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真夜中の図書館で死に戻った私は、冷血公爵と偽り結婚して家族を取り戻す  作者: 乾為天女


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32/40

第32話 私の夫です

 破棄届の一件が無効になっても、敵は黙らなかった。


 三日後、王宮の公開審問室で行われた中間審理は、私を引きずり下ろすための舞台そのものだった。高窓から差す光は明るいのに、席へ並ぶ貴族たちの目は冷たく、壁際の書記は忙しなく羽根ペンを走らせている。


 私は証言台の近くで立ち、視線だけで人の値踏みを受けた。

 その少し後ろに、エリシャがいる。

 それだけで背筋は伸びる。でも、今日の場はそれを壊すために用意されたのだと、嫌でも分かった。


 先に口を開いたのはマリベルだった。

 薄桃色の衣装でいかにも憔悴した顔を作り、扇の陰からこちらを見ている。


 「お気の毒ですわ」

 彼女は優しい声で言った。

 「公爵家へ引き取られて、便利に使われて。挙げ句の果てには危ない調査へまで駆り出されるなんて。若い女性が、大きな権力に振り回される姿を見るのは忍びありません」


 場内に、あえて同情するようなざわめきが広がる。


 利用された女。

 守られているのではなく、使われているだけの駒。

 そういう顔を私へ貼りつけたいのだ。


 かつてなら、私はその場で言葉を探していたと思う。

 誰かの機嫌を損ねない言い方を。証拠が届くまでの時間稼ぎを。ぎりぎりで傷を浅くする返しを。


 けれど、その日だけは違った。

 言葉は探す前に出た。


 「違います」


 審問室のざわめきが少し下がる。


 「私は利用されていません」

 自分でも驚くほど、声はまっすぐだった。

 「この人は、私を切り捨てるためではなく、守るために立ってきました」


 マリベルの扇が止まる。


 私はもう一歩だけ前へ出た。

 視界の端に、エリシャの黒い袖が見える。


 「この人は」

 一度だけ息を吸う。

 「私の夫です」


 言った瞬間、空気が変わった。


 契約結婚。

 ずっとそう呼んできた関係なのに、私の口は勝手に、その内側を飛び越えていた。

 言い終えてから頬へ熱が一気に集まる。自分で何を言ったのか、遅れて理解して、心臓がひどくうるさくなった。


 審問室はしんと静まり返った。

 沈黙を破ったのは、どこかの貴族が小さく息を呑む音だった。


 私は正面を見るしかない。

 振り返れない。今振り返ったら、自分の顔の熱がばれてしまう。


 「夫人」

 審理官が咳払いをした。

 「その発言は、感情論に過ぎません」


 「感情があるから、守る理由になることもあります」

 私は答えた。

 「少なくとも、私はそういうふうに守られてきました」


 マリベルがようやく笑みを作り直す。

 「まあ、なんてお優しい。けれど公爵閣下ご自身は、どうお考えなのかしら」


 そのとき、背後で靴音が一つした。

 エリシャが私の横へ並ぶ。


 「私の考えは、夫人が今述べた通りだ」

 低い声が審問室へ落ちた。

 「それ以上を求めるなら、根拠なき印象操作を続けた者の名を、今ここで議事録へ残そう」


 数人の顔色が変わる。

 逃げ場を一つだけ残して追い詰める。この人らしいやり方だった。


 審理官は咳払いを重ね、話題を証拠整理へ戻した。結局、その日の審問自体は継続扱いになった。王家文書の照合結果が揃うまで、最終判断は持ち越しだ。


 けれど私の中では、別の何かが持ち越されずに進んでしまっていた。


 退室のため横を向いたとき、ようやくエリシャと目が合った。

 灰色の目の色が、見たことのないくらい深く変わっている。


 驚いたような、でも嬉しいのを隠し損ねたような、そんな顔だった。


 私は慌てて視線を逸らす。

 言い直しはできない。したくもない。


 審問室を出たあとも、胸の鼓動はなかなか落ち着かなかった。

 契約だったはずの言葉が、自分の口から本音になって零れた。

 その事実だけが、春前の冷たい廊下を歩いているのに、頬をずっと熱くしていた。



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