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不死の旋律  作者: kooy
【神罰の光芒】から100年後

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第15話 【獣人編】獅子族の牙将リム

 人間軍の陣地。

 街から少し離れた草原に、魔道銃を構えた兵士たちが整然と並んでいた。さらに後方には、予備の兵と物資を積んだ荷車が並んでいる。

 その中で一人の青年が、馬に乗り街を見つめていた。

 年齢は二十六歳。

 整えられた金髪。

 細身ながら鍛えられた身体には、実戦用の甲冑を纏っている。

 腰には一本の剣。

 ドルヴィヒ・ヴァン・ジークフリート男爵。

 若くして男爵位を継いだ青年であり、剣士としても王国では名を知られていた。

 特に接近戦における剣技には自信がある。

 獣人と戦った経験もある。

 もちろん、獣人が人間より身体能力に優れていることは知っている。

 だが――一対一なら、自分は負けない。

 ドルヴィヒは、そう考えていた。


 だからこそ。

 腰の剣へ手を伸ばす。

 本来なら、自分が前へ出たい。獣人を相手に、自分の剣がどこまで通じるのか。剣士として、それを試したいという思いもあった。


 しかし。

 今回、南方領土拡大の指揮を執るインラルト伯爵から与えられた命令は明確だった。

『獅子族の街へ接近する必要はない』

『魔道銃による遠距離攻撃で被害を与え、抵抗する力を削ぐ』

 ――ただ、それだけだ。

「……つまらん」

 ドルヴィヒは小さく呟く。

 ただ、安全な距離から魔道銃を撃たせるだけの作戦だ。


「どうした!」

 ドルヴィヒが声を張り上げた。

「撃て! まだ撃てるだろう!」

 だが返事がない。ドルヴィヒは眉をひそめた。

「……何をしている?」

 兵士たちは、街を見つめている。その顔から、先ほどまであった緊張が消えていた。魔道銃を握る手から、少しずつ力が抜けている。

「おい!」

 ドルヴィヒが一人の兵士の肩を剣先で突っつく。

「撃てと言っているのが、聞こえないのか!」


「……ですが」

 兵士は街を見つめたまま答えた。

「もう……撃つ必要がないような気がして……」

「何を馬鹿なことを!」

 ドルヴィヒは怒鳴った。


 その時だった。

 風に乗って。遠くから、弦楽器の音がドルヴィヒにも聞こえた。

「……?」

 ドルヴィヒは街を見る。戦場には似つかわしくない静かな旋律だった。


「撃て!」

 しかし、兵士たちは魔道銃を下ろしている。

「なぜ撃たん!」


「……」

 返事はなかった。

 代わりに聞こえてきたのは、遠く響く旋律。

 兵たちの戦意を奪い去る怪異に、青年の背筋に冷たいものが走る。

(《《獅子族の術》》か……!)

 兵たちは魔道銃を放り出し、もはや突っつくことすら反応しない。

 部隊として崩壊している状態。

 もし今、あの屈強な獅子族が一斉に反撃してきたら。

 魔道銃を持っていても、接近されれば危険だ。

 ドルヴィヒは、迷わなかった。

「撤退!」

 青年は即座に叫んだ。

「撤退だ! 全員、街から離れろ!」

 兵士たちが一斉に魔道銃を下ろす。

 隊列を崩しながら、次々と後退していく。


 旋律は、まだ聞こえていた。


     ◇


 やがて、最後の音が消えた。

 広場には、立ち上がった獅子族の戦士たちがいた。誰もが自分の身体を確認している。

「傷が……、治っているガ……」

「俺は……死んだと思ったガ?!」


 ラムはしばらく何も言えなかった。

 やがて。

 ルシェへ近づく。

「……感謝するガ」

 深く頭を下げる。

 ルシェは何も答えず、ただ静かにコントラバスを木棺へ戻していた。

「皆を助けてくれて、本当に感謝するガ」


 その時。

「おおおおお!」

 倒れている戦士たちの間を、一人の獅子族が駆けてくる。

 他の獅子族よりも、ひと回り大きい。鍛え上げられた身体は分厚く、太い腕には無数の古傷が刻まれている。褐色の鬣《たてがみ》は肩まで伸び、額には戦場で負ったものだろう、古い傷跡が一本走っていた。

 腰には大きな斧を下げている。

 だが、その鋭い顔立ちとは裏腹に、今の表情には戦意などなかった。

 倒れている仲間たちを見つめ、心配そうに目を見開いている。


「ラム!」

 男は妻の姿を見つけると、さらに足を速めた。


「無事だったガ……」

 男はラムの肩を掴む。

「怪我はないガ?」

「私は大丈夫ガ。それより――」

 ラムが広場を振り返る。

「みんなが……」

 そして、ルシェたちへ視線を向けた。

「この方たちが助けてくださったガ」

 男はルシェを見る。

 黒曜の骸骨に一瞬驚きで目を見開いたが、次の瞬間には、背後で立ち上がる仲間たちへ目を向けた。

「……傷が、治ってるガ……」

 リムの声が震えた。

 そして。

「ワレは、この街レオサを預かる牙将、リムだガ!」

 ラムが静かに続ける。

「ワタクシの夫で、獅子族の王レグよりこの街を任されているガ」


 リムは改めてルシェたちへ向き直り、豪快に笑った。

「そうかガ!」

 大きな手をルシェの肩へ置く。

「ありがとうガ!」

 ルシェは何も言わない。

 リムはそれを気にする様子もない。

「我が仲間を救ってくれた恩人を、何もせず帰すわけにはいかんガ!」


 リムは周囲を見回した。

 先ほどまで倒れていた仲間たちが、皆、自分の足で立っていた。その光景をしばらく見つめた後、リムは大きく息を吐いた。

「……よかったガ」

 そして、顔を上げる。

「今日は飲むガ!」

 その声に。

 獅子族の戦士たちから歓声が上がった。

 琥珀たちは顔を見合わせる。

 フェルディルが穏やかに微笑んだ。

「では、お言葉に甘えるとしましょうか」


 リムの大きな笑い声が、草原の街へ響いた。

 ルシェは何も言わない。


     ◇


 その夜。

 獅子族の街では、久しぶりの宴が開かれていた。

 広場に焚かれた火が、夜の草原を赤く照らしている。

 大きな鍋には肉が煮込まれ、焼いた獣の肉が次々と皿へ運ばれていく。酒の入った杯が行き交い、先ほどまで戦場だったとは思えないほど、街には笑い声が響いていた。


 広場には大きな卓が並べられていた。

「ガーハッハッハ!」

 その中心で、リムが豪快に笑っている。

「いやぁ、本当に良かったガ!」

 大きな杯を掲げる。

「今日、こうして仲間と酒を飲めるのも、ルシェ殿のおかげガ!」


 ルシェは深緑のローブにフードを被り、黒曜の骸骨を隠していた。

 その隣にはフェルディルが座っている。

 向かい側では、琥珀、虎尾、赤虎が肉を頬張っていた。


「うまいト!」

 琥珀が大きな肉を持ち上げる。

「こんなにうまい肉、久しぶりト!」

「お前はさっきから食べてばかりト」

 虎尾が呆れたように言う。

「旅に出たら、いつ食べられるか分からんト!」

 赤虎も肉へ手を伸ばす。

「俺も食べるト!」

「お前もかト!」

 虎尾がため息をついた。


 フェルディルはそんな三人を眺めながら、穏やかに笑っていた。

 その時、大きな杯を持ったリムが、ルシェに近づいてきた。隣に座っていた獅子族が自然に席を空け、隣へ座った。

「ルシェ殿……」

 ルシェが顔を向ける。

「改めて礼を言うガ」

 リムの声は、先ほどまでの豪快なものとは少し違っていた。

「今日、あのまま人間軍の攻撃が続いていたら……」

 リムは広場を見る。そこでは、傷の癒えた戦士たちが酒を飲み、笑い合っていた。

「本当に危なかったガ……」

 少し離れた場所では、ラムが戦士たちと話している。

 その姿を確認すると、リムは小さく息を吐いた。

「……妻も、無事だった」

 そして、ルシェを見る。

「本当に感謝しているガ」

 ルシェは酒を飲み交わす戦士たちを静かに眺めていた。

「……よか、た」

 リムが目を見開く。

「……ガ?」

 ルシェはそれ以上、何も答えなかった。


「ルシェ様は、そういう方なのですよ」

 フェルディルが笑った。

「礼を求めているわけではありません」


「しかし……」

 リムはルシェを見る。

「ルシェ殿は、あまり話さないガ?」

「ええ」

 フェルディルは頷いた。

「ルシェ様には、私たちのような肺も声帯がありません」

 フェルディルは、ルシェを見る。

「そのため、魔素の流れを利用して声を形にしているのですよ」

「魔素で……声を?」

「ええ。ただ、私たちのように自由に声を出せるわけではありません」

 フェルディルは苦笑する。

「長く話すことも、細かな発音も苦手なのですよ」

「なるほどガ……」

 リムはルシェを見た。

「だから、いつも短い言葉なのかガ」

 ルシェは、僅かに顔を向ける。

「……そう」

 リムは少し考える。

「なら、勝手に礼をするガ!」

「それは構いませんが」

 フェルディルは苦笑した。

「何をなさるおつもりです?」

「決まっているガ!」

 リムは立ち上がった。

「もっと飲むガー!」


「ガーハッハッハ!」

 リムの笑い声が広場に響く。

 それにつられるように、獅子族の戦士たちも笑った。

 琥珀たちも笑う。


 その騒ぎの中で。

 ルシェは手渡された杯を静かに傾け、口をつけることもなく、ただ揺れる酒面を眺めていた。


     ◇


 宴が落ち着き始めた頃。

 フェルディルは杯を置いた。

「ところで、リム殿」

「なんだガ?」

「今日の人間軍は、どうしてここを攻撃していたのでしょうか?」

 リムの表情から笑みが消えた。

「人間軍か……」

 しばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと口を開く。

「最初に人間が来たのは、十年ほど前ガ」

「十年前……」

「ああ」

 リムは杯の中身を見つめる。

「最初は、友好のためだと言っていたガ」

 獅子族の王が住む砦。

 そこへ、人間の使者が訪れた。

 獅子族と人間との間には、長らく争いがなかった。

 だからこそ、獅子族も人間の言葉を疑わなかった。

「人間は、ワレらのことを知りたがっていたガ。戦士の数。武器。街の規模。王の軍勢。戦い方……」

 リムの眉間に皺が寄る。

「当時は、友好のために必要な情報だと思っていたガ。しかし……今になって思えば……」

 リムは低い声で続けた。

「最初から、戦うために調べていたのかもしれんガ」

 フェルディルは黙って聞いていた。

「そして、一年ほど前だガ」

 リムの声がさらに低くなる。

「獅子族から人間の王都へ向かった使者が、戻らなくなったガ」

「……使者が?」

「ああ」

 人間側の説明では、使者が狼藉を働いたため処刑したという。

「使者に問題があった可能性は?」

 フェルディルが尋ねる。

「それは分からんガ」

 リムは首を振る。

「使者だって獣人だガ。酒を飲み過ぎる奴も、喧嘩をする奴も、中には礼儀を知らん奴もいるガ」

「……ですが。処刑したというなら、その理由の説明があるでしょう?」

 リムの拳が、膝の上でゆっくりと握られる。

「……人間からの説明はなかったガ」

「そして、その後は――」

 土地。

 交易。

 通行。

 武器の使用。

 獅子族の戦士の数。

 認められるはずのない要求ばかりだった。

「レグ王は、今も交渉を続けているはずだガ」

 リムは深く息を吐いた。

「だが今日も、人間軍はワレらの街を占拠しようとした……。だから、ワレらは戦ったガ」


 更にフェルディルは静かに尋ねる。

「確認したいことがあります。リム殿」

「何でも聞くガ」

「獅子族は最近、虎族の土地を奪おうとしていると聞いていますが」

 その瞬間。

 琥珀の耳が動いた。

 虎尾も赤虎も、リムを見る。

「本当なのでしょうか?」

「……」

 リムは首を傾げた。

「何の話ガ?」

「獅子族が虎族へ攻撃を仕掛けようとしている、という話です」

「そんな話、聞いたことがないガ」

 リムは困惑した顔をする。

「少なくとも、ワレは虎族と戦えなんて命令を受けていないガ。獅子族が虎族を攻める理由はないガ」

 琥珀がほっとしたように息を吐く。

「よかったト……」

「これ以上は獅子族の王へ直接お会いした方が良さそうですね」

「そうだガ。レグ王なら何か知っているかもしれんガ」

 リムが頷いた。

「レグ王は、この街から三十キロほど東にある王城都市の砦にいるガ」

「案内をお願いできますか?」

「もちろんだガ」

 リムはすぐに答えた。

「ただ……」

 少しだけ表情が曇る。

「レグ王のところまで行くには、人間軍の動きを警戒した方がいいガ」

「分かりました」

 フェルディルは頷いた。

「私たちは明日、出発します」

「明日ガ?」

「ええ」

「……もう行くガか?」

 リムが少し寂しそうな顔をする。


「ウチも行くト」

 琥珀は胸を張った。

「王にも会ってみたいト!」

「この先も我々の旅につきついて来られるおつもりですか?琥珀殿」

 フェルディルが肉を頬張る三人を横目に見ながら微笑む。

「当たり前ト!」

 琥珀が胸を張った。

「虎鉄のオヤジからも『世界を見てこい』と言われてるト!」

 リムはそれを見て豪快に笑った。

「ガハハ! 若い者が外の世界を知るのは良いことだガ!」


「分かったガ、明日の朝、案内を用意するガ」

「ありがとうございます」

 フェルディルは頭を下げる。

「こちらこそガ」

 リムは大きな手を差し出した。

 フェルディルが握り返す。

「よろしく頼むガ」

「ええ」

 二人の手が離れる。

 ルシェはその様子を静かに見ていた。


     ◇


 翌朝。

 まだ太陽が草原の彼方から顔を出したばかりだった。

 街の一角にある小さな建物の中では、獅子族の女たちが朝食の準備をしていた。大きな鍋から湯気が立ち上り、焼いた肉の香ばしい匂いが漂っている。

 昨日まで戦場だった街とは思えない、穏やかな朝だった。


 その一角では、昨日の戦いで傷を負った獅子族たちが身体を休めている。ルシェの旋律によって傷はほとんど癒えていたが、疲労までは消えていなかった。

 その中で、ラムがフェルディルの前に座っていた。

「フェルディル殿。これは何ガ?」

 ラムが一枚の紙を覗き込む。

「薬草の調合方法です」

 フェルディルは紙を指で示した。

「傷口を洗うためのもの。こちらは出血を抑えるもの。そして、傷が塞がるまでの間、身体の回復を助けるものです」

「そんなものがあるガ……」

「ええ。魔法ではありません」

 フェルディルは穏やかに笑った。

「森に生えている薬草を、正しく使うだけです」

 ラムは紙を見つめる。

「獅子族は、怪我をしたら血を止めて、治るのを待つだけだったガ。……これが本当なら助かるガ」

 フェルディルは周囲の戦士たちを見る。

「戦士にとって、その時間は命取りになることもあるでしょう」

 ラムは静かに頷いた。


「薬草は、この辺りでも手に入ります。いくつかは乾燥させる必要があるものもありますので気をつけてください」

 フェルディルは別の紙を取り出した。

「そこまで……」

 ラムはしばらく紙を見つめていた。

「……ありがとうございます、フェルディル殿」

「いえ」

 フェルディルは小さく首を振る。

「私たちは旅をしていますから」

 そして、静かに続けた。

「訪れた場所に、何か一つでも残していけるのであれば、それで十分ですよ」


     ◇


 朝食を終える頃には、すでに草原の向こうから太陽が姿を現し、朝の光が世界を包み込んでいた。


 旅立ちの準備を整え、一行は街の入口へ集まった。

 ルシェ。

 フェルディル。

 琥珀。

 虎尾。

 赤虎。

 そして。


「道案内を連れてきたガ」

 リムの隣には、一人の獅子族の戦士が立っている。

「レグ王の砦まで案内させるガ」

「ありがとうございます」

 フェルディルが頭を下げる。

 琥珀は大きく伸びをした。

「それじゃ、行くト!」


 一行は草原へ歩き出す。

 目指すは、獅子族の王が暮らす砦。


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