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不死の旋律  作者: kooy
【神罰の光芒】から50年後

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第6話 疑惑

 セレブリアンが発った後の宴では。

 焚き火を囲み、エルフたちの歌声が森へ響き。

 人間を交え、笑顔があちらこちらで見られていた。


「ノヴァ、これ食べてみろよ」

 若い兵士が木皿を差し出した。

 焼きたての肉から香ばしい匂いが立ち上る。


「ありがとう!」

 ノヴァは笑顔で受け取り、一口頬張る。

「美味しい!」


「だろ?」

 兵士は嬉しそうに笑った。

 北方第三部隊所属――ルーク。

 まだ二十歳にも満たない若い兵士だ。

 人懐っこい性格で、隊の中でも誰とでもすぐ打ち解ける。

 今回の任務でも、種族の違いがあるにもかかわらず、ノヴァとは不思議なほど息が合っていた。


「このお肉の味付けは何?」

 ノヴァは感心したように頷く。

「王国でも、こんな料理を食べるの?」


「いや、料理の仕方はそんなに変わらないよ」

 ルークは笑いながら首を振った。

「でも、この肉は森だからこその味だな。」


「森?」

「王国にも森はあるけど、ここまで自然が豊かな場所は少ないんだ。」

「だから、獲れる獲物も違うし、空気まで美味しく感じる。」

「へぇ……」

 ノヴァは思わず周囲を見渡した。


 イクティス山の麓に広がる故郷。

 生まれてからずっと当たり前だった景色。

 人間には珍しく映るのだろう。


「今度、私が案内してあげる!」

「本当か?」

「うん!」

 二人は顔を見合わせて笑った。


 その様子を見ていた里長も、小さく目を細める。

「……人間にも、そのような若者がおるのだな」


 ルークは少し照れ臭そうに笑った。

「また、この森へ来てもいいって思ってもらえたら嬉しいです」

「その時は、もっと皆さんと仲良くなれたらって」


 その言葉に、里長は静かに頷く。

「……そうであれば良いのだがな」


 五十年前の魔王大戦以来、閉ざされ続けた森。

 その歴史が、ようやく変わろうとしていた。

 少なくとも、その場にいた誰もがそう信じ始めていた。


     ◇


 セレブリアンは広場から少し離れた森の中で宴を眺めていた。

 ノヴァが笑っている。

 里人たちが人間へ興味を持ち、語りかけている。

 長老ですら警戒を解いている。

 それは本来、喜ぶべき光景だった。

 しかし。

 胸の奥に引っ掛かった小さな棘だけは、消えなかった。


『……うまくいったな』

 まるで。

 計画どおりに事が運んだことを確認するような声だった。

(考えすぎか……)

 静かに目を閉じる。


 それでも胸騒ぎだけは消えなかった。

 あの者たちが現れたのは、南側の結界出口。

(……確かめる必要がある)

 セレブリアンは、森へと意識を向け、その場を離れた。

 宴の笑い声は、少しずつ遠ざかっていく。


 森は静まり返っていた。

 セレブリアンは音もなく森を駆けた。

 風すら置き去りにするような速度で。

 枝の上を飛び移り、結界の出口へ近付いていく。


 やがて足を止めた。

 前方から人の気配がする。

「……人間?」

 木の幹へ身を寄せ、そっと様子を窺う。

 視線の先には六人ほどの兵士がいた。

 いずれも人間軍の鎧を身に着けている。

「なぜ、結界の外に……」


 その中央。

 黒い鉄箱のような魔道具が地面へ据えられていた。

 幾重にも刻まれた魔法陣が淡く脈動している。

 その周囲だけ、不自然に結界が歪んでいた。


「……あれか」

 セレブリアンの瞳が細くなる。

 結界の外からこちらが見えているようだった。

(あの魔道具が原因……)

 結界の魔力を乱している。


 そう理解した瞬間だった。


「異常なし!」

 兵士の一人が箱を確認しながら声を上げる。

「魔力攪乱箱《マナ・ディスラプター》、正常稼働中!」

「そうか」

 年配の兵士が頷く。

「これなら隊長たちが、いつ戻ってきても問題ないな」

「吸魔蚊も役目は果たした」

「ああ。魔道銃との相性はいいからな」


「しかし……」

 その表情は晴れなかった。

「エルフも数人被害が出たらしい」

「…… 吸魔蚊は素早からしかたがない」

 壮年の兵士が小さく呟いた。

「隊長も、あんなことになるとは思ってなかったはずだ」


「だが、作戦は成功した」

 年配の兵士は淡々と答えた。

「命令だ」

 空気が重くなる。

「作戦決行のためだ。多少の犠牲は仕方ない」

 誰もすぐには答えなかった。


 やがて年配の兵士が静かに口を開く。

「だが、そのおかげで我々は信用された」

「隊長たちも、今頃は歓迎されている頃だろう」

 若い兵士は俯いたまま呟く。

「本当に……これで良かったのか?」

「知らん」

 年配の兵士は短く言った。

「俺たちは兵士だ。考えるのは上の仕事だ」



 セレブリアンは木の影から、その会話を聞いていた。

 呼吸が荒くなる。

 胸の奥で何かが音を立てて崩れた。

 魔獣。

 襲撃。

 犠牲となった仲間。

 そして、人間の救出劇。

 すべてが人間が仕組んだ筋書き。


「……そういうことでしたか。人間」

 セレブリアンの震える声に、兵士たちが一斉に振り向く。

 そして、木々の間から一人のエルフが姿を現した。

 銀色の長い髪。

 黄金色の瞳。

 月明かりを浴びたその姿は、まるで森そのものが人の姿を取ったかのようだった。

 その表情は、凍てつくほど静かだった。


 だが胸の内では。

 怒り。

 悲しみ。

 悔しさ。

 様々な感情が胸の内で渦を巻く。

 拳を握る。

 爪が掌へ食い込み、血が滲む。


「仲間の命まで利用し……」

 静かな怒りが声に滲む。

 頭にノヴァの笑顔が浮かぶ。

「よくも仲間の思いを踏み躙ったな、人間ども!」


「だから、人間とは関わるべきではなかったのだ!」

 黄金色の瞳が、兵士たちを射抜く。


「あなたたちは」

「己の都合のためなら」

「他種族の命さえ利用する」


「五十年前から、何一つ変わっていない!」


「エルフ……。止まれ!」

 兵士の一人が剣を抜く。


 セレブリアンの中で何かが静かに切れた。

「……もう十分です」

 静かな声が森へ響いた。


 そして、セレブリアンは兵士たちを見ていない。

 その視線の先にあるのは、黒い魔道具だけだった。

「それが……」

 セレブリアンは静かに口を開く。

「結界の魔力を乱し、魔獣を誘導した元凶なのですね」


 兵士たちの表情が変わる。

「どうして、それを……」

 若い兵士が思わず後ずさる。


 年配の兵士が前へ出た。

「待ってくれ!誤解がある」


「誤解……ですか」

 セレブリアンはゆっくり顔を上げる。


 その瞳に宿る怒りを見て、兵士たちは言葉を失った。

「仲間を犠牲にし」

「信頼を得るため、里人たちの善意まで利用した」

「それでも……誤解だと?」


 その瞬間だった。

 セレブリアンの魔力が静かに溢れ出す。

 風が止む。

 木々が軋む。

 森全体が、張り詰めた糸のような静寂に包まれた。


 兵士たちは本能的に理解した。

 危険だ。

 目の前のエルフは、自分たちとは次元の違う存在だと。


「魔力攪乱箱を守れ!」

 年配の兵士が叫ぶ。

 二人の兵士が箱の前へ飛び出し、剣を構える。


 セレブリアンは静かに右手を掲げる。

 世界が震えた。

 夜空に巨大な魔法陣が幾重にも展開された。

 古代エルフ語。

 幾何学模様が重なり合い、星空さえ覆い隠していく。


 兵士たちは息を呑んだ。

「何だ……」

「こんな魔法……」

「見たことがない……」


 地面が軋む。

 木々が大きく震える。

 空気そのものが青白く輝き始めた。


 セレブリアンは勢いよく右手を振り下ろす。

「――【プラズマ・フレア】」


 天から一条の蒼白い閃光が降り注ぐ。

 轟ッ!!

 光は一直線に魔力攪乱箱へ突き刺さった。


 魔力攪乱箱が激しく脈動する。

 赤黒い光が暴走し始める。


「まずい!」

 年配の兵士が叫ぶ。

「離れろ!」

 しかし遅かった。

 魔力攪乱箱が限界を超える。


 轟音。

 暴走した魔力が一気に解き放たれた。

 爆風。

 衝撃波。

 周囲の木々が根元から吹き飛ぶ。


 兵士たちは爆発へ飲み込まれた。

「ぐああああっ!」

 悲鳴が夜空へ響く。


 黒い魔道具は粉々に砕け散り、青白い炎となって消えていった。

 静寂。

 土煙がゆっくり晴れていく。


 倒れ伏す兵士たち。

 折れた剣。

 砕けた鎧。

 動かない者もいる。


 セレブリアンはその光景を静かに見つめた。

 拳が震えている。

 狙ったのは兵士ではない。

 それでも、失われた命がある。

 ゆっくりと目を閉じる。


 そして踵を返した。

「長老様へ報告しなければ……」

 その背中は、先ほどまでよりもずっと重く見えた。


 一方。

 瓦礫の中で、一人の兵士が指を動かす。


「……ごほっ」

 血を吐きながら身体を起こした。

 周囲を見回す。

 仲間は倒れたまま動かない。


「本隊へ……」

 震える足で立ち上がる。

「急いで……報告を……」

 兵士は森の闇へ歩き出した。


     ◇


 イクティス山の麓。

 エルフの里。


 夜も更け、宴の賑わいはすでに消えていた。

 里長の屋敷には、セレブリアンの報告を聞いた里長だけがいる。


 長い沈黙の末、里長がゆっくりと口を開いた。

「……結界は、すでに元へ戻っておる」

「ならば、お前の報告に偽りはあるまい」

 セレブリアンは静かに頭を下げる。


「もはや、我らだけで決められる事態ではない」

「世界樹の長老方へ伝え、判断を仰ぐ」

 重々しい声だった。


「承知しました。里長」

 短く答え、セレブリアンは屋敷を後にする。


 外は静まり返っていた。

 人間たちも、それぞれの宿で休んでいた。


 セレブリアンは西側の結界出口へ足を向ける。

 月明かりだけを頼りに、世界樹の根元を目指した。


     ◇


 翌日の夜。

 世界樹の根元、エルフの里。


 巨大な幹の内部に設けられた円形の会議場には、静かな空気が流れていた。

 長老たちが席に着く。

 エルフ族は四大賢者が長老として、評議を行なっていた。

 その中には、大賢者フェルディルもいる。


 そして、円卓の最奥。

 大賢者たちと同じく、敬意をもって用意された席に、深くフードを被った者が静かに座していた。


 セレブリアンはゆっくりと頭を下げる。

「お集まりいただき、ありがとうございます。長老様」


 視線が、一瞬だけフードの人物へ向く。

 ――ルシェ様。

 年に一度の収穫祭で、何度かお姿を拝したことがある。

 フードの奥が黒曜石の骸骨であること。

 勇者と魔王に連なる存在であること。

 セレブリアンが知るのは、それだけだった。


 静かに息を吸う。

 そして、一連の出来事を語り始めた。

 魔力攪乱箱。

 魔獣の襲撃。

 兵士たちの会話。

 そして、人間が仕組んだ作戦。

 報告が終わる頃には、会議場は重い沈黙に包まれていた。


 やがてフェルディルが口を開く。

「……報告ありがとうございます、セレブリアン」

「事実確認も必要でしょう」

「此度の件は、私が調査に向かいます」


 その時だった。

「……つて、いく」

 静かな声が会議場へ落ちた。

 長老たちが一斉に振り向く。

 フードの奥から聞こえた声だった。


 フェルディルが静かに目を見開く。

「……ルシェ様」

 フェルディルは静かに頷く。

「……承知しました」


 セレブリアンもまた、深く頭を下げる。

 胸の奥に張り詰めていたものが、わずかにほどける。

(ルシェ様が同行される)

 それだけで、この先に待つものがどれほど過酷であろうと、乗り越えられる気がした。


 静寂の中、世界樹の葉が夜風に揺れ、小さくざわめいていた。


     ◇


 ディヴァニア王国、王城・王の間。

 まだ朝日も昇らぬ広間には、緊張が張り詰めていた。


「北方第三部隊より緊急報告です」

 使者が報告書を差し出す。


 国王バルトは静かに目を通す。

 やがて眉をひそめた。

「結界の発見には成功」

「しかし、魔力攪乱箱は破壊」

「死者多数……か」


 王の間がざわめく。

「本当に魔法攻撃で破壊されたのか」

「故障ではないのか」


 報告役が頭を下げる。

「エルフの呪文詠唱と炎属性の魔法を目撃した生存者がおります」

「装置に自然発火する部品は存在しません」


 重苦しい沈黙。


 その時。

「私が参ります、父上」

 王太子ルードヴィヒが立ち上がった。

「現地を見てまいります」


 王は腕を組み、少し考える。

「……危険だ」


 その時だった。

 玉座の間の奥から、静かな声が響く。

「ならば」

「私も同行しよう」


 その場の全員が振り返る。

 白髪。

 深く刻まれた皺。

 だが、その瞳だけは鋭い。

 前王バルトロ。


 場が静まり返る。

 ルードヴィヒも驚きを隠せない。

「陛下……」


 バルトロは報告書をもう一度見つめた。

「……ルシェ」

 その名を、小さく口にする。

「人間を襲ったのか」

「はっ」

「魔道具を破壊した後、我が兵へ高位魔法を放ったとの報告です」

 バルトロは静かに目を閉じた。

「……そうか」

 長い沈黙。


 バルトロが顔を上げる。

 その瞳には確信ではなく、長年育て続けた恐怖が宿っていた。

「ヤツが、エルフを動かしたのだ」

「ヤツは人間を、恨んでおる」

 誰にも聞こえないほど小さな声だった。

 五十年前。

 あの大戦で真実を知る者だけが口にできる言葉だった。



 夜明けの光が王都を照らし始める。


 同じ頃。

 世界樹の森では、三つの影がイクティス山へ向かっていた。

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