第24話 【獣人編】網の目の虐殺
ドォォォォォンッ!!
レオサの北側から、再び轟音が響いた。
大地が大きく揺れる。
獅子族たちは、崩れ落ちる街並みを前に立ち尽くしていた。
黒煙と激しい炎に包まれる瓦礫の下から、仲間の声が聞こえる。
「……何だガ」
「街の北が……!」
リルは拳を握りしめた。
つい先ほどまで退けたと思っていた人間軍は、まだ引き上げてなどいなかった。
「全員、南へ退くガ!」
リルの声が響く。
「街の北側から離れるガ! 負傷者を優先するガ!」
獅子族たちは互いに肩を貸しながら、南へ向かって走り始めた。
その頭上を、禍々しい黒煙が覆っていく。
リルは、ふと鼻をひくつかせた。
「何だガ、この臭い……」
焦げた建物の臭いとは違う。
鼻の奥にまとわりつくような、濁った魔素の臭いだった。
◇
一方、人間軍の本陣。
インラルトは、先のレオサを見つめていた。
魔道大砲の砲撃によって、獅子族たちは街の南へ避難していく。
「……順調だ」
インラルトが呟く。
だが、まだ兵を動かさない。
獅子族たちが南へ集まるのを、静かに待っていた。
やがて。
「そろそろだな」
インラルトは魔道兵へ視線を向ける。
「砲撃を止めろ」
「はっ!」
魔道兵が砲撃を止める。
静寂が戻った。
レオサの北側には、砲撃の余韻を示す黒煙が立ち上っている。
「魔道銃部隊、準備をしろ――」
インラルトが立ち上がった。
「兵を入れるぞ」
人間軍の兵士たちが、一斉に動き始める。
◇
逃れた獅子族たちは、街の中央の広場に集まっていた。
「街の北側は……もう駄目ガ」
「……仲間がまだ瓦礫の下にいるガ!」
「た、助けに戻るガ!」
獅子族たちが動揺する。
リルは周囲を見渡した。
手負いの戦士たちにも、死線を超える気概はまだ残っている。
だが、このまま戦い続ければ、全員が持たない。
それでも――。
リルには、まだ確かな希望があった。
ルシェたちが、必ず援軍を連れてやってくる。
それまで、この街を死守すればいい。
リルは大剣を力強く握り直した。
「希望を捨てるな! 援軍が来るまで、ここを守るガ」
その言葉に、獅子族たちが顔を上げる。
「そうだガ!」
「ルシェ殿たちが来るまで持ちこたえるガ!」
獅子族たちが、互いに頷いた。
その時だった。
「敵襲ー!」
街の北側から叫び声が上がった。
リルが振り返る。
煙の向こうから。
人間の臭いを感じる。
「な……!」
獅子族たちの顔から血の気が引く。
「街の中に入ってきたガか」
◇
レオサの北側。
「構えぇぇぇ!」
魔道銃が一斉に持ち上げられた。
「撃てぇぇぇ!」
パンッ! パンッ! パンッ!
「ぐあっ!」
乾いた音が街中に響き渡り、戦士たちの悲痛な叫びが上がる。
大楯を構えて抵抗する獅子族を、人間軍は包囲するように取り囲み、隙間から容赦なく魔道銃で撃ち抜いていく。
「盾に鋼を仕込もうと、正面以外は隙だらけだな」
インラルトは冷ややかに笑っていた。
そして。
人間軍は、建物の中を、瓦礫の中を一つずつ確認していた。
「生存者を確認!」
「構うな、撃て!」
パンッ!
瓦礫の下から聞こえていた声が消えた。
「……!」
「女と子供は生かして捕らえろ!」
指示を飛ばしながらも、インラルトは少からず焦りを覚えていた。
「何故だ……。なぜ獅子族どもは『古代の魔道具』を使わんのだ!」
インラルトは街の中央へ視線を投げた。
「ドルヴィヒよ。前に言っていた、戦意を失わせる音色とはどのようなものだった?」
ドルヴィヒは、先の戦いで聞いた旋律を思い出した。
低く。
静かで。
不思議な音だった。
「弦楽器のようでした」
「弦楽器?」
「はい。ですが、普通の楽器よりもずっと低い音でした」
インラルトが考え込む。
「ならば、相当に大きな楽器だな」
「古代の魔道具が、楽器の形をしていると?」
「可能性はある」
そこへ、執事が駆け寄ってきた。
「旦那様」
「どうした?」
「街の捜索を進めておりますが、それらしい物はまだ見つかっておりません」
「そうか」
インラルトは、軍を街の中心へ移動させる。
「何処にあるのだ……」
◇
レオサの中央広場にある、集会のための大きな建物。避難した獅子族たちは、その建物の中へ逃げ込んでいた。
パンッ!
乾いた銃声が響き、建物の壁に魔弾があたる。
「う……」
女たちが恐怖で声を潜めた。
人間軍は、すでに建物を完全に包囲していた。
リルは大剣の柄を強く握りしめた。
「これは……戦いではない……」
人間軍のやり方は、ただの虐殺だった。
戦士だけでなく、武器を持てぬ者、負傷して動けぬ者、戦意を失った者まで、見つけ次第容赦なく命を奪っていく。
「リル!」
背後からラムの悲痛な声が飛ぶ。振り返るリルに、ラムは青ざめた顔で訴えた。
「娘のリラが……リラがいないの……!」
「何だと……」
その時だった。
「この女たちを殺されたくなければ、投降しろ!」
リルたちは、建物の隙間から外を見る。
そこには、頭に魔道銃を突きつけられ、鎖に繋がれた獅子族の女たちがいた。二人とも、負傷兵の手当にあたっていたところを捕らえられた者たちだった。
リルの目が見開かれる。
「リラ……!」
「父様……!」
人質の中にいた娘が弱々しく呟く。すかさず人間兵がその髪を掴み、強引に引き寄せた。
「動くな!」
リルの全身が、激しい怒り、そして抑えきれない憎しみで震えた。
「……卑怯者が」
「ハハハ! 獣人相手に卑怯も何もなかろう!」
馬上から見下ろすインラルトが、歪んだ笑みを浮かべている。
リルの握りしめた拳から、鋭い爪が皮膚を裂き、血が滴り落ちた。
「リル……」
ラムが背後から声をかける。
「リラを……」
「分かっているガ」
リルは静かに答えると、大剣と大盾を構えた。
「リル牙将!ワレも行くガ!」
「時間を稼ぐのは、一人でいいガ」
案じる仲間たちを制し、リルは振り向かず、妻へ告げた。
「ラム。レラは……必ず取り戻すガ」
リルは一人、建物の扉を開け、外へと歩み出た。
ズラリと並んだ人間軍の銃口が一斉に彼へ向けられる。
だが、その歩みは微塵も揺るがない。
「ワレの娘を――」
腹の底から絞り出すような、低く重い声。
「返してもらうガァァァァァッ!!」
大盾を掲げ、魂の叫びとともにリルが人間軍へ突撃した。
その瞬間、レオサの街に再び無数の銃声が轟いた。




