第27話 【獣人編】振り返らぬ背中
戦いが終わってから、数日が過ぎた。
レオサの街では、崩れた建物の瓦礫が少しずつ片付けられていた。
街の至るところに、戦いの爪痕が残っている。
崩れた家。
焼け焦げた壁。
地面に残る無数の傷跡。
そして――。
そこには、もう戻ってこない者たちの姿だけがなかった。
レオサでは、多くの獅子族の戦士が命を落としていた。
戦いの後、残された者たちは仲間の遺体を探し、家族のもとへ運んだ。
泣き崩れる者もいた。
ただ、黙ってその亡骸を見つめる者もいた。
街は静かだった。
だが。
その静けさの中に――。
「そこ、もう少し右だガ!」
「分かったガ!」
「瓦礫を運ぶガ! 気をつけろ!」
男たちの声が響いていた。
獅子族の王城都市バルレオニスから、復興を手伝うために多くの獅子族がやって来ていた。
戦士ではない。
鍛冶職人。
建築を得意とする者。
商人。
そして、まだ戦場に立ったことのない若い男たち。
彼らは瓦礫を運び、壊れた家を建て直し、倒れた柱を立て直していく。
その中には、亡くなった戦士たちの弟や息子もいた。
誰も、そのことを口にはしなかった。
ただ。
黙々と手を動かし、街を復興する。
◇
街ハプラでも、復興が続いていた。
「……戻ってこられたガ」
捕虜となっていた獅子族の女たちが、少しずつ街へ戻ってきていた。
だが。
彼女たちを迎えるはずだった男たちの姿はない。
ハプラで戦っていた獅子族の男戦士たちは――ほぼ全員が命を落としていた。
「……父ちゃんは?」
小さな獅子族の少年が尋ねる。
誰も答えなかった。
少年の母親が、そっとその肩を抱く。
「……帰ってこないガ」
少年は俯いた。
その隣では、再会した家族同士が抱き合っている。
喜びの声。
泣き声。
失った者を想う沈黙。
それらが混ざり合いながら、街に新しい時間が流れ始めていた。
そして――ここでも。
「おい! そこを押さえるガ!」
「任せるガ!」
少し離れた場所では、王都から来た男たちが壊れた家の柱を持ち上げていた。「重いガ!」
「だから二人で持てと言ったガ!」
「お前が先に持ち上げたんだガ!」
ほんの少しだけ。
笑い声が起きる。
その声を聞いて、瓦礫の前に座っていた獅子族の女が顔を上げた。
彼女は、しばらく男たちを見つめていた。
そして――。
ゆっくりと立ち上がる。
「……私も手伝うガ」
「え?」
「家を、直すガ」
男たちは顔を見合わせる。
やがて。
「……ああ」
一人が頷いた。
「一緒にやろう」
瓦礫が、一つ運ばれる。
そして、もう一つ。
壊れた街に。
少しずつ、音が戻っていく。
失ったものは、戻らない。
死んだ者たちも、帰ってこない。
それでも――。
残された者たちは、生きていく。
倒れた家を建て直し。
傷ついた街を直し。
失った者たちの想いを抱えながら。
新しい明日を作っていく。
レオサにも。
ハプラにも。
小さな命の息吹が、芽生え始めていた。
◇
そして、その復興を――。
ベイルもまた、静かに見つめていた。
人間と獣人。
昨日まで敵だった者たちが、同じ場所で瓦礫を運んでいる。
まだ、わだかまりはある。
まだ、憎しみも残っている。
それでも。
誰かが最初の一歩を踏み出さなければ、何も変わらない。
ベイルは、静かに前を向いた。
この光景こそが――。
戦いの後に残された者たちが作る、新しい時代の始まりだった。
◇
数日後。
獅子族の王城都市バルレオニス。
その砦の最奥にある、王の間。
大きな円卓を囲むように、獣人たちと人間が座っていた。
正面には、獅子族の王レグ。
その隣には、息子のグス。
向かいには、虎族の族長・虎鉄。
その後ろには、赤虎と虎尾が控えていた。
そして。
トルト領主ベイル。
その後ろには、ギベルトとドルヴィヒが静かに佇んでいる。
重苦しい静寂を破ったのは、レグ王の地鳴りのような声だった。
「今回の件について、改めて礼を言おうガ」
レグがベイルを見る。
「トルト領の軍が来なければ、さらに多くの命が失われていたガ」
ベイルは静かに頭を下げた。
「こちらこそ。獅子族の皆様と共に戦えたことを誇りに思います」
レグは深く頷き、円卓の者たちを見渡した。
「人間と獣人が同じ戦場に立ち、背中を預け合うとはな……。ならば、以前余が口にした話をここで決めるガ」
グスが父を見る。
「父上……」
レグは、王の間にいる者たちを見渡した。
「ベイルよ。トルトを――ディヴァニア王国から独立させ、一つの国とするガ」
王の間が静まり返った。ベイルの目が僅かに見開かれる。
「……本気なのですか?」
「無論!」
レグの眼光に迷いはない。
「ディヴァニアの不当な侵攻に対抗するためだけではないガ。獅子族も、虎族も、そして人間も……この地に生きる者たちが、種族を越えて共に生きる国を作るガ」
「人間も、ですか?」
「この戦いで、我らは背中を任せられる人間がいることを知ったガ」
グスが力強く拳を握り締め、虎鉄も腕を組んだまま低く唸る。
「虎族も異論はないト」
だが、レグの表情は厳しいままだった。
「……だが、道は険しいぞ」
レグは一息置き、重い声音で続けた。
「獣人族は、獅子族と虎族だけではない……」
「……狼族、トカゲ族、猛禽族……そして、熊族がいるガ」
「……獣人族すべてが我々と友好的というわけではない……。特に熊族は――」
王の間に再び重い緊張が走る。
ベイルは静かに立ち上がり、真っ直ぐにレグを見据えた。
「だからこそ、対話の場が必要です。私はその礎となるべく、この人生を賭けましょう」
その時、ベイルの後方に控えていたギベルトが、一歩前へ出て深々と一礼した。
「レグ王、お言葉ですが……トルトが独立を宣言すれば、ディヴァニア王国からの報復――追討軍の派遣は避けられません。我らは大陸の人間軍を敵に回すことになります」
ギベルトの静かだが重い指摘に、王の間の空気が緊張で張り詰める。
だが、ベイルは振り返らず、ただ静かに頷いた。
「覚悟の上だ、ギベルト」
レグはしばらく黙ってベイルを見つめていたが、やがて口元を僅かに緩めた。
「ならば、まずはワレら自身が変わらねばな。種族の違いだけで敵と決めつける愚を、我らから捨て去るのだ」
王の間に、静かだが揺るぎない決意が広がっていく。
新しい国。新しい同盟。
人間と獣人の過酷な融和への第一歩が、今踏み出された。
◇
その頃。王城都市バルレオニスから離れた街道を、人影が歩いていた。
ルシェとフェルディル。
そして――無邪気に先頭を跳ねるように歩く、琥珀。
「お父上には了解をとってあるのですか? 琥珀殿」
フェルディルの問いに、琥珀は振り向きもせず胸を張った。
「もちろんト! 世界を見るト!」
フェルディルは苦笑し、隣を歩くルシェに視線を向ける。
「復興の様子を、もう少し見届ける必要はありませんか、ルシェ様」
ルシェは前を見つめたまま、短く呟いた。
「……つぎある」
「トッ!? いまルシェが喋ったト!?」
琥珀が勢いよく振り返り、目を丸くしてルシェの顔を覗き込む。
フェルディルは穏やかに微笑んだ。
「ルシェ様も話されますよ、琥珀殿。……そうですか、もう未練はないのですね。次は人間領の港町ですね」
ルシェはそれには答えず、ただ黙々と足を進める。
背中に重い木棺を背負ったまま、一度も振り返ることはない。
レオサで起きた壮絶な戦いも。
獣人たちの未来を決める話し合いも。
すべては、遥か後方へと過ぎ去っていく。
その先に、彼らを待つ新たな道があった。
獣人族の戦いは、終わった。
だが――物語は、まだ終わらない。




