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不死の旋律  作者: kooy
【神罰の光芒】から100年後

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12/27

第12話 【獣人編】虎族の決闘

 十年前。

 大陸南西部の草原には、朝から多くの虎族が集まっていた。

 五年に一度。

 各地のホトンを率いる長たちが集い、その力を競う日。

 そして。

 次の五年間、虎族すべてを率いる族長を決める日だった。


 草原の中央には、直径五十メートルほどの円形闘技場が造られていた。太い丸太を幾重にも組み合わせた頑丈な造りではあるが、決して古いものではない。

 この日のためだけに各地の虎族が力を合わせ、数日をかけて造り上げたものだった。

 決闘が終われば解体される。

 そして五年後、再び、同じ場所に造られる。

 虎族にとって、それほど大切な日だった。


「すごい人の数ト!」

 十二歳の琥珀は、闘技場へ向かう人々を見ながら目を輝かせていた。

 中には見慣れない旅人の姿もあったが、そのほとんどが各地のホトンから集まった虎族だった。子供たちは走り回り、大人たちは酒や料理を手に今日の勝者について語り合っている。

「今回も斬虎《ざとら》だろうト」

「いや、東のホトンの長も強いらしいト」

「虎鉄を忘れてるト。前回とは身体つきが全然違うト」

 その名前が聞こえるたび、琥珀の耳が嬉しそうに動く。

「オトー!」

 琥珀は隣を歩く大男を見上げた。

「みんな、オトーのこと見てるト!」


「ああ」

 虎鉄は周囲へ視線を向ける。

 今年、二十五歳。

 他の長たちと比べても身体は一回り大きく、鍛え上げられた筋肉が厚い胸板と両腕を覆っている。

「ヤツら、オレを警戒してるト」

 虎鉄は胸を張った。

「それだけ強いってことト!」

「そういうことト!」

 二人は顔を見合わせて笑った。


 五年前。

 二十歳だった虎鉄は、初めてこの決闘へ参加した。

 結果は敗北。

 当時から力だけなら他の長にも引けを取らなかったが、経験も技も足りなかった。

 そして最後に立ちはだかったのが、現在の族長である斬虎だった。


 あれから五年。

 虎鉄は身体を鍛え続けた。

 力だけではない。

 攻撃を受け流す技。

 相手の動きを読む目。

 自分より速い相手と戦う方法。

 すべては、今日のために。

「今度は勝つト」

 虎鉄が拳を握る。

「絶対ト!」

 琥珀は自分が戦うかのように胸を張った。


 その少し離れた場所を、二人の旅人が歩いていた。


「随分と賑やかですね」

 フェルディルが辺りを見回す。

 隣を歩くルシェも、行き交う獣人たちへ顔を向けていた。

 二人がこの草原を訪れるのは初めてだった。

 不毛の地を後にし、南へ向かっていたところ、同じ方向へ急ぐ多くの獣人たちを見つけた。

 何かあるのだろう。そう考え、流れについてきた。

「祭りでしょうか」

「……」

 ルシェは答えない。

 ただ、背中の木棺を揺らしながら歩いていく。

 やがて二人の前にも、巨大な円形闘技場が姿を現した。

 観客席はすでに多くの虎族で埋まっている。


「なるほど」

 フェルディルは近くにいた獣人から事情を聞くと、納得したように頷いた。

「族長を決める決闘だそうですよ、ルシェ様」

 ルシェが闘技場へ顔を向ける。

「虎族はいくつものホトンに分かれて暮らしています。それぞれのホトンには長がおり、五年に一度、その長たちがここへ集まる」

 フェルディルも闘技場へ視線を向けた。

「そして最も強き者が、虎族すべてを率いる族長になるそうです」

 ルシェはしばらく闘技場へ顔を向けている。

「……みる」

「ええ。私も興味があります」


 二人は観客席の端へ向かった。


     ◇


 闘技場の中央に、十数人の獣人が立っていた。

 誰もが、それぞれのホトンを率いる長。

 虎族の中でも、戦闘に秀でた者たちだった。

 その中でも、虎鉄の身体は一際大きい。


「オトー! 頑張れトー!」

 観客席から琥珀の声が響く。

 虎鉄は片手を上げた。

「任せろト!」


「余所見する余裕があるト」

 低い声。

 虎鉄が振り返る。

 一人の男が立っていた。

 虎鉄より一回り年上。

 身体にはいくつもの古傷が刻まれ、腰には湾曲した二本の剣を携えている。

 現族長――斬虎。


「五年ぶりだな、虎鉄」

「ああ」

 虎鉄は笑う。

「今度は負けんト」

「言うようになったト」

 斬虎も口角を上げた。

「五年でどれほど強くなったか、見せてもらうト」

「後悔すんなト」

「それはこちらの台詞ト」

 二人の視線がぶつかる。

 しかし、そこに憎しみはない。

 互いの強さを認める者同士。

 だからこそ。

 負けたくない。


 やがて、闘技場に大きな角笛の音が響いた。

 決闘が始まった。

 開始と同時に、一人の長が虎鉄へ向かってくる。

「シャァッ!」

 鋭い爪が顔を狙う。

 虎鉄は僅かに身体を傾けた。

 避ける。

 そのまま相手の腕を掴む。

「おらぁ!」

 投げた。

「うわっ!」

 男の身体が宙を舞い、地面へ転がる。

 観客席から歓声が上がった。

「オトー! すごいト!」

 琥珀が飛び跳ねる。

 虎鉄は笑った。


「まだまだト!」

 別の長が背後から迫る。

 虎鉄は振り返らない。

 一歩。

 横へずれる。

 拳が空を切った。

 虎鉄はその脇腹へ拳を当てる。

 力を込める。

「ふんっ!」

「ぐっ!」

 男の身体が数メートル吹き飛んだ。

 だが、虎鉄は追わない。

 倒れた男も苦しそうに腹を押さえながら、片手を上げた。

「……降りるト」

「ああ」

 虎鉄はそれ以上、手を出さなかった。


 この決闘は、相手を殺すためのものではない。

 再起不能にするためでもない。

 強さを競う。

 己の限界を知る。

 そして、虎族で最も強き者を決める。

 勝てないと思えば、自ら退く。

 その行為を恥とする者はいない。

 なぜなら。

 ここに立つ者たちは皆、それぞれのホトンを守る長だからだ。

 大怪我をして帰れば、困るのは自分ではない。

 その者を頼りに暮らす者たちだった。


 戦いは続いた。

 一人。

 また一人。

 闘技場を去っていく。

 肩を借りて退場する者。

 足を引きずりながら、それでも笑っている者。

「次は負けないト!」

「五年後に待ってるト!」

 そんな声に、観客席から笑いが起こる。

 血は流れる。

 傷も負う。

 それでも。

 これは虎族にとって誇るべき戦いだった。


 やがて。

 闘技場に残ったのは五人。

 その中央に、虎鉄が立っていた。

「はぁ……はぁ……」

 他の四人は肩で息をしている。

 虎鉄の腕にも無数の切り傷が刻まれていた。

 しかし、そのどれも浅い。

 鍛え上げられた筋肉を深く裂くまでには至っていない。

 呼吸も乱れていなかった。


 虎鉄が拳を構える。

「来いト」


「強いな……」

 一人が呟く。

 四人が互いの顔を見る。

 言葉は必要なかった。

 一対一では勝てない。

 ならば、四人で倒す。

 それもまた、この決闘では認められている。

 強者と戦うために共闘する。

 それも戦い方の一つだからだ。


「行くト!」

 一人が飛び出した。

 真正面。

 分かりやすい攻撃。

(囮ト)

 虎鉄はすぐに気付いた。

 大振りはしない。

 最小限の動きで拳をかわす。


 次、左から来る。

 虎鉄は身体を沈めた。

 頭上を爪が通過する。

「そこト!」

 腹部へ拳を叩き込む。

「ぐはっ!」

 一人が吹き飛ぶ。


 同時に。

 背後から殺気。

 虎鉄は振り返った。

 斬虎。

 二本の剣が迫る。

「シャァッ!」

 速い。

 虎鉄は腕を上げた。

 金属音。

 腕に装着していた籠手が斬撃を受け止める。


「まだト!」

 もう一人。

 右から爪が迫る。

 避けられない。

 虎鉄は左腕で防ぐ。

 爪が皮膚を裂いた。

 血が飛ぶ。


「オトー!」

 琥珀の声が響く。


 虎鉄は笑った。

「このくらい、何でもないト!」

 二人を力任せに押し返す。

 歓声が上がった。


 ルシェは、その様子を静かに眺めていた。

「見事なものですね」

 フェルディルも感心したように呟く。

「ただ力が強いだけではありません。相手の動きをよく見ている」

 ルシェが小さく頷く。


 虎鉄は強い。

 それだけではない。

 相手へ攻撃を当てる直前。

 僅かに力を抜いている。

 必要以上に傷つけないために。

 それは他の長たちも同じだった。

「なるほど」

 フェルディルは微笑む。

「こういう戦いもあるのですね」


 しかし。

 決闘が長引くにつれ。

 少しずつ。

 何かが変わり始めていた。

 虎鉄は強かった。

 あまりにも強かった。

 何度攻撃しても倒れない。

 何度仕掛けても返される。

 その姿に。

 残った者たちの表情から、笑みが消えていった。


 特に、斬虎は違った。

(このままでは……)

 斬虎は虎鉄を見る。

 二十五歳、まだ若い。

 五年前は、自分が簡単に倒した男。

 それが今では、自分を越えようとしている。

(まだト)

 自分には、まだ力がある。

 族長として虎族を率いてきた。

 多くの者から頼られている。

 まだ終わるつもりはない。

(こんな若造に……)

 斬虎の手に力が入った。


「行くト!」

 左右から、二人が同時に虎鉄へ仕掛ける。

 虎鉄は一人目の攻撃をかわした。

 二人目。

 斬虎の剣が閃いた。

 避けきれない。

 右腕を上げる。

「――っ!」

 刃が、虎鉄の右腕へ深く食い込んだ。

 血が飛んだ。


「オトー!」

 琥珀の叫びが響く。


 虎鉄は自分の右腕を見る。

 深い。

 これまで受けた傷とは、明らかに違う。

 斬虎の剣は、鍛え上げた筋肉を断ち、骨へ届こうとしていた。

 虎鉄が斬虎を見る。

 斬虎は笑っていた。

 それは殺気を宿す笑いだった


 その瞬間。

 虎鉄の中で、何かが外れた。

「……シャァァァッ!」

 虎鉄は防御を捨てた。

 左手を伸ばし、斬虎の首を掴む。


「なっ――」

「逃がさねぇシャー!」


 虎鉄は深傷を負った右腕を、力任せに動かす。

 血飛沫を上げながら、爪を立てて振り抜いた。

 斬虎の腹部が裂ける。

「がっ――!」

 血が舞った。

 斬虎の身体が回転しながら吹き飛ぶ。

 地面を転がる。


 観客席から、悲鳴が上がった。

 しかし、それ以上に。

「やれぇぇぇシャ!」

「虎鉄ぇぇぇ!」

「倒せシャァァァ!」

 歓声が上がった。


 虎鉄の耳に、その声が届く。

 熱い。

 身体が熱い。

 右腕から血が流れている。

 痛いが、それ以上に、気持ちがいい。

「シャァァァァッ!」

 虎鉄が吠えた。


 斬虎が立ち上がる。

 腹部から大量の血が流れている。

「まだ……終わってないシャ……」

 二本の剣を握る。


 誰も止めない。

 誰も。


 かつて、虎族の決闘に細かな決まりは必要なかった。

 大戦以前には、各地に名の知れた猛者たちがいた。

 己の力を知り、相手の力量を見極める。

 戦いが行き過ぎれば、それを止める者もいた。


 しかし、百年前の大戦で、その多くが命を落とした。

 技も。

 経験も。

 十分に次代へ受け継がれないまま。

 その後しばらく、族長を決める決闘も、命を奪い合うほど激しいものにはならなかった。


 だが、時代は流れ。

 世代を重ねる中で、再び突出した力を持つ者たちが現れ始めた。

 虎鉄。

 斬虎。


 戦いは続いた。


     ◇


 どれほど時間が経ったのか。

 闘技場に立っているのは、もう二人だけだった。

 虎鉄。

 斬虎。


 その周囲には。

 二人の長が倒れていた。

 動かない。

 自らの血の中に倒れたまま、動かなかった。


 虎鉄の右腕は、皮一枚で繋がっていた。

 血が地面へ滴り落ちる。

 斬虎も。

 腹部を深く裂かれ。

 立っていることさえ不思議なほどだった。

 それでも。

 二人は戦おうとしている。


 観客たちは、今や狂気に呑み込まれていた。

「やれーシャ!」

「やれー!」

「やれーシャ!」

 観客席が揺れる。

 誰も倒れている者を見ていない。

 誰も血を見ていない。

 ただ。

 戦いだけを見ていた。


 フェルディルの表情から、笑みが消えた。周囲を見渡す。魔素の流れが、明らかに変わっていた。

 観客たちから溢れ出す興奮。

 怒り。

 殺意。

 それらを取り込むように、闘技場の魔素が少しずつ濁っていく。

「これは……」

 フェルディルは眉を寄せた。

(《《闇の魔素》》!)

(このままでは――)

「良くありませんね、ルシェ様」

 返事はない。


 ルシェは、静かに闘技場へ顔を向けていた。

 虎鉄が拳を構える。

 斬虎が剣を上げる。

 二人が地面を蹴る。


「オトー!」

 琥珀の声は、歓声に呑まれた。


 ルシェが立ち上がる。

「……とめる」

 背負っていた木棺へ手を掛けた。


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