表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜中の図書館で死に戻った私は、冷血公爵と偽り結婚して家族を取り戻す  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/40

第31話 結婚契約の破棄届


 契約結婚を紙で終わらせようとするなら、敵はきっと紙を使う。


 そう口にしたのは私だったのに、実際にそれが王宮から届いた朝、胸の奥は思った以上に冷えた。


 王家の紋章入り封書。封を切る前から嫌な予感しかしない。書斎へ集まった面々の前で広げると、中に入っていたのは公爵家婚姻契約の破棄届の写しだった。


 提出者欄には、私の名。

 署名も筆跡も、驚くほどよく似ている。


 「ひどい」

 アリッサが顔をしかめる。


 「よく似せていますが、最後の払いが違います」

 タミアは一瞥で言った。

 「奥様はこういう終筆をなさいません」


 「そこを分かるの、タミアだけですよ」


 「ええ。だから腹立たしいのです」


 王宮側の文面はもっと厄介だった。

 双方合意による契約終了につき、公爵夫人としての後見権・出入り資格・文書照会権を停止する、とある。つまり私を、証拠集めの輪から外したいのだ。離縁というより、後ろ盾の切断だった。


 「私がもう一度、無所属に戻ればいいと思っている」

 紙を持つ指先が少し震える。


 一度目の人生で失ったものが、頭を過った。

 屋敷も、立場も、発言の資格も持たない女の言葉は、正しくても記録へ残らない。敵はそこへ戻したいのだ。


 「王宮へ行く」

 エリシャが言った。


 「でも提出済みなら、受理前に止めないと」


 「止める」

 彼は短く答える。

 「そのために入れた」


 「何をですか」


 エリシャは元の契約書の控えを取り出した。初めて署名した夜、真夜中の図書館で交わしたものだ。薄く見える紙面の一角を、彼は魔導灯へ傾ける。


 すると、普段は見えない銀色の文字が、ゆっくり浮かび上がった。


 ――第三者の作成、代筆、脅迫、誘導による破棄申請は無効とする。

 ――当事者双方の立会署名と、契約締結時と同一の印章反応を要する。


 私は言葉を失った。


 「隠し文言……」


 「初回署名時に入れてある」

 エリシャは当然のように言う。

 「君が切り捨てられる形で利用される可能性は、最初から高かった」


 「だから、最初から守る文言を入れたんですか」


 「そうだ」


 あまりにも静かに答えるから、余計に胸へ刺さった。


 契約結婚だと思っていた。互いに利益のため、必要だから組んだ関係だと思っていた。

 もちろんそれは嘘ではない。けれどこの人は、最初の夜から、私が一人だけで切り落とされる未来を想定して、先回りしていたのだ。


 私が知らないところで。

 私がまだ、この人を完全には信じ切れていなかったころから。


 「……どうして、言わなかったんですか」


 「言えば、君はそこに甘える」


 「甘えません」


 「では、無茶を増やす」


 反論できなかった。

 少なくとも半分は、その通りだ。


 王宮の小審議室で照合が行われたのは、その日の昼だった。

 偽造された破棄届は、一見するとよくできていた。だが契約締結時の印章反応を再現できず、銀文字の条項にも触れていない。表面の筆跡だけを似せても、中身までは偽れなかった。


 「無効です」

 文書監理官が言う。

 「本件の破棄申請は、正式手続を満たしておりません」


 その一言で、胸に巻きついていた縄がようやく少し緩んだ。


 帰りの馬車で、私は窓の外を見たまま、小さく言う。

 「私、想像していたよりずっと守られていたんですね」


 向かいに座るエリシャは、書類から目を上げなかった。

 「今さら気づいたのか」


 「今さらです」


 彼はほんの少しだけ眉を動かした。

 「遅い」


 「すみません」


 「謝るな」


 そのやり取りのあと、沈黙が落ちた。

 でも居心地の悪い沈黙ではなかった。膝の上へ置いた手を見下ろしながら、私はまだ胸の中で銀文字の条項をなぞっていた。


 最初から守られていた。

 そう知ってしまった今、契約という言葉だけでは、この気持ちを片づけにくくなっている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ