第7話 ねえ、レンガパンってどうおもう?
ベイジン(北京)の出発前に緑川からシーアン(西安)に向かうルートは2つあると説明がある。
1つは街道を進み山岳地帯で一泊。翌日は盆地を進み高原を横断してシーアンのある平原へ出るもの。もう1つは北へ少し行ったところで馬を乗り捨て山を登り、万里の長城の上を走る、または歩くもの。時間はかかるが得難い経験ができると言う。
緑川から「馬を乗り捨て」という言葉が発せられた瞬間に青山からただならぬ殺気が立ち上り、万里の長城を往くという緑川のロマンはドンキー愛に粉砕された。
―――まあ、買ったばかりだし当然だよな。歩くのだるいし。
かくして一行はベイジンを後にし南西方向へ街道を進み、シージアヂュアン(石家荘)という街で休憩し西の山岳地帯へ。
急勾配の坂道を文句も言わずに登るドンキーたちは、やがて何も言わず立ち止まったまま微動だにしなくなる。―――ここが気に入っちゃったわけじゃないよね・・・
結局、三人で小型馬を引いて高原の街道まで登りきる。道がなだらかになったら小型馬に乗りタイユェン(太原)を目指す。夕陽を真正面に浴びて太鼓の音を聞く。
ようやく街に着いたのは日没後であり城門が固く閉ざされていたため、あぶれ者たちに混じり城壁の外に広がる関外と呼ばれる特殊エリアの馬車店(宿)に入る。
長城の外側にあった街もこれと同じ状態ものだと緑川が言う。
食堂には怪しい集団が騒いでいたのでそこでの食事は諦め、宿に戻ってベイジンで買っておいたシャオピン(焼餅)を食べることに。
「は、歯が折れそうです…」青山はドンキーへのいたわりと自身の歯の安全性がトレードオフであることを学んだ。
「く、口の中が一瞬で干上がりますね…」緑川もまた携行食と野宿で万里の長城ルートを行かなくてよかったと心底思った。
白井は、焼餅って書いてあったのにレンガじゃあねえか!と騙された気分だった。
翌朝、市場でアワの粥を食べてほっこりした後、タイユェンを出発。
黄土の山の谷間を走る川沿いの道を南西に進む。道はなだらかで小型馬たちも臍を曲げずに快調だった。
しかし、白井、青山両名は街道と並走する川面を常に警戒し続けている。
騎乗者の緊張感というものは馬に伝わるもので、小型馬は自然と早足になって進み、リンフェン(臨汾)の街には午後の早い時間に到着することができた。
川から外れたので二人はようやく安堵した。
「ほ、ホビットの家がある!」白井がそう叫ぶと「あれはヤオトンといって、この地方の伝統的な住まいですよ」と緑川が解説する。
崖に穴を掘り、穴の入口にドアがある風景はまさにホビット庄の家屋のようであったが、周囲に緑はなく土と岩の乾いた風景をシャイアと呼ぶには連想が強引すぎた。
LORを知らないであろう青山は「ホビット?地獄のリボ払い?」と呟いていた。
夕食時、刀削麺屋で主人にドラゴン、精霊、召喚者の聞き込みをすると、召喚者かどうかわからないがしばらく前に見慣れない商隊が傭兵団と共にこの街に滞在していった噂話を聞いたことがある気がするという、友達の彼氏が言っていた若しくはマックで女子高生が話していた的な情報を得た。
―――確度が刀削麺よりふにゃふにゃだ…まるで伊勢うどんだ。
白井はその曖昧な話をそのまま二人に伝える。
「大阪で稼いでいたっていう人ですかね」
「おそらくそうでしょうね。しかし傭兵を雇うほどの資金があるとは驚きですね」
青山と緑川は合流できれば路銀の心配をしなくて済みそうだと期待していた。
その晩、少し値は張ったが白井たっての希望でヤオトンの高級宿に泊まることになったが、部屋に入るなり白井は「思ってたのと違う」とぽつり呟いた。
のんびりしたおかげで気力も回復し、意気揚々とシーアンを目指す。
序盤は川沿いを進むため、少し緊張した雰囲気があったが川は南へ曲がり街道と離れたため、そこからは別の魔物も存在する可能性など微塵も考えず進む。
昼休憩の際に塩湖を見物する余裕を見せつつ一行は遂に黄河を渡る街、フォンリンドウ(風陵渡)へ到着する。スケールがバグっている世界ではさほど川幅はないように見えるが、誰も徒歩や馬で渡渉しようとしていない。
「急激に曲がっているから川底が底なし沼です。船に乗りましょう」
緑川の提案に従い、馬ごと乗れる木造船に乗り黄河を渡る。
「ここは馬超が曹操を追い詰めた胸アツの関所で~」と緑川が熱っぽく語るが白井も青山も聞いてはいなかった。
黄河を渡っている最中に、二人は川底に白い巨大な魚が泳いでいる姿を目撃したからだ。凝視して目が合えば襲われると思いすぐに目を逸らしたので、それが怪異や生き物なのか、はたまた単なる光の反射具合なのか判断できていない。
だが二人の心拍数は跳ねあがり、冷静ではいられなかった。
黄河を渡った先に関所があったが「ド、ドドド、ドラゴンを探索しています」と早口で言い、ビビリ倒していてもチート免罪符の効果でスルーだった。
白井たちは関所を抜けたら一目散に馬の腹を蹴って駆け出した。二人の乗馬フォームは出鱈目で駆ける馬の背で首にしがみついているだけだった。
遅れて緑川も慌てて追走する。こちらはエレガント。さすが経験者である。
しばらく行った先で馬が脚を緩めると、追い付いてきた緑川に白井が事情を説明するも「何も言わずに逃げるのは酷いじゃないですか。僕は生贄ですか!」と叱られ、白井と青山はシーアンに着くまで謝り通しだった。




