Episode -006【Things that Losenhult has left】
まだ日は高く一面は春の陽気に包まれていたが、ベクターに当たる風は冷たく感じた。それは今のベクターの心情がそうさせていたのだろうかーー
失意の中〈バックウォーター〉に戻ったベクターから、ローゼンハルトの死を告げられたウィルヘルムとロビンの二人。二人は当初その事について冗談だと思っていたのだが、ベクターの絶望に満ちた表情を確認して。それが事実だと分かる。
「ホンマに言うてるみたいやな……」
二人にローゼンハルトの事を告げ下を俯くベクターに対し、短く答えるウィルヘルム。それを聞いたロビンは、その現実を受け入れられないでいた。いや、受け入れたくはなかったのだ。
「おい! ウィルヘルム! ヤスハラに限って、そんな事ないやろっ!?」
ウィルヘルムの腕を掴み、詰め寄るロビン。その手を払い退け、冷静にロビンに答えるウィルヘルム。
「俺かて信じたぁないわ。でも、こいつの顔見てみぃ。嘘付いとる様に見えるか?」
その言葉に口籠るロビン、それをベクターは下を向いたまま聞いていた。
「おい、ベクター。ヤスハラに何があったんかは明日詳しく聞くから、今日はもう帰れ」
「しかし……」
ウィルヘルムに答えようとするベクターだったが。ローゼンハルトに何が起こったのか伝えようとして、洞窟での出来事を思い出すが。感情がグチャグチャになり、うまく言葉に出来なかった。
「お前、今酷い顔しとるぞ。ええから、今日は帰って休んどけ」
ベクターが帰って行く背中を見る、ウィルヘルムとロビンの二人。
「お前、ほんまにヤスハラが死んだ思ってんのか……?」
「さあな……。でも、あいつが嘘付くやつやないって、お前も知ってるやろ?」
「……」
「お前は他の奴ら集めろ」
「お前はどないするんや?」
「俺は、この事を縁に言うてくる」
「……分かった」
そして他のメンバーの元へと走って行くロビン。それを見て、ウィルヘルムは建物の中に入っていった。
「嘘だろ……」
ウィルヘルムからローゼンハルトの事を聞かされた縁は、自分の半身を失ったかの様にその場に崩れ落ちた。
「お前までロビンと同じ様になんなっ!!」
「お前っ!! ヤスハラが居なくなっても、何とも思わないのかっ!?」
ウィルヘルムを見上げる縁の顔は、怒りに満ちた表情をしていた。しかし、その感情に失望の波が覆いかぶさってくる。そして、縁は床に顔を埋め泣き始めた。それを黙って見ていたウィルヘルムが、静かに答え始めた。
「俺かて、悲しいに決まっとるやろ……。でも、あいつと最初っから一緒に居った俺らが、あいつの想いを受け継がなあかんやろ。それが俺等があいつに出来る唯一の事やろ」
「お前……」
顔を上げ再びウィルヘルムの方を見る縁、そんなウィルヘルムの顔には静かに涙が流れていた。
「縁かて、ヤスハラが執拗にベクターの所に行っとった理由くらい知っとるやろ?」
縁は返事を返さなかったが、ウィルヘルムには縁が言わんとする事が分かった。
「こんな事になったんも、ヤスハラが思とった事が本当に起こり始めてきよるって事やろ」
「それで……、どうするつもりなんだ……?」
「ロビンには他の連中を集めさしよる。そこで今回の事を皆んなに伝える。そんで俺が思とる事も伝える、後はそれ聞いて残った連中であいつの想いを継ぐ」
「……分かった」
一夜明けた〈バックウォーター〉の街の中に、足取りの重いベクターの姿があった。ローゼンハルトが死んだ、その場に居あわせたベクターであったが。その事をベクターは受け止められないでいた。辺りを見渡すと、その場に居るベクター以外の人々全てが幸せそうな姿に見える。そして、しばらく歩いていると。昨日と同様に気が付けば、ベクターは、そこに辿り着いてしまった。そことは、ローゼンハルトが創ったギルドの建物である。ベクターは、そこに辿り着いて目を疑った。なぜなら、そこの景色は昨日と同様に人々が忙しなく荷物を運んでいたからである。昨日と違う所と言えば、その運ぶ荷物の量が少しになり。もう少しで引越しが終わろうとしていたぐらいであった。
「お! 遅かったな、ベクター」
ウィルヘルムの言葉を聞いて、今度は耳を疑うベクター。先程のウィルヘルムの言葉が、まるで昨日と同じ様であったからである。そんなベクターの顔を見て、ウィルヘルムが言葉を掛けてきた。
「おい、どないしてん? お前、すっげぇアホな顔しとんぞ」
「……これは一体?」
そう言って、荷物を運んでいる人々を指差すベクター。それを見たウィルヘルムが笑って答えた。
「お前まさか、また昨日に来た思ってるんやないやろな? ちゃうぞ、ちゃんと明日になったぞ」
それを聞いて、自分の中にあった疑問が無くなるベクター。しかし、また別の疑問が訪れた。
「それじゃあ、お前達は一体何してるんだ?」
「何ぃ言うて、引越ししよるんに決まってるやろ。お前、どないした? アホんになってもうたんか? アホはロビン一人で十分やぞ」
「っやと!? お前ぇ!?」
ウィルヘルムに体当たりしながら、そこにロビンが現れた。
「お前、今俺の事アホ言うたやろ?」
「アホにアホ言うて、何が悪いねん?」
「はぁ!? アホぉ言うもんが、アホなんじゃ!!」
「何やと、お前ぇ!?」
揉め始める二人の元に、建物から出てきた縁がそれを止めに入った。
「はいはい。何処でも漫才始めるんは止めようねぇ、弓兵1号・2号」
『誰が弓兵じゃ!?』
二人して縁に言葉を返す。それに縁が直ぐさま言葉を返してきた。
「お前ら、本当に息合ってるよな」
「お前な、俺とアホを一緒にすなって言うとるやろ!」
「それは、こっちのセリフじゃ!」
ただただ、それを黙って見ていたベクターに縁が話し掛けてきた。
「ベクター、悪かったな。ウチの馬鹿二人の所為で戸惑っただろ」
「あ! お前、俺らの事アホやぁ思っとったんやな!?」
「そんな事はいいから。早くベクターにも伝えろよ、ウィルヘルム」
「そんな事やないわいっ! まあ、とりあえず中に入れやベクター。そんでヤスハラに何が起こったんか聞かせてくれ。後、俺らの今後の事も伝えるわ」
「今後の事……?」
建物の中に案内されソファに座らされるベクター。ベクターは昨日自分とローゼンハルトに起きた事をウィルヘルムやロビン、縁。そして、そのギルドのメンバー全員に伝えていた。ベクターの話を聞く皆の顔には切なさが滲んでいた。そして全てを話し終えたベクターは、静かにウィルヘルムの方を見直した。
「そういう事やったんか……。ベクター、ありがとな」
その言葉に戸惑いを覚えるベクター。ベクターは自分の所為で死んでしまったローゼンハルトの事で、皆から責められると思い込んでいた。
「俺はーー」
ベクターが、その事を話そうとした時。ウィルヘルムは続けて話し始めた。
「お前は必死にヤスハラを助けようとしてくてた。お前は何も悪ぅない」
その言葉に慰められ、大粒の涙を零し始めるベクター。
「ヤスハラが、何で最近お前の所に行きよったか。理由知っとるか?」
ウィルヘルムの言葉に返事が出来ないベクター。そんなベクターに続けて話すウィルヘルム。
「お前、最近よう一人で居ったやろ? あいつは、その事を気にしとったんや。それは、ぼっちやからとかとちゃうぞ。別にお前ぼっちちゃうしな。あいつはな、今のこの世界に対して、ある思いがあったんや。」
「……思い?」
「せや。お前も、今まであいつが色んなゲームしてきとるっての聞いた事あるやろ?」
「ああ……」
「あいつな、その事があって。これから、この世界でテスト・ユーザー同士の争いが起こるんとちゃうかって思っとったんや」
「!? ……ヤスハラが? どうして?」
「今この世界……。いや、ちゃうか。今俺らテスト・ユーザーって停滞しとらんか?」
「停滞?」
「せや。当初は元の世界に戻る方法を、それなりに皆探しよったやろ? それがいつまで経っても分からん、しかも手掛かり一つ出てこうへん。そんで、大半の奴等が此処でただ日々を過ごすだけになっていったやろ」
「……」
「お前も心当たりあるやろ? ベクター?」
「そう……だな…… 」
「お前が一人で居るようになり始めたんも。その時からやって、ヤスハラ言うとったわ」
「そうだったのか?」
「そうや。そんでな、あいつが俺等にこう言うてきたんや。他のゲームである程度極めて行きよったら、それに運営側が追いつかんでゲームが内容的に停滞したりしよったらしい。そんで、そうなったゲームの大半に起こったんがプレイヤーがプレイヤーを襲い始めるって現象なんや」
「それって……?」
「せや。お前が俺等に言うてくれた話に出てきた男と同じように思ったりする奴が出てくるんやと。理由は単純に他に何か面白い事がないか?とか思って起こるらしいわ。ヤスハラが言うには、以前はそんな事があったら運営側がそのプレイヤーのアカウントを強制削除させたりしよったらしいんやけど。最近のゲームでは、そんな行為込みでゲーム制作する所が多いんやと。それに、こんな状態で強制削除も何も出来んやろ?」
「それじゃあ?」
「せや。そんな事をあいつが思っとったから、あいつは一人で居るお前の所にずっと行きよったんや」
「そんな……。それじゃあ、やっぱり……」
下を俯くベクターにウィルヘルムが言葉を掛けた。
「待て、ベクター。さっきも言うたように、お前は何も悪ぅない。それは此処に居る全員も同じ気持ちや」
「でも……」
「あれはヤスハラの意志なんや」
「意志?」
「あいつな、此処に来てずっと一人やった事とかお前に出会うた時の話を俺等にようしてきたわ。あとなーー」
少し言葉を噤むウィルヘルムであったが、話を続けた。
「お前の事を自分のヒーローやって、言うとったわ。ずっと一人で居った自分に光をくれたって」
その言葉に我慢出来ずに、再び泣き始めるベクター。
「やから、あいつは自分と同じようなテスト・ユーザー達をプレイヤー狩りするような奴等から守る為に。このギルドを創ったんや」
「だから、あいつはいつも俺をギルドに誘っていたのか……」
「それもあるけど。あいつはお前に他の奴等にも光を与えて欲しいと思っとったんや。お前は、あんま気が付いとらんから言うとくけど。お前は知らん間に他の人等に希望や明かりを与えたりしとんねやぞ」
「俺が……?」
「俺やロビン、縁が出会うたんも。ヤスハラが最初やなし、お前やろ? 最初に会うた時、何や、こいつ?って思たぐらいやってんぞ」
「せやぞ、ベクター」
ウィルヘルムに続き、ロビンがベクターに声を掛けてきた。それに対して、良く分かっていないベクター。そんなベクターに縁が話し掛けてきた。
「こんな事はあまり言いたくはないけど。此処に来て、皆戸惑ったり動揺してたのに。ベクター、お前だけはそうじゃなかったんだよ。だから、そんなお前に俺達は憧れていたのさ。もちろんヤスハラもな」
「俺に……?」
「あんま言いたぁないねんから聞き返してくなっ!!」
ベクターの言葉に照れながら返すウィルヘルム。そしてウィルヘルムは最後にこう告げた。
「やから、俺等はヤスハラの想いを受け継いでいく」
それを聞いて、ベクターが少し下を向き、再び顔を上げた。
「そうなのか。それで昨日と変わらずに荷物を運んだりしてたのか」
「そういう事や」
「それで、お前はどうする?」
ウィルヘルムが自分をギルドに誘っている事が分かるベクターだったがーー
「いや、俺は辞めておくよ」
「何でやっ!?」
ロビンの言葉を聞くベクター。そんなベクターにはある想いが浮かんでいた。
「俺は、この街を出ようと思う。そして、今この世界で一体何が起ころうとしてるか確かてくる」
「やっと、いつものベクターに戻ったな」
安心した顔をする縁。その縁の言葉に返すようにウィルヘルムがベクターに話した。
「最近のお前、ずっとぼぉっとしとったさかいにな」
建物から出てくるベクター、それを見送るウィルヘルム達。
「気ぃ付けて行ってこいよ」
「ああ。ウィルヘルム、ありがとうな」
「なんやねん!? 気持ち悪い」
ウィルヘルムの反応を見て笑うベクター。そんなベクターがある事を思った。
「そう言えば、お前達のギルドって何て言うんだ?」
その言葉を聞いて、ロビンが話してきた。
「ヤスハラが ”Peace and Love” って名付けようとしたんやけど」
「さすがに、それは辞めさしたよ」
苦笑いをする縁、それにロビンが続けた。
「そしたら、あいつ。略してそうなるようにって名前付けやがってん」
「それで、一体何て名前になったんだよ」
ロビンの言葉に笑うベクター。そんなベクターにウィルヘルムが笑顔で答えてきた。
「パブリック・アン・リミテッドや」




