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不死の旋律  作者: kooy
【神罰の光芒】から100年後

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第23話 【獣人編】絶望への誘導

 ガキィィンッ!


 大剣と剣が激しく激突した。

 ドルヴィヒの身体が弾かれる。

「ぐっ……!」

 たたらを踏み、数歩後ろへ後退する。

 柄を握る腕が麻痺したように痺れていた。

 一撃が重い。

 ――いや、それだけではない。

「速い……!」

 ドルヴィヒが呟く。

 対峙するリルは大剣を構えたまま、冷徹な眼光でこちらを射抜いていた。

「人間の剣士にしては、やるガ」

「ハッ……それはこちらの台詞だ!」

 ドルヴィヒが笑う。

「これほどの力を持つ獣人と剣を交えられるとはな……!」


 再び、ドルヴィヒが踏み込んだ。

 今度は真正面からではない。

 身体を低くし、リルの懐へ潜り込む。

 剣閃が走る。

 リルの大剣が横一文字に空間を薙いだ。

 ドルヴィヒは身を捻り、紙一重でかわす。

 そのまま、リルの脇を抜け――。

「そこだ!」

 死力を込め、剣を振り抜いた。


 だが。

 ギィンッ!

 リルの巨躯がわずかに沈む。

 手応えはない。刃は堅固な毛皮を切り裂いただけだった。

「なに……!」

 ドルヴィヒが目を見開く。

 間髪入れず、リルがぬっと振り返る。

「甘いガ」

 大剣が迫った。

 ドルヴィヒは寸前で剣を横に構える。

 ガキィィンッ!

 骨を揺らす衝撃に、身体が吹き飛ばされる。

 勢いよく地面を転がった。

「ドルヴィヒ様!」

 騎士たちが叫んだ。

「手を出すな!」

 土煙を払い、ドルヴィヒが立ち上がった。

 口元から垂れる赤い一筋。

 それでも。

 その顔は、笑っていた。

「……最高だ」

 狂気すら孕んだ歓喜が、その瞳に燃え上がっていた。


 その時だった。

「うわああああっ!」

 遠くから、悲鳴が響いた。

「押されるな! 隊列を崩すな!」

「ぐあっ!」

「誰か、援護を――!」

 あちこちから、味方兵たちの苦悶の叫びが上がり始める。


 ドルヴィヒの笑みが、わずかに消えた。

「……」

 周囲へ目を向ける。

 そこで初めて。

 ドルヴィヒは、自分が戦場にいることを思い出した。

 その一方で、周囲では獅子族と人間軍の戦いが続いていた。


「リルが押しているガ!」

「さすが牙将だガ!」

 獅子族から歓声が上がる。


 第二陣が加わったことで戦況は大きく傾き、獅子族が人間軍を押し返し始めていた。自分がリルと一対一で打ち合っている間にも、戦場は動いていたのだ。このまま戦いを続ければ、前線の部下たちは全滅する――。

 先ほどまで燃え上がっていた闘志を、ドルヴィヒは静かに収めた。

 剣を下ろした彼を見て、リルが眉をひそめた。

「……どうしたガ?」

「……ここまでだ」

 ドルヴィヒは低く呟くと、一転して戦場全体へ届く大声を張り上げた。

「全軍、撤退っ!」

 号令を受け、人間軍の兵士たちが一斉に後退を始める。

 自らが殿(しんがり)を引き受け、巧みに兵を退かせていくドルヴィヒ。

 馬の手綱を掴むと、彼は距離を取りながら振り返り、口元を上げた。

「リル! この勝負――一旦、預けるぞ!」

 そう叫ぶや否や馬に跨がり、本陣へと駆け去っていく。


 その背中を、リルは静かに見送った。

「……いい男だガ」

 敗走する敵の背を、リルたちが追うことはなかった。戦意を失った者を殺すことも、街を離れて深追いすることも、彼らには無意味だった。

 リルたちが守るべきものは――ただ一つ、街レオサだった。


 周囲では、人間軍が完全に姿を消していく。

 獅子族の戦士たちは、誰からともなく歓声を上げ始めた。

「人間軍を退けたガ!」

「勝ったガ!」

 勝利の喜びが広がる。だが、リルだけは表情を崩さず、静かに命じた。

「全員、街へ戻るガ!」

「おおおおおっ!」

 守るべきものは、まだ街にある。

 戦地から引く彼らの背には、共に戦い倒れた同胞の亡骸があった。

 獅子族にとって、戦場で果てた者は誉れ高き英雄。決して置き去りにはせず、恥じることもない。

 重い誇りと屍を抱き、獅子族の戦士たちは一斉に街へ戻っていった。


 獅子族。

 およそ二百から百へ。


 人間軍。

 剣士三百から五十。

 騎馬兵百から三十。


 獅子族たちの胸を満たしていたのは、たしかな勝利感だった。

――人間軍を退けた。


 少なくとも、今は。


     ◇


 一方――人間軍の本陣。

 戻ってきたドルヴィヒを、インラルトが冷ややかな眼差しで迎えた。

「前線の兵を引かせました。申し訳ございません」

 ドルヴィヒが頭を下げる。

「獅子族は、鋼を仕込んだ大盾を使っていました。

 魔道銃だけでは、突破は難しいかと……」

 インラルトは、静かにレオサを見つめた。

「そうか」

 興味なさそうに吐き捨てると、すぐに控えていた魔道兵へ視線を向ける。

「魔道大砲の準備しろ」


 ドルヴィヒが顔を上げた。

「……まだ撃つのですか?」

「当然だ」

「しかし……」

 ドルヴィヒは思わずレオサを振り返った。

 あそこには、先ほど互いの意地をかけて剣を交えた男がいる。

(あの男と、もう一度正々堂々決着をつけることも……街を焦土にされては叶わなくなる)

 ドルヴィヒは固く拳を握りしめた。

「このまま街ごと吹き飛ばす必要があるのですか?」


 インラルトはゆっくりとドルヴィヒへ視線を向ける。

「ドルヴィヒよ」

「……はい」

「お前は戦士として、あの獣人と戯れたいのだろう」

「……っ」

「だが、私は戦争をしている」

 インラルトはレオサへ視線を戻した。

「この街には、我々が手に入れるべきものがある」


 ドルヴィヒが眉をひそめる。

「……手に入れるべきもの?」


「古代の魔道具だ」


 インラルトは淡々と告げた。

「あれを手に入れるためなら、街の一つを壊すことなど惜しくはない」


 そして、机の上に広がる地図へ目を落とした。

 レオサの北側を指でなぞる。

「街を北側から撃つ」

「北……?」

「壊すのだよ。逃げ場を壊し、炎で炙り出し、獣人どもを逃げ場のない南へと追い込んでいく」

 インラルトは愉悦を孕んだ薄笑いを浮かべた。

「ハプラのように街全体を潰しはしない。……だが、奴らを逃げ場のない檻へ叩き落とすには、北を焦土に変えるのが最も手っ取り早いのでね」


 ドルヴィヒの表情が苦々しく強張る。

 将としての冷酷な合理主義の前に、彼の武人としての誇りは踏みにじられていた。


 インラルトの合図とともに、魔道兵たちが一斉に動き始める。

 巨大な鉄の筒――魔道大砲の砲身が、静まり返るレオサの北側へ向けて重々しく持ち上げられていった。


     ◇


 人間軍が退いたことで生まれた、束の間の安堵。

 だがそれこそが、インラルトの仕掛けた罠の始まりだった。


 静寂を切り裂き――。

 ドォォォォォンッ!!

 大地が揺れた。

 レオサの北側から、巨大な火柱が上がる。


「な……!」

 激しい衝撃と共に建物が倒壊し、大量の瓦礫が宙へ舞う。

 獅子族たちが叫びながら振り返った。

「砲撃だガ!」

「退避だガ! 南の広場へ逃げろー!」


 追撃するように、次の轟音が響き渡る。

 ドォォォォォンッ!!


 立ち並ぶ街並みが、容赦なく吹き飛ばされていく。

 炎と煙から逃れるため、獅子族たちは次々と南へ向かって走り始めた。


 その様子を、本陣からインラルトが窺っていた。

「そうだ」

 インラルトの口元が、愉悦に歪む。

「そのまま、南へ走れ」


 魔道大砲が再び火を噴く。

 逃げ道を削り取られ、獅子族たちは知らず知らずのうちに、インラルトの用意した『南の檻』へと追い込まれていくのだった。




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