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真夜中の図書館で死に戻った私は、冷血公爵と偽り結婚して家族を取り戻す  作者: 乾為天女


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33/40

第33話 真夜中の図書館、再び

 再び真夜中の図書館へ降りる夜、階段の冷たさは一年前よりずっと現実的だった。


 あのときの私は、何も持たず、ただ未来の断片だけを抱えていた。

 今は違う。腰の小袋には鍵束の写し、袖にはアリッサが書いた封印規則の要点、背後には仲間の足音がある。


 先頭はアリッサ、その後ろに私とエリシャ、少し離れてオリヴェル、さらにコバチェフとタミアが続く。ディウセは入口近くで煙対策の薬と応急処置具を預かり、万一の退路確保に回っていた。


 「最奥の保管庫へ行くには、正規通路を使わない方が早いです」

 アリッサが囁く。

 「でも書架迷宮の切り替えが起きると、慣れていない人は同じ列を回り続けます」


 「慣れている人は?」

 私が尋ねる。


 「たまに迷います」


 「安心できませんね」


 「だから私がいるんです」


 少しだけ誇らしそうに言う彼女へ、私は小さく笑った。

 その笑いが消える前に、奥の方で金具の噛み合う音がした。


 エリシャが即座に手を上げる。

 「止まれ」


 次の瞬間、左右の書架がゆっくり動き出した。


 石床の下で歯車が回る重い音。何列もの本棚が、まるで生き物みたいに滑り始める。青白い魔導灯の光が揺れ、通路の線が一斉にずれた。


 「仕掛けです!」

 アリッサが叫ぶ。

 「誰かが起動した!」


 私たちは咄嗟に近くの棚陰へ身を寄せたが、後方でコバチェフの短い悲鳴が上がった。

 振り向くと、彼とアリッサの間へ一列分の書架が滑り込み、通路を断ち切っている。


 「アリッサ!」


 「こっちは平気!」

 向こう側から声が返る。

 「でも封印が二重に掛かった。誰かが手動で閉じています!」


 エリシャはすぐに周囲を見た。

 「敵がいる」


 気配は見えない。けれど見られている感覚だけがある。

 私は石壁に埋め込まれた封印盤へ駆け寄った。文様は複雑で、ただの力任せでは動かない。


 「開けられますか」

 私が問うと、向こうから返ってきたのは、意外にもコバチェフの声だった。


 「た、多分……」


 震えている。それでも彼は続ける。

 「会計院の仮封印と同じ癖があります。急ぎで閉じたとき、右下の継ぎ目が甘くなるんです」


 「分かるなら、やって」

 アリッサが即座に言う。


 「でも僕、今まで開ける側じゃなくて、閉じる命令書を書く側で……」


 「今、初めて開ける側になればいいでしょう!」


 その言葉のあと、向こうで何かを引っ張る音がした。続いて、コバチェフが息を詰めた気配。


 「右に三つ、左に一つ……それから、中央を」

 彼はぶつぶつ呟きながら操作しているらしい。

 数秒後、封印盤の線が一部だけ淡く光った。


 「開いた!」

 私は声を上げる。


 エリシャが棚の縁へ手を掛け、オリヴェルと二人で押し返した。歯車が悲鳴みたいな音を立て、わずかな隙間が生まれる。そこへアリッサとコバチェフが滑り込むようにこちらへ戻ってきた。


 コバチェフの顔は真っ青だった。けれど目だけは、前よりずっと逃げていない。


 「で、できました……」


 「えらい」

 アリッサが息を切らしながら言う。

 「今日のあなた、百点です」


 「点数制なんですか」


 「今決めました」


 そんなやり取りができるなら、まだ折れていない。


 迷宮の奥へ進むほど、空気は冷たくなった。最後の回廊の先には、あの魔導鏡の間がある。処刑台の前で私をここへ戻した、あの鏡の場所。


 扉の前へ立ったとき、誰もすぐには手を伸ばさなかった。

 火の気のない地下なのに、胸の内側だけが妙に熱かった。


 エリシャが静かに問う。

 「行けるか」


 私は一度だけ目を閉じ、処刑台の風と、今ここにある足音の数を思い出した。

 「行けます」


 そう答えて、扉へ手を掛けた。

 真夜中の図書館の最奥で、鏡の気配が、息を潜めてこちらを待っていた。



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