第20話 【獣人編】新たな同盟
王城都市バルレオニス。
王の間には、ベイルとギベルトが獅子族の兵士に囲まれて立っていた。
「父上。戻りましたガ」
グス王子が頭を下げる。
レグ王は、その顔を見ただけで表情を緩めた。
「よく戻ったガ、グス」
短いやり取りだったが、親子の間にある信頼は、それだけで伝わった。
グス王子から、これまでの経緯が語られていく。
人間軍との交渉。
そして、ベイルから告げられた人間側の事情。
「我々トルト領は、王国に逆らえば領地を失います」
ベイルは静かに言った。
「現在、南方領土拡大を指揮しているのは、インラルト・フォン・ベルンシュタイン伯爵。王国の新王派です。私たちが抵抗すれば、トルト領は没収され、ベルンシュタイン領として組み込まれるでしょう」
王の間が静まった。
人間同士の権力争い。
それが、獣人たちの暮らす土地にまで影を落としている。
ベイルは続けた。
「このままでは、獣人族も、人間も、ただ戦いに巻き込まれるだけです」
レグ王は腕を組んだ。
しばらく考えたあと、口を開く。
「ならば——トルトを、独立した一つの『国』となせばよかろう」
「……え?」
ベイルが目を見開いた。
「王国に従わねばならぬ理由がなくなればいいガ。獣人族とトルトが友好国になれば、我々は共に生きられる」
レグ王は笑った。
「それで、何か問題があるガ?」
ベイルは答えられなかった。
人間と獣人。
十年前から、融和の道を探してきた。
だが――。
「友好国になる」
その言葉は、ベイルが思っていた以上に重かった。そんな形で、共に生きる道があるとは考えていなかった。
その時。
部屋の隅に立っていたルシェが、静かに顔を上げた。
「……そうする」
短い言葉だった。
フェルディルも頷く。
「その関係を、エルフ族も支援します」
ベイルは二人を見つめた。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「……分かりました。私も、共に戦います」
レグ王が立ち上がった。
「ならば決まりガ」
その声が王の間に響いた。
「次なる目標はレオサ死守。人間軍の好きにはさせん、即刻援軍を向かわせるガ!」
その場にいた獅子族の将たちが一斉に動き始める。
書状が用意され、伝令が走る。
王城都市は、静かに戦支度へと変わっていった。
◇
翌日。
重々しい音を立てて、王城の大門が開かれた。
鎧を打つ金属音と力強い足音を響かせ、獅子族の兵士たちが次々と城外へ出ていく。
先頭を歩くのはグス王子。
そのすぐ後ろには、ルシェ、フェルディル、琥珀。
さらにその後方を、獅子族の戦士たちが隙なく固めていた。
そして――。
その後ろには、人間軍の姿があった。
馬上に構えるベイルとギベルト。
その後方には整然と隊列を組む騎士隊、さらに魔道銃を携えた兵士や魔導士たちが、獅子族とは明らかに異なる鎧を叩かせて続いていく。
琥珀が、隣を歩くルシェを改めて見つめる。
黒い骸骨。
その背に揺れる、巨大な棺。
獅子族の兵士たちは、その姿を伝え聞いている。
かつて勇者だった存在。
伝説に語られる英雄。
そして――人間軍の兵士たちもまた、出発前にその正体を知らされていた。
かつての勇者、ルーテェ。
五十年前に起きた『勇者の呪い』。
百年前に大陸を覆った『神罰の光芒』。
その二つの出来事に関わる存在が、今、目の前を歩いている。
魔道銃を握る兵士の手に、わずかな震えが走る。
それでも――誰も、足を止めなかった。
馬上のベイルもただ前を見据え、その隣でギベルトも沈黙を保ったまま戦道を進んでいった。
やがて一行は、広い草原へ出た。
遠くから、土煙が上がっている。
「……来たみたいですね、ルシェ様」
フェルディルが呟いた。
土煙の向こうから現れたのは、虎族の軍勢だった。
先頭に立つのは虎鉄。すぐ後ろに虎尾と赤虎。
その背後には、族長の呼びかけに応じて集まった、二百人の虎族の戦士たちが続いていた。
獅子族の兵士たちが足を止める。
虎尾の鋭い眼光が、獅子族の背後にひかえる人間軍を射抜いた。
虎族の戦士たちから、低い唸り声が漏れる。
「何故、人間も一緒ト?」
虎尾の声には、隠しきれない警戒と重い威圧感が籠もっていた。
赤虎が琥珀を見る。
「敵じゃないト」
琥珀は一歩前へ出ると、強い眼差しで言い切った。
「今は、共に戦う仲間ト」
「仲間、だと……?」
虎尾の視線がベイルへ移る。その重い沈黙を破ったのは、ルシェだった。
黒い骸骨が、静かに一歩進み出る。
その背に背負った巨大な棺が、微かな音を立てた。
ルシェは虎尾と正面から向き合うと、ゆっくりと、だが深く頷いた。
虎尾の息が詰まる。
続いてフェルディルが歩み寄り、静かに語りかける。
ベイルが人間の王国に反旗を翻したこと。トルト領を守るため、獅子族や自分たちと共に戦う決意を固めたこと――。
虎尾は目を閉じ、その間を吹き抜ける風が、両軍の兵士たちの緊張を揉みほぐしていく。
やがて虎尾は目を開くと、ベイルを見据えたまま、深く頷いた。
「分かったト」
その言葉に、背後の虎族たちのピリついた空気が一気に和らいだ。
赤虎が不敵な笑みを浮かべ、牙を覗かせる。
「獅子族どころか、人間とまで肩を並べて戦うことになるとはな……。クク、悪くないト!」
「遊びじゃないト!」
琥珀が睨みつける。
「分かってるト」
その言葉に、虎尾が小さく笑った。
異なる種族の兵士たちが、同じ方向へ歩き始める。
その先に待つのは、非情な侵攻を進める人間軍。
けれど。
この日、まだ誰も知らなかった。
これから始まる戦いが、獣人族と人間の関係を変えるだけではないことを。
百年前から続く世界の歪みが、また一つ、大きく動き始めていることを。




