらかしている。
「順番に」
私は笑いながら言った。
「走らない。転ぶと、せっかくの服が汚れます」
「先生、ミナが先頭に並びたがってます!」
レオが即座に告げ口する。
「だって今日は大事な日だもの!」
「大事な日は前に並ぶ決まりなの?」
「あるの!」
そんな騒ぎの中、講堂の奥でエリシャが名簿を持って立っていた。黒い上着のまま、いかにも場違いな顔をしているのに、今や子どもたちの中ではすっかり有名人だ。
「こわい先生が今日もいる」
ユナが小声で言う。
「こわいけど、お菓子を二回に分けてくれる先生」
ミナが補足する。
「それは優しい先生では」
私が言うと、子どもたちは顔を見合わせた。
「こわいけどやさしい先生!」
結論が出たらしい。
少し離れたところで聞いていたエリシャが、聞こえていないふりをして名簿をめくった。
式が始まる。
私は教壇の上へ、先生が遺した手紙をそっと置いた。あの日、蔵書の間から見つけた一文。名前を奪う者は、未来を奪う。だから呼び続けなさい。
「今日は、新しい名簿へ名前を書く日です」
私は子どもたちへ言った。
「番号ではなく、皆の名前を」
一人ずつ前へ出て、古い木札を外す。
ミナ。レオ。ユナ。テオ。サラ。
小さな手が札へ触れ、外し、籠へ入れるたび、講堂の空気が少しずつ軽くなった。
そして新しい名簿へ、名前を記す。
文字がまだ苦手な子には、隣で一緒に書く。自分の名前の最初の一文字を覚えているだけで、誇らしそうに胸を張る子もいた。
「先生、見て」
ユナが震える指で書いた文字を見せる。
「ゆ……な」
「ええ、上手」
私はしゃがんで頷いた。
「あなたの名前です」
その瞬間、ユナの顔がぱっと明るくなる。
ただ文字を書いただけなのに、世界の居場所が少し広がったみたいな顔だった。
式のあと、厨房から焼き菓子が運ばれてきた。子どもたちが張り切りすぎた結果、どう見ても砂糖とバターが多い。
「これ、十万カロリーあるかもしれません!」
レオが誇らしげに叫ぶ。
「その単位の使い方は多分違います」
私は言う。
けれど結局、皆で笑って食べた。
エリシャも一つ渡され、無言で受け取る。子どもたちがじっと見ているから、彼は仕方なく一口かじった。
「どう?」
ミナが尋ねる。
彼は少し考え、真顔で言った。
「甘い」
講堂が大笑いになる。
もっと気の利いた感想があるでしょうにと思いながら、私も笑ってしまった。
木札を入れた籠は、講堂の隅へ片づけられた。
もう二度と、あれで子どもたちを呼ばせない。
夕方、講堂が静かになったころ、私は教壇の手紙へそっと触れた。
「先生、報告できました」
窓の外では、名前で呼び合う声が風に混じっていた。
その音は、どんな判決文より、私に取り戻したものの大きさを教えてくれた。




