第38話 公開裁判
公開裁判の日、王都の人々は朝から裁判所前の広場を埋めていた。
救済金横領、保護児童の不正移送、会計院の文書改竄、王家保管庫の違法運用。ひとつひとつでも大きいのに、それが一本の線で繋がるとなれば、見届けたい者が押し寄せるのも当然だった。
私は深呼吸して法廷へ入る。
隣には、傷の痛みを隠すみたいに背筋を伸ばしたエリシャがいた。無理をしているのは分かる。でも今日だけは、あの人もここに立ちたかったのだ。
証拠は揃っている。
原本台帳、港の物流記録、偽造契約書、封印庫移送命令、火災直前の回付票、そして証言。
最初に立ったのはブレアナだった。
王族席から降り、自分の身内に不利な文書照会の経緯を隠さず述べる。声は少し硬かったが、一度も逸れなかった。
「王家の名は、隠すためではなく、正すために使われるべきです」
その一言で、傍聴席の空気が変わる。
次に立ったマリソルは、港湾記録と商会連合の積荷照合表を並べ、どの荷が写しで、どの荷が偽装だったかを明快に示した。
「商売は継続が命です。今日だけ儲けるために明日を燃やす者とは、取引を続けません」
言い切る声に迷いはなかった。
コバチェフの番が来たとき、私は少しだけ拳を握った。
彼は緊張で顔を真っ白にしながら証言台へ立つ。けれど途中で逃げなかった。
「僕は……命令書を書きました。見ないふりもしました」
彼は震えながら言う。
「でも、見た印影と回付順は覚えています。あれは通常手続じゃありませんでした」
小さな声だったのに、法廷は静まり返っていた。
人が初めて自分の責任を認める瞬間は、案外大きな音がするのだと思った。
バザントは逆だった。
証言台へ上がるなり、「自分はマリベルに騙された」「書類はラフォントが持ってきた」「姪のことは案じていた」と、見事なまでに保身へ走った。
「では、借金証書へ姪の名を勝手に使った件は?」
審理官に問われた途端、彼は口ごもる。
「そ、それは将来的な後見として……」
「担保の誤記が、偶然三通も続くのですか」
法廷のあちこちで、白けた空気が広がった。
ラフォントは最後まで、事務的判断の連続だったと責任転嫁を試みた。だが原本台帳の訂正跡と、火災当夜の行動記録が重なるたび、逃げ道は狭くなる。
「私は現場を把握していなかった」
「では、なぜあなたの私印が、保管庫移送命令の余白から検出されたのですか」
エリシャが静かに問う。
ラフォントの顔から、初めて色が消えた。
マリベルが証言台へ立ったとき、もう慈善家の顔は残っていなかった。綺麗に整えた声が、何度も裏返る。彼女は最後まで「皆やっていた」と繰り返したが、そのたびに台帳の数字と子どもたちの名前が、冷たく否定した。
私は証言台へ呼ばれ、深く息を吸った。
「私は復讐したかったです」
最初にそう言うと、法廷がざわめく。
「私を殺した筋書きを壊したかった。子どもたちを取り戻したかった。だからここまで来ました」
それから私は、正面を向いて続けた。
「でも、私刑で終わらせたくはありませんでした。名前を奪われた子たちの未来を、本当に取り戻すなら、公の記録で間違いを正さなければ意味がないからです」
審理官はしばらく黙っていた。
やがて判決文が読み上げられる。
マリベル、有罪。
ラフォント、有罪。
バザント、有罪。
関与した王家保管係数名も、追って拘束と査問。
言葉が積み上がるたび、長い長い息が胸の奥から抜けていった。
一度目の人生で、私は紙一枚で罪人にされた。
今度は、その紙で正しく返した。
誰かを黙らせるための記録ではなく、奪われた名前を社会へ返すための記録として。
法廷を出るとき、広場のざわめきは処刑の日とは違って聞こえた。
同じ人の声でも、今日のそれは終わりではなく、何かが戻ってくる音だった。




