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真夜中の図書館で死に戻った私は、冷血公爵と偽り結婚して家族を取り戻す  作者: 乾為天女


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35/40

第35話 悪女の告白

 原本台帳を手にしたまま保管庫を出ようとしたとき、通路の先から拍手が一つだけ響いた。


 乾いた、遅い拍手。


 マリベルだった。


 青白い灯りの中でも分かるくらい顔色は悪いのに、口元だけは綺麗に笑っている。逃げ道を失った人間の笑みというより、最後まで舞台の中央を降りたくない役者の笑みだった。


 「ここまで辿り着くなんて」

 彼女はゆっくり扇を閉じる。

 「昔から、あなたはしぶとかったわね」


 「褒め言葉として受け取っておきます」

 私は台帳を抱え直した。


 「本当に嫌な女」

 マリベルは肩を竦める。

 「泣けば同情される顔をしているくせに、どうして最後の最後でそうならないのかしら」


 その言い方で、オリヴェルが一歩前へ出かける。けれど私は手で止めた。


 「あなたはずっと、こうするしかなかったと言いたいんですか」


 「違うわ」

 マリベルは即座に否定した。

 「こうする方が上手だっただけ。皆やっていることよ。貴族は寄付で名を買い、会計院は紙で人を選り分ける。弱い者から少しずつ削っても、誰も大声では怒らない。私は、その流れをうまく使っただけ」


 彼女の声には開き直りと、わずかな本音が混ざっていた。


 「貧しい子どもなんて、どこの家でも余る話でしょう?」

 マリベルは続ける。

 「救護院で眠っているだけでは、いずれ飢える。なら働かせて、そのぶん大人が回るようにした方が社会のためよ。あなたは綺麗事を言うけれど、綺麗事だけで鍋は煮えない」


 「煮えない日を減らすために、寄付金があったんです」

 私は言った。

 「あなたたちが横取りしなければ、子どもたちは売られずに済んだ」


 「一人や二人助けたところで、何が変わるの?」


 「名前で呼ばれる子が一人増えます」


 マリベルが、初めて笑みを崩した。


 私は一歩だけ前へ出た。

 昔の寄宿学校で、彼女はいつも上手に泣いてみせた。困っているように見せ、誰かに責任を肩代わりさせるのがうまかった。私はあの頃、それを見抜いても何も言えなかった。

 でも、今は違う。


 「同じ世界にいても、奪わない人はいました」

 私ははっきり言う。

 「先生はそうでした。救護院の子どもたちも、少ないパンを半分に割っていました。タミアも、ディウセも、オリヴェルも、エリシャも。踏みにじられても、踏みにじる側へ回らない人はいた」


 通路の灯りが揺れる。

 マリベルの扇が、ぎしりと軋んだ。


 「環境のせいにしないで」

 私は言い切った。

 「あなたは自分で選んだんです」


 しばらく沈黙が落ちた。

 やがてマリベルは、静かに笑った。今度の笑いにはもう、慈善家の顔は混ざっていない。


 「そうね」

 彼女は小さく言う。

 「私は、自分が飢える側へ落ちるのが嫌だった。だから、先に誰かを落としたの」


 それは告白だった。

 美しくもなく、言い訳にもなりきれない、ひどくみっともない本音の告白。


 アリッサが横で息を吸う。

 コバチェフは顔を強張らせたまま、その言葉を忘れまいとするように立っていた。


 「その台帳を渡しなさい」

 マリベルが最後に言う。

 「まだ取り返せるわ。全部、なかったことにできる」


 「できません」

 私は首を振った。

 「もう、名前を消させないから」


 次の瞬間、どこか遠くで警鐘みたいな音が鳴った。

 マリベルの目が、その音に合わせてわずかに揺れる。


 嫌な予感がした。

 エリシャも同時に振り向く。


 「火だ」

 彼が低く言った。


 湿った地下の空気に、焦げた匂いが混じり始めていた。

 ラフォントの切り札が、とうとう動いたのだと、その一言で分かった。



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