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不死の旋律  作者: kooy
【神罰の光芒】から100年後

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第26話 【獣人編】魔獣の左腕

 ――少し前。


 レオサの街から少し離れた草原。


 そこを、一団の人間軍が駆けていた。

 先頭にいるのは、トルト領主ベイル。

 その後ろには、ギベルトや騎士たちが続いている。


 兵士たちの表情は険しい。

「……急げ!」

 ベイルが叫ぶ。

「グス王子に追いつくぞ!」

「はっ!」

 兵士たちが速度を上げる。


 その視線の先を走るのは、獅子族と虎族——グス王子率いる獣人たちの軍だった。

 二つの軍勢は並び立つようにして、同じ場所を目指し草原を駆け抜ける。


 やがて――レオサの街並みが視界に飛び込んできた。

「もう戦闘は始まってるガ!」

 グスが叫ぶ。

「全軍、突撃ガァァァ!」

「おおおおおおっ!」

 獅子族と虎族の咆哮《ほうこう》が草原に響き渡り、ベイルたち騎士団もそれに続いて一気に脚を速めた。

 種族を超えた軍勢が一斉に街の東側へとなだれ込んだ。


 そこで彼らが目にしたのは――。

 街を包囲する、敵の人間軍だった。


「獣人の援軍だー!」

「敵襲! 東の方角から獣人たちが来たぞー!」

 慌てふためく敵兵たちが、魔道銃の銃口を向けようとする。


「盾を前へ!」

 獅子族の戦士が叫んだ。

 先頭に並んだ戦士たちが、鋼でできた大楯を構える。

「突っ込むガァァァッ!!」

 獅子族が一斉に駆け出した。

 パンッ! パンッ! パンッ!

 魔弾が飛び交う。

 だが。

 鋼の大楯が次々と魔弾を弾き飛ばした。

 獅子族の突進は止まらない。

「ガァァァァッー!!」


「来るなぁッ!」

 恐怖に引きつった人間兵が後退する。

 だがその横を、獅子族を追い抜いた虎族の戦士たちが疾風となって駆け抜けた。


「遅いト!」


 琥珀は疾走の勢いのまま、二本の剣を引き抜いた。

 次の瞬間には、逃げ惑う人間兵の懐へ入り込んでいる。

「ぐあっ!?」


 人間兵が慌てて銃口を向けようとする。

「なっ、こいつ……速——」

 だがその時には、琥珀の姿はもうそこにはなかった。

「こっちト!」

 背後から剣閃が走る。

 人間兵が倒れた。

「さすが琥珀だガ!」

 虎尾が声を上げる。



 そして――。

 街の中へ入ったグスたちは、戦場の異様な光景を目にする。

「……何だ、これは」


 中央広場の大きな集会場。

 その建物を取り囲むように、人間兵たちが並んでいた。

 手には魔道銃。

 その銃口は、集会場へ向けられている。


 そして――。

 広場の中央では、一頭の巨大な獣が暴れ回っていた。

 黒い毛に覆われた巨体。

 赤く光る瞳。

 魔獣と化したリルだった。


「ガァァァァァァッ!!」

 魔獣の咆哮が、街を揺らす。


「撃て!」

「撃つな! 味方に当たるぞ!」

「逃げろぉぉぉ!」

 人間兵たちは完全に混乱していた。

 魔道銃を構える者。

 逃げ出す者。

 味方同士でぶつかる者。


 その光景を、グスたちは呆然と見つめていた。


 そして――。

 グスは、もう一つの異変に気づいた。

 街の北側。

 そこにあった建物は、軒並み崩壊している。

 瓦礫の山と、立ち上る黒煙。

「……北側で、何があったガ」

 グスが呟く。


 その時。

「グス王子!」

 後方から、獅子族の戦士が駆け寄ってきた。

「集会場の中に、まだ仲間たちが取り残されているガ!」

「何……!?」

「奴ら、中へ向かって銃を構えているガ! このままじゃ危ないガ!」

 グスの表情が険しくなる。

「……分かったガ」

 グスは剣を抜いた。

「まずは、あの建物を取り戻すガ!」

「おおおおおっ!」

 獅子族と虎族の戦士たちが、一斉に駆け出した。

 獅子族たちが散開していく。

 虎族も、それに続いた。

 戦場はさらに激しさを増していく。



 その混乱の中を――。

 二つの影が歩いていた。

 黒曜石のような骸骨。

 その隣を歩くエルフ。

 ルシェとフェルディルだった。

 二人は、人間軍の陣の中へ入っていく。


「この魔素は……」

 フェルディルが足を止めた。

 周囲には、薄黒い煙のようなものが漂っている。

 エルフであるフェルディルには、それがただの煙ではないことが分かっていた。


「ルシェ様」

 フェルディルが前方を見る。

「この魔素の集まりは、危険です」

 ルシェは答えない。


 ただ、前を見ている。

 その先に――。

 一頭の巨大な魔獣がいた。


 人間兵たちの中央。

 黒い毛に覆われ、赤い瞳を輝かせている。


 その視線の先には、一人の男がいる――インラルト。

 その顔は恐怖に歪んでいた。

「来るな……」

 魔獣が一歩、踏み出す。

「来るなぁぁぁぁぁッ!!」

 インラルトが叫ぶ。

 だが。

 魔獣は止まらない。

 ゆっくりと。

 インラルトへ近づいていく。


「止めましょう。ルシェ様」

 フェルディルが杖を構えた。

 魔力が集まる。

 しかし――。

 ルシェが、フェルディルの前へ腕を伸ばした。

「……りるだ」

「……え?」

 フェルディルが目を見開く。


 ルシェは魔獣を見つめていた。

「……かなしい」

 その声は、小さかった。

 フェルディルは唇を噛み締める。

(……自業自得、ということですか)


 魔獣がインラルトへ向かって歩き出す。

 そして。

 一瞬で距離を詰めた。

「ひぃっ!」

 魔獣の腕が伸びる。

 インラルトの身体が掴まれた。

「た、助け――」

 魔獣が、その頭へ噛みつく。

 ぐしゃり。

 声が途切れた。

 人間軍の兵士たちが凍りつく。


 次の瞬間。

 魔獣が咆哮した。

「ガァァァァァァァァァァッ!!」

 そして。

 周囲にいた人間兵へ襲いかかった。

「逃げろ!」

「撃て! 撃てぇぇぇ!」

 魔道銃が一斉に火を噴く。

 だが、魔獣は止まらない。


 逃げる兵士。

 魔獣へ銃を向ける兵士。

 恐怖に混乱し、味方へ魔弾を撃ち込む兵士。

 人間軍の隊列は、完全に崩壊していた。


 やがて。

 魔獣の赤い瞳が、ルシェたちを捉えた。

「……ルシェ様」

 フェルディルが杖を握り直す。

 魔獣が唸った。

「グルルルル……」


 そして――。

 ルシェたちへ向かって跳んだ。


 ズガァァァンッ!!


 巨大な腕が振り下ろされる。

 だが。

 ルシェは、その腕を片手で掴んだ。

「……!」

 フェルディルが目を見開く。

 ルシェはそのまま身体を捻り――。

 魔獣を投げ飛ばした。

 巨体が瓦礫の山へ叩き込まれる。


 ドォォォンッ!!


 建物が崩れ落ちた。


 叩きつけられた魔獣は瓦礫の中で小さく呻き、一瞬、その動きを止める。

 ルシェはその隙を逃さず、無言で背中の木棺を下ろした。

 蓋を開ける。

 中から取り出したのは――。

 コントラバス。

 弓を手に取る。


 そして。

 動けずにいる魔獣を見据え、静かに弦へ触れた。

 低く。

 深く。

 どこまでも悲しい旋律が、戦場へ響き渡った。

 その音色は――。

 人間にも。

 獣人にも。

 等しく届いていく。


 ルシェの精神世界。

 そこには、二つの影があった。

「ルシェ」

 勇者ルーテェが、静かに問いかける。

「どうして、人間の将を助けなかった?」

 ルシェは答えない。

 ただ、遠くを見つめる。

「この街には……」

 やがて、小さな声が響いた。

「悲しみを生む魔素が、たくさんある」


「……ならば」


 もう一つの声がした。

 ヴァルザーク。

 魔王の声だった。

「浄化が必要だな」

 ヴァルザークは、漂う魔素を見つめる。

「……懐かしい魔素よ」


 ルシェは目を伏せた。

 人間の悪意。

 憎しみ。

 悲しみ。

 それらが生み出すものは――。

 消しても。

 また生まれる。

 だからこそ。

 ルシェは、旋律を奏で続けた。


 やがて。

 建物の中で怯えていた獅子族の女たちの表情から、恐怖が消えていく。

 泣いていた者も。

 震えていた者も。

 ただ静かに、その音色を聞いていた。


 一方。

 人間兵たちは違った。

「何だ……この音……」

「怖い……」

 逃げ出す者もいた。

 それでも。

 ルシェへ魔道銃を向ける者がいた。


 パンッ!


 魔弾が飛ぶ。

 しかし。

 次の瞬間、その兵士は地面へ倒れ、起き上がらなかった。

 それを見た兵士たちは、次々と銃を捨てて逃げ出していく。


 そして――。

 長い旋律が終わった。

 静寂が訪れる。

 街に漂っていた薄黒い魔素は、跡形もなく消えていた。


 その時。

「全員、武器を捨てろ!」

 別方向から声が響いた。

 ベイル率いる人間軍だった。

 生き残ったインラルトの兵士たちは次々と武器を無効化され、魔道大砲も制圧されていく。


 やがて。

 瓦礫の中から、ドルヴィヒが起き上がった。

「……私は……」

 魔獣化したリルの一撃によって、折れていた腕も、全身に負った傷も、すべて消えている。

 先ほどまで意識を失っていたことすら、嘘のようだった。

 身体には、もう傷一つ残っていない。

 ルシェの旋律によって、完全に癒えていた。


 だが。

 その瞳に、戦意はなかった。

 ただ、自分が何をしていたのかを思い返している。

 強さを。

 戦いを。


 そして――。

 自らの自惚れを。

「……これが……戦争……」

 ドルヴィヒは呟いた。

 ベイルの兵士が、彼を保護する。


 ルシェはコントラバスを木棺へ戻した。

 そして。

 崩壊した建物へ向かって歩き始める。

 瓦礫の前で、ルシェは立ち止まった。


 そこには――。

 静かに横たわる、二頭の獅子がいた。

 リルと、その左腕に強く抱きかかえられたラム。


 片腕だけで最後まで戦い抜き、決して離さなかった腕。

 二人はただ、安らかな表情で横たわっていた。


 ルシェは、何も言わない。

 ただ。

 二人を静かに見つめていた。


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