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不死の旋律  作者: kooy
【神罰の光芒】から50年後

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第8話 勇者の亡霊

「いいぞ……!」


 ルードヴィヒは思わず拳を握り締めた。

「いいぞ! いいぞ!」

 館へ押し寄せる吸魔蚊。

 魔獣に追い詰められていくエルフたち。

 その光景に胸が高鳴る。


「我ら人間こそが、この世界で最強なのだ!」

 興奮を隠せない。

「魔道大砲! 次の発射はまだか!」


 砲兵が振り返る。

「はっ。もう少しで魔力弾の充填が完了します」


 ルードヴィヒは満足そうに頷いた。


 その時だった。

 ――ドォォォォォン!!

 西の森の方から、巨大な爆発音が響いた。


 ルードヴィヒの笑みが消える。

「……何?」

 魔道大砲はまだ撃っていない。

 では、今の音は何だ。


 兵士たちも一斉に西へ目を向ける。

 館と森を隔てる草原の先。

 朝日に照らされ始めた森の中から、三つの影がこちらへ向かって来ていた。


 先頭では、壮年のエルフが杖を掲げる。

 轟音と共に巨大な火球が放たれ、進路を塞ぐ吸魔蚊を一瞬で焼き払った。

 その後ろで若いエルフが、火球を逃れた吸魔蚊を雷撃で正確に撃ち抜いていく。

 二人は息の合った連携で、館までの道を切り開いていた。


「なっ……!」

 ルードヴィヒは目を見開いた。

 強い。

 あまりにも強い。

 まるで魔王大戦で語られる英雄譚、そのままの力だった。


 前王バルトロの瞳が細められる。

「あれはフェルディルか」

 小さく呟く。

 五十年前。

 魔王大戦を戦い抜いたエルフの英雄の一人。

 その名を忘れるはずがなかった。


 そして。

 視線はさらに、その後ろの人物へ移る。

 深くフードを被り、大きな木棺を背負った者が、静かに歩いている。

 爆発も。

 悲鳴も。

 魔獣の群れも。

 何一つ意に介さないように。

 ただ真っ直ぐに館へ向かっている。


 胸の奥で何かがざわついた。

「まさか……」

 前王は無意識に一歩踏み出す。

「あれは……」

 長年、悪夢のように脳裏を離れなかった存在。

(勇者ルーテェ……)


「ルードヴィヒ!」

 低い声だった。

「はっ!?」

「あのフードの者を狙え」

 王子は驚いた。

「ですが、祖父上《おじうえ》。狙うならフェルディルを──」


「違う!」

 前王は即座に言い切る。

「あれだ」

 その声には迷いがなかった。

「あれこそ勇者ルーテェだ」


 ルードヴィヒは理解できなかった。

 勇者は五十年前に死んだはず。

 そして、人類を救った英雄。

 幼い頃から、その名に憧れて育ってきた。

 だが。

 その英雄を狙えという。

 胸に小さな迷いがよぎる。

 祖父の目は、本気だった。


「魔道大砲。用意!」

 王子は叫ぶ。

「狙いは、あのフードを被る者だ!」


「了解!」

 砲兵たちが一斉に砲身を旋回させる。


 巨大な砲口が、静かにルシェへ向けられた。


     ◇


 館の中から悲鳴が響いた。

 まだ生きている。

 館まで残り数十メートル。


 セレブリアンは杖を振るう。

 炎が走り、館の入口を埋めていた吸魔蚊を焼き払った。

「急ぎましょう」


「ああ!」

 フェルディルも駆ける。


 その瞬間。

 背後から轟音が響く。

 ドォォォォォン!!


 フェルディルは反射的に振り返った。


 紫黒の巨大な魔力弾。

 人の頭ほどもある砲弾が、凄まじい速度で一直線に迫っていた。


(しまっ──)

 速い。

 反応が間に合わない。


 セレブリアンも身体が動かなかった。


 次の瞬間。

 ルシェが二人の前へ立っていた。


「……!」


 フェルディルは目を見開く。

 見えなかった。

 いつ動いたのか。

 魔王大戦で幾度も勇者ルーテェと肩を並べて戦った自分ですら、その踏み込みを視認できなかった。

(この速さ……)

 間違いない。


 勇者ルーテェ、そのものだった。


 ルシェは迷いなく右手を掲げる。

 そして。

 飛来する魔力弾へ、その掌を向けた。


 ――ドバァァァァァン!!


 天地を揺るがす爆音。

 凄まじい爆風が森を吹き抜ける。

 衝撃でルシェのローブが大きく翻った。

 フードが吹き飛ぶ。

 外套《がいとう》が裂ける。

 その下から現れたのは。


 漆黒の甲冑。


 そして。


 黒曜石のように輝く骸骨だった。


 セレブリアンは息を呑んだ。

 守られた。

 今、自分たちは守られたのだ。

 だが、ルシェ様は。

 胸が締め付けられた。


「ルシェ様ーー!!」

 セレブリアンの叫びは、戦場全体へ響き渡った。


 だが。

 黒曜石の骸骨は、まるで爆発など存在しなかったかのように立っていた。


 そして、前王バルトロはその名を聞いた。

 全身が震える。

 五十年間、探し続けた存在。

 忘れることのできなかった英雄。

 ついに見つけた。


「はは……」

 バルトロの口元が歪む。

 そして、高らかに笑った。

「ははははは!」


 兵士たちが驚いて振り向く。


 前王は漆黒の骸骨を指差した。

「見つけたぞ!」

 その声は戦場へ響き渡る。

「勇者ルーテーーェ!」


 誰もが目を見開いた。

『《《勇者》》』

 その名は、人間なら誰もが知っている。


「その甲冑!」

 前王は叫ぶ。

「勇者の紋章が、何よりの証拠よ!」


 黒い甲冑の胸には、五十年前の勇者だけが身に着けていた紋章が刻まれていた。


 兵士たちにも動揺が広がる。

「まさか……」

「あれが勇者?」

「死んだはずでは……」


 前王は腕を振り上げた。

「皆の者!」


 怒号が森へ轟く。

「あれは勇者の亡霊だ!」

「ここで打ち滅ぼせ!」


 兵士たちは一斉に魔道銃を構えた。

 狙う先はただ一人。


『《《黒曜の骸骨》》』


「撃てぇぇぇ!!」

 パン!

 パン!

 パン!

 乾いた破裂音が連続して響く。


 紫色の火花を散らしながら、無数の魔力弾がルシェへ降り注いだ。


     ◇


 館の入口。


 セレブリアンは息を呑んだ。

「ルシェ様……」


 だが。

 ルシェは振り返らない。


 無数の弾丸が身体へ命中する。

 胸へ。

 腕へ。

 脚へ。

 次々と直撃する。


 それでも。

 甲冑は傷一つ付かなかった。

 黒曜の骨にも。

 背負った巨大な木棺にも。


 何一つ傷は付かない。


 魔力弾は弾かれ、地面へ砕け散っていく。

 まるで、小石でも投げ付けられているかのようだった。


 フェルディルは静かに目を閉じる。

(変わらない)

『《《勇者ルーテェ》》』


 あの日と同じだった。

 圧倒的な身体能力。

 圧倒的な耐久力。


 そして。

 誰かを守るため、自ら前へ立つ姿まで。

 何一つ変わっていなかった。


 ルシェはゆっくりと背中の棺を下ろした。

 静かに蓋へ手を掛ける。

 ガコン。

 重い音を立てて棺が開く。


 中から現れたのは。

 一挺の剣ではない。

 一振りの槍でもない。

 大きな木製の楽器、《《コントラバス》》だった。


 セレブリアンは目を見開く。

 何度も見てきた光景。

 それなのに。

 胸の奥で、何かが熱く震えた。

 この絶望を覆せる者がいるとすれば。

 それは、目の前のルシェ様しかいない。


 ルシェは静かに楽器を抱える。

 弓を取り出す。

 丁寧に弦を確かめる。


 その間も。

 魔道銃の射撃は止まらない。

 パン!

 パン!

 パン!

 無数の魔力弾が命中する。


 それでもルシェは微動だにしない。

 淡々と。

 長年繰り返してきた日課のように。

 静かに演奏の準備を続ける。


 その姿に。

 戦場全体が息を呑んでいた。

「何だ……あれは」

「武器じゃないのか?」

「楽器……?」

 兵士たちの間に戸惑いが広がる。


 ルードヴィヒも言葉を失っていた。

 あれほどの化け物が。

 戦場で。

 楽器を取り出した。

 理解が追いつかない。


 前王だけが目を見開いていた。

 五十年前、あの日の報告が脳裏によみがえる。

 漆黒の甲冑。

 そして、戦場に響いたという旋律。


「まさか……」

 その顔から血の気が引いていく。

「やめろ……」

 震える声だった。

「……演奏させるな」


 兵士たちは戸惑う。


「何をしている!」

 前王は怒鳴った。

「撃て!」

「撃ち続けろ!」

「あの旋律を響かせるな!」


 その言葉の意味を誰一人として、理解できなかった。


 それでも、魔道銃は火を噴く。

 無数の魔法弾が再びルシェへ、激しさを増して降り注ぐ。


 ルシェは悠然《ゆうぜん》と呟いた。

「……なかへ」


 フェルディルは小さく頷く。

「参りましょう」

 セレブリアンも館へ飛び込む。


 朝日に照らされる黒曜の骸骨。

 ただ一人、激しい砲火の中に残ったルシェは、静かにコントラバスを構えた。


 まだ誰も知らなかい。

 その旋律が、戦場の運命を変えることを。


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